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狂気の偏愛

『なぁーアリス』


 リノアは1枚の絵を食い入るように見つめている。

 絵にはフワフワとした何かが無数に描かれており、5歳のリノアは興味津々にアリスへ尋ねる。


 治癒系魔技の練習をしていたアリスは、「んー?」と振り向かずに答えた。


『この丸くてフワフワしてるのは何だろう? さっきから頑張って数えてみてるけど、多過ぎて数えきれないや』


 フワフワと言う単語に興味を惹かれ、アリスは手を止めると、リノアと頭を付き合わせ、絵を覗き込む。

 するとアリスは絵を一目見て答えた。


『これは"精霊"』


『なにそれ?』


『……大地を守ってくれる神さまみたいなもの、だと思う』


『神さま? この丸っこいのが?』


『それは多分、人間が勝手に作ったイメージだと思う』


『よく分かんないや』


『私がお母さんから聞いたのは――、精霊はとっても強い力を持っていて、とっても気まぐれで、とってもいっぱいいるって事』


『いっぱいってどれくらい?』


『さあ。両手で抱えられないくらいはいるんじゃない?』


『……それっていっぱいなの?』


『知らない』


 リノアは納得いかない表情でアリスを見るも、アリスは練習に戻ってしまう。


 相手にして貰えそうも無いと分かり、リノアは再び絵を見つめる。


 すると、アリスが思い出しように振り返った。


『そういえば、お母さんこんな事も言ってた』


『んー?』


『精霊は誰かを好きになる事が大好きなんだって。でね、その誰かの近くには、いつもお守りがあるの』


『お守り?』


『うん。1人でも寂しく無いように。ずーっと繋がっているために、ね』


『やっぱりよく分かんないや』


『……知らない』


 リノアはアリスにプイッとそっぽを向かれてしまう。


 怒らせてしまった事に慌てたリノアは、アリスの横に強引に座りこむ。


 最初こそ怒っていたアリスだったが、すぐに2人は頭を付き合わせ、1枚の絵を見ながら楽しげに談笑を始めた。





 ◇◇◇





「リタ、コイツらの事知ってるの?」


 鉄剣を構え、眼前の敵へ警戒しながら、リノアはリタへ尋ねる。


「……中年の男はワジム。若い方はカーズ。どちらもD級の冒険者で、業魔に壊滅させられたパーティメンバー……、の筈だけど」


「……嘘ついてる可能性もあるって事か」


 さきほどの発言を聞く限り、彼等が業魔を殺した事を怒っているのは分かった。

 だが、業魔殺しが彼等にとって都合が悪いとすれば、その理由はなんであろうか。


 あの方……、精霊王が業魔を寄越したと言っていたが、こんな田舎に連れて来て何をするつもりだったのか。

 全く見当もつかない。

 ロクなものでは無い事は確かだが。


 それに、自分に対して怒っているのなら、なぜわざわざリタの杖を吹っ飛ばしたりしたのだろうか。

 最初から自分を狙う方が自然だが、そうしなかったのには理由があるのだろうか。


 何かヒントが無いかと彼等を観察するが、特にこれといって疑問の糸口になるようなモノはない。


 彼らの身なりはよく見かける冒険者と相違ない。

 が、気味の悪い雰囲気が漂っている。

 あの下卑た目には見覚えがある。

 人を殺すことを何とも思っちゃいない奴の目だ。


 そんな奴等に目をつけられた時点で、荒事は免れないだろう。


 彼等が本当にD級冒険者であれば、リタ1人いれば十分勝てるだろうが、それも確証が無いのであれば危険だ。


 こちらの情報があまりに不足している。


 対して向こうはこちらの情報をどれだけ把握しているかも分からない。

 こちらが仕掛けられた以上、情報は向こうの方が上だろうし、何かしらの策を用意していると考えた方が良い。


 その上で戦わずに今出来る事と言えば、会話で情報を引き出す事くらいか。

 幸い中年の方、確かワジムだったか、さきほどの口振りからおしゃべりが好きな部類と見える。


 リノアはそんな事を考えながら、ワジムへ質問を投げかける。


「さっき精霊王がどうとか言ってたが、つまりお前らの親玉って事か?」


 ワジムがジロリとリノアを睨み、少しばかり沈黙を挟み返答する。


「貴様ごときがあの方を語るな。汚らわしい空魔奴めが……――!」


「……?」


 その時である。

 突如ワジムが動きを止め、皮膚の内側で何かがボコボコと蠢き始める。

 いつしか瞳は生気を失い、身体も小刻みに震え出す。


 まるで身体の中で何かが入れ替わっているような、気味の悪い光景であった。

 隣にいたカーズでさえ困惑の表情を浮かべている。


 リタとリノアが顔を見合わせ、只ならぬ雰囲気を察し、戦闘態勢に入る。


 その後更に数秒それが続き、ある時を境にピタリと動きを止める。

 すると黄色く光る目玉がグルリと一周し、完了したとでも言うように、ワジムだった者はニンマリと微笑んだ。


 見た目は確かにワジムである。

 だが、そこにいるのはワジムではない。


 リタとリノアはそれを分かっていたが、その場から一歩も動けないでいる。


 まず感じたのは、禍々しい強大なオーラだった。

 背景を歪める程の禍々しい何かが、ワジムと世界の境界を曖昧にしている。


 それを見た瞬間、リタとリノアは同じ感想を抱いた。

 勝てない、と。

 突き付けられたのはそんな簡潔な事実。


 近くにいるだけで心臓を握り潰されるような心地を覚え、冷や汗が絶え間無く流れ出てくる。


 人ならざる超常の存在。

 それ以外に形容する言葉が見当たらなかった。


 ワジムだった()()は、確かめるように首や関節をポキポキと動かし、こちらを真っ直ぐに見ながらフウと一息つくと、ぎこちなく笑みを浮かべる。



「――いやはやお待たせして申し訳ない。何度やっても人の姿には慣れなくてねぇ」


「……」


 リタとリノアは気圧されてしまい、まともに反応する事ができない。

 ワジムは大きく開いた瞳を、そんな2人へギョロギョロと観察するように向ける。


「んん? 何かおかしな所でもあるかね? 今回は破裂も無いし、完璧な"憑依"だと思ったんだがねぇ。なあ、カーズ君?」


 急に話を振られたカーズが飛び上がり、壊れた人形のように首をカクカクと縦に振った。


 が、話を振ったワジムはカーズを見てすらいない。


 ワジムの視線の先、そこには赤い湖を作った業魔の死体が放置してある。

 ワジムは一瞬目を細め、業魔の死体を数秒見ると、今度こそカーズへ視線をやった。


「あれは?」


 ワジムの問いに、カーズが慌てて答えを口走る。


「も、申し訳ありません」


「謝罪を要求したのではないよ。あれを誰がやったのかを聞いているんだがね」


 追及にカーズが目を泳がせ、震える声でワジムへ言う。


「……そ、それが、まだ分かっておりません」


 それを聞いたワジムは、黄色い目でギロリとカーズを一瞥し、リノアとリタへ向き直る。


「で、もう一体は君らの仕業と言う訳か。わざわざ大掛かりな術を使ってまで転移させたと言うのに、やってくれたものだね」



 ――もう一体とは、リタがトドメを刺した業魔の事を言ってるのだろう。

 そこに転がって真っ二つになっている業魔は自分がやったのだが、余計なこと言うつもりはない。

 誰がやったのか分からないのであれば好都合だ。

 下手に警戒されてしまっては、何をされるか分からない。


 業魔を転移させたと言うのも気にはなるが、それが本当であるなら、相当な実力を持っているのだろう。

 わざわざこんな田舎へ業魔を転移させた理由は不明だが、意味も無くしたとは思えない。


 まずはコイツが何であるのか、そしてなぜこんな事をしでかしているのか。

 それを見極める必要がある。


 向こうが何もしてこないと言うのであれば、無理にこちらから仕掛ける意味はない。

 コイツが醸し出す雰囲気は異常すぎる。

 満身創痍の今、実力が不明瞭な相手に不用意に攻撃を加えるのは下策だ。


 今は様子見に徹し、相手の出方を見た方がいいだろう。



 ワジムはリタとリノアが何の反応も示さないのを見ると、大袈裟に肩をすくめる。


「だんまりとはつまらないね。あの業魔を倒したんだろう? 私でも手を焼く程の魔物だ。もう少し誇ってもバチは当たらんと思うがね」


 ワジムの双眸。

 金色の瞳が言葉を促すように2人を見る。


 だが、尚も沈黙を貫く2人を見て、ワジムは再び肩をすくめ、興味を失ったとばかりにノノへ歩み寄る。


 ワジムはノノの目の前で膝を下ると、途端に恍惚の表情を浮かべる。


 黄金の瞳が慈しむような感情に染まり、うっとりとノノの顔を覗き込む。


 リノアはそんなワジムに邪なモノを感じる事は無かった。

 だが一方で、そこに歪で一方的な偏愛を垣間見る。


 自らがここまで愛しているのだから、相手は応えるのが当然であるとでも言うように。

 歪んだ愛情を強引にねじ込む事を厭わない、それが間違いであるとは考えもしない。

 悪意など介入する余地はなく、ただ純粋にそれが正しいと信じて疑っていない。

 そこあるのは底知らずな自己満足と、自己愛を満たすための渇望。

 他には何も存在せず、空っぽで空虚な感情が上部を覆うだけ。

 何も受け入れず、何も文句は言わせない。


 押し付けがましく、どこまでも身勝手な恋慕。

 それは狂った偏愛とでも言えようか。



 恐怖に震えて涙を浮かべるノノへ、ワジムがニッコリと微笑み、手をその頬へ差し伸べる。


 ノノが嫌がるように身体をビクリと強張らせる。


 するとワジムは不思議そうに首を傾げた。


「……私の可愛いノノよ。なぜ怯える必要がある? 君は私に全てを委ねていればいい。何も心配することはない」


 ワジムの言葉を聞いたノノは身を震わせ、拒否の意を瞳に宿す。


 だが、ワジムはそれに取り合う様子はない。

 生気のない笑みを浮かべ、無言でノノへ手を伸ばす。


 ノノが目を閉じ、大粒の涙が地面に落ちる――。


 だが、



「――やめろ」



 リノアの言葉に、ワジムは伸ばした手をピタリと止めた。

 浮かべていた笑みを消し、恐ろしくゆっくりとリノアへ黄金の瞳を向ける。



「……なんだと?」



 ゾクリと悪寒がリノアの背筋を凍らせる。

 ワジムのその言葉は、先ほどまでの淡々としたモノとは違い、明らかな威嚇を込められていた。


 縮み上がる心臓を抑え込むように、リノアはギュッと鉄剣を握り締めた。

いつも読んでいただきありがとうございます。


中々思ったような文章が書けず、スランプに陥っております……


誤字脱字報告、大変助かっております。

ありがとうございます。

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