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冒険者ギルド

 剣はリノアにとって唯一の希望だった。


 それは裏を返せば魔法を使えない自分には剣を振るう事しかできないということだ。


 いつまでもアリスに食わせて貰うわけにはいかない。

 アリスは習得が難しいとされる治癒系魔技、"治癒の祈り"を使う事ができる。

 初級魔技であるから、外科的なものしか治療することはできないが、何かと怪我を負うことの多いこの世界で治癒系魔技は非常に重宝される。

 長い期間療養で傷を癒す必要が無いのだ。

 程度にもよるが、治癒系魔技は大怪我ですら数秒で治す事ができるのだ。

 そのうえ数が少ないとなると、引く手数多なのは想像にかたくないと言える。


 魔物の闊歩するこの世界では"冒険者"と呼ばれる人々が存在する。

 彼らは基本的には何でも屋であるが、主に魔物狩りを生業としている。

 冒険者は魔物狩りをする際、単独でやる者はほとんどいない。

 当然だろう。

 単純に人数がいた方がそれだけ楽に狩ができるし、危険もすくない。

 そこに治癒系魔技を持つ者がいればなおさらだ。

 戦う者は治癒系魔技を持つ者が仲間にいるだけで、無茶できる範囲がまったく違ってくる。

 当然それは報酬に影響してくるし、名声を上げる手助けにもなる。


 村には規模こそ小さいものの"冒険者ギルド"があり、約2000人の冒険者が登録しているが、その中で治癒系魔技を使える者は数えるほどしかいない。

 アリスは冒険者ギルドに登録してはいないが、どこからか嗅ぎつけてか頻繁に仲間にならないかと冒険者連中が勧誘にやってくる。

 その度に、アリスはリノアがいるからと断り続けているのだ。

 冒険者は1ヶ所に長い間留まることはすくない。

 基本的に実入りの良い仕事が多くなる場所と時期を常に情報として仕入れ、流動的に町から町へ移動するのが一般的だ。

 だからアリスはリノアを置いて町を出ることができないと勧誘を断っている。

 アリスは勧誘があったとは言わないが、リノアはちゃんと気づいていた。

 無論、リノアは自分がアリスの足かせになっていることも分かっている。


 だからリノアは剣を振る。

 自分にはこれしかないから。


 農家、商人、騎士、職人。

 数多と職業はあるが、どれも程度こそあれ魔法は必須だ。

 リノアが自分1人でできる仕事と言えば、誰にも頼らずに済む冒険者になるくらいしかない。

 空魔奴であるリノアを仲間にしようとする者など誰もいないだろう。

 だからリノアは1人で何とかしなければならない。

 それは彼もちゃんと分かっている。



 リノアは剣を振りながら左腕の痛みに顔を歪める。

 昨晩アリスにかけてもらった"治癒の祈り"でほとんど治ったと思っていたが、完治はしていないようだった。


 リノアはギルド裏の廃材置き場で拾ったボロボロの鉄剣を地面に突き刺し、片膝を突く。


 5歳の時から毎日欠かさずこの鉄剣を振り続けている。

 最初は重すぎて持つ事すらままならなかったが、今では不恰好ながらもそれなりに振り回せてはいる。


 リノアはそろそろ10歳になるのだ。

 それはギルドに登録できる年齢を意味している。

 生まれを証明する事のできないリノアにとってそれが意味を持っているのかは微妙なとこであるが。

 リノアは今日、ギルドへ向かい登録を済ませ、初仕事をするつもりでいる。


 だからなのか、リノアは今日の素振りに力を入れていた。

 多少の左腕の痛みなど気にしてはいられない。

 今日からは自分がアリスを支えるのだから。

 もうアリスにおんぶに抱っこではいられない。

 必ず強くなって見返してやるのだ。

 リノアはそう強く思いながら立ち上がる。



「今日は一段と気合いが入ってますね、お兄様」


 いつの間に現れたのか、アリスが背後から声をかける。

 リノアは少しばかり驚いたが、振り向かずに答えた。


「当然だろ。今日から俺が食い扶持を稼ぐんだからな」


「そうでしたね……」


 そう言いつつも、アリスはリノアが今日冒険者になる事をちゃんと知ってる。

 リノアがその為に毎日剣を振り続けていた事も。


 アリスは少しだけ寂しそうな表情を浮かべると、思い直したように笑みを浮かべた。


「いってらっしゃい。怪我には気を付けて下さいね」


「……努力するよ」


 リノアはそう呟くと、パチリと鉄剣を鞘に納める。


 そして手を振りながらそのまま町の方へと歩き出す。


「じゃあ、いってくる」


「はい。家でお待ちしてますね」


 アリスの言葉を聞いたリノアはニッと笑い、小走りでギルドへ向かう。

 足取りは軽かった。




 ◇◇◇




 扉を開けるとギィィと音が鳴った。


 この世界で酒場などによく使われているスイングドアで、ポピュラーな扉の一つだ。


 リノアがギルドの中へ入ると、動きやすく機能的な服装をした人々がいくつもある丸テーブルで談笑していた。


 剣、斧、槍、弓、そして大小かたち様々な魔杖。

 色々な武器を持った冒険者がたむろしている。


 彼らはリノアをチラりと見て一度視線を外したが、目を見開いて再びリノアを凝視する。

 明らかに歓迎の表情ではない。

 困惑と嘲笑の入り混じった侮蔑の目がリノアを刺している。


 数秒、シーンと静まり返るギルド内。


 歓迎はされないだろうと思っていたリノアも、まさか自分がギルドに入っただけでこんな反応が返ってくるとは思いもしなかった。

 視線に身震いしながら左手で抱えた鉄剣をカチリと持ち直し、奥へと歩く。


「おいアイツ確か」

「ああ、あの治癒の嬢ちゃんとこの"空魔奴"だ」

「んなとこへ何しに来やがったんだ? 飯が不味くなるぜったく」

「ギルドに登録に来たんだろうよ」

「はぁ? 空魔奴が冒険者? 何の冗談だそりゃ」

「なんだあのボロボロの剣は。薄汚えったらありゃしねえ」


 反応は様々だったが、どれもリノアを見下し卑下するものばかりだった。

 魔力の無い能無しがギルドに何の用だ、と。

 更には治癒系魔技を使えるアリスがリノアのせいで才能を腐らせているという事が拍車をかけている。

 治癒系魔技の使い手などそういない。

 アリスの存在はそれだけギルド内で有名だった。


 ギルド奥の受付へ向かう途中、リノアは脚をかけられ転びそうになる。

 かろうじて鉄剣で身体を支えながら脚を掛けた者へ視線をやった。


 そこには体格のいい髭もじゃの中年男が椅子に踏ん反り返ってニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらリノアを見ている。

 右手にはリノアの身長ほどもある斧を携えており、この男の腕力を物語っていた。


「待てよ。どこいくつもりだガキ」


「受付だけど」


「必要ねえ。とっとと失せな」


 それを聞いたリノアは男を無視し、受付へ再び向かおうとするも、それを見た男は苛立たしげに声を上げ、リノアの胸倉を掴んで床に叩きつけた。


 うっ、という嗚咽がリノアから漏れる。


「この俺を無視するとはいい度胸してやがるな糞ガキ。俺の言った事が聞こえなかったのか? ああ!?」


「ゲホッ……ゲホッ。なんであんたにそんな事言われなきゃいけないんだよ」


「馬鹿かお前は。あのな、迷惑なんだよお前。こちとら毎日切った張ったの命がけで銭稼いで生きてんだ。文字通り自分の命をベットしてんだ。そこへ空魔奴のテメェみたいなガキがギルドへ入っちまったら俺らの名前に傷が付くんだよ。この稼業はメンツが命だからな」


「ふざけんなよ……。そんな身勝手な理由で納得できるか!」


「身勝手はどっちだかな。貴重な治癒術師を独占しやがって。何にもできねえタダ飯食らいの無能が粋がるんじゃねえよ」


「……」


 男はリノアが何も言い返せないのを見ると、小さく笑いリノアを床へ放り投げた。


「まあいいさ。やりたきゃ登録でもなんでもするといい。その後どんな目に合うか知ったこっちゃないがな」


 リノアは男を無言で睨みつけ、床に落ちていた鉄剣を拾うと受付に向かう。


 それを見ながら男はケッと悪態を付き、荒々しく椅子へ座り直した。



 リノアが受付の前に行くと、金髪のおっとりとした女性が笑みを浮かべて座っていた。

 服、装備共にボロボロのリノアを見ても特に何も言うことはない。

 そして先程の一部始終を見ても一切口出しをしてこなかった。

 リノアはまあギルドの職員なんてそんなものだろうと心の中で呟く。


「ギルドへ登録したいのですが」


「かしこまりました。ではこちらの用紙に必要事項の記入をお願い致します」


 そう言って渡された用紙を受け取り、リノアは困った表情を浮かべる。


「あの……」


「はい?」


「字が書けないのですが」


「ああ、失礼しました。では私が代筆致しますね」


 なんの教養もない事くらい見てわからないのだろうかと、リノアは思う。


 名前、年齢、出身地、戦闘方法などを簡単に記入してもらう。

 無論、年齢の欄は10歳であり、戦闘方法は"剣"だ。

 経歴などの欄は何も書く事がない為省略した。


「はい、ありがとうございます。ではこれより奥の修練場にて簡単な実技試験を行います。この結果次第でギルド内におけるランクを決定することになりますので、ご了承とご理解のほどよろしくお願いします」


「分かりました」


 リノアはお礼を言うと、迎えにきた職員に連れられて修練場へと向かった。

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