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鉄と剣姫

 べチャリと音を立てて、アリアスだったモノが地面に転がった。


 返り血一つ浴びていない業魔は、アリアスをゴミでも捨てるように放り投げていた。


 興味を失ったとでも言わんばかりに。


 そして流れるように、業魔はその視線をゆっくりとリタへ固定する。

 その動きはあまりに流暢で、何度も同じ事を繰り返してきたかのような、あっけらかんとしたモノであった。


 まるで作業でもするかのように、それがいつもの事であるかのように、業魔は何の感情も表にださない。


 襲って来る事もせず、近付いて来る事もない。

 ただ真っ黒に濁った瞳でリタをこれでもかと凝視している。


 対するリタも業魔から目を離せない。

 唐突に告げられた危機に身体は震え、かつて無いほどの警鐘が危機を告げている。


 あの吸い込まれそうな真っ黒な瞳から、一瞬たりと目を逸らす事が出来ない。


 アレは自分が逃げようものなら間違いなく攻撃してくる。

 この場で少しでも逃げの意思を見せただけで、あの悪魔は自分を躊躇なく八つ裂きにするだろう。


 リタはそれを確信していた。


 故に取れる選択肢は一つしかない。

 自分が業魔を殺すか、業魔が自分を殺すか。


 両者一方が生き残る為には、必然的に中身の入った棺桶が必要という訳だ。


 しかし、王国最強と言われる魔導騎士をいとも容易く殺してみせたあの化け物に、果たして自分はどこまで通用するだろうか。


 側から見てもアリアス魔導騎士の奇襲は完璧なモノだった。

 魔技構築から発動、そして計算されつくした魔技チェインのタイミング。

 あのレベルの魔技連携は決して付け焼き刃でできる代物ではない。

 幾度と無く修練を重ね、反芻を繰り返し、一分の隙も無い動きを身体に覚え込ませたのだ。


 そんな必殺の奇襲とも言える凶悪なまでの魔技の応酬を、業魔はたった一撃で叩きのめして見せた。


 何をされたのかすら分からず、どんな動きをしたかすら見出だせず、彼は理不尽な力に飲み込まれてしまった。


 何の声も出せぬまま、ボロ雑巾のようにうち捨てられたのだ。


 人が死ぬ事には、自分はある程度の耐性があるつもりだ。


 だが、


『――しゃきっとしろ』


 知り合ってたった半日ほどであったろうか。

 アリアスの声は今でも頭の中に残っている。

 少々癖のある人物ではあったが、自分は決して彼を嫌ってはいなかった。

 身近な人が死ぬというのは、何度味わっても慣れることができそうにない。


 リタの心はいつしか落ち着きを取り戻しており、業魔から視線を外すことも厭わず、下を向き、一度瞑目する。


 殺るか殺られるか。

 実に単純明快で分かりやすい。

 皮肉な事に、これほどまで自分向きなフィールドがあろうかと、清々しさすら覚えてくる。


 あのリヴァインオルドの屋敷の中で燻っていた自分よりも、今の方が何倍も自分らしいと言えよう。


 婚約だ剣姫だとウジウジ考え込むより、ひたすら剣戟を交える方が、どうやら性に合っているらしい。


 リタは心に区切りをつけるように、ふぅと息をひとつ吐き出す。


 殺しあう覚悟――

 そんなものが出来たのかは分からないが、踏ん切りはついた。

 やるしかないのであれば当然、やる。

 何もせずにゴミのようにうち捨てられるなど真っ平ごめんである。


 そのお粗末な傲りと余裕ごと、彼の分まで斬り刻んでやる。


 リタは決意を示すように、銀の長剣をスラリと引き抜き、その白刃を堂々と業魔へと向ける。



「お望み通りやってあげる。必ず後悔させてやるわ」



 それを見た業魔は特に反応を示さない。

 ならさっさとかかって来いとでも言わんばかりに、ダランと両腕を下げたまま、無防備にリタを見ているだけだ。


 あれは余裕があると見せつけているつもりなのだろうか。

 確かに見た目だけで言えば自分はただの少女でしかない。

 アリアスと比べても、取るに足らない無力な存在とでも思われているのだろう。


 だが――


 それが気に食わない。


 あの強者ぶった態度と試すような立ち振る舞い。

 完全に舐め腐っているとしか思えない。


 確かにアイツは強い。

 間違いなく王国内でも屈指の戦闘力を持つ魔物だろう。


 しかしそれが今ここで引く理由にはならない。

 退路は無く、背水の陣で強敵に挑めとあれば、否応無しに前進するしか無いのだから。


 小手先の駆け引きはいらない。

 あんなものに小手先の技術は通用しないのだから。


 ならば最初から全力でやらせてもらう。

 持ちうる全てを奴にぶつけ、裂帛の気合いを白刃に込めよう。


 リタは最後にそう心の中で呟くと、長剣を両手で握り、上段で構えつつ剣先を前へ倒した。



「――!」



 ――【魔技:脚力強化 中級】

 ――【魔技:腕力強化 中級】


 リタの目端に文字が光り、魔技発動が決闘の開始を告げる。


 アリアス程ではない。だが弾き出されたような異様な加速が、リタの小さな身体に神速を与える。

 藍色と銀の残像を置き去りに、リタは業魔の左へと回る。


 正面から飛び込んでしまってはアリアスの二の舞になりかねない。

 あの迎撃が何であったのかは不明だが、少しでも可能性は減らしておきたい。


 故にリタは横から攻撃する事を選んだ。


 雨で泥濘む土。

 水分を多く含んだスポンジのようなそれに、脚を取られそうになる。


 だがそんなものは気にしていられない。


 リタの強襲にピクリと反応する業魔。

 リタに対し初めて見せた反応だが、相変わらずどんな動作の前触れであるのかが分かりにくい。


 リタはその瞬間カッと目を見開き、長剣を持つ左手を緩め、魔技を込める。


 ――【魔技:強振斬撃 中級】


 途端に加速した銀の斬撃が業魔を襲う。

 狙いは脇腹。真横からチェインを込めた一閃が唸りをあげる。

 が――


 ――【魔技:瞬歩 中級】


 リタは瞬間魔技を解放し、有無を言わさず身を引いた。

 刹那、眼前を灰色の残像が掠め、リタの髪を薄く撫でる。

 それは強大な風圧の余波すら生む強烈なもの。掠っただけでも被害は甚大であろうことがわかる。


 ――今のは。


 リタは【魔技:強振斬撃】を初めから業魔に当てるつもりは無かった。

 実際に斬撃を放った瞬間、リタお得意、極限まで時間差を詰めた魔技チェインを発動させた。

 つまり、【斬撃】と【瞬歩】をほぼ同時に発動し、"攻撃"と"後退を"同じタイミングで放ったのだ。


 威力すら測れぬ不可視の攻撃へ対するには、リタはこれ以上の回答を見出せない。


 斬撃はリタが一瞬前までいた位置に放たれた形となり、そこへ業魔の攻撃が合わさった。


 が、返ってきた感覚は想像していたモノよりずっと奇妙なものであった。



 ――弾かれた!?



 金属と金属が擦れ合うような音が響き、散った火花がそれを肯定する。


 鉤爪――?


 いや、そんな鋭利なものに触れた感覚は無かった。

 であれば今のは――、


 ――【魔技:瞬歩 中級】

 ――【魔技:強振斬撃 中級】


 考えるより先に、リタの本能が動いた。


 舞い散る火花を挟み、奥に業魔の黒い瞳を垣間見る。

 何の感情も見出せない漆黒の双眸。それは小さなリタを引きずり込もうとでも言うように、一切の光を受け付けない。


 途端に背筋をゾクリとするものが過ぎ、それを何くそと払い除ける。


 瞬間、リタは魔技で跳躍し、業魔の直上で長剣を振りかざす。

 そして2度目の【強振斬撃】を業魔へ打ち下ろす。


 が――、



「――な!」



 再び金属を撫でる感覚。

 しかしリタは目を疑った。


 ――防御すらしていない。


 直下の業魔。


 奴は始めからリタの攻撃を防ぐ気など無かったのか、ただその場に立ち尽くし、その真っ黒な片目だけでジロリとこちらを見上げていた。


 最初からいた立ち位置から一歩たりと動いておらず、まるでリタへ好きに攻撃しろとでも言わんばかりに。


 業魔はそれほどまでに、自身の守りに絶対の自信があるのだろう。


 ――つまり、リタの長剣は始めから無防備な業魔ですら傷一つ付けることは出来ないと言う事。


 竜の鱗ですら貫くチェインを乗せた【強振斬撃】が一切通用しないなど、リタは可能性として考えてすらいなかった。


 この怪物はあまりにふざけた存在であると、リタは再認識しつつ、ギリっと歯を食いしばる。


 中空で更なる魔技を待つ長剣。

 背に光る雲間の太陽が白刃に反射し、銀の煌めきが業魔の目に映る。


 しかし依然業魔の表情は平穏そのもの。

 リタはその瞬間、初めて業魔の感情を僅かに垣間見た気がした。


 それは何とも、心底退屈そうな飽きの感情であった。


 その瞬間、リタの中にあった確かな矜恃が、侮蔑の喝采を浴び、撃鉄を弾く様に燃え上がる。

 意地が、これまでの剣への思いが、傷付けられた矜恃を取り戻せと咆哮を上げる。


 リタは長剣を更に握り締め、あらかじめ構築し始めていた魔技を発動させる。



(――私の攻撃など防御せずとも関係無いと言うわけか! 舐めるなよ!)



 ――【魔技:強振斬撃 中級】

 ――【魔技:強振斬撃 中級】

 ――【魔技:強振斬撃 中級】



 ――【連携魔技:疾刃(しば)一閃 】



 リタお得意の斬り返し。

 剣姫渾身の一撃が繰り出される。


 音を置き去りに重ねがけされた白刃の暴威が、青い白い光となって業魔へと迫る。


 その閃光は何者も阻む事を許さない。

 剣の天才によって司られる、確かな光を内包した覚醒の白刃。

 意地と神速が融合し、剣姫の剣刃が雷火のごとく振り下ろされる。


 この魔技こそ、リタが剣姫たらしめる所以であると言っても過言ではない。


 対する業魔。

 その魔技を感知しつつも、相も変わらずその場から一歩も動く事はない。

 こちらを見定めるように、受けてやるから撃ってみろと言わんばかりに、ジッとリタを見つつ微動だにしない。


 これ程までの一撃の威を持ってしても、悪魔の防御を誘う事すらできない。


 そしてそれを証明するように、青の閃光が狂い無く業魔へ至った。


 途端に凄まじい衝撃が地面を震わせる。


 だが――


 続いてあの聞き慣れた甲高い金属音が響き、無慈悲に森へ消えていく。



 ――なん…で、



 長剣を振り下ろしたリタ。

 彼女は眼前の光景に呆然とした表情を浮かべている。


 今の魔技は、現状の剣姫リタとしての、集大成のようなモノであった。

 自分の重ねうる極限まで魔技チェインを発動し、その上で編み出した正真正銘リタ最強の一撃であった。


 あえて撃たされたのだと分かっていた。

 だから自分は完璧な状態で技を放つことができたのだ。


 だが、そこまでお膳立てされた中においても、自分は防御すらしなかった敵に傷一つ負わせる事が出来なかった。


 業魔の眼前で、リタは剣先がポッキリと折れた長剣を愕然とした表情で見ていた。


 しかしそれ以上に、業魔はリタの剣に対する矜恃や自負、いや、これまでの何もかもを完全に叩き折っていた。


 もはやリタに業魔を倒す手段はない。

 それどころか、自分ではこの悪魔を一歩たりと引かせる事すらできない。


「――」


 ――自分の負け。

 完膚なきまでの負けだ。


 これまで積み重ねてきた事の全てを否定されたような気分だった。

 自分が血反吐を吐きながら努力と気力で磨きをかけて来た身体も技も、目の前の業魔にしてみればほんの誤差にしかならない。


 その事実が重くリタにのし掛かり、先程までの意気込みが嘘のように、彼女から戦意を奪っていく。


 業魔もそれに気づいたのか、小さく首を傾げながらリタを見下ろし、戦う気が無いと分かったのだろう。


 アリアスを掴み上げた時と同様に、業魔はリタへ手を伸ばした。


 リタはそれを見て一瞬だけ折れた長剣を前へかざしたが、すぐに諦めるように剣を下げた。


 これ以上やっても無駄だろう。

 あれだけ完璧な一撃を放っても傷一つ付けることが出来なかったのだ。

 何度やっても同じだ。

 無論、そんな相手から逃げることも不可能だ。


 そう自分に言い聞かせつつも、リタは無意識に歯を食いしばっている自分に気付いた。


 悔しいのだろう。


 ここで終わるすべてが。

 今すぐにでも迫る巨腕に剣を突き立ててでも抗えと。

 心のどこかで叫んでいる自分がいる。


 だが、それは出来なかった。

 恐怖や怯えでは無い。

 唯一自分の存在を肯定できた"剣"ですら、この世界にはただの誤差でしか無かったのだから。


 それは唯一リタが自分を自分たらしめるものであり、何よりリタを支えてきたモノであった。


 それが瓦解した今、リタの希望は既にない。


 支えてきた筈のモノに、暗中の泉へ背後から突き落とされる、そんな心地。


 自分の最後の砦である"剣"をも否定され、落胆と絶望がリタを一気に侵食していく。


 業魔がリタを掴み上げ、アリアスのように眼前でリタを覗き込む。


 吸い込まれそうな真っ黒な瞳がリタを凝視し、強靭な腕が彼女をガッシリと固定し、もはや身動きさえ取れなくなる。


 腰に携えていた杖がポキリと折れ、業魔は少しずつリタを締め上げて行く。


 リタは業魔に掴まれても特に表情を変えるでもない。


 さっさと殺せとばかりに虚ろな目で業魔を見つめ、肌身離さず持っていた長剣さえ、いつしか手放してしまっている。


「――」



 ――もう、やめてしまおう。



 声にならない呟きが語ったのは、そんな気の抜けた、他人事の様な冷やかな言葉だった。



 こんな事無意味だ。

 いくら剣を磨いた所で上には上がいる。


 怪物に刃物で挑んだ所で、彼らにとっては蚊に刺された様なモノなのだから。


 まったく、あれほど熱心に鍛錬を積んできた剣をこうもあっさり捨てるだなんて、自分とは本当にどうしようもない存在だ。


 少しずつ締め上げられていく手の中で、リタは苦痛に消え入りそうな呻きを上げながら、虚ろな瞳で地面に落とした剣を見た。


 あれほどまでに振ってきた剣。小さなリタには重く長すぎる剣であっだ。

 だが、なぜか今はとても小さく見える。


 ――自分はただ剣に逃げただけだったのかもしれない。

 他に自分を誤魔化すものなんてなかったから。

 そこへ"剣"という逃げ道を作り、これこそが自分であると勝手に思い込んでいただけなのだ。


 その結果がこれなのだから笑えない。


 結局自分が積み重ねてきたものなど、最後の最後には、自分にとっては何の価値もないただのガラクタだったのだから。


 無駄と無駄の積み重ね。


 運命が自分に突きつけたのは、そんな慈悲も救いもない無情な宣告。


 お前は結局のところ何一つ手に入れる事なく死んでいくのだと、そんな心無い言葉を言われた様な気さえする。



 ――だから、もうやめにしよう。



 ――もう、嫌な現実(モノ)なんて見る必要はない。



 ――だから。



 ――、




「え……、何で」


 ――おかしい。


 悲しくなんて無いはずなのに。

 未練なんて無いはずなのに。


 何で今更、何で今更出てくるのだろうか。


 ポロポロと溢れる熱い何かが、リタの目元を伝って業魔の手を濡らす。


 これは外では決して見せてはいけないモノ。

 絶対に誰にも見せてはいけないと心に決めた、脆い自分。


 だから絶対に流してはならない。


 そう誓ったはずなのに。


 こんな本心(モノ)、今更見せつけられても、遅すぎる――


 今頃来られても、時はもう許してくれはしない。




 覆い隠していたものが剥がれていく。


 剣姫たらんとしたあの日からの鉄の仮面、心の表皮がポロポロと堰を切ったよう崩れ落ちていく。



 ――ああ、自分は本当にどうしようもなく弱い。



 結局口で何だかんだ言っても本心には嘘をつけないのだから。


 何もかも自分で背負わなければならないと、凝り固まった感情が全てを覆い隠していたのだ。


 分かっていたが、それは分かった気になっていただけだ。


 何の事はない。



 結局私はずっと――



 ――どうしようもなく寂しかったのだ。



 止めどなく流れ出る感情の激流。


 その分水嶺の先にあったもの。

 それが今分かった。


 もっともっと、誰かに頼れば良かった。


 リーシャ姉様やお父様、ジルだっていい。


 何をしてもらうでもない。

 何を聞き入れてもらうでもない。


 話を聞いてもらうだけでも良いのだ。


 弱味を見せてはいけないと。

 決して泣き顔を晒してはならないと。


 自分を抑えつけ、締め上げ、追い詰めたのは。

 他でもない自分。


 結局のところ、自分は自分の道化でしかなかったのだ。


 そんな簡単な事にすら気付けていなかった。


 何とも滑稽で笑える話だ。



 ――だが、それが分かった所でもうどうしようもない。


 遅い、あまりに遅すぎる。


 生への渇望が、明日が来ない事への絶望が、リタを涙で歪めていく。


 一度は諦めた命。

 今更生きたいだなんて図々しい話だと言うことは分かっている。


 だが、ほんの少し、それが例えコンマを要する程0に等しい確率だとしても――


 自分はいま、どうしようもなく生きたいと思っている。


 悩むなら悩めばいい。

 泣きたいのなら堂々と感情を曝け出して泣けばいい。


 それすら許さない世界ならば、そんなものは自分が一から叩き直してやる。


 だから。

 だから、まだ自分は死ぬ訳にはいかない。


 例え四肢を失っても、例え何度業魔に力の差を見せ付けられたとしても。


 この醜くも卑しい生への渇望だけは絶対に捨ててはやらない。


 忘れていた剣姫たる誇りを取り戻すように。


 誰の為とも分からぬ道化ではなく、剣姫として、いや、リタ・シェールブルクとして。


 たとえそれが、笑えるほど滑稽だとしても――



「――私は絶対に死なない! 例え貴様に握り潰されようと、四肢を刻まれようと、高慢で残虐な貴様になど、これ以上屈してやるつもりはない!」



 吼えるような、叫ぶような声。


 しかしそれは確かな芯を持って業魔へ突き付けられた。


 あまりに遅すぎる戦線布告であるが、急に豹変した生物に、業魔は力を込めた腕を止める。


 リタの激情は確かに業魔へ突き刺さった。

 それは奇しくも、リタと業魔が決闘を始め、業魔が初めて見せたリタへの期待である。


 なんだ、何かする気か、ならばして見せよ。


 そう囁くように、業魔は漆黒の瞳の奥で僅かばかりの期待を込め、最後のチャンスを矮小なる生物へ提示する。


 その数秒に満たぬ業魔の躊躇。

 それが風前の灯火のリタを救うことになろうとは、業魔には全く予想のつかなかった事だろう。



 刹那、業魔がピクリと灰色の巨躯を震わせ、弾くように顔を上げた。


 あの表情を読ませぬ業魔の面相が、みるみるうちに歓喜に染め上がっていく。


 いつしか業魔はリタの存在すら忘れ、リタの後方に迫る何かに、恐ろしい程に興奮している。


 あの不気味な雰囲気の業魔のあまりの豹変に、リタも唖然として業魔の顔を見上げている。


 一体自分の後ろに何がいるというのか。


 するとそれに答えるように、リタの後方から眩い青の閃光が輝いた。


 バチバチと音を立てて現れた光は、みるみるうちに光力を増していき、音も追随するように何重にも重なっていく。


「――!?」


 途端に業魔が吼えるような咆哮を上げ、リタをポロリと地面へ落とした。


 解放されたリタは地面へ落とされた痛みも忘れ、あの業魔が惜しげも無く空へ猛々しい雄叫びを上げている事に驚愕している。


 そして業魔をそれほどにまで豹変させた存在を見ようと、ゆっくりと視線を向けた先――




「――ようクソッタレ」




 途端に業魔が答えるように咆哮を重ね、身を屈めたかと思うと、次の瞬間、リタの前から消えていた。


 だが、今のリタにはそんな事どうでも良かった。


 死んでいない。

 あれ程の死の淵にいながら、自分は今生きているのだ。


 そして彼女の視線の先、そこには見覚えのある少年の姿があった。


 ギルドで見た時から既にボロボロであったが、今の彼は更に酷い状態だった。


 着ている服はズタズタで、異常な量の血が滲んでいる。

 左腕は肘から下を喪失しており、ポタポタと血が地面へ血の跡を作っている。

 顔は赤黒い血がベットリと貼り付き、左耳は取れかけており、目を開ける事すら困難な程に血が流れている。

 しかし、彼の手には未だ鮮血に染まったあの鉄剣が力強く握り締められており、血の合間から見える双眸は様相に反して死んではおらず、確かな闘志を内包している。


「なんで、立ってられるの……」


 リタは無意識に呟いていた。

 あれでは今すぐ死んでもおかしくない。

 それどころかあんな状態になってまで、まだ業魔に挑もうとすらしている。

 彼の身体に刻まれたあの傷一つ一つは、常人が受けただけで悶絶する程の激痛を伴う筈である。


 だが、彼はまだ戦うつもりでいる。


 その瞬間、リタの中で熱い感情が燃え上がる。


 自分よりも歳下で、体躯も身分も小さな子供が。

 誰よりも蔑まれ、誰よりも辛酸をなめてきた彼が。

 今まさに凶悪な悪魔に立ち向かおうとしている。


 そんなものを傍観出来よう筈がない。


 剣姫として、いや――

 今はただのリタとして、彼をここで見殺しにする訳にはいかない。


 いつの間にか骨を数ヶ所折られていたようだ。

 だが、今のリタにそんな痛みを感じる余裕など無かった。


 一度は手放した折れた長剣を飛び込むように掴み、踵を返して業魔を追う。


 死ににいく訳じゃない。

 剣姫としてでもない。


 今はただのリタとして。あの時、一度は折られた意地を取り戻すだけだ。



 屈して堕ちた自分(バカ)を、あの溢れ出た劣情を、全て纏めて叩き返してやる!



 そう心に叫び、リタは長剣を握り駆け出した。


 脇目も振らず、見える筈もない業魔を追って。


 少しでもいい、たった一撃でもいい、いや、囮としてでもいい。

 全てに抗う彼の助けになりたくて。


 リタの長剣が再び銀閃を取り戻す。




 灰色の残滓を残し、リノアの周囲を回るように疾駆する業魔。悪魔の残像の直上、そこへバチバチと音を鳴らす神の雷槍がいくつも展開されていく。


 しかしそれらの狙いはリノアではなく、彼の直上に待機する、同じく神の雷槍、【破滅の雷槍】


 そして業魔は数十本の雷槍を展開した後、リノアの前で一瞬姿を現し、一度ピタリと巨躯を止めた。


 途端にリノアと目が合い、この神話さながらの決闘に賛美を送るように、大空へ再び咆哮を打ち上げる。


 興奮冷めやらぬ狂気と歓喜。

 それらを煌々たる闘志に引火させ、業魔は見せびらかすようにその凶悪な槍を顕現させる。



 ――《昇華魔技承認》――



 ――【昇華魔技:神威の雷槍】



 紫電の神槍が業魔直上にその身を顕し、今度こそリノアへ矛先を向ける。


 これは防ぎようがないだろう。

 業魔が瞳の奥でせせら嗤い、約束された勝利を誓うように、血に染まる鉤爪を天へ掲げる。



「そいつを2度も斬るのはごめんだ」



 ――《昇華魔技承認()()》――

 ――《昇華魔◼️承認不可》――

 ――《昇◼️魔技承◼️不可》――

 ――《昇◼️魔◼️承◼️不可》――

 ――《◼️華魔◼️承認◼️◼️》――

 ――《◼️◼️◼️◼️承◼️不◼️》――

 ――……



 ――《昇華魔技強制承認》――



 ――【昇華魔技:神威の雷槍】



 リノアの目端に夥しい数の文字が浮かび上がると、業魔と同じ様に紫電の神槍が彼の直上に浮かび上がる。


 それはまごう事なき三叉の神器。

 終末の絶槍と揶揄される世界最強の神の意思。


 青白く輝く世界の中で、お互いの息遣いすら聞こえる距離を置き、大と小、二対の決闘者は紫電の槍を惜しげも無く突き合わせる。


 向けられた破滅と破滅。

 舞台を終局の神器が埋め尽くし、終焉の下知を待つ。


 さすもの業魔もこれには絶句しており、歓喜に燃えていた瞳はいつしか困惑となり、そしてついに、


 ――業魔は生まれて初めて恐怖を覚えた。


 自身最強の攻撃。

 それをそのまま喉元に当てがわれているのと変わらぬ状況。


 死への恐怖、そして生への渇望、生まれてから数千年、決して感じることの無かった畏怖を、業魔は今まさにその身に感じていた。


 これが畏れ。

 これが死を突き付けられる感覚。


 生物としての頂点に立つ業魔にとって感じ得る筈のない劣情。


 これぞ生の極致。

 これこそが命を持つモノの証――。


 やはり業魔の本質は底抜けの狂気と言えよう。

 死の淵に立たされてなお、その身に初めて覚えるはずの恐怖を内包してなお、業魔は眼前の"敵"に会いまみえたことに狂喜乱舞し、狂ったような雄叫びをあげる。


 破滅の槍も、紫電の神槍すら相殺するというのであれば、やる事は1つ。


 あとはただ肉薄し、刃によって語るのみ。


 リノアもそれを理解したようで、鉄剣の剣先を業魔へ掲げる。


 業魔もそれに応えるように鉤爪を交差して構え、激突の意思を見せる。


 数瞬の静寂が舞い降り、そしてそれは突然終わりを告げる。



 刹那、ほぼ同時にお互いの槍へ突撃号令を下した。



 何の前触れも無く全ての槍が弾き出され、寸分の狂い無く矛先を交え、各々が眩い閃光を発し消滅していく。



【神威の雷槍】も例外では無い。


 その禍々しい矛先をお互いに捉え、弾く事も、弾けるような事もなく、周囲で無数に閃光をブチまける神の槍の中で、最も静かに存在を抹消し合った。


 その眼下、リノアと業魔はそんなものを視界に入れる余裕もなく、互いに白刃を掲げて激突する。


 リノアは身を低く屈め、下段から鉄剣を業魔の鳩尾へ滑り込ませる。対する業魔はリノアの直上、二対の鉤爪を平行に眼下に叩き込む。


 途端にリノアが跳躍し、剣撃を業魔へ入れつつ、業魔の腕と胸の間をすり抜ける。

 遅れて鉤爪が地に猛烈な威を持って突き刺さり、衝撃と砂塵を生む。


 業魔は驚愕に染まり、リノアは目論見通りといった表情。


 業魔の直上へ躍り出る束の間、リノアは業魔の逆立つ銀毛に脚をかけ、勢いを殺さず、業魔の背後へ方向転換する。すかさず業魔が巨躯を捻り、振り向きざまに鉤爪をリノアの着地点へと振りかざす。

 が、リノアはそれを見越し、背中に鉄剣を掲げたまま地に降り立つと、反動で鉄剣を振り上げ、来たる鉤爪を大空へ有無を言わせず弾き上げる。


 長い間生物最強であった所以か。彼らは小細工など労する必要など無かったのだ。それが皮肉な事に、業魔が駆け引きに疎いという弱点を生み出したのだろう。無論その弱点が通用するのは、実力が拮抗しているか、それ以上の者であるが。あまりに愚直で素直な攻撃、それは業魔であるからこそ、この何千年変わることが無かったのだろう。


 弾き上げた鉤爪を見据え、リノアは横へ飛び、再び斬撃を業魔直下から叩き込む。


 だが、やはり業魔の身体に傷を付けることは叶わない。

 本日何度目に聞いたであろうかと言う鉄を撫でるような音と手応え。


 1体目を斬った時は、急に現れたよく分からない文字に救われたが、どうも2度目を放つ事は出来そうにない。


 やれと言われれば出来るかもしれないが、それはやめておけと身体が警鐘を鳴らして抗議してくる。


 何度も自分を救った、あの身体の冴えがそう叫んでいるのだ。

 あえてそれに背くつもりはない。


 1体目を斬り潰した後、目端に現れた『【破滅の雷槍】強制取得』という文字。

 もしやと思い見様見真似で使ってみたが、まさか本当に成功するとは思わなかった。


 だがあの槍を放った後、自分を強烈な倦怠感が襲った。

 それも命の危険を感じるほどに強烈な奴だ。


 あの意味不明な剣技を使えば業魔を倒すのは容易いだろう。

 だが、使えば今度こそ身体が破裂するであろう事も自分は確信している。


 無理に無理を重ねてここまで来られたのだ。

 あの悪魔を1匹殺せた事ですら、奇跡とも言える話である。

 折角ここまで繋いだ命、それを無駄に棄てる事など出来ようはずがない。


 故に今は独力でこの悪魔に立ち向かう他は無い。

 頼れるモノには全て頼ったのだ。

 いわばこの肉弾戦はフリダシに戻ったも同然。


 あの技無しに業魔を斬ってみろと、自分から言われているような気さえする。


 自分の事ながら、相も変わらず無茶苦茶言ってくれると笑みさえ出てくる始末。


 だが――


 ならばそれに応えるまで。



 数瞬前までリノアのいた位置に再び鉤爪が振るわれる。相も変わらず正直な攻撃だ。


 だがこちらも攻撃できてはいるが、攻略の糸口は掴めぬまま。

 これだけ剣撃を放っても業魔本体へ届かないとなると、単に外側から斬撃を与えるだけではダメと言う事か。



 そんな事を考えているのも束の間、リノアの背後から銀閃が業魔へ躍り出る。


 業魔はリノアへ鉤爪を振り抜いた直後、一方の鉤爪は弾き上げ中空に、一方は砂塵を巻き上げて地面に。


 その隙を突くように、藍色の髪を持つ少女が折れた白刃を振り上げ、間髪入れずに剣撃を業魔へ叩き込む。



 ――【連鎖魔技:疾刃一刀】



 青白い光を内包した鋭い剣刃が業魔を襲う。

 が、やはりその身を傷つけるには至らない。


 途端に迎撃の蹴りがリタへ迫り、予め構築していた【瞬歩】で下がるも、時が躱す事を許さない。


 何かしら身体に小さくない傷を負っているようで、期待した効果を発揮出来ていない事に、リタが苦悶の表情を浮かべる。


 それを見たリノアが鉄剣をリタの眼前に繰り出し、蹴りを鉄剣で受けつつ、身体でリタを背後から包み込む。


 ゴッという鈍い音が辺りに響き、リノアとリタが業魔の蹴りで吹き飛ばされる。


 リノアがリタを守るように、彼女を右手で抱き抱え、背中から地に落ちた。


「ぐっあぁ……!」


 久しぶりに貰ったダメージが全身を震撼し、自身が満身創痍である事を思い出させる。


 全身から血が飛び、骨は悲鳴を上げ、頭は意識を手放そうと誘惑を囁く。


 遠くで業魔が歓喜の雄叫びを上げ、鉤爪を振りかざしているのが見えた。


 仰向けのまま吐血を荒々しく地面に吐くと、リタが信じられないモノを見るような目で、リノアの側へ飛び込むように駆けつけた。


 そしてリノアの後頭部に手を回し、起き上がる手助けをするように力を貸した。


 血泡が絶え間なく喉を伝い、吐血が顔の下部を染めていく。


 いよいよ身体の限界が近い。

 まさにいつ死んでもおかしくない状態だ。


 そんなリノアを泣きそうな顔で正面から見るリタ。

 だがそんな彼女、純白の雪の様な白肌には、既に泣き腫らした跡が惜しげも無く残っていた。


 そして柔らかい手がリノアの頬に触れ、もう休んでと言うように優しげな笑みを無理やり浮かべる。

 続けて薄いピンク色の小さな口が何かを言いかけ、戸惑い、それを数回繰り返し、最後に僅かに言葉を紡いだ。


「ごめんなさい。……また、私のせいで」


「……どうして……謝るんですか」


「だって、私を庇って――」


 それを聞いたリノアは一瞬目を細め、優しく、言い聞かせるように返答した。


「……あなたも、俺を、庇ってくれた」


「それは――」


「――お礼、言ってませんでしたね。凄く、凄く嬉しかったんですよ、あの時」


「……」


「……それに、今のは、あなたのせいじゃない。また、俺を助けに来てくれたんでしょう?」


「……」


 リノアが尋ねると、リタは何も言わずに下を向いた。

 リタは確かにリノアを助けに行ったつもりだったが、結果として更に脚を引っ張る形になってしまったのだ。

 どんな顔をすれば良いのか、何て答えたら良いのか分からず、リタは黙って下を向くことしできなかった。


 するとリノアはリタの手を握った。

 ボロボロで血の滲んだ手ではあるけれど、ゴツゴツとした男らしさと、潰れては現れてを繰り返し肥大した大きな剣豆が印象的だった。


 リタが顔を上げると、にへらと笑うリノアがいた。


 そしてゆっくりと身体を持ち上げ、リノアは更に言い聞かせるようにリタへ言った。


「……これくらい、何でもないです。今まで散々痛めつけられてきた(モノ)に比べれば、こんなもの、少し小突かれたようなものですよ。それにほら、アイツは追撃してこないみたいですし、ちょっと休めただけ、儲け物だと思いませんか?」


「……」


 それを聞いたリタは目を丸くし、みるみるうちに涙を溜めたまま表情を和らげていく。

 潤んだ目が光に照らされ、柔らかく微笑む表情を飾るように彩る。


 そしてリタは心の中で小さく呟いた。



 ――ああ、本当に敵わないなあ。



 するとリタは、すぐに踏ん切りを付けるように目を擦り、リノアへ背を向けて業魔へ向き直る。


「ごめんなさい。杖は折れてしまったの。だからあなたを治療する事はできない。でも――」


 リタは半身だけリノアへ振り返り、決意を示すようにリノアへ視線を向け、


「リノア、あなたは私が何としてでも守る。例えこの身が朽ちようと、あなたの命だけは奪わせはしないわ」


 そう言い放ち、リタは地面に刺さっていた長剣を抜いた。


 先ほどの一撃で更にヒビが入っているようだ。

 あと【疾刃一刀】は一撃が限界と言ったところか。


「……いや、それは困ります。あなたにここで死なれては何の意味も無い。俺が剣を手にした意味も、あの怪物に挑んだ意味さえ無くなってしまう」


 リタはそれを聞いて慌てて振り返ると、リノアはいつも間にやら側の鉄剣を拾い上げ、リタに並ぶように業魔を見据えていた。


 ポタポタと血の雫を滴らせながら横に立つリノアに、リタは唖然としつつ何かを言いかけたが、リノアの確固たる表情を見て、もう何も言うまいと業魔に視線を戻す。


 相変わらずこちらへ詰めてこようともせず、首を傾げて様子を伺っている業魔を見ながら、リタがポツリと尋ねた。


「リノア、もしかして何か勝算でもあるの?」


「……無いです」


 それを聞いたリタが渋い表情でリノアを見たが、何の策も無しに飛び込んだ自分を思い出し、何も言わずに口をつぐむ。


「でも――」


 リノアがリタへ視線をやり、血に埋もれた眼光が未だ見えぬ勝機を信じている事を示す。


「今は2人です。1人じゃない」


「……」


 そんなリノアの言葉と目を見ながら、リタは数瞬呆気に取られたが、すぐにニッと太陽のような笑みを浮かべる。


「そうね。2人なら何か出来ることがあるかも」


 するとリノアがコクリと頷き、目を凝らしながら業魔を見据える。


「あの硬い毛皮……、あれを突破するには強力な一撃が必要です――」


「つまり?」


「簡単です。1人が毛皮を衝撃で弾いた直後に、もう1人が中身に斬撃を加えればいい」


 リタがリノアを唖然とした表情で見たが、彼の表情から本気である事が分かり、少し間を置いてから尋ねた。


「……そんなに、簡単に行く?」


「……さぁ、どうでしょうね。でも、できなければ2人とも死ぬだけです」


「……」


 返事の無いリタへ、リノアは自分の言葉が聞こえていなかったのかと思い、リタへ聞き返した。


「リタ……さん?」


 するとリタは少しばかり奥へ視線を逸らし、こっちを見るなと言わんばかりに小さく呟いた。



「……呼び捨てでいい」



「……?」



 リノアの無理解の瞳を見たリタが目を細め、ズイっとリノアへ迫り、真っ白で細い指先をリノアの口元へ押し当てる。


 途端に柔らかな冷たい感触がリノアの唇へ伝わり、未知の感覚に身体の機能が一時停止する。


 追い討ちをかけるように顔を近づけるリタに、リノアはギルドで初めてリタに会った時の事を思い出していた。


 何故か心臓の鼓動が速度を上げているのが分かり、同時にリタが何故このタイミングでこんな事をするのか全く分からない。


 嫌とは言わせぬと言った、リタのまた違った性質の圧力が、リノアを掴んで離さない。


 無意識にブンブンと首を縦に振り、それをジト目で見ていたリタが「うむ」と言って身を引く。


 そして再び業魔へと視線を戻し、続けて一言。


「あと、敬語いらない」


「……はい、あ、分かった……?」


 尚も敬語を言いかけたリノアをリタがジロリと見ると、リノアは慌ててぎこちなく言葉を修正した。


 リタがそんなリノアを見ながらクスリと小さく笑い、呆れたように緩んだため息をふぅと漏らす。


「不思議ね。あなたがいれば本当に何とかなるように思えてくるわ」


「それは……買い被りすぎ」


「あら、そうかしら」


 その言葉を最後に、カチリと剣を握り直す2人。


 眼前には強大な力を持つ、伝説の悪魔が仁王立ちで挑戦者を待っている。


 これまで幾度と無く"死"の境地に立たされたリノアとリタ。


 尚も立ち塞がる死の凶刃に、満身創痍傷の両者は脇目も振らず立ち向かう。


 だが、2人の目はこれまでで最も希望に満ちていた。


 自分1人では決して感じ得る事の無かった、仲間と背を支え合うかのような感覚。


 たったそれだけが互いの力となり、互いの心を奮い立たせる。


 そして2人は合図するでもなく、己の未来奪還を果たすように、業を食らう悪魔へと地を蹴った。

いつも読んでいただきありがとうございます。


文字を減らすと言っておきながら非常に長くなってしまいました……

切りどころが微妙だったのでこのような形となってしまいました。

以後気をつけます。


誤字脱字報告、いつもありがとうございますm(_ _)m

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