表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/26

魔導騎士の気まぐれ

 ギルドの隣に大きな酒場がある。


 酒場はこの町の看板のような存在で、町の内外を問わず多くの人間が訪れる。


 そんな町1番の酒場の隅。

 騎士の男が一人、ムスッとした顔で酒をあおっている。


 地毛の金髪は後ろで小さく束ね。

 胸に纏った軽鎧には多くの擦り傷があり、いくつも荒事を潜ってきたのだとわかる。

 手入れのされていない髭、薄汚れた身体。

 彼を見れば最近町に来たのだと誰もが分かるだろう。

 背中には特徴的で大きな赤いローブを羽織っており、上から大剣を斜めに背負っている。

 その赤いローブには、目を引く絢爛な龍の刺繍が存在感を示している。


 顔はけして悪い部類ではない。

 凡庸ではある。しかしそれなりにまとまった顔立ちは鋭い目と相まって味を出している。


 彼はかれこれ2時間は酒を飲んでいる。

 時折一人で「ケッ」と何かを思い出すかのように悪態をつき、苛立たしげにコップを机に叩きつけている。


 一目みて面倒くさいと分かる彼に、関わろうとする者などいない。

 自然と彼の周りには誰もいない空間ができている。


 しかし騎士の男は周りの事など気にも止めていないようだ。

 ただただ酒を注文して飲むといった行為を繰り返し、苛立ちと落胆の入り混じった愚痴を延々と吐いている。


「くそっ……。リーシャのやつ。何も分かってないのはお前の方だろうが……。俺は、俺はな。ずっと前から、お前の事だけが――」


 騎士の男の声を遮るように、中年の男が酒場に飛び込んできた。


 騎士の男もそれに気づき、イラっとした視線を店の入り口に向ける。

 酒場にいた他の客も、ポカンとした顔で入り口を見ていた。


 飛び込んで来た中年男はハアハアと肩で息をする。

 ガチガチと歯をならし、怯えた表情は悲壮な心境を物語っている。


「ば、化け物だ! 鉤爪を持った化け物が……! "業魔"が森に現れやがった! 今すぐ全員避難しろ! 八つ裂きにされるぞ!」


 叫ぶような、縋るような、そんな声であった。


 酒場は一瞬だけシーンとなり、堰を切ったように大きな笑い声が響き渡る。


 騎士の男も堪えきれぬと言ったように、苛立ちを忘れてクククと笑う。


 笑い声がひと段落すると、酒場から口々にからかうような返事が投げ返された。


「ひゃっはははは。笑わしてくれるなよおっさん。まあ化け物が出たってのは百歩譲って信じられんでもないがな。いくらなんでも"業魔"ってのは言い過ぎなんじゃねえか?」

「大体業魔なんてのは本当にいるのか? ありゃ神話上の怪物だろ?」

「まあ一応ギルドの魔物名鑑に名前は載ってるのを見た事はあるぜ。確か討伐指定種でランクは"S"だったな。まあ本当にいたとしても奴らは"絶界の大森林"にしかいねえんだろ? わざわざこんな何もない田舎町に来るわきゃねーだろおっさん」

「そーだぜおっさん。大体ヤバ目の魔物が出たんのなら来る場所はここじゃなくて隣の冒険者ギルドだろうが。一軒間違えてんぞ」

「まー目立ちたいのは分かったから。今度はもちっとマシな嘘を用意するこったな」


 再び酒場をドっと笑い声が包んだ。

 椅子を転げ落ち、文字通り腹を抱えて笑う人々。


 そんな彼らを見る中年男は唖然とした様子。

 しかし彼は諦めず、縋るように信じてくれと言う。

 だが、もはや誰も見向きもしない。


 酒場隅の騎士の男は平静を取り戻していた。

 哀れな中年の男が、呆然と落胆し、床へへたり込む様を渋い顔で見ている。


 すると騎士の男は2時間ぶりに重い腰を上げ、見かねたように中年の男へ近づいた。


 頭をポリポリとかき、渋々とではあるが。

 元々根は優しい男なのだろう。

 顔には「まあなんとかしてやるか」、と書いてある。



「おっさん。その話本当か?」


 騎士の男の問いかけに、中年男はコクコクと首を縦に振る。

 すると騎士の男は「んー」と言って少しばかり考える。


 しかしすぐにチラリと後方を確認し、小声で中年の男へ尋ねる。


「なあ、ぶっちゃけどこまでが本当なんだ? 流石に"業魔"は盛り過ぎだと思うぜ」


「だから言ってるじゃないか! 全部本当の話だよ!」


「……。だったらさっき誰かが言ってたように、冒険者ギルドに行くのが先じゃないか?」


「……行ったさ。ほとんど相手にしてもらえなかったがな。討伐隊は出すと言ってくれたが、あてになるかどうか……。もう一人仲間がリヴァインオルド辺境伯の屋敷へ行ったんだがな……。話を聞いてもらえるかすらわからん」


 だろうな。

 騎士の男は心の中で呟く。


 まず第一に、"業魔"出現は絶対にない。

 この男は嘘をついていると言うよりも、単純に業魔の事を知らないのだ。

 だが慌てようを見るに、強力な魔物が出現したのは事実だろう。

 この男にとっては、という条件付きだが。


 仮に"業魔"が本物だとしよう。

 その前提で、簡単に業魔の脅威を言い表すのであれば――

 業魔がその気なった瞬間、この街は一瞬で灰燼に帰す。


 本物はそれを鼻歌混じりに片手間でやる事ができる。

 つまり何が言いたいかと言うと、業魔は正真正銘の化け物だ。


 更に言うと、業魔はここ数百年確認すらされてない。

 生息地である"絶界の大森林"。

 その奥も奥にいるとされるが、――そもそも遭遇して生還した者が両手で数える人数しかいない。


 存在自体が不明瞭な魔物だが、伝説としてあまりに有名になってしまい、仕方なくギルド名鑑に記載された。

 魔物解説欄には情報もあるが、正確なのかは微妙な所であるし、全貌が明かされたかと言えば、首を傾げるとこだ。

 この情報の出所、それは遭遇し生還したS級冒険者によるものたが、ソイツは逃げる事しか出来なかったらしい。


 そんな怪物が現れたとなれば、自分も含めて皆死ぬだけだ。

 死んだ事実すら把握できぬ間に、気づけばあの世でバッタリであろう。


 まったくおっかない怪物だ。

 実在しない事を願うね、心から。


 と、まあ業魔の話は置いておこう。



 強力な魔物が現れたのは事実なのだ。


 しかし手に負えない魔物とあれば、国の人間として放っとく訳にもいかない。

 リーシャにこっ酷くフラれて鬱憤も溜まってるところだ。

 ストレス発散にはもってこいだろう。


 騎士の男はそう考えた。

 加えて彼は元々こういう性格なのだろう。

 わざとらしくフッと不敵な笑みを浮かる。


「ちょうど暇で腕が鈍っていたところだ。なあ、その"業魔"とやらの所まで案内してくれないか?」


「はぁ!? バカを言え! だから何度も言って――」


 中年男が苛立ちながら何かを言いかける。

 しかし、騎士の男の背中。

 赤い刺繍が入ったローブを見た途端、言葉を忘れたように閉口する。


 騎士の男はやっと気がついたかと言うように、すましたような表情でニッコリと笑う。


 中年男がゴクリと唾を飲み込み、騎士の男を見る目が変わる。


「その"穿つ赤龍"の刺繍……、あんたもしかして魔導騎士団の人間か?」


「ご名答。まあ多少は腕に覚えはあるんでね。業魔の1匹や2匹、楽に片付けてみせるさ」


「……本当に頼んでいいのか? 俺はD級の冒険者だが、仲間は俺ともう一人を除いて皆殺しだ……」


「……そうかい。そりゃ気の毒に。……ちなみにそいつらの冒険者ランクはどんなもんだ? 人数は?」


「C級5人。あとは俺を含めてD級が2人だ……」


(ほう……。C級が5人いて壊滅する程の奴か)


 騎士の男は魔物の強さを上方修正する。

 だがその程度であればやることは変わらない。

 自分1人で問題はないだろう。


 正直なところ強さは未だ未知数であるが、この辺りに出没する魔物などたかが知れている。


 魔導騎士団の自分であれば、特に苦もなく魔物を殲滅できるだろう。


 騎士の男は納得するように頷き、中年の男へ畳み掛けるように尋ねた。


「で、案内してくれるのか? どうなんだ?」


 答えは分かってるがな、そんな表情の騎士の男。


 中年の男は一瞬考える素振りを見せ、決心したように頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ