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ウィザーズウォーゲーム本文コピー2

 優と翔のバトルが終わった頃、すでに予選第二回戦は終盤を迎えていた。

 ルールはトーナメント制。予選試験での点数により足切りとシードが設けられている。

 本戦に出場できるのは、その優勝者のみ。

 そして、試合は進行してゆき、ついにシードの花織と勝ち上がった一名による対戦がスタートした。


「予選全問正解者だかなんだか知らねえけどよお、お前も俺様のデッキでボッコボコにしてやろうじゃねえか!」


 勝ち上がったその男は大声で花織をののしった。

 金髪に染めており図体ずうたいもでかく、いかにも野蛮な雰囲気に満ちている。

 だが、花織は怖気おじけづくことなくまっすぐに見つめ返す。


「私も負けるわけにはいきません。正々堂々勝負です!」

「いい度胸してるじゃねえか! だがな、余裕でいられるのも今の内だけだぜ」


 乱暴にデッキをシャッフルし5枚ドローする男と、丁寧な動作の花織。

 そして……。


「先攻後攻のジャッジだ。当ててみろ」


 そう言って男は魔力カウンターを花織に見えないように複数個握り、テーブルの上へとせた。

 それに応じ、自身の魔力カウンターを1つ置く花織。こちらは手の内に隠さず、相手に見えるように行う。

 そして、それを見た男は握っていた手を開き、魔力カウンターを数える。

 結果は8個……偶数。花織の予想は奇数のため、男に決定権が渡った。


 正式な先攻後攻の決め方だ。

 じゃんけんなどで決めることも可とされてはいるが、この方法が公式ルールとされている。


「運が悪かったな。先攻をもらうぜ」


 男は黄色いダイス型の魔力カウンターを取り出し、いかつい笑みを浮かべ……。


「光の魔力をチャージし、風魔導ウィンディアを召喚!」


 置いた魔力カウンターを右側の未使用域から使用済み域へとスライドさせ、モンスターを召喚した。

 風魔導ウィンディア。消費魔力は光1、パワーもライフも1のモンスター。


「それじゃあ、カードの効果でドローさせてもらうぜ」


 花織はまだ1ターン目を迎えていないため、チャージ済みの魔力は0。この状態で使えるカードの中に、モンスターの効果を妨害できるものは現状存在しない。

 よって、聞くまでもないのだが、大会ということもあって一応相手への確認をワンテンポはさみ、それから男は山札からカードを1枚引いた。


「俺のターンは終了だ」

「では、私のターン」


 花織は後攻なので1ターン目からカードを引くことができる。

 だが、青いダイス型の魔力カウンターを置いたのみで、使えるカードは手札に存在しない。


「ターン終了です」


 その宣言に男はニヤリと笑い、カードを引き魔力チャージを行う。


「どんどん攻めるぜ! 突風のスカイホークと透視者アリンを召喚! カードの効果でドロー! さらに、前のターンに召喚しておいたウィンディアで攻撃!」


 男のプレイングはめちゃくちゃだ。

 手順などは一切考慮せず、ただ無造作にカードを使用してゆく。

 観戦者もそのほとんどが気づかない。ただただ、血の気の多い声を浴びせているだけ。

 そんな中、迎えた花織のターン。


「ターン開始時に超魔術オブリヴィオン・リライトをデッキ外の超魔術メイルシュトローム・リライトと交換します。そして、そのメイルシュトローム・リライトを使用。これであなたのモンスターは全滅です!」

「何ぃ!?」


 超魔術メイルシュトローム・リライト。相手のモンスター全てに1ダメージを与えられるスペルカード。

 男の召喚したモンスターは全てライフ1のため全滅。


「この……! よくもやったな!」


 男は歯軋はぎしりしながら返しのターンで再びモンスターを並べる。

 だが、花織は落ち着いたまま。大王貝や超能力者ウズシオを展開したり、暗黒の風でまとめて一掃いっそうすることによりしのぐ。

 そして……。


「まだだ! 俺のターン開始時、ドローと魔力チャージと共に手札の超魔術リライトを全てバニッシュ・リライトと交換。そして、風乗りを使用!」

あらかじめ使用しストックゾーンに置いていた超魔術バニッシュ・リザーヴを使用します」

「バニッシュ・リライトで対抗!」


 超魔術バニッシュ・リライトとリザーヴ。どちらも元の能力は同じで、相手のスペルカードの効果を消すことができる。

 花織の使用したリザーヴは、予め使用しておき任意のタイミングで効果を発動できる超魔術。

 対して男の使用したリライトは、ターン開始時にデッキ外のカードと入れ替えることのできる超魔術だ。


「く……! 何とか対抗できたか」


 花織は前の自分のターンに魔力を使用していたため、ターン開始時に魔力を回復したばかりの相手に軍配が上がった。

 そして、風乗りの効果で一気に5体が場へと出る。

 しかし……。


「私のターン。激流を使用します」

「ぐぬぅ……!」


 激流。相手のモンスター全てに2ダメージを与えるスペルカード。

 風乗りの効果で出てきたモンスターは全て魔力2以下の小型なため、全滅。

 男は悔しさのあまり地団太を踏む。

 ムキになればなる程、思考回路は鈍ってゆく。

 そうして男は味方モンスターを一掃いっそうされ続け、ついに山札が完全になくなった。


「正々堂々と言っておきながら、逃げるだけとは……。この卑怯者ひきょうものめー!」


 男が顔を真っ赤にし、暴れ出しそうになったその時。


「……やめなよ、神聖なゲームの場をけがすなんて醜い行いは」


 瞬時にじんが現れ、男の腕をつかんだ。


「な、何だお前!?」

「僕が誰だかなんてどうでもいい。そんなことより、ゲームに不正や武力行使を介入させるなんて、黙って見ていられない。それに、さっきの発言だって聞き捨てならないよ。ゲームは無数の戦術や戦略があり、だからこそ面白いんだ。自分のデッキと相性が悪かったからといって非難することは、絶対に許されることじゃない。そんなもの、自分にとって有利な土俵を作りたいだけのただのわがままだ!」

「生意気な!」


 男はじんの胸倉をつかもうとした。

 だが、それは華麗にかわされてしまう。何度つかみかかろうとも、結果は同じ。

 男はいよいよ頭に血が上り、じんへと殴りかかろうとする。

 さらに、会場にいる脱落者もその暴動に便乗してけ寄る。


「何だったんださっきの試合は! あれなら、俺のデッキの方がいいゲームを見せられる!」

「俺だって! 何が予選試験だ! あんなもので落ちてたまるか!」


 大混乱に発展しかけたその時。


「ならば、僕を倒したら本戦出場させてあげるよ」


 そのじんの言葉に、一瞬にして会場は静まり返る。

 そして、脱落者は顔を見合わせるとニヤリと笑い、じんへと詰め寄った。


「言ったな? お前」

「これだけの人数がいれば、何人かは本戦出場できるぜ!」

「なあんだ、お前いい奴じゃねえか! チャンスをくれてありがとよ!」


 そう言って歓喜する脱落者たち。

 その様子をカードショップにいながら機器で眺める優は、溜息を吐いて目をらし……。


「馬鹿な奴らだ……」


 そう吐き捨て、黙り込んだ。

 こうして始まった敗者復活戦は、地獄絵図を極めた。


「おい……何だこれは!? さっきから俺の使うカードを全て言い当てられてる!?」

「何で……? トーナメントで使ったのと違うデッキを選んだのに、完全に対策済みだなんて!」


 脱落者はあまりの事態にパニックを起こし、そして……。


「こいつ……さては隠しカメラで手札をのぞいてやがるな!」


 予選決勝まで進んだ例の男はじんへと突進した。

 だが……。


「……そんなゲームを冒涜ぼうとくするような行為、するわけないじゃないか」


 そうつぶやき、またしても華麗にかわす。

 何度殴りかかろうとも、その全てを鮮やかにけ続ける。


「何なんだこいつは……!? 化け物!?」


 その言葉を耳にし、じんは悲しげに笑った。


「正解だよ」

「う……うわあ!」


 あまりの不気味さに男はひるんだ。

 その拍子に転び、床にデッキが投げ出される。

 それを拾い上げ、男へと差し出すじん


「僕はただ、ゲームを純粋に楽しんでほしい。これにりたら、これからは……」

「うわああああああああ!」


 その言葉をさえぎり、男は叫んだ。


「来るな! いい! いらない! そんなもの、いくらでもくれてやる! だから来るんじゃねえ!」


 そう言って一目散に逃げ去り、他の脱落者もそれに続く。

 残されたじんは、乾いた笑い声を上げると審判へとデッキを渡した。


「彼へとこれを返してあげて。僕が渡しても受け取ってくれないみたいだから……」


 会場にいる観戦者や、唯一逃げずにその場にいた花織。それに試験官や審判。そしてじん。その場にいる全員によどんだ空気が流れる。

 雨が降り出し、会場はより一層の暗さに呑まれていった。



 ――もう一方、関西方面。


 時刻は午前中までさかのぼる。

 前日に新幹線での移動を終え宿泊していた轟は、会場へ向かう途中にたこ焼き屋を見つけ、一つ購入した。


「ありがとう。おおきに」


 店員が自然な笑みと共にそう告げ、轟は無言でそれを受け取るや否や頬張ほおばる。

 と、その味が口の中に広がるのと同時に、無意識で流してしまったその言葉に引っかかりを覚えた。


「ありがとう……おおきに?」


 おおきに。その言葉の意味は標準語でありがとう。

 言わずと知れた関西地方の方言。

 それならば、何故なぜわざわざありがとうという標準語を先に使う必要があるのか。

 重複表現ではないのか?

 この時、轟にはその理由がわからず、それを単なる言い間違いだと思うことにした。


 そして、向かった会場。

 当然、轟も試験など予想だにしていなかった。

 その焦りもあり結果は7問正解と一歩及ばず、予選トーナメントを1回戦から戦う羽目になる。

 だが、実戦となると轟は強い。

 順調に勝ち進み、ついに迎えた決勝戦。

 その対戦相手は轟と同じく中学生で、対峙たいじするなり不敵に笑った。


「あんさん、関東のもんやろ? しゃべり方とか、ちいと耳にしたんやが」

「……悪いかよ?」

「何でわざわざこっちの大会に来はったん?」

「向こうには俺の仲間がいるからな、つぶし合わないようにしただけさ」

「ほーん?」


 対戦相手は冷ややかな視線を轟へと向ける。


「ほんなら、何もここじゃなくもっと近いとこで参加しとったらよかったやないかい!」


 大声で指摘しつつ、轟を指さした。

 対する轟は鼻で笑い挑発する。


「何だよ? 俺が参加したら困ることでもあるのかよ? 俺はただ、強い奴をぶっ倒したいからこっちまで来ただけだ。まあ、戦う前から文句ばっかり言ってくるようじゃあ、期待外れだったかもしれねえな……」

「何やてぇ!? そんならやってやろうやないかい!」


 二人はデッキを荒々しくシャッフルし、勢いよくカードを5枚引く。

 そして、轟の後攻となりバトルスタート。

 序盤は轟がチューリップの種やレッドロック、フルメタルパラディンを駆使くしし、対戦相手の攻めをしのいでゆく。

 チューリップの種は魔力1のガーディアン。

 レッドロックとフルメタルパラディンはそれぞれ魔力3の中型ガーディアン。

 それぞれの長所を上手く活用し、さらにカウンター能力つきの超魔術リライトも併用へいようしながらターンは進み、形勢は互角。


随分ずいぶんと回りのええデッキやのう。せやけど、決め手に欠けるんとちゃうか?」


 対戦相手は半笑いしつつ轟をあおった。

 デッキの回りとは、序盤からしっかり戦略に沿って動けるかどうか、つまりカードの回転率のこと。

 強力なカードは消費魔力も大きく、序盤に引いてしまうと単なる紙切れ同然となってしまう。

 そのため、魔力コストが軽量のカードもバランスよくデッキに入れる必要がある。

 しかし、そのことを踏まえて考慮しても、轟のデッキは明らかに順調に回っている。

 魔力チャージ用のカードをサーチできるチューリップの種が入っていることからも、対戦相手は最初、轟のデッキをスマッシュタイプだと読んでいた。

 にもかかわらず、強力なカードを序盤に引いてしまうという不運にも見舞われずに戦う轟を見て、実のところ切り札はそれ程入れてないのではという仮説を立てた。

 それはある意味で正しく、またある意味で誤っており、その重大な判断ミスは勝敗へと直結する!


「おそらく、大型モンスターを多数積んどると見せかけての、中型バランスデッキとちゃうか? なるほど、だまちでここまで勝ち上がってきたんやね」

「そんなもの、だまされる方が悪いのさ。真の強者なら、そんなもの軽く見破れるもんだぜ!」

「それもそうやな。けど、残念やったなあ。そうとわかった今、こっちは戦略も立てやすいっちゅう話や。お前が中型のモンスターを中心に戦ってる前提に立てば、確定除去を惜しみなく使っていける。息切れさせれば俺の勝ちや!」


 対戦相手は轟のモンスターを次々に捨て札へと送ってゆく。

 轟は超魔術トレント・リバースで何度も中型モンスターを召喚して対抗するが、対戦相手も超魔術を駆使くししてそれを撃退し続ける。

 轟が劣勢かと誰もが思っていたその時……。


「さてと、そろそろ時間切れだな」


 不敵な笑みと共にそうつぶやき、轟は手札から1枚のカードを場に出した。


「万物創生を使用」

「何やてぇ!?」


 対戦相手は驚きのあまり叫んだ。

 それもそのはず、轟の使用したカードは手札にある超魔術リライトをデッキ外のモンスターカードと入れ替えることのできるスペルカード。

 つまり、強力なモンスターが出てくる心配がないという対戦相手の読みは完全に外れ、それと同時に窮地きゅうちを迎えた。


「まだや……」


 歯を食い縛り、拳をテーブルへと叩きつける対戦相手。


「まだ俺には超魔術がある! それで対抗すれば……」

「誰がこのカードだけだって言ったよ? 引き続き未定魔法アンネームドマジックを使用する」


 対戦相手の言葉をさえぎり、轟はカードを場に出した。


「そんなの許さへんでぇ!? カウンタースペルで無効化させてもらう!」


 間髪入れずに反応を示し、カードを場に出す相手。

 だが……。


「残念だったな。対策済みだぜ!」


 達人の応酬を使用し、カウンタースペルを逆に打ち消す轟。


「さて、他になければ未定魔法アンネームドマジックの効果を使わせてもらうぜ?」

「そんな……」


 対戦相手は狼狽ろうばいしきっている。

 何しろ、未定魔法アンネームドマジックは手札にある超魔術リライトをデッキ外のスペルカードと入れ替えることのできるスペル。

 これにより、轟は元々デッキに入っていなかったカードの中からモンスターカードもスペルカードも得たことになる。


「デッキ外から持ってきたことわりを使用。これで捨て札のカードを3枚裏向きにできる。そして、わかっているよなあ? さっきその目で見たんだから」

「く……!」


 万物創生で手札に加える際に対戦相手が確認していたカードの1つ、万緑の超魔術師ガルーダ。

 その能力により、相手の捨て札に置かれている裏向きの超魔術リバースを使用できる。


「何もかもが裏目に出とる……。あかん、俺の負けや」


 対戦相手はがっくりと肩を落とした。


「決まったー! 本戦進出を決めたのは轟選手ー!」


 審判の声が響き渡り、会場が沸き立つ。

 別な地区からの参戦と知っていても、不平を漏らす者などほとんどおらず拍手をいとわない。


 そして、予選が終了を告げ、轟が宿泊先へと戻ろうとしたその時。


「ちょい待ちぃや」


 対戦相手が背後から声をかけてきた。


「何だ?」

「いいからこっち来い」


 そう言ってどこかへと向かう対戦相手。

 轟もその後を追う。


「腹いせに殴りかかろうってか? 随分ずいぶん卑怯ひきょうな真似を……」

「勘違いすんなや」


 対戦相手は轟の言葉をさえぎり、笑った。


他所者よそもんは美味い店とか見つけられへんやろ? おごったるよ」


 そう言って指さした先にはたこ焼き屋があった。


「……は? 何で?」

「何でって、清々《すがすが》しい程の完敗やったからよ。やるやんけ、お前」


 そう言って対戦相手は店先に向かい、一つ買って持ってきた。


「いいバトルをありがとな。おおきに」


 そう言って渡された轟は、大会参加前のことを思い出した。


「ありがとうとおおきにって、両方言うんだな。他の店でもそうだったぜ」

「あれ? ……ほんまや。言われてみると、確かにそうやなあ」

「何だ、無意識だったのか」


 轟は苦笑しつつ、たこ焼きを頬張った。


「けど、こっちではどこもそういう言い回しやなあ。言われて初めて気づいたけど、聞き慣れてはおるで」

「そうか。まあ、本場の方言も聞けていい土産話ができた。ありがとな」

「おう、本戦も見に行かせてもらうわ。絶対に負けんなよ! ……ってのは、ちょっと言いにくいか」


 対戦相手は不意に顔へと影を落とした。


「ああん? そこは、負けたら許さへんで! くらい言うんじゃねえのかよ」

「そう言いたいのは山々なんやが……うわさに聞いたんや。じんっちゅう化け物が参加するって」


 それを聞いた瞬間、轟も固まった。


「話によると、そいつとゲームした奴は一人残らず逃げ出すらしい。せやから、絶対に勝てとは言わんどくわ……」


 そう言って去りゆく対戦相手。

 十数秒間地面を見つめていた轟は、不意に深呼吸をするとその背中に向かって……。


「おい! お前なあ、俺様を誰だと思ってんだ? 最強ゲーマーになる男、轟様だ! そんな奴、何人来ようと全員まとめてぶっ倒してやるからよ、期待して待っていやがれ!」


 その言葉を聞き、対戦相手は振り返り笑った。

 そして、手を高々と上げて左右に振り、そのまま再びきびすひるがえし去ってゆく。

 その姿が見えなくなる頃、轟は手の震えを必死に抑えながら……。


「勝てるかどうかなんてわかんねえよ……。優の野郎でも勝てなかった魔物だぞ? そんな奴に絶対勝つだなんて、約束できねえよ……」


 誰にも知られずに弱音を吐いた。



 ――予選から二か月が経過し、本選開幕。


 会場入り口付近の段差に一人腰かけている優。


「いよいよか……」


 この二か月の間に新カードパックが再び発売され、プレイヤーがようやく慣れてきた頃だ。

 参加者がそれぞれにここまでの足跡を振り返っている中、優もまたこれまでの日々を思い返す。

 ウィザーズウォーゲームに出会うまでの様々なゲーム、じんとの出会い、この大会に参加するきっかけとなったあの日のこと、再び目の前にそびえ立った壁への挫折、そしてもう一度戦うことへの決心……。

 と、その時。


「おはようございます」


 一点を見つめていた優は、声に反応し顔を上げる。

 目の前には優を見つけて安堵あんどする花織の姿。


「おはよう」

「ここからが勝負所ですね。あれ? 轟さんは?」

「呼んだか?」


 瞬時に背後から返事が届く。

 振り返ると、頭の後ろで腕を組む姿が目に入った。

 わざと視線を合わさず、口笛を吹いている。

 優はそんな轟たちを見上げ……。


「二人とも、思ったより緊張していないな」


 穏やかな笑みを向けた。


「そんなことないです。私、まだゲーム初心者ですし……予選だって、優さんのアドバイスがあったからこそ突破できたに過ぎません」


 不安げな表情を浮かべる花織。

 轟はその様子をちらりと見た後……。


「まあ、気楽にやればいいんじゃねえの? どうせ優の野郎が決勝まで進んでくれるだろうし」


 そっぽを向きつつも、リラックスをうながす。

 その様子を見ていた優は苦笑を漏らした。


「その割には足が震えてるけれどなあ……」

「うるせえな。単なる貧乏ゆすりだ」

「ほお……立ったまま貧乏ゆすりなんて、随分ずいぶん器用なんだなあ?」

「ああもう黙ってろ。俺は飲み物でも買ってくるから、また後でな」


 轟は足早に去っていった。

 その後ろ姿を心配そうに見つめる花織。


「轟さんでも、やっぱり緊張してるんでしょうか?」

「そりゃあ、当然だろう。本戦ともなれば大勢の前で戦うことになる。加えて、じんという不安因子もいるからなおさらだ」

「優さんは緊張してないんですか?」

「そうだなあ……緊張はしていない。ゲーム大会には何度も出ているから、そういうのには慣れている。ただ……」


 自分の手を見つめ、一呼吸置いてから……。


「怖くないと言うと、うそになる。正直、俺はじんに勝てる気がしない。それでも勝たなければならない今、奴と勝負することが怖くて怖くて仕方ない。本当なら今すぐ逃げ出したい程だ。けれど……」

「けれど、何ですか?」

「とりあえず、逃げないってことだけは決めた。このままでは、何も変わらないから……」


 そう言って遠くを見つめる優。

 と、丁度その時、会場のドアが開き入場可能のお知らせが鳴り響いた。

 人々は我先にと押し寄せる。


「さて、俺たちも行くか」

「はい」


 優と花織は受付を済ませ、個別に参加者控室へと入る。

 そして、しばらくした後、選手入場のお知らせがスピーカーから流れた。

 その指示に従い、会場へと向かうと……。


「うわあ……」


 思わず溜息が出てしまう程の熱狂。観客席は満員で、歓声が沸き起こる。

 その中には優の姿もあった。

 選手入場の指示でも言われていたことだが、優とじんはシードのため出番はまだだ。


「おうおう、高見の見物とは……。さすが天才ゲーマー様はちげえぜ!」


 その声に花織が振り向くと……。


「轟さん!」


 すぐ後ろで観客席を見上げながら歩くその姿が目に入った。


「間に合ってよかったです」

「当たり前だ。逃げるとでも思っていたのか?」


 顔は斜め上へと向けたまま、視線だけを花織へと移す。


「思ってません。思ってませんけど、会場は外も広いですから」

「問題ねえよ。優の野郎と一緒にいるのが嫌で離れていただけだ。とっくに会場に入ってたし、何なら飲み物くらい会場内で買える」


 そう言って轟は優の方へと目を向け、舌を出した。

 花織もそちらを向き、手を振る。

 他の参加者もそれぞれ思い思いの方向へとアピールや合図を送っており、そうして全員が入場を終えた。


「皆様、大変お待たせいたしました! ただいまより、ウィザーズウォーゲーム大会本戦を開始いたします!」


 その開会のあいさつと共に観客席から大歓声が沸き上がった。


「まず最初はコモン戦。予選大会を勝ち進んだ48名によるサバイバルゲームです! ルールは簡単。誰でも好きな相手を見つけて戦ってもらうだけ。挑まれた勝負はけられません。そうして3敗した人から脱落となり、24名まで減った段階で終了となります!」


 それを耳にした途端、参加者たちは一斉に周囲のプレイヤーを見回し始める。


「それでは……スタート!」


 合図と共にプレイヤーが一気に動き出した。

 そして……。


「おい、お前弱そうだな」

「え……」


 花織の前へと一人のプレイヤーが現れ、声をかけた。

 それを見た他のプレイヤーも群がり出す。


「じゃあその次は俺で」

「ずるい! 俺が先!」


 花織の目の前で醜い争いが繰り広げられる。

 それを見かねた轟は……。


「おい、お前ら。寄ってたかって一人の女の子に粘着して恥ずかしくねえのかよ。ほら、俺様が相手してやるからこっちに来いよ。まずはお前からだ」


 轟は一番近くの男へと指さした。


「ああ? 誰がお前となんか……」

「お前、さっきのルール聞いてなかったのか? 俺はお前に勝負を挑んだ。受けなければそこでゲーム失格となるぜ?」

「面倒だなあ……」


 指さされた男は舌打ちし、轟とのバトルを開始した。

 そして、花織も最初に挑んできた男とのバトルを開始する。


「ゲーム開始時、晴星はれぼし経典きょうてんをストックゾーンにセット!」

「私は海花うみはなの楽譜をストックゾーンにセットします」


 ゲーム開始時にセットできる新システムのカードをお互いにセットし、ゲームスタート。

 相手が先攻だ。


「光の魔力をチャージし、獅子座ししざの聖獣 β(ベータ)星デネボラを召喚」


 獅子座ししざの聖獣 β《ベータ》星デネボラ。消費魔力1、パワー2ライフ1と標準より弱めのモンスター。

 しかし、新たな種族である晴天星座教団ブルースカイプラネタリウムを含み、他のカードとの相性がいい。


「俺の速攻に耐えられるかな? さあ、おまえの番だ」


 描かれている獅子ししの牙がギラリと光り、呼応するかのように対戦相手の目もギラつく。


「私のターンですね」


 花織はひるまずにカードを1枚引き、水の魔力をチャージした。


Li(あか)のパートメンバー ヴィオラジェリーフィッシュを召喚し、ターン終了です」


 Li(あか)のパートメンバー ヴィオラジェリーフィッシュ。消費魔力1でパワー1ライフ2の軽量ガーディアン。

 これにより、花織はデネボラの攻撃を防ぐことができる。

 加えて……。


「ターン終了時、海花うみはなの楽譜の効果発動。デネボラのパワーをマイナス1します」


 海花うみはなの楽譜は、自分のターン終了時に毎回敵モンスター1体のパワーをマイナス1することができる。

 使用者は海底花火楽団マリンファイアワークスを種族に含むカードしか扱えなくなるという足枷あしかせつきだが強力なカードだ。


「俺のターンだな。ドローして光の魔力をチャージ。そして、天秤座てんびんざの聖職者 β《ベータ》星ズベン・エス・カマリを召喚! その効果により、ヴィオラジェリーフィッシュへ2点ダメージを与える」


 捨て札に置かれたヴィオラジェリーフィッシュ。その赤みがかった半透明の体に影が落ちる。


「そして、デネボラで攻撃!」


 花織の場には身を守るガーディアンがおらず、なおかつ魔力も回復前のためカウンターカードを使用することもできない。

 よって、花織はその攻撃を防ぐことができず、ライフは29へと減少した。


「これで俺のターンは終了。そして、トークンモンスターの見習い信者を自動で召喚!」


 これが晴星はれぼし経典きょうてんの効果。偶数ターンの終了時に特定のパワー1ライフ1のモンスターを1体召喚することができる。

 これで早くも相手の場には3体のモンスターが並び、花織の表情に焦りの色が混じる。


 一方、轟は……。


火雪ひゆき伍長ごちょう イサミで青い風船樹へ攻撃するぜ!」


 優勢を握るため、モンスターによるバトルを宣言するも……。

 その瞬間、相手はニヤリと笑った。


「残念! カウンター発動! 空中ブランコを青い風船樹によって使用し、手札にある紫の風船樹と入れ替えさせてもらう」

「何!?」


 空中ブランコはスキルカード。場にいるモンスターの行動回数を1消費しつつ使用する新しいカテゴリーのカードだ。

 その効果により出てきた紫の風船樹は、バトルしたモンスターを捨て札に送る効果を持っている。

 完全に不意を突かれた轟。


「単純だなあ。まずはお前から脱落してもらおうか?」

「いい気になるなよ……!」


 窮地きゅうちに立たされた轟と花織。

 その様子を見て、他のプレイヤーも醜く笑っている。

 まるでハイエナのように周りを囲む彼ら。

 逃げ場は存在しない!



 戦局は少し進み、再び重要な局面を迎えていた。


海花うみはなの風を使用し、相手モンスター全てに1ダメージを与えます!」

「そうはいかねえ! 魚座の聖獣 η(イータ)星クルラト・ヌヌを使用!」


 クルラト・ヌヌ。自分のライフ1と引き換えに召喚でき、相手のスペル1枚を打ち消せるモンスター。

 よどんだ藍色を背景に、暗い配色の魚が不気味に光る。

 だが……。


Na(きいろ)のパートリーダー ティンパニーリュウグウノツカイをカウンター召喚! クルラト・ヌヌの効果を消します」


 花織も負けじと応戦し、相手のモンスターはほぼ壊滅した。

 だが、一息ついたのも束の間。

 返しのターンで再び大量にモンスターを展開されてしまい、再び劣勢に立たされる。


「もう一度、海花うみはなの風を使用します!」

「おおっと、それなら魔力を余分に払ってもらうぜ! 水瓶座みずがめざの奇跡 α(アルファ)王の幸運(サダルメリク)を使用!」


 王の幸運(サダルメリク)はスペル1枚を打ち消し、手札に戻せるスペルカード。しかも、使用した時にカードを1枚ドローできる。

 それにより、花織は海花うみはなの風を使用し直さなければならなくなり、反撃のための魔力が減らされる。

 焦りがつのるばかり。


 一方、轟は……。


火雪ひゆき剣技 つらら火雪ひゆき軍曹ぐんそうフリーズサラマンダーで使用! 巨大綿雲樹を攻撃!」

「く……仕方ない」


 相手モンスターを攻撃した際の反撃ダメージを受けないフリーズサラマンダーと、バトルした相手モンスターを捨て札に送るスキルカードのつららによるコンボ。

 これにより、このモンスター同士のバトルはフリーズサラマンダーの一方的な勝利となる。

 ニヤリと笑みを浮かべる轟。

 カードに描かれた白い鎧の大トカゲもどこかほこらしげに映る。

 だが……。


樹雲もりぐもの副座長 ロアーマスターを召喚し、能力で幼き猛獣を4体場へ! さらに、樹雲もりぐもの調教師の能力で合計5ダメージをお前のモンスターに与える」


 それも束の間、轟の顔色がみるみる悪くなる。

 ロアーマスターは自身のパワーとライフは2ずつと低めだが、召喚した時にパワー2、ライフ1のトークンモンスターを4体場に出せる。

 そして、樹雲もりぐもの調教師は自分が樹海雲道化団ツリーバルーンを種族に含むモンスターを召喚した時、相手モンスターへ1ダメージを与えることができる。


「さあ、この場を返せるものなら返してみろ!」

「いい気になるなよ……!」


 劣勢に立たされる二人を観客席から見守る優。

 そこへ背後から静かに近寄る者が一人。


「……心配なのかい?」


 優はその声に振り向き、目が合った。


じん……!」

「そんな怖い顔しなくても、僕は何もしないよ」


 そう言って隣へと座るじん


「心配か、そう聞いたな。俺はあの二人が負けるとは微塵みじんも思っていない。だから、心配ではないな」

「そっか……」

「わざわざそんなこと聞かなくても、顔を見ればわかるんじゃないのか? あるいは脈拍からでも」


 それを聞いたじんは笑った。


「僕だって万能ではないし、ましてや超能力者じゃない。透視ができるわけでもなければ、君の思考をのぞき見られるわけでもない。だから、一切の心の乱れがない状態からは、何も読み取れないよ」

「心の乱れがないという情報から、不安が一切ないと判断できなかったのか?」


 じんが意図して不快感を与えにきたと思い込み、敵意を向ける優。

 だが……。


「君の場合、他者に対する思い入れが薄そうだからね。心配していないのか、それともただ単に興味がないのか判別がつかない。繰り返すけど、僕は超能力者じゃないよ。わからないことくらいあるさ」

「ほう……。そんなこと、教えてしまっていいのか?」

「別に構わないよ。人間である以上、勝負の場で感情が介入しないということはありえない。だからこそ、明鏡止水という境地があれ程までに尊く扱われているんだよ。それに、優君はメンタル面ではもろいくらいだし」

「言ってくれるじゃねえか。何もしないとさっき言ったくせに、こうしてけんかを売りに来たのか?」

「そんなつもりで言ったわけじゃない。もし、君が僕といい勝負ができるとしたら、それが鍵となり得ると思って伝えておいただけさ。気分を害したなら帰るよ」


 立ち上がり、悲しげにその場を去るじん

 と、その時。


「待て」


 優がそれを引き留めた。

 そして、振り向くじんに対し……。


「他者に対し興味が薄そうだと、そう言ったな。あまり俺やあの二人を馬鹿にするようなら……黙っちゃいねえぞ?」


 その剣幕にじんは驚き、一瞬(ひる)んだ。

 それもそのはず。彼にとって、それは初めて見る種の感情の起伏。

 今まで目にしたことのない、新たなタイプの怒り。

 脈拍も何もかも、彼がまだ知らない形状を示していた。

 その感情に恐怖を覚えたじんあわてて去ってゆく。

 その姿を見た優は、驚きつつ違和感を覚える。

 滅多に見せないじんの弱みをの当たりにしたことにより、優はある可能性へと思考をめぐらしてゆく……。


 と、そうしている内に戦局は進んでいた。


牡牛座タウルスを召喚し、攻撃! さらに、水瓶座の奇跡 β(ベータ)幸運中の幸運(サダルスウド)を使用し、牡牛座タウルスを再召喚!」


 牡牛座タウルスは場に出したターン、味方モンスター全てのパワーをプラス2する切り札級のカード。

 それにより、一気に相手は攻勢に出ようとする。


「終わりだ!」

「まだです! Cs(あおむらさき)のパートリーダー ハープのリウをカウンター召喚! 幸運中の幸運サダルスウドを打ち消します!」

「しぶとい奴め! トドメだと思ったが、仕方ない。それなら、反撃の目をつぶすために火吹きラッパ藻を攻撃!」


 カードを使い回されることを恐れ、Sr(くれない)のパートメンバー 火吹きラッパ藻を処理しにくる相手。

 だが、その瞬間、花織は驚きのあまり目を見開いた。

 舞い降りた思ってもみない幸運。


「カウンター発動! 海花うみはな演技パフォーマンスダンス奏法を火吹きラッパ藻により使用!」

「何ぃ!?」

「攻撃をかわし、火吹きラッパ藻の効果を再び使用します!」


 ダンス奏法は海底花火楽団マリンファイアワークスのみによって使用できるスキルカード。

 その効果により、火吹きラッパ藻を手札に戻し再召喚できる。

 加えて、その火吹きラッパ藻は召喚した時に相手モンスター全てに1ダメージを与え、さらにモンスター1体を選び1ダメージを与えることができる。

 途端にあわてだす相手。


「俺のモンスターが!」

「あなたのモンスターの半数が捨て札に置かれます。これで逆転です!」

「少し巻き返しただけで調子に乗るなよ……? 残りのモンスターでプレイヤーを攻撃し、ターン終了」


 花織はドローと魔力チャージを済ませ、手札から1枚のカードを選び場に出した。


海花うみはなの指揮者 Dr.(ドクター)エクスプロード・ハイドラーを召喚します!」

「まずい! そのカードを警戒けいかいしていたのに!」


 そう。先程の相手の行動……火吹きラッパ藻への攻撃。それは、このカードを使われた際の被害を減らすためだった。

 しかし、カウンタースキルカードを使われたことによりあきらめてしまい、中途半端な動きとなったのが大悪手。


「スキルカード、海花うみはな演技パフォーマンスバトンジャグリング2枚をリウとミアで使用し、レグルスとハマルに3ダメージ! さらに、火吹きラッパ藻でもう一度ダンス奏法を使用!」

「うそだ……。あれ程いた俺のモンスターが……消えてゆく!」

「ターン終了! それと同時にDr.(ドクター)エクスプロード・ハイドラーの効果で場にいる海底花火楽団マリンファイアワークスを再召喚! 火吹きラッパ藻の効果で残りの相手モンスター全てに1ダメージ!」


 相手は味方モンスターが全滅し、膝から崩れ落ちた。

 そして、轟の方も……。


「どうした? さっきまでの威勢いせいはどこに行ったよ?」

「く……! 不発がストックゾーンに3枚も!」


 轟は火雪ひゆき参謀さんぼう 藺相如りんしょうじょの効果により、デッキ外から不発を手に入れていた。


「これでお前のスペルは封じたぜ!」


 ガッツポーズを見せる轟。

 それに対し、小さく舌打ちしテーブルを叩く相手。


「まだだ! まだ俺の場には大型モンスターがたくさんいる! まだ俺の方が優勢だ!」

「その慢心、昔の俺みたいだぜ」


 しみじみとつぶやき、1枚のカードを場に出した。


火雪ひゆき剣技 氷雨剣ひさめけんをイサミによって使用! これでお前のモンスターは全滅だ!」

「何だと!?」


 氷雨剣ひさめけんは相手モンスター全てに攻撃できるスキルカード。そして、イサミはバトルした相手モンスターを捨て札に送る効果を持つモンスター。

 そのコンボにより、相手モンスター全てを倒す効果となった。

 スキルカードに描かれた兵士の剣が、勝ちほこったかのように銀色に光る。


「まだだ! こっちには空中ブランコが!」

「無駄だ。カウンタースキル、火雪ひゆき剣技 吹雪斬。これにより、スキルカード1枚の効果を打ち消す!」

「せっかく手間をかけて出した俺の大型モンスター軍団が……たった1ターンで……」


 こちらも同様に膝から崩れ落ちた。

 そして、同時に敗北を宣言する対戦相手たち。

 群がっていた他のプレイヤーたちは冷や汗を流しつつ後退あとずさり……。


「何だこいつら……強いぞ」

「簡単に倒せると思って並んでたのに!」


 そして一斉に逃げ去った。


「っと、これで俺たちに向かってくる敵はいなくなった。自動的に一回戦突破だな」

「はい、安心しました」


 花織の顔に笑みが戻り、胸をで下ろした。

 と、その時。


「おい、あれって……」


 轟が指さした先へと視線を向ける花織。


「あれは……翔さん!? ウィザーズウォーゲーム運営なのにどうして……?」

「わからん。けど、イタズラ好きな運営のことだから、何をしてきても不思議ではない。まあ、運営のバッジをつけているから、他のプレイヤーにも伝わっているだろう。みんなひそひそと話してはいるが、バトルを挑もうとする奴はいない」


 参加者はそれぞれに不平を漏らしてはいるものの、抗議しても意味ないことを悟り、ただ近づかないようにしていた。



 それから一時間程が経過した頃、第一回戦終了の合図が下された。

 そして、休憩時間を迎えロビーに集合する三人。


「おう、優。楽勝だったぜ」


 右手を肩の位置まで上げ、軽い調子で呼びかける轟。

 それを見て優はニヤリと笑う。


「途中、焦っているように見えたけどな」

「ああん? 何だと?」


 轟は強がって見せてはいるが、その声は裏返っていた。

 花織も先程の試合を思い出し、うつむく。


「私も……負けてしまうかと思いました……」

「そうでもないさ」

「え……?」


 優はふっと笑って見せると、ゆっくりソファーへと向かって歩きだし……。


「俺は特に心配していなかった。二人とも、必ず勝てると思っていたからなあ」


 そう言って座り、足を組んだ。


「どうしてですか?」

「まず、俺は参加者が三つのグループに分けられると考えている。一つ目は、新カードの強さに目がくらみ、使わされてただけの者たち。つまり、戦術やプレイングが稚拙ちせつな連中だ」


 花織たちの対戦相手は、両者ともそのグループに含まれる。


「二つ目、その圧倒的なカードパワーに普段から不平を漏らすことしかしてこなかった連中。そして三つ目が残った勝者だ。このゲーム、勝者となり得るそのグループは他のプレイヤーから自然と避けられる。言い換えれば、他の連中が醜く争い合うのを黙って見ているだけで勝ち残れるというわけだ」

「そんなカラクリがあったんだな。あれ? でもよ、お前のその言い分だと弱いプレイヤー同士戦うことになるから、何人かは勝ち残るんじゃないか?」

「いいや? それはくまで三つ目のグループが黙って見ていた場合の話だ。俺は参加者全員を観察していたからわかる。いたよ、積極的に勝負を持ちかける強いプレイヤーが何人も」


 それを聞き、花織と轟の息が一瞬止まった。


「中でも強かった三人は、黒いローブと仮面で素顔を隠していた。そいつらには気をつけておいた方がいい」

「そうですね……。正体不明のプレイヤー、なるべく戦いたくはありません」

「俺は平気だぜ? 優もじんもぶっ倒すつもりだからな。お前ら二人より強いプレイヤーなんてそうそういないだろ? だったら怖くねえよ」

「ほう? 俺を倒す? こんな日中から寝言を吐いてるようじゃあ、お前は二回戦止まりだろうな」

「うるせえ! わかってるよ、今のままじゃ勝てないことくらい。だが、いつかはお前を倒してみせる。それが何十年先になってもな!」


 怒鳴った後、轟はその場を去った。

 しばらくそれを視線で追ってから、再び花織へと向き直り微笑む優。


「まあ、生意気なことを言ってくるのは関心しないが、あれくらいの度胸でいて大丈夫だ。花織ちゃんは最初に会った頃からすれば、見違える程に強くなっているから」

「でも……」


 花織は右手を握り、胸に当てた。


「まだまだ私は初心者だと思います。いつも戦っている時は不安でいっぱいです」

「それは俺も同じだ。誰が相手の時でも、じんのことが脳裏にちらつく。実は俺の手は全て読まれていて、手のひらの上でもてあそばれてるんじゃないかって。本当は、相手はそんな思いも見透かして心の中で嘲笑あざわらっているんじゃないかって……」


 優の表情がかげる。

 しかし、花織が心配そうに見ているのに気づき、すぐさまそれを振り払い笑って見せた。


「なんてな。それくらい誰にでも心の闇はあるって例えだ」

「ええと……本当に優さんは大丈夫ですか? 何か私にできることは……」

「心配ない。花織ちゃんがまっすぐに戦い続けていることが、何よりも俺の支えになるから。ほら、そろそろ二回戦が始まるから、行っておいで」

「はい、次もがんばります!」


 花織もその場を去り、残された優はうつむいて溜息を吐いた。

 先程の言葉が物の例えだなどというのはうそだ。

 花織を心配させないために咄嗟とっさにそう言ったに過ぎず、実際は戦っている間どころかふとしたきっかけで思い出す程にトラウマ化している。

 そんな彼にとって、刻一刻と迫る再戦の時がどれ程苦痛なものか。

 だが、今は花織たちを見守るしかなかった。


 一方、花織たち他の選手はそれぞれの控室で待機。

 そして、休憩時間終了と同時に……。


「ただいまより、第二回戦の説明を行います」


 スピーカーから音声が入り、参加者たちは一斉に耳を傾けた。


「今回の階級はブロンズ。ルールは先程のコモン戦同様、好きなプレイヤーと対戦していただき、3敗した者から順に脱落となります。前回同様、半数の12名となった時点で終了です。ただし、今回使っていただくデッキは皆様にご用意していただいたデッキではありません」


 その言葉に、ある者は驚きの声をあげ、ある者は息を呑み、またある者は抗議をしだした。

 だが、スピーカーからの音声はそんなことはつゆとも気にせず、淡々と説明を続ける。


「皆様には即席のデッキを組んでいただきます。控室内に専用機器がありますので、起動してみてください」


 参加者たちはそれぞれの室内にあるロッカーを開き、それを手に取った。


「3択の中から1枚を選択するといった方式により、それを計60回繰り返すことでデッキを構築していただきます。また、今回のルールに限り同じカードを5枚以上投入しても構いません。それではどうぞ、デッキをご登録ください」


 そのルールを聞き、不慣れな者は戸惑いを見せる。

 花織もその一人であり、初めての試合方式の前に右も左もわからないままデッキを組んでゆく……。


「どうしたらいいのかわからない……。優さん、助けて……」


 そう言って予選の時同様に優へとすがりつくが、そう簡単に脳内のイメージは救ってはくれない。

 仕方なく、花織はカードを選出しだした。


「ええと、まずは属性を選択……」


 機器を起動した花織は、その最初の画面を見つめる。

 属性を好きなだけ選択可能だが、当然選び過ぎればデッキの回りが悪くなる。


「使い慣れている水と闇がいいかな」


 花織は属性にチェックを入れ、カード選択画面へと移行した。

 そして、1枚ずつ悩みながら選出してゆく。


「秘術の研究は……後半にカウンターが不足してきたら困るから入れておこうかな」


 この方式初心者の花織には、どのカードを採用すべきかが理解できていなかった。

 結論から言えば、他のカードとの組み合わせでないと効果を発揮しないカードは入れるべきではない。

 なので、カウンター効果つきのカードのみを捨て札から戻せる秘術の研究は、優先すべきカードではなかった。

 逆に、パワーとライフが高めのモンスター、序盤から使える軽量カード、劣勢をくつがえす全体除去などを選択すべきだが、花織のデッキはどれも中途半端となってしまった。


 そして、組み終わって会場へと向かった花織は、送信されたデータを元に組まれたデッキを受け取る。

 他のプレイヤーも続々と入場し、ついにブロンズ戦が始まった。

 だが……。


「これでトドメだ!」

「そんな……」


 開始早々、ものの十分で花織は一敗してしまった。

 青ざめる花織。


「弱い奴にはとっととご退場願おうか? さあ、誰かこいつを後二回負かしちまえ!」


 再び狩りの餌食えじきとなりそうになったその時……。


「だから、女の子一人に対して集団で寄ってたかるのは関心しねえっつってんだろうが」

「轟さん!」


 おびえきっていた花織のもとへ、颯爽さっそうと現れた。


「何だぁ、お前? 邪魔すんなよ!」

「悪いけど、俺はお前らに勝負を挑む。まだこの子にバトルを申し込む前だっただろ? それなら、先に俺の申し出を受ける義務がお前にはある」

「だったら何だって言うんだよ? お前一人で一度に全員と戦えるわけないだろう? 残った奴が勝負を挑めばそいつは脱落……」

「それなら、僕も混ぜてくれないかな?」


 突如現れた翔が参加者の言葉をさえぎった。

 爽やかな笑顔を浮かべてはいるが、怒りがにじみ出ている。


「な!? 運営のお前が何しに来たんだよ!?」


 参加者は振り返り、動揺のあまり荒々しい声を上げた。

 しかし、翔は動じず一歩も身を引かない。

 それどころか、堂々とまっすぐ視線を交わす。


「そりゃあ、僕だって一生懸命考えて組んだデッキなんだから、試させてくれてもいいじゃないか。黙って見てるのもつまらないし、僕と遊んでよ」

「お前なんか、どうせ不正して強いデッキを作ってきただけだろうが!」

「酷い言い様だね。ゲームを作った側の僕らが、自らの手でそれを冒涜ぼうとくするわけないでしょ? それに、僕はなりふり構わず勝負を挑んでいるわけじゃない。お気に入りのプレイヤーがピンチだったのでね、ちょっと加勢したくなったんだ」

「何だと!? それこそお前ら運営が、三回戦へ進出させたいプレイヤーを操作してるってことじゃねえか! これのどこが不正じゃないって言うんだ!」


 翔は参加者の怒鳴り声を前にしても、飄々《ひょうひょう》とした態度で笑っている。


「それのどこが悪いんだい? 第一、君たちのしていることも一緒じゃないか。落としたい人を決めて、積極的に勝負を挑む。僕はその反対の行動を取っているに過ぎない」

「弱い奴が脱落することの何がおかしいんだよ!?」

「その弱い奴って解釈が大きく間違っているからさ。君たちより、この子の方がはっきりと将来性がある」

「言ったな!? そこまで言うならやってやろうじゃねえか! だが、まだ他のプレイヤーもいるからどの道そこのお嬢ちゃんは勝負を避けられねえぜ!」

「確かに。でも、それは誰か一人とだけで済むみたいだよ」


 そう言って翔が指さした先には、仮面とローブに身を包んだプレイヤーがたたずんでいた。

 三人とも、無言のまま不気味に……。


「いつの間に!?」


 振り返った参加者たちに向かって、ローブのプレイヤーたちはデッキを突きつけた。

 言葉は発しておらずとも、勝負を挑んでいることは明らかだ。


「さて、全員の相手が決まったみたいだし、それじゃあ始めようか」


 翔は自信のこもった笑みと共にデッキを取り出した。



 それぞれのバトルがスタートし、数分が経過。

 ゲームは中盤を迎えている。


「何だよ、運営も大したことねえな」


 いやしい笑みと共にあおる翔の対戦相手。

 それに同調する周りのプレイヤーたち。

 轟、翔、花織、それから仮面のプレイヤー。6名全員が相手より10ポイント以上もライフが下回っている。


「お前なんか真っ先に名乗りを上げた割には随分ずいぶん臆病おくびょうなプレイングじゃねえか。何度かチャンスがあったのに、ここまで一度も直接ダメージを与えにきていないしな!」


 そう言いながら高笑いする相手を前にし、轟は無言のままにらみ返すのみ。


「何も言い返せないか。情けなくてこっちまで涙が出てきちまうぜ! 炎の騎士を場に出し、さらに他のモンスターでプレイヤーを攻撃してターン終了」


 パワーとライフが5ずつの強力なモンスターが召喚され、さらにライフも削られる。

 対戦相手は自らが優勢だと思い込み、ニヤニヤと笑う。

 だが、その笑みは瞬時に消え、口をポカンと開けた。

 目の前で、轟が突然声を出して笑い始めたからだ。


「やれやれ、笑いをこらえるのも大変だったぜ。どんどん劣勢へと突き進んでおきながら、自信たっぷりにあおってくるもんだからよお……」

「ああ? 何言ってんだ? このライフ差が見えねえのかよ」

「こんな奴が二回戦に上がってきてるんだから、一体どうかしてるぜ。さて、まずは俺の場にいるジャイアントバウムでお前の炎の騎士を攻撃する!」


 ジャイアントバウムも炎の騎士と同様、パワーとライフが5の強力なモンスター。

 だが、決定的な違いが一つある。

 相手の炎の騎士は場に出したばかりで無傷なのに対し、ジャイアントバウムはモンスターとの戦闘ですでにライフを3消耗しょうもうしている。

 つまり、このバトルは実質パワー5ライフ2のモンスターで、相手のパワー5ライフ5のモンスターと相打ちということになる。

 轟のモンスターはパワー5がしっかり働き相手モンスターのライフ5を丁度削りきるので無駄がないが、相手モンスターのパワーはそのほとんどが意味をさずに終わってしまう。

 カードアドバンテージが轟に大きく傾いた。


「他のモンスターにも退場してもらうぜ!」


 轟は同様に自分が有利となる形でモンスターを相打ちさせてゆき、一気に優勢に立った。

 そして、それを合図に……。


「先に種明かしされちゃったか」


 同じ戦略で戦っていた翔たちも場の状況をひっくり返してゆく。

 だが、この期に及んでもなお、対戦相手たちは非常事態と認識しておらず……。


「それがどうした!? お前のライフの方が少ねえんだから、こっちが先にゴールを決められる!」

「そう思うならやってごらんよ。君のターンだ」

「サーカスのライオンを召喚し、プレイヤーを攻撃!」

「カウンター発動。フレイムトラップで3点ダメージを与え、捨て札へ」

「しぶとい奴め……! それなら炎の騎士を召喚し、ターン終了だ」


 パワー5ライフ5のガーディアンを展開し、依然いぜんとして強気。

 強力なモンスターだが……。


「僕のターン。悪いけど、残っているモンスターを使って取らせてもらうよ」

「出したばかりのモンスターが……残党ごときに!」

「さらに、他のモンスターでプレイヤーを攻撃! 新たにモンスターを展開してターン終了だ」


 迎えた相手のターン。モンスターを召喚し直すも再びあっさりと倒され、ついにライフも翔が抜き去った。


「そんなばかな!?」


 驚愕きょうがくのあまり叫ぶ相手。

 ようやく焦り始めるがもう遅い。


「たった2ターンで俺のライフが下回っただと!?」

「何もおかしなことじゃないさ。ほら、周りを見てごらん」


 それを聞き、周囲を見回す対戦相手。その目に映ったのは、同じ戦局だった。


「うそだ……。それに、一番弱いと思っていたあの女まで!」


 花織も優勢を築き上げていた。

 先程のゲームは負けてしまったが、実のところそれ程までに悪いデッキではなかったからだ。

 秘術の研究など、他のカードがないと価値のないものが何枚か入って足枷あしかせとなってはいるが、致命的にバランスが悪いわけではない。

 対して、相手はデッキ自体は完璧に組めていたもののプレイングスキルが酷く、結果として劣勢を招くこととなった。

 どのプレイヤーも敗因は等しく、場よりも相手プレイヤーのライフを削ることを優先してしまったことだ。


「あの女になら、勝てるはずだろ!? どうして……どうして!?」


 わめく対戦相手。

 その言い草を聞き、翔は静かな怒りを向け……。


「レディーに対してあの女呼ばわりとは……。君みたいなプレイヤーにはさっさと退場してもらおうかな」


 そう言うや否や、一気に攻勢に転じた。

 またたく間に減ってゆく相手のライフ。

 他のプレイヤーたちも同様で、すぐさま決着を迎えた。


「さて、それじゃあ相手を変えてもう一度……」


 デッキを手にし、にじり寄る翔たち。


「まずい! 俺はもう勘弁!」


 そう言って一人が逃げ出すと、皆一斉に走り去った。

 その様子に、轟は満足げな笑みを浮かべ……。


「まったく、天下の轟様に向かって吠えるとは。そのくせ逃げ足だけは早いんだから情けないったらありゃしねえぜ!」


 得意げに胸を張り、大声で笑った。

 花織も安堵あんどからほっと胸をで下ろし、翔も二人へと親指を立てる。

 そして、その様子を無言でながめる仮面のプレイヤー三人。

 それに気づいた轟は……。


「何だよ、お前らも俺たちとやろうってのか?」


 そう言ってデッキを構えた。

 しかし、仮面のプレイヤーたちは身動き一つせずに立ち尽くしている。


「戦う気はないみたいだよ。僕らはとりあえず、これで勝ち抜けってことでいいんじゃないかな」


 翔の言葉を聞いてもなお、轟は警戒けいかいを解こうとしない。

 まっすぐににらみつけ、デッキを握りしめる。


「一体何を考えてんのか……。不気味な連中だぜ」


 轟がそう吐き捨てたのを最後に、長い沈黙が流れた。



 それからしばらくして、ブロンズ戦が終了した。

 休憩時間となり、再び花織は優のもとへと向かう。


「二回戦もなんとか勝てました」

「ああ、おめでとう」

「今回は本当に自信がなかったです。初めての形式で、どうしたらいいかわからなくて……」


 慣れない方式のため苦戦をいられ、ずっと不安を抱えていた花織。

 思い返しうつむくその様子を見て……。


「予測できていたら教えてあげられたんだが、ごめんな」


 優は気遣きづかうように優しく声をかけた。


「い、いえいえ!」


 あわてて両の手を左右に振る花織。


「優さんのおかげでここまで来られたんです。ありがとうございます」

「そうか。まあ、次にまた同じ方法のゲームが来ても大丈夫なように、ポイントをいくつか教えておこう」


 優は今回のようなルール……つまり、限られたカードの中から選択してデッキを組む方式での考え方を説明した。


「なるほど。そうすればよかったんですね」

「轟は上手くデッキを組めていたようだな。以前コテンパンにした時に相当反省したんだろう」


 優は轟との初対戦を思い返し、遠くを見つめる。

 と、その時、休憩時間終了十分前のお知らせが流れた。


「さあ、次もがんばっておいで」

「はい! 優さんも、見守っててくださいね」

「いや、俺は次から参加することになっているらしい。まだ内容は告げられていないけれどな。別室に来るようにとだけ言われている」

「そうだったんですね。では、私は控室に行ってきます」


 そう言って花織は元気にけていった。

 そして、時間となりスピーカーから音声が流れる。


「これより、シルバー戦のルール説明を行います。今回も半数の6名になるまで戦っていただきますが、前回までと違ってサドンデス方式。つまり、6名が勝利し残り6名が敗北した場合、その時点で三回戦終了となります。そして、皆様の対戦相手となるのはこのお二人です」


 そう告げるのと同時に、横にあったモニターに映像が映し出される。

 そこに映っていたのは優とじんだった。


「そんな……! いきなり優さんたちと!?」


 花織は驚愕きょうがくのあまり声に出した。

 だが、すぐさま説明がつけ足される。


「このお二人はシードです。まだ三回戦目なのに唐突に難易度を上げられたことに、参加者の方々は困惑していることでしょう。しかし、心配いりません。このお二人にはこちらで用意したデッキを使用していただきます。その内容はこちら」


 モニターにデッキ内容が表示された。

 どちらも同じデッキを使用、という注意書きと共に枚数まで詳しく出ている。

 強力なモンスターが多数採用されているが、そのほとんどが能力を持たない。あったとしても、ガーディアンやラッシュなどで、対策は比較的練りやすい。

 そして、全体除去スペルを採用してはいるものの、カウンターカードなどは一切入っていない。


「これって……!」


 花織の脳内に浮かんだのは、優との初対戦。

 優は花織への出題として、これと同じ方式の勝負を提案した。

 その際に使用した優のデッキは、轟を倒すことだけに主眼を置いた構築だったため露骨な弱点が存在しており、花織はそこを的確に突いて見事合格点を得ている。

 今回は、その使用するデッキが変わっただけだ。


「あの時と同じ……。それなら考え方は一緒。今回は驚くようなコンボを使われる心配はないから、ひたすら場の有利を心がけていれば勝てる」


 戦略が決まり、花織はデッキを作ってゆく。

 軽量モンスターから大型までバランスよく組み込み、全体除去スペルも投入。

 さらに、厄介な能力を持つモンスターを一切採用していないという弱点を突き、超魔術スネークアイズ・リバースも採用した。

 それは、相手モンスター1体のスピード……つまり行動可能回数を0にするカード。

 能力を持たないモンスターは、行動権さえ奪えば完封できる。


「これで問題ないはず……」


 デッキを組み終わり、花織は会場へと向かった。

 他のプレイヤーも次々と入場し……。


「それでは、シルバー戦を始めます。じん選手と優選手、お二人から好きな方を選び、対戦してください!」


 ゲーム開始の合図がなされる。

 それと同時に優とじんはドーナツ状のテーブルの中央へと現れ、デッキを12個並べた。


「これってまさか……!」


 花織が驚きのあまり目を見開く。


「ああ、そのまさかだな。優の野郎、一度に12人を相手にするつもりだ」


 轟は冷静な口調でそう言った。

 対して不安げな花織。


「優さんは、これで負けてしまったらどうなるんでしょうか?」

「心配ないだろう。シードだと言っているし、こんな制限があってはさすがの優でも負けて当然だ。これは飽くまで試験官としての参加だろうよ」


 そう言ってちらっと翔へ視線を向けると、小さいうなづきが返ってきた。


「さてと、それじゃあ遠慮なくぶっ倒すとしようぜ」

「そうですね。優さんに敗退の心配がないのでしたら、心置きなく立ち向かえます」


 花織と轟が優のテーブルへと向かう。

 と同時に、プレイヤーのほぼ全員が一斉に動き出し、優のテーブルへと着いた。

 唯一動かなかった翔は……。


「さてと、それじゃあ僕も……」


 そうつぶやくと、テーブルへと向かって歩きだした。

 しかし、それは他のプレイヤーが選んだ方とは逆。

 当然、翔のことを何も知らない人たちは驚く。


「なっ!? あいつ、何でじんのテーブルへ!?」

「ばかか? 絶対にこっちの方が突破しやすいだろ」


 そう言い合うプレイヤーのすぐそばで、優が怒りの炎を燃え盛らせる。


「ほう? 俺との勝負なら楽? いいだろう、その思い込みを徹底的に正してやる……」


 静かに言い放たれた言葉だが、明らかな激昂げきこうが込められていた。

 それに気づいた失言の主たちも、その迫力に思わずたじろぐ。


「そ、そんなことは誰も言ってねえよ。お手柔らかに頼む」

「そうそう。じんはもう、強いとかそういうんじゃなく、気味が悪いって言うか……」


 あわてて取りつくろおうとするも、優は怒りをしずめる気配がない。

 一方、じんは自らのもとへ翔が来たことへ疑問を抱いていた。


「どういうつもりかな?」

「ただ見てるだけではじん君も退屈でしょ? 僕と遊ぼう」


 そう言っていつもの屈託のない笑顔を見せた。

 じんめずらしく驚きの表情を浮かべる。


「僕とゲームをした相手は嫌な思いをすることになる。翔さんだってよく知っているはずなのに、どうして……?」

「簡単だよ。僕は君と対戦しても、不快感など抱かないよ。僕は君を気に入っているからね」


 その言葉にじんは困惑し、言葉を失った。


「まあ、とりあえずゲーム開始といこうか」

「後悔しても知らないよ……」


 二人がデッキをシャッフルし、5枚ドローした。

 そして、それを合図に他のプレイヤーも次々とバトルを開始する。

 花織と轟も初期手札を引いたその時。


「花織ちゃんと轟は勝たせてやろう。他のプレイヤーには容赦しない」


 不意に優がそう告げた。

 当然、他のプレイヤーは不平を顔に出すが、何を言っても無駄だと悟り無言でにらみつける。


「安心していい。こいつらに文句は言わせないし、運営自らプレイヤーの選別を行っているくらいだ。ルール違反の心配は……」

「嫌です!」


 優の言葉を遮り、花織がはっきりと宣言した。

 あまりの出来事に目を見開き、一瞬固まる優。


「私、まだまだ初心者だと思います。ですが、私なりの覚悟を決めてここに来ています。もちろん、優さんはとても強いプレイヤーですから、簡単に勝てると思っているわけではありません。でも、自分の力で乗り切ってみたいんです! ……ダメですか?」


 花織の気迫に圧倒され、その場にいる全員が動きを止めた。

 その数秒後、轟も……。


「俺も賛成だ。おい優! どこまで俺を馬鹿にしてるんだ! さすがのお前でもよ、デッキをあらかじめ知っておけば怖いことなんてありゃしねえぜ。加えて今回はそのデッキすら運営が用意したものだ。いつものびっくり箱みたいな恐ろしさは微塵もねえんだよ!」


 その発言により、優は再び怒りの炎を燃え上がらせた。

 それは、先程よりもずっと大きい迫力を伴って轟に立ちはだかる。


「ほう? 言ってくれるな。そこまで言うならわかった。お前にも地獄を見せてやろう。他の連中も叩きのめす」

「ひい! やめろー! 俺たちは関係ねえだろ!」

「何で余計なことを言ったんだお前!」


 とばっちりを食らった他のプレイヤーの嘆きが響く。

 しかし、轟は不敵な笑みを返し……。


「望むところだぜ!」


 そう言い切った。

 その横で、おどおどする花織。


「あの……優さん、私……」

「大丈夫、花織ちゃんは俺をなめているわけじゃないこと、わかってるから」


 そう言って、柔らかな笑みを向ける優。

 それにより、花織の不安が消し飛び……。


「はい! 全力で戦わせてもらいます!」


 自信のこもった声と共にゲームがスタートした。



 その後、花織と轟は場の維持を意識して戦い、勝利を得た。

 仮面のプレイヤーと翔も同様に勝ち残り、他のプレイヤーは全員敗北。

 しくもシルバー戦が一度で決着した瞬間である。


「く……なぜ勝てない!?」


 敗者の一人がテーブルへと拳を振り下ろした。

 その様子に笑いを抑えきれず漏らす優。


「お前らは何のためにデッキを公開したかわかっていないのか? コンボデッキをこしらえてきたり、スピードタイプのデッキで対抗してきたり……お前らのやっていることは戦略とかけ離れ過ぎている」

「そんなの知るか! 俺はいつもこのデッキで勝ち続けてきたんだ!」


 身を乗り出し、吠える対戦相手。

 優はあきれ果てて溜息を吐いた。

 直後、アナウンスが流れる。


「皆様、お疲れ様でした。これにて本日のゲームは全て終了です。明日、引き続き準々決勝クウォーターファイナル及び準決勝セミファイナルを行います。それまでの間、会場の隣にある宿泊施設をご利用ください」


 その案内を受け移動する人々。

 部屋に着いた参加者たちは、皆それぞれにデッキの調整やここまでの戦いを振り返るなどして過ごす。

 そんな中……。


「今日は休んでおいたほうがいいよ。体は疲れていなくても、精神的疲労は溜まっているだろうから」


 花織は優へと特訓を申し出たが、そう断られた。


「そうですね……。確かに、いざという時に正しい判断ができなくては困ります」

「心配はいらない。デッキは大会前にみんなで調整したのだから。それこそ、さっきの脱落者たちと違ってどんなデッキが相手でもしっかり戦えるデッキが組めた。何も恐れることはない」

「わかりました。ちょっと不安になり過ぎたのかもしれません……。今日はしっかり休みます」


 そう言って自分の部屋へと戻る花織。

 そして、母の病気が早くよくなるよう、祈りをささげて眠りについた。

 他のプレイヤーも寝静まり、次の日……。


「おはよう、花織ちゃん」

「おはようございます」


 再び会場で顔を合わせる二人。

 そして……。


「よう優。今日こそお前をぶっ倒してやるからな」


 背後からした声の主は轟。

 優は振り向くなり冷ややかに笑う。


「そう言ってる割に、足がまた震えてるけどなあ」

「武者震いだ! お前を倒したくてうずうずしてんだよ!」

「そうか……。まあ、緊張のし過ぎで眠れてないとかよりはましか」

「何できちんと寝たってわかるんだよ」

「寝ぐせ」


 間髪入れずに返ってきた言葉に轟は口をあんぐりと開け、次の瞬間トイレへと向かってけ出した。


「むしろ緊張感の欠片もなかったか……」


 乾いた笑い声を漏らした後、轟を追っていた視線を花織へと戻す優。


「まあ、それくらいしっかりと寝ておいた方がいい。花織ちゃんは眠れた?」

「はい。優さんの言葉のおかげで安心して眠れました。なので今日は全力で戦えます!」


 花織は両の手を腰の辺りで強く握りしめた。


「そうか。それは頼もしい」


 そんなことを言っている内に迎えた試合開始時間。

 客席は再び埋まり、残りのプレイヤーがそろう。


「さあ、本日も始まりました! いよいよ準々決勝、ゴールド戦です!」


 客席の盛り上がりもいよいよヒートアップし、歓声が弾け飛ぶ。


「今回も3敗したプレイヤーから順番に脱落となります。ただし、ここからはシードのお二人にも参加していただきます」


 その言葉に客席がざわつく。

 優はゲーマーの間では有名な強豪。あらゆるゲームを即座にマスターし、驚くべき戦術を練り上げる戦略家。

 一方、じんうわさが流れる程の天才プレイヤー。長らくゲーム界を去っていたので知る人ぞ知る存在となってしまってはいたが、今回の一連の騒動で再びその名をとどろかせ、ウィザーズウォーゲームプレイヤーからはみ嫌われている。

 そんな二人がここからは参加者に交じってバトルすると言うのだから、不穏な空気が流れるのは当然だ。

 ましてやそれを相手にするかもしれない参加者たちの恐れは想像を絶する程。

 だが……。


「皆様、ご安心ください。シードのお二人には二つの条件がございます。一つは、自分からは対戦を申し込めないというもの。そしてもう一つは、一度でも負ければその時点で脱落というもの」


 それを聞き、花織は咄嗟とっさに優へと顔を向けた。

 だが、優は穏やかな笑顔でそれに応じる。


「それではゲーム開始! ……と行きたいところですが、その前にここで仮面プレイヤーの素顔を見せていただきましょう!」


 その言葉に、皆が言葉にならない声を一瞬上げ、すぐさま静まり返る。

 全員の注目が3人へと集まった。


「それではどうぞ!」


 合図と同時に2人がローブを脱ぎ、仮面を取った。


「みんなー、お待たせー! キャンディちゃんだよー!」


 正体をあらわにした内の一人はアイドルとして有名な女子、キャンディ。

 ピンク色に染めた髪、ド派手なカラフル衣装。

 おまけに先端に星のついた杖まで持っている。

 その姿を見るや否や、観客席の中の一塊が一斉に沸き立ち……。


「うおお! 待ってたぞー!」

「キャンディーちゃーん! 負けるなー!」


 ライトを手に応援を開始した。

 ウィンクでそれに応じるキャンディ。

 唖然とする優。

 轟は呆気に取られ……。


「な、何だぁ?」


 口を開けっ放しにしている。

 一方、もう一人の正体は……。


「随分と低俗な方々ですわね」


 そう言うなり高笑いを響かせた。

 ダイヤのネックレスと指輪、青いドレス、金髪、青い目、性格の悪そうな笑み。

 関わりたくないオーラに満ちている。


わたくしはマリー。以後、お見知り置きを」


 そう言って一礼するマリー。

 だが、その表情は嫌みたっぷり。


「さあ、最後の仮面プレイヤーの正体はー!?」


 一斉に視線を浴びる仮面プレイヤー。だが、なかなかその正体を明かそうとしない。

 その内に客席はざわつき出し、ついには急かすような声まで上がった。


「どうしたー? さあ、正体を見せてくれー!」


 なおも続く声に、とうとう耐え切れずにローブを脱ぎ、仮面を取った。

 茶髪の女性だ。


「あー! あいつ!」


 観客席の一角から、同時に声が上がった。


「見つけたぞ!」

「よくもあんな真似を!」

「絶対に許さないからな!」


 皆、口々に罵声を浴びせ、そのプレイヤーを非難する。

 それを受け、その女性プレイヤーは俯いた。


「さてさて、何やら騒がしいですがゲームを開始したいと思います! それでは……ゴールド戦スタート!」


 合図と同時に全員がデッキを取り出した。



 デッキを片手ににらみ合うプレイヤーたち。

 そんな中、マリーは轟へと向くや否や……。


「そこのあなた! この中では一番富裕層に近いですわね」


 勢いよく指さした。

 すぐさま轟は振り向き……。


「ああん? 何だそのけんかの売り方は」


 そのおよそ勝負の場に似つかわしくない発言に、怪訝けげんな態度を示す。

 しかし……。


「で・す・が!」


 そんなことは気にせずマリーは続ける。


「まったくもってセレブとは言えませんわ。何よりその言葉(づか)い、態度。貧相極まりないですこと」


 そう言って高笑いをするマリー。

 だが、轟は動じない。なぜなら……。


「別に、上品を気取る必要がねえからな。俺様は将来、ゲーム界の頂点に君臨する男。力こそ全てだ!」


 それは轟にとって気にさわる内容ではなかったからだ。

 しかし……。


「あなたが頂点を? やめてくださいます? あなたのような者が王の座を得ると、わたくしたちセレブ全員の感性を疑われてしまいますわ。ここは私が成敗しないといけませんわね」

「何だと!?」


 今度の発言は、しっかりと轟への挑発として機能してしまった。


「お前が俺に勝つ? 冗談言ってるんじゃねえよ! 世界の王となる俺様に勝つだなんて暴言、絶対に許せん!」


 そう怒鳴るなりデッキを乱暴にシャッフルし、バトルの準備を開始した。

 一方、キャンディは……。


「そこのあんた。私と勝負よ!」


 優へと勝負をいどんでいた。

 それに対し、優はあきれて溜息ためいきく。


「正気かお前? 俺を倒す自信があるってか?」

「いいえ、ないわ」


 言っている意味がわからず、困惑を顔に浮かべる優。

 だが……。


「けれど、私は戦わなくちゃならないの。あの大勢のファンを見て。みんな私に期待しているの。そんな中でこそこそ逃げ回るような姿、見せられると思う? あなたよりも私が注目を浴びるその瞬間を、みんな望んでいるのよ!」


 その言葉を聞いた途端、優は何度もうなづいた。


「そうか……。お前は俺に似ているな」

「なっ!? どこがよ! あんたは男、私は美少女アイドルよ!?」


 ムキになって頬を膨らますキャンディ。

 その誤解に、優は軽く笑い声を漏らした。


「すまない。そういうつもりで言ったわけじゃない。ただ、俺と同じで注目を武器にしてようやく戦うことができる。そうした意味で、似てると思ったまでだ」

「ふ、ふーん。あんたもいろいろ大変なのね。でも、絶対に負けないんだから!」


 デッキを握った手を突きつけるキャンディ。

 そして、少し離れた場所で……。


「対戦お願いします……」


 茶髪の女性プレイヤーが花織へと対戦を申し込んでいた。

 消え入りそうな、とても小さな声。


「はい、よろしくお願いします!」


 それぞれに対戦相手が決まり、残ったのはじんと翔のみ。


「さて、それじゃあ僕たちも始めようか」


 爽やかな笑顔と共に勝負を挑む翔。

 だが、その途端に悲しげな表情を浮かべ、うつむじん


「……昨日は渡されたデッキだから、翔さんの心を壊さずに済んだ。けれど、今日はそういうわけにはいかない。一旦ゲームがスタートすれば、僕はもう単なる兵器でしかない」

「そんなこと気にしなくていいさ。じん君も退屈だろうし、いいじゃないか」

「……どうなっても僕は知らないからね」


 こうして最後の一組が決定した。

 準備ができた者から順に、それぞれテーブルをはさ対峙たいじする。

 最初にバトルを始めたのは轟とマリー。


「ゲームスタート時、ストックゾーンに英知のサファイアを4枚置きますわ」


 マリーが置いたのはアイテムカード。デッキに含めず、ゲーム開始時にストックゾーンに設置することができる。

 ただし、そのデメリットにより轟の初期ライフは24もプラスされる。


随分ずいぶんと極端な真似をしてくれたな……!」


 開幕早々飛ばす相手に警戒けいかいを強める轟。

 その思惑を読み解くべく、じっと見つめる。

 視線の先には、先攻後攻を決めるため魔力カウンターを複数握るマリー。

 轟もそれに応じ、確認したマリーはゆっくり手を開く。

 そこにあったのは……。


「なっ!?」


 無数のダイヤモンド!


「お前、まさかそれ……」

「そのまさかですわ。本物ですことよ」


 轟は絶句し、呆然ぼうぜんと立ち尽くした。

 その様子に怪訝けげんな表情を向けるマリー。


「魔力カウンターに何を使用してもルール上問題はありませんわよ?」

「それはわかってるけど、わざわざそんなものを使用しなくても……!」

「なら、バトルを始めましょう。先攻をいただきますわ」


 完全に調子を狂わされた轟。

 対するマリーは淡々と進める。


「まずは植物の魔力をチャージ」


 手元に置かれたのはエメラルド。またしても本物の宝石。

 轟は目眩めまいを感じ、テーブルへと手をついた。


 一方……。


「乳白色のアメ、クリーミーウィンド、コーラ味キャンディー、コーラ味の魔法スカッシュ、ソーダ味キャンディー、ソーダ味の魔法サワー、イチゴ味キャンディー、フレッシュショットをそれぞれ1枚ずつ。さらに、メロン味の魔法スイートを2枚ストックゾーンにセット!」


 キャンディはさらに極端な行動をとった。

 合計10枚ものアイテムカードのコストにより、初期手札が全てなくなり、優のライフもプラス8。

 さらに、2ターン目のドローの権利も失っている。


「さあ、覚悟しなさい! あんたが天才ゲーマーだろうとなんだろうと倒すんだから!」


 勢いよく指さし宣戦布告すると、観客にいるファンたちが一斉に沸き立った。

 ハンデとしてキャンディの先攻でゲームスタート。


「まずは光の魔力をチャージするわ」


 手元に置かれたのは白い飴玉あめだま。包み紙が透明なため、色がはっきりとわかる。

 それを見た優は……。


「……ふざけた真似を」


 あきれるあまり冷ややかな視線を向けた。

 だが、キャンディはいたって真面目な表情を浮かべている。


「ふざけてなんかないわ。向こうのお姉さんも言った通り、魔力カウンターは原則として何を使用しても構わない。他の属性と区別がつくことと、かさばらないことに配慮すれば問題ないはずよ」

くまでお前なりの真面目ってことか……」


 優はそれっきり、そのことに関しては考えることをやめた。


 一方、轟は……。


「ターン開始時に超魔術フリーズ・リライトをデッキ外の超魔術フォレストラス・リライトと交換。そして使用」


 現時点で不要と判断したカードを交換し、即座に使用した。

 その効果により、パワー2ライフ2のモンスターを召喚できる。

 だが……。


「させませんわ!」


 間髪入れずにマリーが1枚のカードを場に出した。

 流れるような優雅な手つき。


「不発を使用し、その効果を打ち消します」

「何だと!?」


 轟の使用したリライトは、デッキ外のカードと交換できる便利さを持っている。が、その反面、消費魔力が通常のスペルと比べて1高い。

 そのカードに対し、不発を使用したマリーのプレイングは確かな実力を匂わせる。

 轟は再びそのスペルを使用できるとはいえ、その際にもまた1魔力多くかかってしまうからだ。

 だが、轟の驚きはそのプレイングの上手さに対してではなかった。


「お前、レアカードをたくさん持ってそうなのに、そんなカードを採用しているとはな……」

「当然ですわ。このカードは消費魔力0ですから、属性魔力を必要としない。それはつまり、あらゆるデッキに入り得ることを意味していますわ。言うなればいぶし銀。レアリティこそ低くとも、その秘めたる価値は計り知れませんことよ」

「以前の俺みたいにレアリティやカードパワーにおぼれたプレイヤーかと思ったが、見くびり過ぎてたようだな……」

「この私がそんな失態をするはずがありませんわ!」


 甲高かんだかい笑い声を上げるマリーを前に、轟は目を閉じ深呼吸をし……。


「そうか……。それならこっちも全力で戦うしかねえな!」


 大声でそう宣戦布告し、覇気はきを向けた。



 しばらく経ち、終盤へ差しかかった頃。

 轟は手のひらで左から右へと盤面のカードを指し示し……。


「見ろよ! 俺の盤面にずらりと並んだモンスターたちを! 全体除去とカウンターで必死に対抗してたようだが、そろそろ息切れなんじゃねえの?」


 根拠のあるあおりを入れた。

 だが、途端にマリーの甲高い笑い声が響く。


「これだから視野の狭い下級民族は嫌いですの。私は無数のカウンターを持っているに等しい」

「そんなことはお前が置いたアイテムを見りゃあわかる。だがなあ、そのテンポロスは痛いと思うぜえ? 限られた魔力をそんなことに使ってる間に、悠長ゆうちょうなお前を八つ裂きにしてやるよ!」


 そう言って目をギラリと光らす轟。

 しかし、なおもマリーは笑っている。


「浅はかですこと……。みっともない。己の読みの暗さを恥じるべきですわ!」


 マリーは今までにも増して嫌みな、性格の歪みきった笑みと共に1枚のカードを場に出した。


王妃おうひマリー・アントワネットを召喚!」

「っ!?」


 小さなうめきを上げる轟。

 蒼白になってゆく顔色。


「その効果により、あなたのモンスターは全てパワーマイナス1。さらに、このマリー・アントワネットを手札に戻すことにより、魔力を支払わずに英知のサファイアを使用! 達人の応酬を3枚手札へ!」


 召喚したばかりのマリー・アントワネットを手札に。それは本来、魔力の代償であるはず。

 だが……。


「そして、再度マリー・アントワネットを召喚! あなたのモンスターをもう一度パワーダウン!」


 デメリットのはずであるそれは、メリットとして利用されてしまう!


「テンポロスどころか、逆に大きなアドバンテージを得てしまいましたわ。さあ、どうするおつもりかしら?」


 轟は青ざめた表情で、黙ってにらみ返した。

 それからさらに数ターン後。

 必死に抵抗し続け、戦いはいよいよ最終局面を迎える。

 マリーの場には、万物創生の効果により得た強大なモンスターがひしめく。

 轟は焦りをにじませつつ……。


「光の魔力をチャージ! 超魔術スネークアイズ・リザーヴを使用し、お前のモンスターの動きを封じる!」


 闇のスペルを使用し、マリーのモンスター1体のスピードを0にした。

 その頬には冷や汗が一筋。


「さらに、超魔術スネークアイズ・リバースを捨て札から2回使用! どうする?」

「構いませんわ。止めるまでもないでしょう」


 マリーは手札のカウンターを温存し、轟のスペルを通した。

 余裕の表情で淡々と応じる。

 対して、崖っぷちに立たされた轟の心拍数が上がってゆく。

 だが、心の内を悟られないよう表情には極力出さず……。


「これで俺のターンは終了だ」


 くまで冷静を装った。

 そんな轟を見下すマリー。

 ゴミを見るような目。


「随分と醜い足掻あがきを続けますわね。光の魔力をチャージしたということは、おそらくウィンド・フィナーレによる一斉攻撃を狙っているのでしょうけれど」


 ウィンド・フィナーレ。そのターン中の味方モンスターのパワーを2プラスし、召喚してすぐに攻撃可能とするスペル。

 マリーは先程の唐突な轟の動きから、そのカードによる奇襲を読んでいる。


「ですが、私のライフは未だ20以上! そして、コロナの効果で出たモンスターの大群が私の場にはいますわ。さらに、万が一に備えて不発やカウンタースペルも温存してますわよ?」


 圧倒的劣勢に立たされ、俯く轟。

 そして、マリーは追い打ちをかけるがごとくさらにモンスターを召喚する。

 その瞬間、轟の表情が劇的に変わった。

 驚きと、一条の光!

 だが、そのことにマリーはまだ気づいておらず……。


「これで私の場にいるモンスターのパワーは合計30以上ですわ。さあ、お覚悟を!」


 強気な笑みと共に勝利宣言。

 観客の誰もが轟の敗北だと決めきっている。

 だが、そんな中で轟は一人ほくそ笑んでいた。


「マリー、確かにお前は強い。俺なんかより、ずっとな」

「ついに負けを認めましたわね!?」


 静かに言い放ったその言葉から、轟が意気消沈したと勘違いしたマリーは甲高い笑い声を上げる。

 だが……。


「いいや? 俺が認めたのはお前との実力差だけだ。確かにお前は俺より強い。だが、俺はお前よりさらに強い奴を知っている。俺はいつもそいつを目指して戦っている。だから……お前の負けだ」

「はああ!? 全然言ってる意味がわかりませんわ! あなたが誰を目指していようと、あなた自身は私の足元にも及びませんことよ?」

「それがどうした。俺は常にそいつならどう応じてくるかを、その最善の反撃を読んでいる。結果、今のお前のムーブはそいつより遥かに下回った」


 そう言って轟は光の魔力をチャージし、蠍座スコーピウスを召喚した。

 その目つきは獲物を狩るかのよう。


「さらに、蠍座スコーピウスによってフルバーサークを使用! お前のモンスター全てを攻撃!」

「何ですって!?」


 蠍座スコーピウスはラッシュ能力を持っているため、召喚してすぐに行動することができる。加えて、相手モンスターを攻撃した後、超過した分の相手モンスターのパワー分だけ相手プレイヤーへダメージを与えることができる。

 さらに、フルバーサークは相手モンスター全てに攻撃できるスキルカード。

 その2枚のコンボにより、マリーへ一撃必殺のダメージを与えることができる。

 大量召喚が完全に裏目に出て、あわてだすマリー。

 一転して強気な轟。


「さあ、止められるもんなら止めてみろ!」

「く……!」


 蠍座スコーピウスはモンスターカード。フルバーサークはスキルカード。

 対してマリーの手札にある不発とカウンタースペルは、スペルカードに対してしか意味をさない。

 轟のコンボを止めるには、除去やスピード減少によって行動を封じるか、スキルカードに対して使用できるカウンターカードを使用しなければならない。

 だが、そのカードはマリーの手札には残ってなかった。


「無理なようだな。それなら、サソリの毒を食らえ!」


 ついに決着。

 マリーは目の前で起きた現実を未だ受け入れられず、呆然ぼうぜんとしている。


 一方、優は……。


「結構がんばったじゃないか」


 圧倒的な優勢を築き上げていた。

 キャンディは悔しそうに手札を見つめているが、解決策は存在しない。


「さすがね……。やるじゃない、あんた」

「お前もな。認めるよ、本気で立ち向かってきたのだと」


 直後、キャンディは降参した。

 その様子を見ていた翔は笑い声を漏らした。


「優君はストイックだから、ああいうタイプのプレイヤーは嫌うと思っていたんだけど……。まさかこんな展開になるとはね」


 不思議そうに見つめる翔。

 だが、じんも当たり前と言いたげに優たちを眺め……。


「ある意味で似た者同士だったからじゃないかな。誰かの期待に応えるために戦うという、その本質は一緒なのかもしれない」


 そう答えると、寂しげな表情を浮かべた。

 その対面で、デッキを片づけだす翔。


「さて、この勝負は僕の負けだね。さすがじん君、僕なんかでは歯が立たないよ」

「……平気なの? 心が折れてたりしない?」

「問題ないよ。負けるって最初からわかっていたからね」


 その言葉はじんの心を突き刺した。

 俯き、右手を握りしめ……。


「そっか……。そうだよね。僕はやっぱり、ゲーマーよりも運営側に回るべきなんだ……」


 乾いた笑い声を上げ、涙を一筋頬に伝わせた。


 そして、花織は……。


未定魔法アンネームドマジックを使用し、手札にあるリライトカードとデッキ外のスペルを交換します」


 その効果により、相手に見せてスペルカードであることを確認してもらった後、手札に加え……。


「超魔術アサシネイション・リバースを使用し、夜虹やにじの部長 大魔導セブンス・ダークを捨て札へ!」


 そのスペルをすぐさま使用した。

 セブンス・ダークは場にある限り能力を発揮し続ける厄介なカード。

 そのため、スピードを0にするだけでは対抗しきれないので、こうして捨て札に送る必要がある。

 これにより、わずかに花織へと流れが傾いたと見えたその時!

 相手プレイヤーは袖に隠しておいたカードを山札の上に置いた。

 不正行為。絶対に許されざる行いだ。

 その行為に花織も、周囲で見守る優や轟も、観客も審判も気づいていない。

 だが……。


「見えているよ、僕にはね」


 じんがまっすぐに視線を向け、そう言いきった。

 静かに、しかしはっきりと……。

 一瞬、会場が静かになり、直後にざわつく。

 轟と花織はじんの言った意味すらわからず……。


「な、何だぁ? どうしたってんだ?」

「ええと……?」


 ただただ困惑している。

 だが、じんの能力をよく知る優、予選での出来事を知らされている翔、そして何より茶髪の女性プレイヤー自身には言葉の意味が伝わっていた。

 俯き、目を泳がせる女性プレイヤー。


「審判!」


 翔はすぐさま指示を出し、録画していた映像をスロー再生させる。

 こうして、そのけがれた行いは白日のもとさらされた。

 翔は厳しい視線を女性へと向け……。


「不正行為はその場で失格だよ。退場してくれるかな?」


 静かに、しかし力強くそう告げた。


「……はい」


 表情を曇らせる女性。

 その手は小刻みに震えていた。



 無言でカードを片づけようとする女性。

 暗い表情。

 だが、その時……。


「待ってください!」


 花織がそれを止めた。


「まだゲームは終わっていません。翔さん、その人と最後まで戦わせてください!」


 力強い声。どこまでもまっすぐな目。

 そのあまりの迫力に、その場にいる全員の動きが止まった。


「確かに不正はよくないと思います。ですが、戦っていた私にしかわからないこともあります。ずっとつらそうにゲームをしていたんです、その人。きっと、何か理由があるんだと思います」

「花織ちゃん。すまないけど、例えどんな理由があったとしても許されざる行為なんだ。だから……」

「わかっています! でも、ここでそのまま帰してしまったら何もわからないままです。お願いします、このゲームだけでも……!」


 不正をした自分のために頭を下げる花織。その姿を見て、茶髪の女性は心を痛めた。

 何故あのような行為に手を染めてしまったのか。何故自分の力で戦えなかったのか。

 そう自分に問いただす中、幼い頃のトラウマがよみがえる。


「勝て! 勝つことだけが全てなのだ! どんなことでも、誰にでも負けたら許さん!」


 まわしき言葉が脳裏をかすめる。

 勝たなければ人として扱ってもらえない。

 そんな環境の中で育てば自ずとゆがむ。

 どんな手段を使ってでも勝たなければならないと錯覚してゆく。

 そして、それをも当たり前かのように思い込む。

 ゲームは相手がいるから成り立つ。そこにルールがなければ、獣の殺し合いと何も変わらない。

 相手も人なのだ。必ず勝てる戦いなど存在しない。

 絶対に勝てなどという命令は、思考を歪ませることにしかならない。

 この女性も、そんなまわしき過去に囚われた一人だった。


「……ごめんなさい。本当に、ごめんなさい!」


 女性は涙した。

 花織はそんな彼女を一言も責めることなく……。


「続き、やりましょう」


 そう言って微笑んだ。


「はい……!」


 女性は山札の一番上に置いたカードを戻し、対戦を再開した。

 プレイヤーたちもその勝負を見守る。

 皆の視線が注がれる中ゲームは進んでゆき、それから数分後……。


「私の負けです。本当にすみませんでした……」


 ついに花織が勝利を決めた。

 轟と優は拍手と共に力強く頷く。

 そして……。


「さて、それじゃあ僕もこの辺で辞退するから、トラブルが起きないように付き添うよ」


 女性へとゆっくり歩み寄る翔。

 その表情は穏やか。

 対して女性は……。


「そんな! 私のせいで……」


 罪悪感から俯いてしまう。

 その瞬間、翔は明るい声で笑い飛ばした。


「そんなことを気にしてるのかい? 君のせいじゃないよ。そもそも僕は、このゲームを最後まで戦い抜くつもりはなかったし、優勝できる器でもない。ただ、僕が目をつけたプレイヤーが準決勝に進んでくれればそれでいいんだ。さあ、行こうか」


 手を差し伸べる翔。

 女性は涙を流しながらもその手を取り、共に会場を出てゆく。

 観客席から飛び交うブーイング。

 心配そうに見送る花織と轟。


「本当に大丈夫か? 仮面を外した時も騒いでただろ、あいつら。仕返しとかやりかねないと思うが……」


 轟は観客席を見上げつつ、優へと問いかけた。


「それは翔に任せておけばいい。それよりも、まだゴールド戦は終わってないのだから自分の心配をすべきだな」

「へいへい」


 手の甲であしらう轟。

 そうしてゴールド戦は再開され、次々と決まる準決勝枠。

 マリーはそのプライドからじんと優へも勝負を挑み、あえなく散った。

 キャンディも同様に、目立つことを主眼に置いているためじんと勝負し敗北。

 結果……優、じん、轟、花織がセミファイナル進出。

 迎えた休憩時間、昼食を買いに外へと向かう三人。


「何とかここまで辿たどり着きました!」


 うれしそうに大はしゃぎする花織。

 その様子に微笑む優。


「ああ、花織ちゃんも轟もよくがんばったな」

「まあ、俺様にかかればこんなもんよ!」


 轟は大声で笑い、その様子を見て優も苦笑する。

 と、彼らが廊下の角を曲がったその向こうに先程の女性プレイヤーがいた。

 3名の観客と翔も一緒だ。


「君たち、やめてくれないかな? この人も困ってるでしょ?」

「ああん? そいつが不正したのが悪いんだろ? 予選の時だって、袖にカードを隠していたんだからな。俺たちとのバトルでも不正したかもしれねえだろ!」

「あの後、本戦前に何度も説明したよね? 不正は未遂で終わってたって」

「何を証拠に……」

「いいんです。私が悪いんですから」


 観客の言葉を遮り、謝罪を述べる女性。

 その目はまっすぐに3人へと向けられている。


「このままでは納得いかないのもわかります。もう一度、勝負しましょう」


 そう言ってデッキを取り出すのを見て、観客たちは驚いた。

 が、すぐさまいやしい笑みを浮かべる。


「やってやろうじゃねえか! おいお前ら、負けるなよ!」

「ああ! こいつに勝って、俺たちも本戦復帰できるよう抗議してやろうぜ!」


 そう息巻いて挑む観客たち。

 だが……。


「大天使アリエルを召喚! その効果により、山札を5枚オープン。アリン、ウィンディア、シロツバメを場に出します!」


 さらに、場に出た3体の効果により2枚ドローと3枚オープン。

 流れるような手つきで、モンスターが召喚されてゆく。


「大天使アリエルの効果で、私のモンスターはラッシュを得ます。全軍で攻撃し、トドメです!」

「そんな! もう終わりだと!?」


 1人目が敗北。

 一瞬でトドメを刺され、唖然としている。


神風しんぷうストームを召喚! さらに、アリンを0魔力で召喚しモンスターを攻撃!」

「それがどうした!」

「まだです! 神風ストームの効果により、パワー1のモンスターは捨て札に置かれる時1枚ドローできます。続けてウィンディアを0魔力で召喚! 攻撃! アリンを0魔力で召喚、攻撃!」

「俺のモンスターが……やられていく! たったパワー1のモンスターに!?」


 2人目も場を逆転され、直後に敗北。

 頭を抱え込み、うそだうそだとつぶやいている。

 そして……。


「ターン開始時、晴星はれぼしの象徴ダークマターが捨て札にありますので、蠍座さそりざの教徒 λ(ラムダ)星シャウラを捨て札から召喚! さらに、晴星はれぼしの教祖 大神官ゾディアック・ヘヴンを召喚し、山札を5枚オープン! その結果、4体を場に出し、2枚目のダークマターを捨て札へ!」

「止まらない……。いくら妨害しても、止まらない!?」


 最後の1人も敗北した。


「く……! また何か不正をしたに違いねえ!」

「そうだそうだ!」


 観客が寄ってたかって責め立てる。

 と、その時。


「いや、何もしていなかったよ」


 じんが突然彼らの背後から声をかけた。


「うわあ! お、お前は!」

「何しに来た!?」


 帰れと言わんばかりの勢い。

 だが……。


「不正をしないか見張っていたんだよ。君たちだって、信用ならなかったんでしょ?」

「う……」


 その言葉に、観客たちは言葉を詰まらせた。

 さらに……。


「わからないのかい? 予選でどうして彼女の不正が未遂として終わったのか。それは、君たちが不正をするまでもない程に、彼女と実力がかけ離れていたからだよ」


 じんはトドメとばかりにそう告げた。

 観客たちはバツが悪くなり、舌打ちしてその場を走り去る。

 その様子を、茶髪の女性は申し訳なさそうに見つめていた。


「私がそもそも不正なんてしていなければ、あの人たちも傷つかなかったはず。怒りを抑えきれないのも、納得いかないのも当然です」


 そう言って涙を流す。

 翔はそんな彼女の肩を軽く叩いた。


「なら、これからはその罪をつぐないながら生きるんだ」

「罪を……償う? そんなことが……できるんでしょうか?」

「できるさ。重い十字架を背負うことになるだろうし、辛い道のりになるかもしれない。でも、その覚悟があれば、きっと大丈夫」


 翔は優しく微笑み、柔らかい口調で歩くべき道を示した。

 女性は大粒の涙を流す。


「はい……がんばってみます。ありがとうございました!」


 今までの重荷が消え去ったかのような清々しい表情。

 先程までの暗い影はない。

 そして、その一部始終を見ていた轟は……。


「やれやれ、これで一件落着なのかねえ」


 そう言ってわざとらしくあくびをした。

 その横で満面の笑みを浮かべる花織。


「よかったです。これできっと、あの人も正しい道を歩めます」

「そうだね。花織ちゃんのおかげだ」


 優はそう言って優しく微笑んだ。



 昼食を終え、会場へと戻った優たち。

 勝ち上がった4人がそろい……。


「さあ、ウィザーズウォーゲーム大会もいよいよ準決勝セミファイナル、プラチナ戦の開幕です!」


 会場の熱気もいよいよ頂点を目前としている。

 観客席から沸き上がる大歓声の嵐。

 皆が期待に胸を膨らませ、待ちきれない。


「それではルール説明に移ります。今回はリーグ戦、上位2名が決勝進出です。なお、順位が同率で並んだ場合はサドンデス形式で延長戦を行います」


 これまでの形式とは違い、単純明快。

 全く同じ条件で、なおかつ全員と戦い、ただ勝てばいい。

 だが、それはよりはっきりと実力差が現れるということでもある。


「それでは……プラチナ戦スタート!」


 開戦の合図と同時に轟はデッキを取り出し……。


じん、お前を倒して俺が最強の座を得る! 覚悟しやがれ!」


 鋭い視線と共に突きつけた。

 だが……。


「僕は最後にまとめて戦わせてもらうよ」


 その挑発を笑いながら軽くかわすじん

 しかし、轟も当然その程度では引き下がらず……。


「ああん? 何だと?」


 けんか腰な口調と共に、目の前まで歩み出る。


「お前、そう言ってデッキ構成を先に確認するつもりだろう?」


 腰に手を当てつつ精いっぱい背伸びし、何とか見下そうと意地を張る。

 その様子に、じんは思わず吹き出した。


「面白いことを言うんだね。そんなことしなくても、僕には全て見えているというのに……」

「じゃあ何で最後に戦いたいんだよ!?」

「僕が先に戦ったら、みんな戦意喪失しちゃうでしょ? だから、なるべく長くこのゲームを楽しんでもらおうと……」

御託ごたくはそこまでだ、じん


 優が言葉を遮った。


「お前も見てきた通り、この二人はそんなやわじゃない。お前に負けたからといって、ゲームをやめたりしないさ」

「それを君が言うんだね。メンタル的な面では君が一番心配なのだけれど……」

「確かに過去の俺はお前を恐れた。ゲームから逃げた。けど、今の俺はこれまでの自分とは違う。そのことを見せつけてやるよ」

「わかったよ。そこまで言うのなら、僕が最初に戦おう。さあ、全員まとめておいでよ」


 そう言ってじんはテーブルの前へと立つ。

 優たちもその向かい側へと立ち、ゲームスタート。

 じんは開幕早々、目を閉じ聞き耳を立て……。


「脈拍も呼吸も落ち着いている。宣言しよう。轟君、君はまず植物の魔力をチャージする。デッキは今まで使用してきたのと同じ戦略だ」


 そう言って目をゆっくり開けた。

 だが……。


「……お前、それ何かの冗談か?」


 キョトンとしながら、轟はそう返した。

 そして、青いダイス型魔力カウンターを手元へと置く。


「なっ!? そんなはずは……!」


 突然の事態にじんは焦り、左胸を押さえる。


「はったりか……? いや、あり得ない。仮にそんなことをしたとすれば、平常心でいられようはずがない。だからこれは……予定の行動?」

「ああ、その通りだ」

「何故!? どうして君は不慣れな戦術を選びながら、そんなに自信たっぷりでいられる!? 僕への恐れだって、微塵みじんも感じない!」


 じんは動揺し、声を大にする。

 対照的に落ち着いた様子の轟。


「怖くなんかねえよ。だってお前は誰よりも強いんだから、例え負けても恥じゃねえ。それならこっちだって全力でぶつかるしかねえだろ? それに……」


 轟は目を閉じ、笑った。


「観客席のどこにいるかはわからねえ。が、俺の戦いを見守りにきた奴がいるんだ。かっこわりぃ姿は見せられねえだろ?」

「く……! こんなことが!」


 狼狽ろうばいするじん

 その様子に、優は驚きのあまり目を見開いた。

 何しろこんな光景は今までに見たことがないからだ。

 しかし、驚愕きょうがくしつつもその様子を冷静に観察している。

 その視線の先で、頭を抱え込むじん


「まさかこの僕が読み違えるとは……。けど、この時点でわかったのは幸いだった。君にはしっかりと対応すればいいからね」


 そう言って、今度は花織の方を向いた。


「……落ち着いている。初期手札は悪くないようだね」

「はい。調整に調整を重ねていますから」


 予測が的中したことに安堵あんどし、次に優を見つめる。


「君は……やはりわかりやすい。緊張、恐怖、不安、焦り……。全部手に取るようにわかるよ」

「お前は馬鹿か。そんなの、轟と花織ちゃんでもわかってるよ。つまらないこと言ってる暇があったらさっさとターンを渡せ」

「言ってくれるね……」


 じんは優に暴言を吐かれるも、熱くならずに冷静なプレイングを積み重ねてゆく。

 そして、真っ先に敗北を喫した。


「いいデッキだったよ。しっかりと戦略が練られ、僕では考えつかないようなコンボも搭載している。けれど、何が飛んでくるかまではわからずとも、攻め込んでくるのか守りを固めるのかは伝わってくる」

「そうか、ありがとうとでも言っておこう」


 平然とした口調と表情で返す優。

 またショックを受けると予想していたじんは少し驚き、数秒の間を置いてから……。


「……今回は負けても平気なの?」


 れ物に触るかのように静かに問いかけた。

 対して、不敵な笑みを返す優。


「次の決勝戦でお前を倒すためのカギを探しに来ただけだからな。勝負は次の試合だ」

「なるほど、楽しみにしてるよ」


 じんはそう笑って、残り2人の戦いへと意識を向けた。

 優も見守る中、じんは再び目を閉じ聞き耳を立てる。


「花織ちゃん、君からは焦りが見えない。まだ手札に余裕があるみたいだね。豊富なカウンターで武装しているのが……」


 言いかけて、不意に黙り込んだ。

 そして……。


「その反応は……一体何だい? 急に早まりだした心拍数。まるで、僕の発言に驚いているような……」


 そう、花織の手札は決していいものではなかった。

 カウンターは底をきかけている。

 代わりにあるのはガーディアンと未定魔法アンネームドマジック、それから秘密兵器カタストロフA。

 カタストロフAはカウンター効果を持ってはいるものの、発動条件は自らが敗北する瞬間。それでは相手の行動を積極的に妨害できない。

 花織の表情や脈拍から全てを悟り……次の瞬間、じんはハッとした表情を浮かべた。


「戦略を誤った! 突き崩すチャンスを、みすみす逃してしまうとは……!」


 こうしてじんは2人を相手にミスリードを繰り返した。

 しかし、それは飽くまで戦闘の呼吸でありタイミングだけの話。

 プレイングスキルや天性のゲームセンスにかなうはずもなく、やがて決着はついた。

 悔しそうにテーブルを叩く轟。

 俯く花織。


「やっぱりそう簡単には勝てねえか……!」

「はい、とても強かったです」


 じんは勝者だというのに決着後もしばらく動揺したままだった。

 しばらくして、ようやく落ち着き……。


「よかった……。優君の言った通り、ゲームをやめる心配はないようだね」


 二人を気遣きづかう余裕が戻る。

 それに対し、轟は鋭い視線を向け……。


「当たり前だろ? いつかお前を倒してみせるからな」


 そう言いきった。

 負け犬に相応しいセリフも、ここまで堂々と言ってのける者はそうそういない。

 そして……。


「さてと、次は優の野郎と戦うか」


 即座に立ち直り、次の相手の方を向く轟。

 花織も深呼吸した後、それに続き……。


「そうですね。私たちも強くなったということ、教えてあげないといけません」


 まっすぐに視線を向けた。

 優はそれに応じるかのように強く頷きながら……。


「俺にとってもこの一戦は大事だ。2人が安心して俺を送り出せるよう、俺にけたことを後悔させないよう全力で戦おう」


 頼もしい笑みと共に向かい側へとゆっくり移動した。

 ゲームが始まり数分後、迎えた終盤。


「超魔術フローズンタイム・リバースを使用!」


 捨て札にあるリバースカードを使用し追い詰めてゆく優。

 その効果により、そのターン中相手モンスター全てのスピードを0にできる。


「さすがだぜ……。だが! 不発で打ち消してやる!」


 轟は勢いよく1枚のカードを場に出した。


「俺だって、もうあの頃とは違う! そうだ、お前と出会ったあの日とはな!」


 脳裏に浮かんだのは優との最初の試合。

 大敗を喫した日……苦い記憶。

 あの日のままの彼だったなら……この瞬間、この場にそのカードは存在しなかっただろう。

 自信に満ちた笑み。その輝きを受け止めるかのように、イラスト内の青く波打つオーラが光る。

 だが……。


「ああ、認めてやるよ。お前はもう、あの頃の自分を完全に超えた。けれど……」


 目を閉じて感慨深げな笑みを向けたかと思いきや、不意に目を見開いた。


「俺も期待を背負っている。悪いが、お前に俺は越えさせない。達人の応酬で対抗」

「く……! 用意周到か」


 カウンターの応酬に負け、悔しそうに奥歯を強くみ合わせる轟。

 味方モンスターが攻撃不能となり、他にできることもないためターンが優へと移る。


「さらに、イーヴルヴェールを使用」

「そんなコンボが!?」


 驚きのあまり、口と目を大きく開いたまま固まる轟。

 優に使用されたのは、相手のモンスター全てにターン終了時持ち主の山札を削る効果を付与するカード。

 轟のモンスターをあえて倒さず、デメリットを付与し行動不能のまま生かし続ける。


「カウンター用の魔力を残し、ターン終了」

「突破口がねえ……」


 轟は数ターンの粘りを見せるも、打つ手がなくなり降参した。



 一方、花織は善戦していた。

 優陣営は既に全滅しており……。


「マリンアネモネとベビードラゴンで攻撃します!」


 場に残っている味方でライフを削り取る。

 いつになく果敢かかんな攻め。

 普段とは違う戦略……。

 そして何より、自信に満ち溢れた表情。

 その対面、予想を外した優は目を閉じる。

 無言で思考をめぐらし、少しして構想を練り終えると……。


「今まで通り、ブロックタイプのデッキで来ると思っていたが……」


 ゆっくりと目を開けつつそうつぶやき、花織の山札へと視線を注いだ。

 その視線に誘導され、自らの山札を見つめる花織。

 数秒後、視線を優へと戻し……。


「私、あきらめたんです」


 思わぬ発言。

 試合放棄を連想させるその言葉。

 優や轟はもちろん、じんまでもが意図するところを読み取れずにいる。

 一瞬、重たい沈黙に包まれかけた会場。

 だが……。


「勝つことを……ではありません」


 すぐさまつけ加える花織。

 その表情は希望に照らされており……。


「優さんとの大事な一戦。どんなデッキがいいのか最後まで決められませんでした。どうしても不安だったんです、どのデッキタイプも。ここまで来ても結局は私は私でしかなくて、優柔不断なまま。それならいっそ、あきらめることにしたんです。どれか一つに決めることを……」


 徐々に満面の笑みへと変わってゆく。

 今まで悩み続けてきた暗い表情は……試合中ずっと浮かべていた不安は……もうどこにもない。

 驚く優を前にし、花織はさらに続ける。


「そして、決めました。弱い私を……受け入れることを!」


 一瞬の間の後、一斉に沸き立つ会場。

 響き渡る応援。

 消化試合と思ってぼんやりと眺めていた観客たちは、食い入るように戦局を見守りだす。

 大きな期待を背に、花織は本気の視線を優へ向け……。


「全力で戦わせてもらいます!」


 はっきりとした声で宣言した。

 数秒の間唖然としていた優は、不意に力強く頷き……。


「受けて立とう。正々堂々と勝負だ」


 その成長を認め、笑みを向けた。

 もはや花織は一流のプレイヤー。

 優も今までのような練習戦ではなく、本気の一戦として臨む。

 こうして、皆が見守る中ゲームは進んでゆき……。

 迎えた終盤戦。


「突破口が……見つからない……」


 花織の攻めは完全に途切れていた。

 津波、アルファ博士、秘術の研究、死の息吹を使い回す優。

 花織は徐々に手札をむしばまれ、ついにすべを失ってしまった。

 だが……。


「やっぱり優さんは強いです。出場を頼んで正解でした」


 満足げな微笑みと、実際に対峙たいじして得た確信。

 敗北を悲観する様子はない。

 そして……。


「ああ、花織ちゃんもできる限りの努力をしてきた。今度は俺の番だ……」


 期待を受け止め、じんへと振り返る優。

 対するじんもまっすぐに見つめ返す。

 決勝はこの二人に決まった。


じん選手と優選手、決勝進出!」


 アナウンスと同時に歓声が響き渡る。

 直後……。


「さあ、プラチナ戦も残り1試合! 3位にぎ着けるのはどっちだ!」


 注目は一斉に轟と花織へ移った。

 高まる緊張の中、始まるゲーム。

 二人にとっては、これが今大会最後の試合。

 先攻後攻の選択権を得た轟は……。


「後攻を選ばせてもらう」


 カウンターの応酬となることを想定し、手札差を重視した。

 試合が進んでゆく中、その読み通りの展開を迎える。

 だが……。


「く……! 突き崩せねえ!」


 軍配は花織に上がった。

 不発や達人の応酬など、無数に構えられた軽量カウンター。

 行く手を阻まれ、奥歯を強く噛み合わせる轟。

 会場の予想を裏切り、花織が大優勢を築き上げていた。

 轟は焦りをしずめるため、目を閉じて深呼吸し……。


「……本当に、強くなった!」


 噛みしめるように呟いた。

 その目の前には花織の姿。

 最初に対戦した頃の面影はどこにもない。

 だが……。


「それでこそ、ゲームを楽しめるってもんだぜ! 火吹きのヴォルケーノで攻撃!」


 轟もあきらめる様子は微塵みじんもない。

 場に残っている大型モンスターで直接攻撃を宣言する。

 しかし……。


「ウェーブを使用し、手札へ!」


 どんなに攻めてもさばかれてしまう。

 紙一重で届かない。

 そしてついに……。


「く……俺の山札が!」


 カードを全て使い切り、轟の敗北。

 こうして、プラチナ戦もその全てが終了。


 轟……最終戦績、プラチナ第3位!

 花織……最終戦績、プラチナ第2位!


「皆様、大変お疲れ様でした。決勝戦は明日の午前10時からとなります。それまではどうぞ、ごゆっくりお休みください」


 アナウンスにより宿泊施設への移動を促され、いよいよ始まる決勝戦へと期待を胸に皆それぞれ会場を後にした。



 明日の決勝戦に向けて早めに就寝した優。

 その夜、不意に目が覚める。

 月が雲に隠れているため、部屋の中は一層暗い。

 何となしに窓際へと向かうと、外にはじんの姿があった。

 デッキを手にし、俯いている……。


「ようやく、明日で終わるんだね。何もかも……」


 そうつぶやき、涙をこぼした。

 声は当然、室内にいる優には届いていない。

 だが、街灯に照らされ光るしずくはその目にはっきりと映った。

 ハッと息を呑む優の視線の先、じん嗚咽おえつを漏らしながらかがみこむ。


「僕だって嫌いだよ……こんな僕自身が。誰かの楽しみを奪う形でしか、遊ぶことのできないこんな自分が……。僕はただ、ゲームが大好きで……より楽しむためにと思って……」


 延々と言葉を漏らし続けるじん

 その苦しむ様に、優は驚きのあまり凝視する。

 と、意識が窓の外に向かい過ぎたせいで、窓をコツンと叩いてしまった。


「っ! 誰!?」


 かすかな音を逃さず、勢いよく振り向くじん

 目が合った瞬間、あわててカーテンを閉める優。

 少しして落ち着きを取り戻すと、先程見た光景を思い返す。


じんが……泣いていた?」


 思わず口にする。

 それ程までに衝撃的なこと。

 優にとってじんは強大な存在だった。

 人の心を見透かし、どんな些細ささいな動きも見逃さない。

 それと同時に、自らの心の隙は滅多に見せることはない。

 そんなじんが泣き崩れていた。


「ウィザーズウォーゲーム大会前、挫折した時にちらっと考えたことが……まさか本当だったなんて」


 じんも悩んでいるのか? 答えを探しているのか?

 それはあの日、優が自分自身を見つめ直す最中さなか、ふとよぎった考え。

 それが今現実に目の前で起きていた。


「お前も悩んでいたのか……。どんな悩みだ? 口が動いてるように見えた……。何か言ってたのか?」


 優は頭を抱え、じんの漏らした言葉を推測する。


じんは、俺たちがゲームをやめてしまうことを悲しんでいた。じんだって、プレイヤーを苦しめたくて苦しめてるわけではない……としたら? そんな自分をどう思う?」


 ハッと息を呑んだ。

 よみがえじんの言葉……。


「優勝すれば、僕は入社を認めてもらえる」


 パズルのピースのように、一つ一つがはまってゆく。


じんは……ゲーム会社に入社したかったわけじゃない。ゲームが好きで、どうしようもなく好きで……だが、楽しみたいという願いが叶わなかった。だから、今回を最後にゲーマーをやめるつもりなのか!?」


 核心に迫り、手を震わせる。


「そんなじんに対して、俺は何を言った?」


 優はあの日の罵声を再び反芻した。

 そして、乾いた笑い声を漏らす。


「同じじゃないか。ゲームを楽しみたかっただけのじんに対して、俺は残酷な発言を浴びせた。俺だって純粋なその思いを踏みにじったんだ」


 優の頬を一筋の涙が伝う。

 徐々に月を覆っていた雲が流れてゆく中、一晩中考えをめぐらし続けた。



 しばらくして夜が明けた。

 不気味な程の静けさに包まれる朝。

 雲一つない空。

 そんな嵐の前触れとも思われる静寂の中、優は窓の外をただ眺めている。

 夜中そこに見た光景がまざまざと蘇り、その残像に自らを重ね合わせ深い溜息を一つ。

 目を閉じ、改めてこれまでの日々を振り返る。

 脳裏を過ぎ去る挫折と再起を今一度一つ一つ確かめてゆく。

 やがて、覚悟が決まり宿泊施設を後にした。

 大賑わいの中、一歩ずつ会場への道を踏みしめる。

 高鳴る鼓動。

 気持ちを落ち着ける間もなく、決戦の舞台へはすぐ到着した。

 入り口で花織が出迎える。


「おはようございます、優さん」


 その柔らかな表情と声に、張り詰めていた優の緊張が不意にやわらぐ。


「おはよう。今日は絶対優勝してみせるから、安心して」

「はい。私も優さんなら勝てると信じています」

「ありがとう」


 優は微笑みを返した。

 穏やかで……柔らかな表情。

 燃える闘志と裏腹に、徐々に感情の揺らぎが溶けてゆく。

 自らの心の最も深いところへと……。

 静まり返った夜の水面みなもに似た、おごそかな心境。

 無の境地へとその一歩を確実に踏み出している。

 と、その時。


「よう優。びびって震えてんじゃねえかと思ったぜ」


 轟が後ろから茶々を入れた。

 しかし……。


「ああ、心配ないよ。もう誰が相手でも怖くないから」


 ゆっくりと振り向いた優の表情は、依然として穏やかなまま。

 いつものように激情すると予想していた轟は怪訝な表情を浮かべ……。


「何だ……? 妙に落ち着いてやがる。一体どうしたんだ?」


 あまりの大人しさに心配しだす。

 だが、優の表情からは微塵も不安を感じ取れない。

 ただ穏やかに笑っており……。


「どうもしないさ。それじゃ、控室へ行ってくる」


 そう告げて奥へと消えていった。

 そして、時間となり……。


「さあ、いよいよ決勝戦が始まろうとしています!」


 アナウンスと共に優とじんは会場に現れた。


「記念すべきラストは、先に2勝した方の勝利。つまり、最大で3回までもつれ込みます」


 準決勝同様、単純明快。

 強い方が勝つ……ただそれだけ。


「さあ、それでは最後のゲームを始めたいと思います。バトルスタート!」


 合図と同時に会場は熱狂の渦へと包み込まれた。

 その大半が優を応援している。なぜなら、じんのことをみ嫌うプレイヤーが多いからだ。

 予選でコテンパンにされた脱落者たち、会ったことはなくとも良からぬ噂を聞いた者たち、才能や実力をただ単にねたむ者たち。

 理由は違えど、負の感情という意味では一緒だ。

 そんなじんの待つテーブルへと向かって、優はゆっくり歩み寄り、そして……。


「お前はゲームが好きか?」


 ゆっくりと問いかけた。

 その瞬間、じんは大きく目を見開き、数秒間黙り込む。

 直後、悲しそうな笑みと共に……。


「大好きだよ。ゲームが好きで好きでたまらない。けれど、僕にはゲームを楽しむ資格がない。だから、もうゲームをやめるよ」


 震える声と共に一筋の涙を伝わせた。

 それを見た優は、柔らかな笑みをじんへと向け……。


「なら……この勝負、思う存分楽しもう。俺たちは長い間、同じ苦しみを背負っていたのかもしれない。やめよう、過去に囚われるのは。ここから俺たちは再スタートだ」


 手を差し伸べるかのように、柔らかな声でそう告げた。

 じんは再び驚きの表情を見せ、そして先程とは違う温かな涙をこぼした。


「僕も……楽しめるのかい? 優君も?」

「ああ。どんなバトルになるのか、まだわからない。本当にお互いが傷つかないのか、確証はない。だが、俺も知りたいんだ。ゲームの楽しさを……今まで一度も感じたことのなかった面白さを。だから、俺はもう逃げない!」


 宣言と共にデッキをシャッフルし、ゆっくりと初期手札を5枚引いた。

 じんもそれに応じる。


「……とても落ち着いている。いや、微かな感情の起伏。わくわくしてる?」

「ああ、正解だ」

「そっか……。使い慣れたブロックタイプのデッキだね。なら、光の魔力をチャージし、見習い天使ラブを召喚」


 見習い天使ラブ。魔力1と軽量かつ、パワーとライフが2の攻撃的なモンスター。

 優のデッキを推測し、序盤から攻勢に出ようとするじん

 対する優はふっ……と笑いを漏らし……。


「奇遇だな。こちらも光の魔力をチャージし、見習い天使ラブを召喚」


 1枚のカードを指で挟み、場へ出した。

 対するじんは、あごに指を添えまゆをひそめる。


「ブロックタイプのデッキに能力を持たない軽量モンスター……? 序盤をしのぐための調整?」


 小さな違和感を覚えたが、気のせいだろうと振り払う。

 しかし、それは紛れもなく、じんの読み違えからきているものだった。

 次の優のターンも……。


「カマイタチを召喚」

「今度はモンスター主体デッキ用のカード……。まさか!?」

「そのまさかだ。俺のデッキはブロックタイプじゃない。軽量モンスターから大型まで幅広く積み込んだバランスタイプだ。お前は花織ちゃんとのバトルの時同様、俺のデッキを読み違えた」

「そんなはずは……! そもそも、僕には感情が全て筒抜けなのに!」


 じんは頭を抱え、テーブルへと突っ伏した。

 狼狽するその姿を数秒間見つめていた優は、ゆっくりと口を開く。


「本当にそうか?」


 その問いかけにじんは顔を上げた。

 目に映ったのは、真剣な表情の優。


「お前も自分で言っていた通り、それは超能力でも何でもない。単に、観察力が異常に高いだけで、全て見通せるわけではない。お前が今まで言い当てていたプレイヤーは、負の感情に支配されていた。恐怖、絶望、焦り……。そうした一色に染まった心のみ、お前は見抜くことができるんだよ」

「そうなのか……? 自分でも初めて知った。それじゃあ、君の今の心境は……」

「俺はもう怖くない。お前から逃げない。ただゲームをし、楽しめばいい。勝ち負けなんて最初から気にすることはなかったんだ」


 そう言って優は笑った。

 そして、さらに言葉を続ける。


「今の俺はゲームを心から楽しんでいる。そんな俺の心は、その目にどう映る?」


 問いかけられ、じんは優をじっと見つめる。呼吸、体温、脈拍……それら全てから読み取ろうとするも……。


「何も見えない……。いや、あらゆる感情が溶け合い過ぎて、一つになっている」


 冷や汗を浮かべ、そう呟いた。

 優は不敵な笑みを浮かべ……。


「そうか……。ならもう、俺の手札は見抜けないな」


 その言葉と同時に攻撃を開始した。

 モンスター同士の殴り合いや除去スペルの撃ち合いが続き、徐々に優勢へと傾いてゆく。

 そして……。


「決まったー! 最初に勝負を制したのは、なんと優選手!」


 全員の予想を裏切り、優が一本先取した。

 観客席からは大歓声が沸き起こる。

 そんな中、じんはテーブルへと両手をつき、俯いていた。


「僕がこんな負け方をするなんて……!」


 一点を見つめ、そうつぶやく。

 数秒後、膝から崩れ落ちてしまった。

 その様子を見ていた優は大きく息を吸い込み、そして……。


「しっかりしろ!」


 テーブルを叩きながら怒鳴りつけた。


「感情を読み取れなかったくらいで動揺するな! お前はそんな小細工なんかなくたって強い。俺はそんなお前との勝負を楽しみにしてたんだ! これくらいで終わるな!」


 その言葉にハッとするじん

 優はじんという壁を乗り越え、ここまで来た。絶望も乗り越えて……。

 対する自分は今、心が折れかけている。

 そんな心境に相手を追い込むことがどれ程辛いことかを一番理解している自分が、優相手に折れかけている。

 自分自身を見つめ直し始めたじん

 そんな彼を、さらに奮い立たすよう続ける優。


「俺はどんなゲームでもすぐにマスターし、本当に楽しめたことがなかった。ゲームは周りの注目を浴びる道具でしかなかった。けど、お前という壁にぶち当たって、初めて挫折した。そして、今それを乗り越えてわかったんだ。お前が相手なら、俺はゲームを楽しめる。じん、お前はどうなんだ!?」


 じんはゆっくりと立ち上がり、顔を上げた。

 号泣している。


「うれしいよ……。僕はゲームを極めるあまり、周りから嫌われていった。けど、君ならば僕を必要としてくれる。君程の強いプレイヤーが相手なら、僕も本気でゲームができる!」


 そう宣言し、新たなデッキを取り出した。

 もうその目に迷いはない。


「さあ、勝負だ! 僕は絶対負けないよ!」



 決勝2戦目。

 ついにじんも本気のスイッチが入り……。


「感情が読めなくても問題ない。どんな戦略タイプで来られても、僕さえしっかり戦えば勝てるデッキだから」


 手にしたデッキを見つめ、穏やかな表情で呟いた。

 目を閉じ、初めてゲームした時の気持ちを思い起こす。

 自分がまだ心から楽しめていた頃。まだ誰もじんを嫌うことのなかった頃……。

 しばらくして原点回帰が済むと、自信に満ち溢れた眼差しをまっすぐに向けた。

 対する優も堂々と見つめ返し……。


「そうか。だが、こっちも調整に調整を重ねたデッキだ」


 こちらも同じく自信たっぷりの笑みと共にデッキを突き出した。

 お互いにゆっくりとシャッフルする。

 これまでの試合や、抱えてきた思い……それら全てを噛みしめるかのように。

 そして、初期手札を引き、じんの先攻でバトルスタート。


「植物の魔力をチャージし、チューリップの種を召喚」


 優は顎に指を添え、出されたそのモンスターをじっと見つめる。

 1魔力でパワー2ライフ1のガーディアン。標準よりライフが低いが、捨て札に置かれた時に魔界チューリップを山札からサーチすることができる。

 そして、その魔界チューリップは捨て札に置かれた時に魔力を増やせるガーディアン。


「魔力を一気に上げるデッキ……。スマッシュタイプか?」


 その呟きを受け、じんは微かに笑みを浮かべ……。


「優君も僕のデッキを当ててみるかい?」


 挑発的な言葉を投げかけた。

 しかし、そこに悪意は存在しない。

 あるのは、優との勝負への期待だけ。

 どんな戦い方を見せてくれるのか、楽しんでいるからこその言動。

 対する優は首を左右に振る。


「いや、俺にはそんな能力はない。だから使われたカードから予測するしかないな」


 お互いにでき得る範囲で自らのポテンシャルを勝負に組み込みつつ戦う。

 そうしてゲームは少しずつ進行してゆき、終盤を迎えた。


「魂を狩る者ヴァイオレットで攻撃。これで優君の最後の手札が燃え尽きた」


 ヴァイオレットは攻撃時に手札を1枚捨て札へ送ることができる。

 それにより、優は打つ手がなくなった。

 捨て札には超魔術リバースがまだ存在しているものの、消費魔力が重めなためにじんへと対抗しきれない。


「さすがだな。俺の負けだ」


 2戦目を制したのはじん

 優は今まで同様にすべなく敗北を喫したが……。


「それでこそ決勝の相手だ。最後の一戦を全力で楽しもう」


 心が折れるどころか満足気な笑みを浮かべている。

 対するじんも……。


「もちろん。僕も精一杯楽しませてもらうよ」


 悲しげな表情はもうどこにもない。

 両者とも次の勝負が待ちきれず、うずうずしている。

 そんな中迎えた最終試合。

 先程の一戦でじんの戦術は明らか。

 魔力を高速でチャージし、相手の行動を封じてしまうという恐ろしいデッキだ。

 手札もモンスターも全て破壊し尽くされ、スペルもカウンターで妨害されてしまう。

 以前のブラックスワンプを彷彿ほうふつとさせる絶望感。

 一方、優のデッキも先程と同じデッキ。

 その全貌ぜんぼうはまだじんに知られていない。

 最高のデッキ同士がぶつかり合う中、ゲームは中盤の終わり目に差しかかる。

 軽量モンスターを大量に召喚し速攻を仕掛けた優だったが、じんのライフはほとんど減少していない。

 さらに、山札は風乗りや超魔術ストームライド・リバースを使用したことによって、残りわずかとなっている。

 崖っぷちの優に対し……。


「優君の攻めも凌ぎつつ、魔力は十分に溜まった。ここからは僕の戦場だ! まずは場にいるモンスターを全て処理させてもらうよ。手札はその後じっくり破壊する」


 じんは衰退を使用し、さらに追い込む。

 相手の魔力3以下のモンスターを全て捨て札へ送るスペルカード。

 優のデッキに入っているモンスターは大半が軽量モンスターなため、この一撃で全滅。


「カウンター分の魔力を残してターン終了。さあ、これで僕の勝利だ!」


 じんは勝利を確信し、力強い笑みを向けた。

 だが……。


「そうか……なら」


 優は焦りも見せず1枚のカードを場に出した。

 一瞬にしてじんの表情が強張こわばる。


「それは……希望の手綱!?」


 驚くのも無理はない。

 その効果により手札を7枚まで引いてよいものの、ターン終了時に全て捨て札へ置かなければならないというデメリットつき。

 加えて、優の山札はもう6枚しかない。

 混乱の中、じんはその意図を見抜こうと……。


「勝負をあきらめた……? いや……」


 自分の手札を見つつ、慎重に優の策を読んでゆく。

 そして……。


「これにカウンターを使わせるのが君の狙いか! ならば、僕は止めない」


 ハッと気づき、即座に宣言した。

 最後のけを読みきったと安堵あんどするじん

 だが……。


「そうか、ならばドロー枚数を宣言する」


 優は全くあわてる様子がない。

 じんはそれに気づかず、すっかり安心しきっており……。


「優君が引けるのは6枚まで。さあ、何枚引くかじっくり悩むといい」


 余裕の表情を見せた。

 その対面で、優は目を閉じて静かに深呼吸し……。


「引く枚数はもう決めている」


 ゆっくりと目を開けると、山札へと手を伸ばした。


「7枚だ」

「なっ!?」


 じんは息をんだ。

 会場の人々も全員が呆気あっけに取られており……。


「7枚だって? もう山札は6枚しかないってさっき言ってなかったか?」

「6枚しかないのに、どうやって7枚を?」


 顔を見合わせ、口々に疑問を唱える。

 会場がざわめく中、じんは優の狙いにようやく気づき……。


「まさか!?」


 目を見開き、叫んだ。

 その目の前では、優が笑っている。


「そのまさかだ。能動的にカウンターを発動! 秘密兵器カタストロフA!」


 秘密兵器カタストロフA。自身が敗北する時のみ使用できるカウンターカード。

 その効果は……。


「手札を全て魔力を支払わずに使用できる! それにより、奇跡を使用! 俺のライフを1にする代わりに敗北をまぬがれる!」

「とんでもないコンボを……」


 あまりの衝撃に、唖然とするじん

 しかし……。


「だが、そのカードさえ打ち消せば自動的にデッキアウトで僕の勝ちだ! 達人の応酬を使用!」


 すぐさま気を取り直し、抵抗を開始する。

 その必死な様子とは対照的に、優は余裕の笑みを浮かべている。


「無駄だ。今は俺のターン。つまり、お前はまだ魔力が回復していない。このカウンターの打ち合いは俺が制する」


 捨て札にある超魔術も活用し、優に軍配が上がった。


「く……! だが、このままなら次のターン山札からカードを引けない優君の負けだ!」

「それはない。このターンで俺が勝ちきるからな!」


 そう断言し、優はカタストロフAの効果によりカードを使用してゆく。


「アンロストグリマーを2枚使用し、軽量モンスターを山札へ! そして、風乗りで場に出す!」

「そんな……!」


 優の場に次々と並んでゆくモンスター。

 そして……。


「ウィンド・フィナーレを使用し一斉攻撃!」


 優のモンスター全てがパワープラス2とラッシュを得てじんのライフを削りきった。


「僕が……負けた?」


 信じられず、両の手を見つめたまま固まる。

 数秒後、我に返ると……。


「悔しい……。悔しいのに、何でだろう……うれしい」


 じんは微笑みながら涙を流していた。

 優はゆっくりとテーブルの向かい側へ歩いてゆき……。


「そうか。それはきっと、このゲームがとても楽しかったからだ」


 手を差し伸べた。

 それを見たじんは一瞬驚いた後、涙を浮かべたままくしゃくしゃな笑みを返す。


「そっか……そうだね!」


 じんは固く握手を交わした。

 決勝戦終了。

 じん……最終戦績、プラチナ第1位!

 優……最終戦績、優勝!


「決まったー! 優勝は優選手です!」


 今この瞬間、同時に四つの奇跡が起きた。

 一つ目は優の完全勝利。不可能と思われていたじん打倒を果たし、優勝を勝ち取ったこと。

 二つ目は優の呪縛解放。一つ目に付随ふずいする形でトラウマを克服し、ゲームの楽しみを初めて知ったこと。

 三つ目はじんの呪縛解放。長らく忘れていたゲームを愛する心を取り戻し、ようやくライバルを見つけ出したこと。

 そして、四つ目は……。


「会場の皆さん、両者へと拍手を!」

じんー! 次はがんばれよ!」

「いいゲームをありがとう!」


 一目瞭然。

 観客は優のみならず、じんへも心からの称賛を送る。

 それは、じんへの誤解が解けた証拠。


じん、本当に楽しいゲームだった。またやろうぜ」

「もちろんだよ。今度は僕、負けないからね」


 こうして、新たな友情が芽生え、大会は終了した。



 数十分後、ウィザーズウォーゲーム本社にて……。

 花織には待合室にいるよう告げ、社長室へと一人向かう優。

 エレベーターを降りた先……壁にかかった額縁の数々。

 そこには長々とした社訓や重要役職の写真、そしてカード表やデッキレシピなど。

 だが、それらには見向きもせず、ただまっすぐに進んでゆく。

 そうしてドアの前へ辿たどり着くや否やノックを二回。

 緊張はなく、それどころか返事も待たずに入室という無礼を働く始末。

 席はドアへと向かっていたため、すぐに目が合い……。


「おお、来たか」


 即座に席を立つ社長。

 それに対し、優は面倒そうに目の前まで歩み出て……。


「どうも」


 ぶっきらぼうにそう挨拶あいさつした。

 だが、そんな態度を前にしても社長はにこやか。

 怒る様子は一切なく……。


「優勝おめでとう、優君。こちらが賞金二千万円の小切手だ」


 優へと手渡し、握手を交わした。


「さて、ここからは私個人としての話なんだが、よければ我が社で働かないか? 共にカードを作ろうじゃないか」


 社長は目を輝かせる。

 だが……。


「お断りさせてもらう」


 優は即座に拒否を示した。

 社長は驚いて目を見開き……。


「何故だ!? できる限りの優遇措置を取ろう。いくら欲しい? どんな仕事がしたい?」


 優の両肩をつかみ懸命に説得を試みる。

 しかし……。


「どんな条件を突きつけようと無駄だ。俺は飽くまでゲーマーで、誰かと勝負するために存在している。特に、今回のゲームは実に有意義だった。初めてゲーム自体を楽しいと感じ、長年の呪縛もようやく解けた。そのきっかけをくれたことには感謝しているよ」


 ふっ……と笑ってみせる優。


「そ、それならなおさらこのゲームを一緒に……」

「だからこそ、俺はもっと戦いたい。もう決めたことだ。悪いな」

「そうか……。ならば仕方がない。君の活躍を期待させてもらうよ」


 社長は惜しみつつも、笑顔で送り出した。


「ああ。それじゃ、俺は失礼する」


 そう言ってドアを開けた先に待っていたのはじん


「よう。お前も社長に用か」

「うん。僕が入社を前提に大会参加していたことは前にも話したよね?」

「ああ、そうだったな。優勝できなかったから、取り消しか?」

「心配いらないよ。僕の方から断るから」

「……そうか」


 優はその一言だけで全てを悟った。

 彼もまた、ゲーマーとしての喜びを思い出し、戦いの道を選択したのだと……。

 目の前でじんは晴れやかな表情を浮かべており……。


「次は君に勝てるように、精進しないとね」


 そう言って笑った。


「……そうか」


 適当に返す優。

 だが、不意に顎へと指を添え、数秒間考えた後……。


「なあ、一つだけ頼まれてくれないか?」

「いいよ。僕にできることならね」

「そうか。じゃあ……」


 伝え終えると、誰にも知られずにウィザーズウォーゲーム社を去った。

 入れ替わりに社長室へ入ったじんは提案を断り、ならせめて賞金を受け取ってほしいという話も承諾せず退室。

 そして、花織のいる待合室へと向かうと……。


「優君を待っているんだよね?」


 穏やかに声をかけた。

 座ったまま振り向く花織。


「はい。そろそろ戻ってくると思うんですが、見かけませんでしたか?」

「さっき会ったよ。そして、もう旅立った」

「ええ!?」


 花織は驚きのあまり叫び、立ち上がった。


「そんな……優さんは、私の母の病気を治すため、その治療費をくれるって約束してくれたんです! 優さんはうそをつくような人じゃありません!」


 両手を握りしめ、抗議する花織。

 だが、じんは穏やかな微笑みを崩さず……。


「花織ちゃん、よーく考えてみて。大会で優勝するまでの間ずっと待ってたら、お母さんの病気は手遅れになってしまうでしょ? だから……」

「まさか……そんな……!」


 花織の目がうるむ。


「そう。もうとっくにお金は渡してあるし、治療も進んでいるんだ。きっと退院もすぐだよ」


 それを聞くや否や飛び出した花織。

 涙を溢れさせながら必死に走る。


「優さん! 優さんどこですか!?」


 叫んでも叫んでも、もうどこにもいない優にその声が届くはずがない。

 外へ出て、辺りを見回してもその姿は見つからない。

 とうとう花織はその場に泣き崩れた。


「優さん……どうして……」


 その様子を室内から見ていた翔は、優へと電話をかける。


「……もしもし?」

「もしもしじゃないよ、優君。あまりにも酷すぎるじゃないか。花織ちゃん泣いちゃったよ?」

「俺にできることは全てやった。もう、俺を頼らずに自分の道を進んでほしい。だから、これでいいんだ」

「そっか。じゃあ言わせてもらうけど、馬鹿だね優君って。ゲーム中は頭よくても、人のことが全然わかってやしないよ。君は絶対このことを後悔する。今からでも遅くないから、戻って……」


 そこで優は通話を切り、翔の言葉は途切れた。


「馬鹿!」


 怒りのあまり壁を殴る翔。


「最低だよ、こんな終わり方……!」


 そう吐き捨て、へたり込んだ。

 優の行き先は誰も知らない。




※注意!

 ここまでのネタバレ含みます。

 第一編『最善のリスタート』を先にお読みいただくことを推奨すいしょうします。

 大丈夫という方々、どうぞ特別編『敗北の優勝杯トロフィー』をご覧ください。



 大会が終了し、約一時間が経過。

 次々と会場を後にしてゆく人々。

 そんな中、ロビーに残るグループが一つ。

 手にはライトやメガホンなどの応援グッズ。

 そう、キャンディのファンたちだ。

 心配そうに控室ひかえしつへと続く通路を見つめる彼ら。

 と、その内の一人が腕時計へと視線を落とし……。


「遅いなあ……。ショックで泣いてなければいいんだけど……」


 不安を漏らした後、控室ひかえしつの方へと視線を戻した。

 再び沈黙へと戻るロビー。

 よどんだ空気が流れかけたその時、突然ファンの一人が皆の前へと出てゆき……。


「暗い! 暗いぞお前ら! こんな時こそ明るくむかえてやらないで何がファンだ! 準々決勝進出、充分な成果じゃないか!」


 大声を張り上げた。

 そして、また別の男がそれに続くかのように……。


「そうだそうだ! あの天才ゲーマー優にも善戦したじゃないか!」


 ライトを振りかざしつつ力強くうったえかけた。

 それを合図とするかのように、皆が一斉いっせいにキャンディの活躍を熱く語り出す。

 沈んでいた彼らのテンションが一気に上がる。


「あのターンのキャンディちゃんの輝きっぷりと言ったら……。あ、そうだ! 録画! 待っている間、みんなで見よう!」

「録画班! 優との一戦を再生!」

「了解!」


 数人のファンが同時に返事をし、カメラを取り出す。

 そうして、一寸いっすんの狂いもない動きで望む映像を流し始める。

 画面の中で優へと勢いよく指さすキャンディ。


「そこのあんた。私と勝負よ!」


 宣戦布告の瞬間。

 その同じ場面を別々の角度から撮ったそれぞれの映像。

 それを見て歓喜するファンたち。


「百点!」

「いいや、百万点! やっぱり魔法少女キャンディちゃんの時代来てるなこれ」


 皆が口々にさわぎ立てる中、動画は試合へと進んでゆく。

 むかえた最初のターン。


「まずは光の魔力をチャージするわ」


 白い飴玉あめだまを手元に置くキャンディ。

 それを見て、やはり口々にたたえるファンたち。

 そんな彼らを置き去りにして進む動画。


「ふざけてなんかないわ」

「そうだそうだ!」


 ファンたちの声がセリフにかぶさる。


「向こうのお姉さんも言った通り、魔力カウンターは原則として何を使用しても構わない」

「その通り!」

「他の属性と区別がつくことと、かさばらないことに配慮はいりょすれば問題ないはずよ」

「それに、飴玉あめだまとかかわいい! チャーミング!」

「天才ゲーマーも、このセンスはわかってねえなあ」


 言いたい放題に擁護ようごする彼ら。

 と、そこでカメラを持つ男が手を上げた。


「はい、みんな注目! キャンディちゃんが1枚目のカードを使うぞ!」


 一斉いっせいに黙り、映像をじっと見守る。

 その視線の先、画面の中でキャンディがストックゾーンにあるカードを手に取った。


「乳白色のアメを使用し、ミルキーを召喚よ!」


 効果を使い終え除外となったそのアイテムカードを、モンスターのトークンとして場へと置くキャンディ。

 直後、再び盛り上がるファンたち。


「確実に1ターン目から動けるアイテムカード! さすがキャンディちゃん!」

「流れは完全にこっちのもんだ!」


 キャンディの言動一つ一つに沸き立つ彼ら。

 そうこうしている内に、徐々《じょじょ》に動画は進んでゆき中盤をむかえる。


「キャンディーマジシャン・ポップを召喚! さらに、ソーダ味の魔法サワーとメロン味の魔法スイートを使用! ポップの効果でメロンソーダの奇才妖精を召喚!」

「決まったー!」


 キャンディ得意のコンボが決まり、ファンたちが歓声を上げる。


「これでキャンディちゃんの場には一気に3体のモンスター! さらに、優のモンスターを1体戻し、残りのマリンアネモネの効果は奇才妖精で奪い取った!」

「キャンディちゃん大優勢だ!」


 熱気に包まれるロビー。

 だが、この時キャンディは控室ひかえしつで一人泣いていた。



 控室ひかえしつに響くキャンディのすすり泣き。

 一言も発することはなく、何をかえりみるでもなく……。

 ただただ現実を受け入れられずにいる。

 決勝戦開始より前にここへ閉じこもり、ずっと一人きり。

 モニターやアナウンスによる試合の展開も、何一つ頭になど入ってこない。

 脳裏のうりに浮かぶのはファンたちの落胆らくたんする様だけ。

 それとて、ただ悲観しているだけであり、具体的な解決案など何もない。

 いや……むしろ、そのようなことに頭が回ってさえいない。

 そうして泣き続けてすでに数時間。

 だが、依然いぜんとして泣き止む様子もない。

 と、その時……。


「……聞こえるかい? そっちの音声もオンにさせてもらうよ」


 不意にアナウンスが鳴り、翔の穏やかな声が響いた。

 だが、キャンディは反応を示さない。

 数秒の沈黙が流れ、再び翔の吐息といきが漏れる。


「ええと、こっちには映像が届かないんだ。選手たちのプライベートの問題もあるからね。だから、返事してくれないとわからないんだ。いるのか、いないのかさえも……。この部屋にしかアナウンス流れていないから、お願いだから返事してくれるかな?」


 キャンディは少し躊躇ためらった後、うつむいたまま……。


「……います。……すみません、まだ気持ちの整理ができてなくて……」


 途切れ途切れに、弱々しく声を漏らした。

 と、その瞬間、翔の明るく優しい笑い声がかすかに響く。


「よかった。心配で探してたから、居場所がわかってホッとしたよ。大丈夫、かすつもりはないからね。落ち着くまでそこにいていいよ。僕でよかったら話を聞くから、遠慮えんりょしないで」


 その呼びかけにキャンディは応じず、押し黙る。

 数分後、翔の穏やかな吐息といきが再び控室ひかえしつに届き……。


「悔しいよね。相手が誰であろうと、負けたらそりゃあ悔しいよ。応援してくれたみんなにも、申し訳ない思いでいっぱいになる。ファンたちの期待にこたえられなかった。そう思っているんだよね? でも、それは違うよ。確かにファンのみんなは君の優勝を信じて疑わなかった。けれど、それがかなわなかった今も、決して落胆らくたんしたわけでも、ましてや失望したわけでもないんだ。充分に活躍したし、何より君が最後まで自分に負けなかったこと、とてもほこらしい。君は自分に勝ったんだ」


 キャンディは目を見開き、ゆっくりと顔を上げた。


「自分に……勝った?」

「そう。まことという最強のゲーマーが僕らに残した教えの一つだよ。涅槃ねはんとも呼ばれた彼は、自分自身への敗北……つまり不正を最もむべき悪と述べていた。その闇へとちたら最後、二度と戻ってはこれないと……。君はそれに打ち勝った。勝つために手段を選ばない悪へと成り下がらなかった。だから、目には見えないけど、この敗北の優勝杯トロフィーを君におくりたい。堂々とかかげてファンたちの待つ場所へ戻ってほしい」

「……でも、やっぱりファンのみんなはがっかりしてるはず」

「そんなことはない。みんなはどうして君のファンなのか、この大会に何を求めていたのか、よーく思い出してみて」


 キャンディは翔にうながされ、ゆっくりと思い返してゆく……。



 ――ウィザーズウォーゲームが世に出て間もないころ

 その日、とあるビル内でキャンディの握手会が開催かいさいされていた。


 すでにイベントは終わっており、次々と会場を後にするファンたち。

 後片付けをするスタッフ。

 そんな中で一人、キャンディは階下のフロアを通りかかり……テーブルに並べられたままのカードがその目にまる。


「忘れ物……かな?」


 手に取ってまじまじと見つめ……その後、元の位置へと戻し携帯を取り出す。

 ワンコールですぐさまスタッフへとつながり、相手の声も待たずに……。


「あの、助けてほしいことが……」


 いきなり不安をあおるような発言。

 当然、スタッフは電話の向こうであせり……。


「ど、どうかなさいましたか!?」


 キャンディの身を案じるあわてた声を返した。

 そこでようやく相手へと思いがいたったキャンディは……。


「あ、ごめんなさい! おどろかせてしまって……」


 勢いよく頭を下げ、すぐさま戻した。

 当然、その動作は通話相手からは見えてなどいない。

 にもかかわらず体が動いたのは、ほぼ反射的だったから。

 無意識だったのは、その申し訳なさがいつわりのものでない証拠。

 もっと配慮はいりょすべきだったという反省があるからこそのもの。

 確かに、第三者にられないよう、その場へとどまる必要はあった。

 とはいえ、心配させたのは事実。

 アイドルがフロア内に見当たらず、なおかつ突然の着信。

 しかも、スタッフの仕事中に。

 だが、そこに悪気があったわけではない。

 ただ……。


怪我けがとかじゃないんです。忘れ物があったから、持ち主が困ってるんじゃないかなって……」


 ただ、ファンを心配するあまり冷静さを失っていただけ。

 それに気づいたスタッフは……。


「すぐにアナウンスします」


 優しい声でそう告げた。

 通話なので表情が見えないはずなのに、やわらかな笑顔が見えてくる……そんな優しい声。

 直後、呼びかけがビル周辺に響き渡り、少しして数人のファンが走ってきた。

 息を切らせ、汗だくでテーブルへとると……。


「す、すみません……」


 その内の二人が頭を下げた。

 他のファンたちは二人をにらみつけており……。


「キャンディちゃんのイベントに不要なものを持ち込むとはどういうことだ!」

「規則を守らないとファンクラブから除名するぞ!」

「もっと頭を深く下げろ! キャンディちゃんにも迷惑かけたんだぞ!」

「キャンディちゃん、教育が足りなくてすみません! しっかり反省させときます!」


 口々に責める残りのファンたち。

 それにより委縮する二人を見たキャンディは……。


「これ、君たちの? よかった! 大切なもの失くしたら悲しいもんね」


 笑顔でそう声をかけた。

 おどろくファンたちを前に、キャンディはさらにカードを手に取り……。


「面白そうね。私にも教えて!」


 二人を擁護ようごすべく、そう言って手渡した。

 再びおどろくファンたち。

 特に、二人を責めた者たちは……。


「キャ、キャンディちゃん……わざわざそんなことしなくても……」


 ばつの悪さから、無理にキャンディを引き込もうとする。

 だが、キャンディは……。


「ありがとう、いつも私のことを気遣きづかってくれて。でも、私もファンのみんなが楽しいと思ったゲーム、教えてほしいな。ダメかな?」


 決して彼らをおとしめることのない、尊重した上での、優しい問いかけ。

 いくら熱狂的なファンでも、これにはさすがに引き下がるしかなく……。


「キャンディちゃんがそれでいいなら、俺は別に……」

「僕も、この二人が迷惑かけたわけじゃないなら……」


 そう言って視線をらした。

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