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ごう様の切り札、見せてやるぜ! でよ、レッドドラゴン!」


 轟と名乗る茶髪の男子中学生。

 彼はギョロリと目を見開き、カードを荒々しくたたきつけた。

 相手プレイヤーは花織かおりという名の華奢きゃしゃな女子中学生。

 気弱なため、その勢いにすくんでしまう。


「どうした? もう終わりかよ?」


 ニヤニヤといやしい笑みを浮かべる轟。

 手元には彼の召喚したレッドドラゴン。

 そのイラストの目とリンクするかのように、ギラギラとにらみつけられ……。


「ま、まだ負けてません!」


 一瞬たじろいだものの、精いっぱい声を大にして対抗する花織。

 だが……。


「そんな弱いカードだけでどうしようって言うんだよ?」


 轟は大声で笑い出し、周囲を囲む彼の仲間もそれに同調する。

 四面楚歌しめんそか。誰も助けてくれる者などいない。

 唯一の味方であるカードたちも、その期待に応えることはできず……。


「まだ……まだ何とか! 大量に召喚して、次のターンに一斉に攻撃すれば!」


 苦し紛れにモンスターたちを並べても、轟の口角を釣り上げる結果にしかならない。


「あきらめの悪い奴だな。それなら、はっきりと理解させてやるよ!」


 宣言と共に高くかかげられたそのカードを見て、花織は青ざめる。

 その表情と、周囲でさわぎ立てる仲間の声を存分に堪能たんのうした後に、轟の手から落とされたカード。

 ひらひらと舞い落ちテーブルへと到達するのと同時に、右手を強く叩きつけた。


「トドメだ! スペルカード、業火!」


 右の手を強く握りしめ、宣言と共に突き出す轟。

 思わず目をつむる花織。

 反射的に後退あとずさり、その勢いのまま転倒してしまった。

 その様子を見て、轟の取り巻きたちはまた笑う。


「情けねえ」

「ビビッてるぞあいつ」


 ギャハギャハと飛びう下品な笑い声。


「ビビッてなんかないもん!」


 とうとう泣き出してしまった花織。

 しかし、轟はその目の前まで歩いてゆき、悪意のこもった笑みを浮かべる。


「お前の負けだよ。直接攻撃を防ぐためのガーディアンは全滅。レッドドラゴンの攻撃でお前のライフは0だ」


 見下ろす轟。

 あざける取り巻き。

 顔をそむけ目を閉じても、その醜悪な響きは耳に届く。

 耐えかねた花織はいきなり立ち上がると、デッキを手に取り走り去った。

 背後で響く笑い声。


「逃げたぞ!」

「やーい弱虫!」


 なおも追い打ちをかける言葉。

 それを断ち切るように入り口のドアを開け放ち、外へと飛び出す。

 溢れた涙が風に流される程、勢いよく走り出したその瞬間。


「どうかしたのかい?」


 呼び止めたのはさわやかな笑顔の男性。

 彼は振り向いた花織へとゆっくり歩み寄る。


「僕でよければ話してくれないかな?」

「……しょうさん。私、全然勝てなくて」


 うつむきながら、消え入りそうな声を漏らす花織。

 だが……。


「それなら、いいことを教えてあげるよ」


 不安をはらけるような晴れやかな笑みと優しい声。

 それと同時に手渡したのは一枚の写真。

 写っているのは、肩までの長い髪と鋭く黄色い目が特徴の男。


「数々のゲーム大会で優勝した凄腕のプレイヤーでね、すぐる君っていうんだ。この人にたのんでみなよ。彼は高校生だから、そろそろ授業も終わってゲームセンターにでもいるはずだから」

「……はい! ありがとうございます!」


 花織は一生懸命走った。

 そのきれいなロングストレートの黒髪が乱れることもいとわずに。

 呼吸が苦しくなるのも気にせずに……。

 そして着いた一番近くのゲームセンター。

 必死になって探す彼女の目に、その姿が映る。


「あの……!」


 け寄った花織は酷く息が上がっており、その一言で言葉が途切れた。

 その様子を白い目で見る優。


「何だ?」


 花織はその態度に委縮するも、意を決してまっすぐに見つめる。


「あなたが優さん……ですか?」

「そうだが、突然何の用だ?」

「ウィザーズウォーゲームっていう最近流行りのカードゲーム、知ってますか?」

「……これのことか?」


 優が振り返った先にある大画面にCMが流れている。

 魔術師やモンスターが戦い合う映像。

 竜は火を吹き、悪魔は死の魔力を放つ。

 そして、それらを無効化するいにしえの秘術。

 そのアニメーションと共に流れる音声。


 ――古代に魔術は実在した。

 溢れる程の力をめぐり、それぞれの思惑が衝突しょうとつしてできた幾億いくおくの物語。

 ある者は王の座を求め、またある者は名誉めいよを求め、数多あまたの伝説や悲劇を生みながら歴史として刻まれてゆく……。

 そうして、欲望にまみれた争いが熾烈しれつを極めた結果、それらは自らを滅ぼした。

 しかし、その神秘は再び現世に呼び覚まされる。カードゲームとして!

 ――。


「これが、どうかしたか?」

「お願いします! 助けてください!」


 花織は深く頭を下げた。


「……助ける?」

「はい。私、どうしてもお金が必要なんです。この大会で勝てば、優勝賞金として二千万円が手に入るんです」

「で? それに代わりに出てほしいと?」

「はい……」


 優は溜息をいた。


「何でそんなこと俺がしなければならないんだ? 大体、賞金だけ自分がもらうだなんて図々(ずうずう)しい話がどこにある?」

「お願いします! カードならここにありますから! あなたに全部差し上げますから……」

「いらないな。もしそのゲームをするとしても、自分で買って自分で遊ぶ」

「そんな……」

「じゃあな。せいぜい他の奴にでも頼むんだな」


 優はそう言うとゲームセンターを出て行ってしまった。

 置き去りにされた花織は、仕方なくカードショップへと戻る。

 ドアを開けた瞬間……。


「あ、また来たぞあいつ」


 轟グループの一人がそれに気づいた。


りねえなあ……。何度やったって勝てるわけないのによ」

「なあ、ちょっと手加減してやろうぜ? 結構かわいい子だしさ、優しくすればもしかしたら……」


 品のないことを言う中学生たち。

 そんな中、轟は目をぎらつかせながら、裂けそうな程に口を開いた。


「俺は興味ねえ! 俺がここで誰よりもつええって証明すること以外にはな!」


 その醜くゆがんだ口から発された大声を前にし、花織はひどくおびえる。

 同じ中学生なのに身長も低めな彼女には、何度戦っても歯が立たなかったその相手が、精神的にも物理的にも巨大な存在だった……。


「あ、あの……」

「んだよ! また負けるとわかってて勝負してほしいのかよ!?」


 乱暴な口調に花織はより一層怖気(おじけ)づき、中学生たちは笑い出す。

 その声にまれそうになりつつも……。


「や……やってみないとわかりません!」


 精一杯強がりながらデッキを取り出し、テーブルへと向かって歩き出す花織。

 その様子を見てニヤリと笑みを浮かべる轟。


「へえ……そう言ってる割には手が震えてんじゃん!」

「お願いします! 勝負してください!」

「もちろんいいぜ? 俺は自分の強さを見せつけるのが大好きだからな! ほら、もう一度俺の作った超最強デッキを味わわせてやるぜ!」


 轟がデッキをシャッフルし始めたのを見て、周りの仲間たちは再び陰湿に笑い出す。

 狩りの時間が始まるぞと、そう言いたげに。


「あまり本気だすなよー? また泣いても知らねえぞー?」

「泣いたりなんか……しないもん!」


 花織はシャッフルを終えたデッキをテーブルに叩きつけ、声を張り上げた。

 だが……。


「何がだよ! もう泣きそうなくせして!」


 そうして反応すればする程、中学生たちは面白がって笑う。

 花織は顔を真っ赤にする。


「あー、たっぷり笑わせてもらったわ。さてと、それじゃ行くぜ! バトルスタートだ!」



 一方その頃、優はカードショップの近くへと来ていた。

 川原に寝転び、ゲームで疲れた目を閉じながら考える。

 ここまで歩んできた道と、これからのこと。

 そして花織とカードのこと。


「……っと」


 不意に優は起き上がり、ショップへと歩き出した。

 カードゲーム自体へは興味があったためである。

 だが、花織を助けようなどという考えは微塵みじんもない。

 力を手にした途端に手のひらを返し、こうしてってくるやからが嫌いだったからだ。

 純粋に、カードゲームへのみ興味を抱いての行動。

 そして数分後、ショップへと着くと……。


「……だから言っただろう? 何度やったって結果は同じだってさ!」


 丁度、花織が負けたところだった。

 うつむく花織、笑う轟たち。


「お前は俺には勝てねえんだよ!」

「そんなこと……ないもん!」


 両の手を強くにぎり、叫んだ。

 その勢いで上半身が前へと短く揺れ、床へと飛び散る涙。

 ニタニタと笑う轟の取り巻きたち。

 その内の一人が……。


「おいおい、これぐらいにしとこうぜ。……あ! あ~あ、泣いちゃった」


 制止の意味ではなく、嘲笑ちょうしょうの意味での発言。

 他の仲間も一斉に笑う。


「泣け泣け! 敗者はその姿こそ相応しい!」


 轟の罵声ばせい容赦ようしゃなく突き刺さる。

 耐えきれず、デッキを握り締め走り去る花織。

 入口にたたずむ優は、自分の横を通る瞬間その表情を確かに見た。


「……ほう?」


 たかがゲームに負けた程度で泣いて走り去ることに対し、優は違和感を覚える。

 ドアを閉めるのも忘れ、その後ろ姿を目で追い……数秒後、その視線を轟たちへと向けた。

 花織が去ってもなお、嘲笑あざわらい続けている。


「あははー! 情けねえの!」

「俺に挑むからそうなるんだ! ……ん? 何だお前?」


 中学生の集団は一斉に優へと目を向けた。


「何か文句でもあるのかよ? 俺はただゲームを挑まれたから全力で勝っただけだ。悪いか?」

「……全然? 俺は別にお前らのことを責めるつもりはない」

「あっそ」


 中学生たちは向き直り、再び仲間と笑い出す。

 優はそこに冷ややかな視線を向け、その場を後にした……。


 ――そして、その夜。


「……ごめんね、お母さん」


 花織はうなされていた。


「……勝てない。……やっぱり私には勝てない」


 目の前の現実に追い込まれてしまった彼女は、毎晩のように悪夢を見ている。

 どうしてもお金が必要なのだが、そう簡単に手に入るわけがない。

 世界は彼女のような弱き者を前にして、ただただ嘲笑あざわらっているだけ……。

 そして、翌日の午後。再びショップにて。


「何だよ、また来たのかよ!? あんだけやられといてまた来た!」

「ちょっと、笑わせ過ぎないで! 息が……!」


 中学生たちが馬鹿にしたことにより、花織は顔を真っ赤にする。


「今度は勝つもん!」


 その宣言に、笑い声は一層大きくなる。


「コモンとブロンズばっかしか持ってないお前がどうやって俺に勝つって言うんだよ!」

「勝ちたきゃカード買えよって話だよな」


 中学生たちは品悪く嘲笑あざわらう。

 それにより花織が今にも泣き出しそうになったその時……!


「よう」


 優がいつの間にかすぐそばにきていて、中学生たちを見下ろしていた。


「ああ? 昨日の男じゃん。何しに来たんだよ?」

「す、すぐるさん!? どうしてここに!?」


 花織は目を大きく見開いた。

 その視線の先で、優は轟をにらみつけている。


「気が変わってなあ。俺はお前らを許さない」


 ゆっくりとした、一種の粘り気をまとった口調。

 それにより、凄味すごみも増される。

 確たる自信があってこその態度。

 だが、その本質にまだ気づいていない轟は、ヘラヘラと笑っている。


「何だあ? 彼氏かよ!」

「ち、違うもん!」


 花織は顔から火が出る程の勢いで否定した。

 だが、あまりに必死に否定し過ぎたことに気づき、余計に恥ずかしくなりうつむいて黙り込む。


「何だっていい。あんたその格好からして高校生だろ? 高校生が中学生相手に力ずくで解決しようってことか?」

「そんな手荒なことはするつもりない。ゲームの借りはゲームで返せ、だろ?」


 優の挑発ちょうはつ的な口調に対し、轟も喧嘩けんか上等と言わんばかりの不敵な笑みを返す。


「わかってんじゃねえか。なら早速勝負しようぜ!」

「ああ、もちろんだ。だが、少しだけ待ってくれ」

「何でだよ?」

「悪いが俺はまだカードを一枚も持っていない」

「はあ? さっさと買ってこいよ」

「いや……?」


 優は花織の方を向いた。


「あいつを倒すから、カードを貸してくれ」

「なっ!?」

「……は?」

「はあああ!?」

「お前、そいつの持ってるカードがどんなのだかわかってて言ってるのか!? そいつはなあ、持ってても仕方ないような超雑魚カードしか持ってないんだぜ!?」


 中学生たちがおどろき、唖然あぜんとする。

 しかし、優はそれに対し怪訝けげんな表情を返す。


「……本当にそう思うのか?」


 優のその発言に、中学生たちはあきれ返るあまり溜息ためいきいた。


「だったら聞いてみろよ! ほら、答えてやりな!」


 優がその言葉を受けて向き直ると、花織はとても申し訳なさそうな表情を浮かべていた。


「……すみません、優さん。本当に私、弱いカードしか持っていなくて……」

「ほらな! 聞いただろう!?」


 責めるような口ぶりに、花織は余計に委縮してしまう。

 だが、優は顔色一つ変えずに中学生たちの方を見やる。


「……さて、デッキを作ってくるから少し待っていろ」

「おいおい、本当にそれで戦うつもりかよ! こりゃまた狩りの対象が増えたな!」


 嘲笑ちょうしょううずを背に、優は花織を連れて外へと向かう。

 そして、ショップから出る間際まぎわ、中学生たちを一瞥いちべつし……。


「せいぜい今の内に盛り上がっているといい」


 異質なオーラに満ちた一言に、一瞬その場の空気がこおりつき、ドアが閉まると同時に元に戻った。


「……な、何だあいつ!」

「ほっとけほっとけ」


 中学生たちはそう言って無理に笑うことにより、得体えたいの知れない不安を誤魔化ごまかそうとした。



 優は花織の腕を引っ張り、ひたすら歩き続ける。

 一言も話さずに、ただひたすら……。

 そうして川原まで来た時、とうとう花織はしびれを切らした。


「あ、あの! 一体どうするつもりなんですか!? 私の持っているカードだけでは勝ち目なんて全くありません!」


 静かな川原に響く花織の声。

 そんな悲痛な叫びに優は足を止め、手を放し振り向く。


「……お前」

「な、何ですか!?」


 優の鋭い目つきにおびえる花織。

 一体何を言われるのかと、身構えていると……。


「名前は?」

「え、えっえっ!? 名前!?」


 優が発したのは唐突とうとつな問い。

 不意を突かれ、パニックを起こす花織。


「あ、あの……」


 動揺どうようのあまり、言葉を詰まらす。

 だが……。


「初対面で助けを求めてきておいて、名前も言わないのか?」


 そんなことはお構いなしに、優は再び問う。

 だが、その言い分はもっとも。

 花織はハッと息をみ、深く頭を下げた。


「……すみませんでした。私は花織といいます」


 途端とたんに優の表情がやわらぐ。


「花織ちゃんな」

「よ、呼び捨てで大丈夫ですよ!」

「いいだろう。年も一回り下だし、友達になるというより妹みたいなもんだ」

「なっ……!?」


 優の口から突如とつじょ放たれた言葉に花織は顔を赤く染める。


「そ、それより! 一体どうするつもりなんですか!?」


 あわてて話題を元に戻す花織。

 しかし、優はそんな花織の様子を気にせず続ける。


「どうするも何も、なぜ毎回負けるか考えたことはあるのか?」

「え? それは、相手は激レアのすごく強いカードをたくさん持っているのに、私は弱いカードしか持っていないからです」

「花織ちゃんの持っているカード、本当に弱いカードなのかなあ?」

「え……?」


 おどろきのあまり聞き返す花織。

 その視線の先、自らのあごへと指をえながら、何かを考えるような仕草しぐさを見せる優。

 直後、その指を今度は頭の横へと持ってゆき、トントンと軽く二回突いた。


「大事なのは戦略だ。まず、持っているカードを全て見せてくれ。それと、あいつの使ったカードを覚えている限りでいいから教えて」

「あ、それならここに全カードのリストがあります!」


 花織は優にリストを渡し、使われたカードを指さしながら伝えた。


「なるほどなあ……」

「どれも強いカードです。こんなの、どうやって勝っていいのかわかりません!」

「勝てるさ」

「……え?」

「絶対に、それも簡単にな。この持っているカードだけで」

「で、でも! 私の持っているのはコモンとブロンズのカードばっかりで……!」


 そう言ってうつむく花織。

 だが、それでも優は全く不安を見せず、1枚のカードを手に取ると……。


「シルバーっていうのか? ここにあるだろう」


 二度程ちらつかせ、たのもしい笑みを浮かべた。


「そ、それは! それはみんな弱いって言ってます!」

「へえ……」


 声をらすと、優はそのカードを空へとかざし、うれしそうに見回し出す。

 そうして数秒後、先に選出したカードの束にそれを加えた。


「な!? 何でデッキに入れようとしているんですか!? ダメです! そんなカード入れたら……」

「宣言する。俺は負けないし、このカードを上手く使う」


 花織の叫びをさえぎる優の言葉。

 その声音はとても力強く、勝利への強い確信がにじみ出ている。

 だが……。


「そんな……」


 花織にはその根拠がわからず、心配をぬぐい去れない。

 そんな様子を気にもめず、優は黙々とデッキを組んでゆき……。


「……さて、できた。あいつを倒しに戻るぞ」

「あ、ちょっと待ってください!」


 速足で歩き出す優に、花織はあわてて続いた。



 優はカードショップのドアを静かに開け、気配なく轟たちの背後に立ち……。


「よう、待たせたな」

「う、うわあ!」


 粘り気のある口調で、おどろおどろしく声をかけた。

 突然のことで転びかける轟。

 しかし、咄嗟とっさにテーブルへと手をつくことで何とか耐えると……。


「急に話しかけるんじゃねえよ!」


 優をにらみつけ、怒鳴どなった。

 取り巻きたちも身構えつつにらむ。

 その視線の先、優は吹き出すかのように笑っている。

 動揺どうようのあまり左胸を押さえていた轟は、その様子を見るなり深く溜息ためいきを吐くと……。


「……ったく、おどろかしやがって。あまりにも遅いから逃げたかと思ってたぜ」


 挑発ちょうはつ的な笑みを投げかけた。

 対する優は笑いをみ殺しつつ、見下ろす。


「気分よくいられるのも今の内だけだ。数分後、お前は絶望をの当たりにして右往左往することになる……」

「何言ってんだ? コモンやブロンズばっかで俺のデッキに勝てるわけねえだろうが!」


 その発言に、優は再び笑いをらした。

 あきれるように頭を抱え、首を左右にゆっくり振りながら……。

 すするような不気味な笑い声が辺りに充満する。


「本当にあわれな奴だな。レアリティとカードの強さは……」


 一瞬のめの後、優は険しい表情を浮かべ轟へと顔を近づけた。

 まゆをひそめ凝視ぎょうしするその様は、鬼と見紛みまがう程のおぞましさ。

 さらに、その口をゆっくりと開き……。


「全くの無関係だ」


 目を大きく見開きながら、おどすかのごとく凄味すごみを効かせ、ゆっくりと静かに言い放った。

 その場にいる全員が固まる中、優は平然と続ける。


「そんな基本的なことも知らないお前が俺に勝てるわけがない」

「ああ!?」


 その挑発ちょうはつを受け頭に血が上る轟。

 怒りのあまり、勢いよく立ち上がり……。


「ハッタリかましてんじゃねえ! この轟様にいどもうなんざ、百年早いってわからせてやるよ!」


 怒鳴どなるのと同時にデッキを取り出した。

 それに対し、優は元の不気味な笑みへと戻ると……。


「そうか、それは楽しみだ……」


 デッキをシャッフルしながらゆっくりとテーブルの向かい側へ移動した。

 対する轟も、ゆっくりと見せつけるようにシャッフルする。

 対面に着く優。ぶつかる視線。

 と、その時。


「あ、そうだ!」


 轟は突然声を上げ、ニヤリと笑みを浮かべた。


「こんなめずらしい奴、名前を聞いておかないのがもったいねえからな! 何ていうんだ?」

「俺は優だ」

「優? どっかで聞いたような……」

「そういうお前は何ていうんだ?」

「俺か? 俺の名は轟! よーく覚えておきな!」


 名乗りつつ、拳を突き出した。

 しかし、優は大して興味を示しておらず……。


「そうか……。まあ、なるべく努力しよう」


 無意識に視線をらした。

 その後、デッキからお互いに5枚のカードを引き、いよいよゲームが始まる。

 そんな中、心配そうに見つめる花織。

 何しろまだルールを教えていない。教える前に、優が勝手に突き進んでしまったから。

 だが、心配しても仕方がない。

 すでにゲームが始まってしまった今、もうできることは何もないのだから。

 外野の不安など置き去りに、試合は進行してゆく。


「先攻と後攻、好きな方選べよ」


 優が轟を見下すように、そう述べる。


「お前なあ、この轟様に向かって何言ってんだ? 後悔しても知らねえぜ? それなら俺は後攻を選ばせてもらおう」


 優の先攻でスタート。

 このカードゲームは、毎ターン増えていく魔力と呼ばれるエネルギーを使い、相手のライフ30を先に全て奪えば勝利となる。


「さてと、まずは光の魔力をチャージする」


 魔力チャージの宣言後、花織から受け取っていた専用の魔力カウンターを取り出した。

 ダイスの形で、光属性は黄色い。

 優はそれをちらっと見てから手元へと置き、すぐさま左にスライドさせた。

 魔力の消費宣言を意味している。


「風魔導ウィンディアを召喚しカードを引く」


 場へとカードが出された。

 どのカードでも使用するのに必要な魔力コストが左上に書かれており、風魔導ウィンディアは黄色で1と刻まれている。

 つまり、光の魔力を1つ消費することにより、使用することができるということ。

 さらに、その効果によりカードを引く優。

 その様子を見て轟は笑った。


「そんなカードに何の価値がある! 見ろよ、パワーもライフもたったの1だぜ?」


 轟の指さした先にある風魔導ウィンディアのカード。

 左下に3つの数字が並んでおり、それらはこのモンスターのステータスを示している。

 左から順にパワー、ライフ、スピード。なお、スピードは1ターンに行動できる回数のこと。

 風魔導ウィンディアは、その全てが1。

 その低いステータスを嘲笑あざわらう轟。

 だが……。


「別に? 構わない」


 優はそう言うとウィンディアをちらっと見た。

 白いローブを着た青い目の美少女が描かれている。


「さて、俺のターンは終了だ」

「そうか。なら俺のターン! 後攻だから最初のターンからカードを引けてありがてえぜ。1ターン目からすぐに使えるカード……つまり消費魔力1のカードを呼び込む確率が上がるからな!」


 轟は山札からカードを1枚引き、見せびらかすようにちらつかせた。

 このゲームのルールにより、先攻の最初のターン以外は各プレイヤーのターン開始時にカードを1枚引くことになる。


「さて、俺は植物の魔力をチャージ! そして、耕作を使用する!」


 轟も同様に緑のダイス型カウンターを手元に置き、それを消費しカードを使う。

 その途端とたん、優は確信めいたうなづきと共に笑みを浮かべた。


「……聞いた通りのデッキだな」

「そうさ、俺は豪快に決めるのが大好きなんだ! ライフを2つ犠牲ぎせいにして植物の魔力をチャージ」


 耕作の能力により、さらに緑のカウンターを手元へと置く轟。


「これで俺のターンは終わりだ」

「なら、俺のターン。ドローして光の魔力をチャージ」

「いいカードは来たか? 来るわけないよなあ? そもそもそんなカード、デッキに入っちゃいねえんだからなあ?」

「なければ引くまでだ。スペル、おまじないを使用する」

「はあ? おい、そのカードって……」

「俺の手札は5枚ある。これを全てデッキに戻してシャッフルし、カードを6枚引ける」


 消費魔力0のスペル、おまじない。

 優がそのカードの使用を宣言し捨て札に置いた瞬間、轟は腹を抱えて笑い出した。


「馬鹿だ! 正真正銘しょうしんしょうめいの馬鹿だお前! そんなカード入れてたってな、何の役にも立たねえんだよ! 勝負に使うデッキの枚数は60枚。その限られた枚数の中にそんな無駄むだなカードを入れるなんて……」

無駄むだじゃないさ……。こうして、カードを引き直すことができるんだからなあ」


 シャッフルを終えた優は6枚のカードを引き、そして1枚のカードを見せた。


「続けて風乗りを使用する」

「はああ!? お前わかってるのか? そのカードは酷評を受けた最低最悪のカードだ!」


 そう。そのカードは不評のシルバーカード。

 だが、優はそんなことは微塵みじんも気にせず、風乗りをまじまじとながめた。

 先程の風魔導ウィンディアと二羽の鳥が巨大な竜巻へと飛び込むその瞬間が描かれている。


「ほう、そうなのか。その情報はありがたい」

今更いまさら遅いわ! もうゲームは始まってんだ。今わかってもすでにデッキに入れた後だろうが!」


 調子に乗って吠える轟に対し、冷ややかな視線を向ける優。


「……何を勘違いしているんだ? 俺は、このカードの秘められた能力に気づけるプレイヤーがいないという情報を得たんだ」

「何言ってるんだかさっぱりわからねえな」

「わからせてやるよ。風乗りの効果で山札から5枚オープン」


 優は山札からカードをめくった。

 その結果、風雀かぜすずめ、リバー・フロウ、不発、透視者アリン、風のお守りの5枚が表向きになる。


「ほらな! たった2枚のモンスターカードを出せるだけで、他の3枚は無駄むだになる!」


 勝ちほこったように轟は笑みを浮かべた。

 だが、この状況を前にしても、優は全く悲観していない。

 それどころか、とても満足げな表情を見せている。


「お前は視野がせまい」

「……何?」

「場に出た風雀とアリンの効果でカードを2枚引く。これで俺の手札は7枚、場には3体のモンスターが並んだ」


 優は味方のモンスターカードを手のひらでし示した。

 新たに場へと出た2枚のカードには、無邪気な表情を浮かべた青い小鳥と、醜く口元をゆがめつつ望遠鏡で岩陰の透視を行う子供がそれぞれ映っている。

 前者は先程使用した風乗りに描かれていた二羽の片方だ。


「だから何だってんだよ! そんなの、後でまとめて吹き飛ばしてやる!」

「やれるもんならやってみろ。とりあえずダメージを受けてもらう。ウィンディアで攻撃」

「痛くねえな、そんなもん」


 轟のライフは、28から27へとわずかに減少しただけ。


「ターン終了だ」

「よし、それじゃ行かせてもらうぜ! 植物の魔力をチャージして、肥料と水やりを発動!」


 轟はそれぞれのカードを順番に場へと置いた。

 どちらもエルフが植物を育てているイラストだ。


「これにより新たに火と植物の魔力を得るぜ!」


 轟は緑と赤のカウンターを1つずつ取り出し、うれしそうにながめてから手元へと置いた。

 それを白い目で見ていた優は……。


随分ずいぶんと調子がよさそうだなあ」


 なかあきれた口調だ。

 だが、その皮肉も気にせず……。


「ああ、残念だがお前の好き勝手もここまでだ。ここからお前はすべなく負けるのさ」


 そう宣言した轟の表情が、獲物えものを狩る虎のように豹変ひょうへんした。

 しかし、それでも優はおくするどころか、むしろすずしげな表情を浮かべ……。


「面白いことを言うんだな、お前」


 くまで落ち着いた口調で応じる。

 その向かい側には、目をギラつかせる轟。


「余裕でいられるのもこれが最後だ。俺のターンは終了。次のターン、覚悟かくごしておけ!」

「そうか……」


 優はあわれむような視線を轟へと向け、カードを引く。

 そして、手札から1枚を場に出した。


「悪いがお前は勝てない。水の魔力をチャージし、リバー・フロウを使用する。止めるか?」


 青の魔力カウンターをスライドさせつつ、優は轟へと問う。

 場に置かれたカードには、川に流されてゆく書物が描かれている。


「好きにしろ」

「ならカードを2枚引く。そしてさらにお祈りを使う」


 優はお祈りを場に置き、魔力をスライドさせて轟へと視線を向ける。

 発動を止めるカードを使用するか否か、無言の問いかけ。


「勝手にすればいいだろ?」

「ならさらに2枚引かせてもらう。ウィンディア、風雀、アリンの順で攻撃してターン終了だ」

「はいはいっと」


 轟に蓄積されるダメージは、やはり微々たるものだった。

 こんなものは気にする程ではないと、轟はそれを鼻で笑う。


「さて、それじゃ俺のターンだ……」



 ターン開始の宣言の後にカードを引いた轟は、不敵な笑みを浮かべながら手札をめるように見回した。

 その不快な行動を前にしても、優は顔色一つ変えずにまっすぐ轟を見据みすえる。


「……何か楽しいことでもあったか?」


 落ち着いた口調でそう問われた轟は、一層邪悪さを増すかのように笑いをみ殺した。


「ああ……楽しくてしょうがねえよ……! お前を今から力でせる。そのことを考えるだけで震えが止まらねえぜ!」


 まるで獣のような眼差まなざしで優をにらみ、轟の攻撃が始まる!


「まずは火の魔力をチャージ! そして火山の番人を召喚!」


 轟がテーブルへと叩きつけたカード……それは消費魔力5のパワフルなモンスター。

 外野も思わず反応を示す。

 取り巻きたちは盛り上がり、一方……。


「ああ! 出てきてしまった……。優さん、どうするつもりですか!?」


 魔力加速により一足先に出てきた強敵に、勝負を見守っている花織は不安を募らせるあまり悲痛な叫びを上げた。

 だが、この段階にいたっても、優はあせる様子を微塵みじんも見せない。

 それどころか、挑発ちょうはつ的な笑みを浮かべたかと思うと静かに目を閉じ、少しの間の後にゆっくりと開き……。


「ようやくお出ましか……」


 本気の視線を轟に向けた。

 その先では、轟が調子に乗って仲間とハイタッチしている。

 そして一通りさわぎ終わってから、優へと向き直り凶暴な顔を見せた。


「ここからは俺が支配者だ! ひれせ!」


 狩りのスタート合図とも言うべきその宣言に、中学生グループは歓声を上げる。

 大声で笑い合い、勝利を確信したかのように優をあおり出す始末。

 しかし、優はその様子にただただあきれている。


「楽しそうで何よりだ。で、他にやることあるのか?」

「このターンは終了だ。せいぜいもがけ」

「そうさせてもらう」


 轟のターンが終了したのを確認した優は、静かにカードを引いた。


「さて、まずは水の魔力をチャージして風魔導ウィンディアを召喚。その効果でカードをドロー」

「またドローかよ。好きだなお前」

「この11枚の手札を見て全くあせらないお前の感覚は異常だ。今からそのことを思い知ることになる」

「そいつは楽しみだな」


 轟は気づいていなかった。直前の発言に込められていた勝利をもぎ取るような力に。その、おぞましい程の眼光の鋭さに。


「続いて疾風しっぷうのウィンドホークを召喚。そしてウィンディア、風雀、アリンでプレイヤーを攻撃」

「ウィンディアを火山の番人でガード!」


 番人はライフを6から5に減らしたのみであるのに対し、ウィンディアは捨て札へと置かれた。


はかないもんだぜ……」


 轟は優陣営の1体目の犠牲者ぎせいしゃが出たことに喜び、味方の圧倒的なパワーに目を閉じて酔いしれている。

 だが、やはり優は全く気にしていない。


「確かにそのカードは強力だ。だが、お前は1体ずつしかガードすることができない。お前のライフが0になるのも時間の問題だ」

「残念だが、次のターンでお前のモンスターは全滅だ!」


 その言葉に、周囲の者は皆反応した。

 中学生グループは待ってましたと言わんばかりの笑みを見せ、花織は敗北をさとったかのように落胆らくたんした。

 そう。轟の戦いを見てきた者にとって、その切り札の存在はもうお馴染なじみなのである。

 誰もが優の敗北を確信したこの瞬間に、それでも優自身は態度をるがせなかった。


「これ以上お前の冗談じょうだんを聞いていると笑ってしまいそうだ。俺のターンは終了。見せてみろよ、そこまでの自信を裏付けるカードをな」

「よっしゃああ! 見てろよ俺様の力を! ドロー、火の魔力をチャージ! そしてようやく出てくるぜ……俺の切り札がなあ!」


 轟は狂ったように笑い出し、勢いよくカードを手札から出した!


でよ! 火吹きのヴォルケーノ! その地獄の業火ごうかって弱き者を殲滅せんめつせよ!」


 轟の調子に合わせるかのごとく、火吹きのヴォルケーノが輝く。

 イラストとして描かれているその姿は、溶岩を吹き出すドロドロの巨体。そして、プラチナカード特有の光沢。

 強そうな見た目だけではない。その効果により、毎ターン終了時に他のモンスター全てに1ダメージを与える。

 つまりは、ライフ1しかない優陣営の全滅。そして、それ以降のターンも継続して焼きはらわれるということ。

 誰もが優の詰みだと確信した瞬間だ。

 だが、優はその様子をただ黙って見ていた。

 あわてる様子もなく、ただ黙って。


「どうしたよ? あ? 何も言い返せなくなったのかよ? だから言っただろ、あれ程言っただろ? 何回言わせりゃわかるのかと。本当おかしくてたまらなかったぜ!」


 大声で下品に笑う轟と中学生グループ。彼らはもう勝利を確信しきっている。

 そんな様子をしばらくながめていた優は、ゆっくりと口を開いた。


「……あわれだ」

「え……?」


 静かに言い放たれたその言葉に、一瞬周りがこおりついた。


「……は? あ、ああそういうことか。そうだよ、お前のモンスターはこのターンの終了時に全て焼かれてしまう。確かにあわれだな!」

「いいや、あわれなのはお前だよ、轟」

「はあ? 何言ってんだお前?」

「カウンター発動」


 冷静な口調でそう告げると、優は手札からカードを使用した。

 それは……スペルカード、ウェーブ! モンスターを1体手札に戻す効果を持つカウンターカード!


「お、お前……」


 途端とたんに轟は目を見開き、手を震わせ始めた。


「やっと事の重大さに気づいたか……。遅すぎるんだよ。ほら、さっさとヴォルケーノを手札へ戻せ。それともお前もカウンターカードを使うか?」

「……く!」

「できないよなあ? そんなカード入ってないもんなあ? お前のその性格では、0魔力で一時凌いちじしのぎのためだけに使うカードなんか入れるわけがないよなあ?」

「ま、まさかそれを読んで!?」

「何回言わせりゃわかるのか、お前はそう言ったな? そっくりそのまま返してやるよ」

「いい気になるなよ……! 次のターンまた出せばいいだけだ! このターンは終了!」


 顔を真っ赤にしながら轟は声を荒げて宣言した。

 対する優は静かにカードを引く。


「水の魔力をチャージ。そして、バブルヴェールで火山の番人の動きを封じ、ウィンドホークに風のお守りを発動」

「なっ!? まだ引くのか!?」


 そう。ウィンドホークに使用された風のお守りは、攻撃するたびにカードを引く効果を対象に付与するスペルカード。

 これにより、優は再び手札を増やす。


「ウィンドホークで2回攻撃し、2枚ドロー。そしてウィンディア2体、風雀、アリンで攻撃」

「貴様!」

「そして、俺は10枚の手札を入れ替える。おまじないを発動だ」


 優は不敵な笑みを見せながら、おまじないの効果により手札を山札へと戻した。


「お前……」

「俺が散々山札を回していたのはお前も見ていただろう? さて、俺はウェーブを引けるかどうか……」


 優がシャッフルしているのを、轟はただ黙って見ている。

 先程までの威勢いせいは、もうとっくにどこかへ行ってしまった。


「何とか言ったらどうだ? ちなみにおまじないも後2枚入っているからな」

「……早く引けよ」

「言われなくても引くさ。どれどれ……」


 ゆっくりと1枚ずつカードを引く優。

 そのたびに、轟の顔色は蒼白そうはくになってゆく……。

 そして、全て引き終わってから、優は轟をまっすぐ見据みすえた。

 轟の不安はピークを迎える。


「……どうだったんだ? なあ! どうだったんだよ!?」

「残念だが、来てしまったようだな」

「う、うそだ!」

「まあ仮に来なくても、そろそろスペルの濃度が薄まっている頃だ。風乗り一発で場はよみがえるだろう」

「……夢だ、これは夢だ! こんなことあるわけがないんだ!」

「俺はウェーブのための魔力を残してターン終了だ」


 歯軋はぎしりをしながら優をにらむ轟。

 彼は今、がけっぷちにいる。


「俺は負けねえ! ドロー! そして火の魔力をチャージ!」

「せいぜいもがけ」

「黙ってろ! モンスターがダメならスペルで焼いてやる! 少しもったいないが……業火を使用!」


 業火。それは、轟のもう一種類の切り札。敵のモンスター全てに4ダメージを与える、超強力なカード。

 轟はそのカードをライフ1の集団に対して使った。もうなりふり構っていられないという証拠。

 だが、そんな決意を前にして、優はあざけるように笑っていた。


「お前は本当に笑わせてくれる」

「何だと!?」

「カウンタースペルを使用。業火を捨て札へ」


 優の使用したスペルにより、轟の切り札は無にした。


「そんな……」


 たましいでも抜けたかのようにぽっかりと口を開け、ひざからくずれ落ちる轟。

 そのあわれな姿を前にし、優は得意げに笑っている。


「どうだ? 俺の言った通りだっただろう?」


 その場にいる皆が唖然あぜんとしていた。

 コモンとブロンズ、そして悪評のついたシルバーで作ったデッキが勝てるだなどと、一体誰が予想できたことだろうか?

 ただ、これはまぎれもない現実であり、このゲームは完全に優の支配下と化している。

 以降も、轟が息を吹き返すことはなく、劣勢はどんどん明らかになってゆくばかり。

 そうして、ついに轟のライフは0になった。



「うそだ……俺が負けた?」

「優さんが……勝った!」


 轟は目の前の現実を受け入れられず、呆然ぼうぜんと立ち尽くしている。

 取り巻きたちもその結果に驚きを隠せない様子。

 優を応援していた花織も同様だ。

 皆、あまりの衝撃しょうげきに言葉を失っている。

 そんな中、優はゆっくりと轟の目の前へと歩みると……。


「お前はカードの力におぼれているだけだ。それはお前の力ではない」


 静かにトドメの一言を放った。

 轟はプライドを引き裂かれた怒りとくやしさから、舌打ちと共に優をにらみつける。


「俺が負けるなんて……。お前、何者だ?」


 あまりの強さに、優の正体をいぶかしむ轟。

 その時、遠くから戦いを見守っていた翔が軽く笑いを漏らし、こちらへと向かって歩いてきた。

 そして、轟のかたを軽く叩き……。


「そんなことも知らなかったのかい?」

「なっ!? 誰だ!?」


 唐突とうとつに話に割って入られた轟はものすごい勢いで振り向く。

 目に飛び込んできたのは、爽やかな笑顔。


「おい、お前の仲間か?」


 動揺どうようした声と共に、轟は優へと向き直る。


「いや? 俺も知らないなあ」


 不審ふしんの目を浴びる翔。

 だが……。


「優さん、その人が私にカードをくれたんです」


 花織の言葉により、その緊迫きんぱくやわらいだ。

 その声に振り向いた優は、ゆっくりと翔へと向き直ると……。


「……そうか。俺からも礼を言わせてもらう」


 軽く頭を下げた。

 対して翔は手を横に振る。


「いや、別に気にしなくていいさ。ゲームチャンピオン、優君?」

「何!? ゲームチャンピオン!?」


 思わず声を大にする轟。

 中学生グループも全員、その事実に驚いている。


「どこかで聞いた名前だと思ったら……こいつがそうか!」


 轟はようやく気づいた。先程名前を聞いた際の既聴感の正体に。

 おのずと優へ注目が集まる。

 そんな中、当の本人は気にせず翔へと鋭い視線を向け……。


「俺に何か用か?」


 強めの口調で問いかけた。

 優がその称号で呼ばれるのは久しぶりのこと。

 それと同時にトラウマをよみがえらせる呼び名でもあり、自然とその言動にトゲが生じる。

 それに対し……。


「申し送れたね。僕は翔、ウィザーズウォーゲームプロジェクトの一員だよ」


 翔も笑みを消し、真面目な口調に切り替わった。


「僕は君のことをよく知っているから、是非ぜひ一度お手合わせ願いたいんだ」

「……ほう」

「でも、いくら君でもまだカードをそろえてないだろうから、少し期限を与えるよ」

「そりゃあどうも。そうだ、カード代を渡さないとな」


 財布を取り出そうとする優を見て、翔は笑い声をあげた。嫌味のない、明るい笑い声を。


「いらないよ。それは僕からのプレゼントだ。そのセットがあればそこにいる轟というプレイヤーには勝てると思ってね」「な!? 何だとてめえ!」


 轟は怒鳴り声を上げた。

 しかし、優たちの目にはただただあわれにしか映らない。

 怒らせた張本人である翔も、全く気にする様子はなく……。


「その試験に合格したご褒美ほうびだよ。ミッション報酬ほうしゅうだと思って、受け取ってくれるとうれしい」


 眼中にないと言わんばかりに続ける。


「さてと、それじゃ僕は失礼するよ。楽しみにしてるからね」

「ああ……。俺も今度はしっかりとデッキを組んでくる」


 そう約束をわす二人の横で、怒りの炎を燃え上がらせる轟。


「おい! しっかりとってどういう意味だよ!? お前もだ! コモンだらけのあんなセットが俺に勝つためのカードってどういう意味だこらー!」


 外にまで響く程の大声で吠えているが、翔は背中を向けたまま笑い、そのまま店を出ていってしまった。

 優もその背中をまっすぐ見ているだけ。

 轟は二人に完全に無視され、拳をにぎめながら怒りに震えている。

 そして、一連の騒動そうどうが収まったところで、ようやく花織が優へとった。


「優さん、ありがとうございます!」

「気にするな。さて、カードを買わないとだな……」


 そう言うと優はレジに向かい、大量のパックを買って戻ってきた。


「そ、そんなにたくさん!?」

「大丈夫だ、元は取れる。ま、それは全部あげることになるだろうけどな」


 優はパックを開封しながら答える。


「あ、そのことなんですけど……。どうして急に承諾しょうだくしてくれたんですか? それに、ルールを知っていたのも気になります」


 花織はその作業を手伝いながら問いかけた。

 数秒の間を置き、優はゆっくりと口を開く……。


「昨日、ゲームに負けて走り去る君を見て思ったんだ。いくらなんでも、それくらいで泣く必要があるか疑問に感じてね」

「ま、まさか!」

「ごめん、後をつけさせてもらった。お母さん、病気なんだな」


 花織は不意に顔へと影を落とし、うつむいた。


「……はい。母もお医者さんも、病名や治療費ちりょうひに関して一切教えてくれないんです。母子家庭なので、誰にもたよることもできませんし……」

「そういうことなら、力を貸そうと思った。それで、あらかじめネットでルールは把握はあくしておいたのさ」

「それでいきなりバトルできたんですね」

「そういうことだ。さて、協力するのはいいが君にも少しは努力してもらう。カードを渡すから、今日から特訓とっくんだな」


 そう言うと、優は花織に向かって優しく微笑ほほえんだ。

 しかし、花織は不安げな表情を浮かべる。


「……私に、できるんでしょうか?」

「できるかどうか、じゃない。やるかやらないか、だ。どうする?」


 花織は目を大きく見開いた。

 今までずっと、目の前の絶望に打ちひしがれてきた彼女は、行動を起こす意義にようやく気づかされる。


「……やります。私、がんばります!」

「いい返事だ。それじゃ、このカードでデッキを作ってみろ」


 そう言って、優は花織にカードの束を渡した。



 花織は渡されたカードを見つめる。


「こんなにたくさん! でも、どう作っていいのかわかりません……」

「俺はさっきのデッキを使用するから、それに勝てるようなデッキを作ればいい。簡単だろ?」

「そんな……私は優さんに勝つどころか、轟さんにも一度も勝てませんでした……」

「おいお前ら聞こえてるぞー! 俺は帰ったわけじゃないんだからなー!?」


 隣のテーブルにいる轟は、寄りかかりながら不機嫌な声を上げた。

 完全に蚊帳の外と化してしまっているが、彼もまだこの場にいる。


「花織ちゃんはカードやデッキの強さにばかり目が向かい過ぎだ。俺のデッキは轟対策として作っただけなのだから、はっきりとした弱点がある」

「弱点……ですか?」

「そう、それが何かを考えれば必ず勝てる」

「……わかりました。がんばります!」


 花織は優の使用したデッキを思い返す。

 どうして優は勝てたのか。カードをどのように使っていたのか。それは轟を相手とした際どのように活躍したのか。

 しばらくして、攻略法に気づいた花織は途端に60枚全てのカードを選び出し、デッキを完成させた。


「できました、優さん。でも、これはそのデッキにしか通用しないかもしれません……」

「それでいい。これは試験だからな」


 優と花織はテーブルを挟んで向かい合い、デッキをシャッフルした。

 轟はその横で腕組みをしながら不機嫌そうに見守り始める。


「緊張してる?」

「はい、だって優さんに勝たないといけないなんて……」

「まあ、負けたらまたデッキを調整してくれればいいよ。できるだけ早く勝ってもらいたいけどね」

「……がんばります」


 優はプレッシャーを与えないように配慮しつつも、本気で臨むようにうながした。ここで足踏みするようでは、中々次のステップには進めないからだ。

 そして、両者はデッキからカードを5枚引き、ゲームがスタートした。


「先攻と後攻、好きな方選ぶといい」

「ええと……後攻にします」

「わかった、それじゃ始めよう。光の魔力をチャージし、風魔導ウィンディアを召喚。その能力によりカードを1枚引いてターン終了だ」


 花織は自らのターンをむかえ、山札から1枚引く。


「水の魔力をチャージします。そして、ストーンシェルを召喚。カードを引いてターン終了です」


 ストーンシェル。消費魔力1で召喚できる軽量モンスター。

 攻撃のターゲットを自身に変更できるガーディアンという能力持ち。

 優のデッキの戦略である速攻に対応できている。


「ドローして光の魔力をチャージ。そして風乗りを使用する」


 風乗り。轟を苦戦に陥れるきっかけとなったそのカードが使用される!

 その効果により優は山札のカードを5枚オープンした。


「アリン、ウィンドホーク、風雀、ウィンディアを場に出し、バブルヴェールを捨て札に」


 早くも優の場には5体のモンスターが集結し、その能力により手札は8枚。

 花織の表情に焦りの色が浮かぶ。


「前のターンに召喚したウィンディアで攻撃」

「ストーンシェルでガードします」


 ウィンディアとストーンシェルのライフとパワーはお互いに1なので、両者とも捨て札へと置かれた。


「さあ、この窮地をどう切り抜ける? ターン終了」

「何とかしないと……。水の魔力をチャージして、ストーンシェルを召喚。その能力で一枚引きます」

「ドローで対抗してきたか……」


 花織の狙いはとあるカードを引くこと。

 だが、二度のドロー能力だけでは引き当てることができていない。


「……やっぱりそう簡単には来てくれませんか。それなら、お呪いを使います」


 花織は手札を全て山札へと戻し、シャッフル後に7枚のカードを引き直す。

 1枚1枚、祈りをこめて……。

 その表側を確認する度、心拍数が上がってゆく。

 そして……。


「来ました!」


 その1枚を見た瞬間、緊張が一気にほどけた。


「水神の舞を使用します。これで、優さんのモンスターは全て1ダメージを受けます」

「やるじゃないか。けれど、不発を使用させてもらう。これでその効果は消える」

「それなら、私も不発を使用します。これで優さんの不発の効果を消します」

「ほう、しっかり考えたようだな。対抗手段はない、そのスペルの効果を通そう」


 優の場にあるモンスターのライフは全て1。盤面一掃。

 最初の関門突破に自信を得た花織は、頼もしくまっすぐに優を見据える。


「これでターン終了です」

「今ので合格にしてもよさそうだが……もう少し粘るか。ドロー、水の魔力をチャージ」


 宣言の後、優はアリン、ウィンドホーク、ウィンディアを召喚し、能力でカードを3枚引いた。

 さらさらと流れるような手つき、落ち着いたプレイング。


「そんな……簡単に立て直されちゃった」

「心配するな。この状況を打破するデッキを組んできたんだろう?」

「……はい」

「ターン終了。がんばれ」


 少し不安そうな花織。

 だが、自分の作ったデッキを見つめ、すぐその思いを振り払う。


「火の魔力をチャージ。そして、火の国のゲートキーパーを召喚。ターン終了です」

「パワー1、ライフ5のガーディアンか。俺の大量召喚へしっかり対策できている」


 うなづきながらカードを引く優。


「水の魔力をチャージ。続いてアリンを2体、風雀を1体召喚。そして先に召喚したアリンで攻撃」

「ゲートキーパーでガードします」


 アリンは捨て札に置かれ、ゲートキーパーはライフが4に減った。

 モンスター同士のバトルは花織がリード。しかし、楽観はできない。


「ウィンディアで攻撃」

「できればウィンドホークをガードしたいけれど……優さんはそれをわかっていますよね。ストーンシェルでガードします」


 両者のカードは捨て札へと置かれた。


「ウィンドホークで二回攻撃。ターン終了だ」


 この後第4ターンを迎え、花織はベビードラゴンを召喚しつつ除去をするが、優のターンに風雀からの攻撃を受け捨て札へ送られる。

 さらに優は2魔力残し、花織のターンに備えた。

 そして花織の第5ターン目。


「このままじゃ負けちゃう……。ドロー、火の魔力をチャージして灼熱を使用します」

「いいカードを入れてるね。カウンタースペルで効果を消させてもらう」

「もう一度対抗させてもらいます。カウンタースペルを使用です」

「再び全滅か……」


 大量に展開されていたモンスターは、きれいに片付けられた。

 そして、そんなやりとりを繰り返し、ゲームは重要な局面を迎える。

 優の7ターン目。


「俺のターンだな。ドロー、水の魔力をチャージ。そして風乗りを使用!」


 優の場には再びモンスターが並べられ、その能力で手札もうるおった。


「そしてリバー・フロウでカードをドローしてターン終了。さあ……どうする!?」

「やっぱり優さんは強いです……。でも、少しだけ私もわかりました」


 深呼吸をした後、カードを引く花織。


「私の切り札はすでに手札に来ています。火の魔力をチャージして、火吹きのヴォルケーノを召喚します」


 そう、このカードは轟が切り札として使っていたカードでもある。

 その時は優によって簡単に封じ込められてしまっていた。

 けれど……。


「さあ、最終問題だ。ウェーブを使用! ヴォルケーノを手札へ!」

「させません! 不発を使用します!」


 間髪入れず対抗する花織。

 対する優は穏やかに微笑んでいる。


「用意周到だったか……」


 満足げな笑み。

 課されたハードルを越えてゆく教え子を見守る柔らかな眼差し。


「だがまだだ。手札に戻されたウェーブを再び使用!」

「こちらももう一度不発を使用! 止めさせないですよ」

「それなら!」

「えっ!? ま、まだ持ってるんですか!?」

「……いや、もうない。降参だ」

「び、びっくりしました……」


 優はこの段階で勝負ありと判断した。

 もし次のターンにヴォルケーノを戻せたとしても、それより前に効果が発動してしまう。つまり、優がターンを迎えるより前に、モンスターが焼かれてしまう。

 それらを踏まえ、優は敗北を認めた。


「ちゃんと勝てたじゃないか。合格点をやろう」

「ありがとうございます! 何だか……うれしい!」

「今のはデッキがわかっていたが、普通はどんな相手かわからないだろう? 今度は自分なりのデッキを作ってみるように」

「はい!」


 満面の笑みを浮かべる花織。

 条件つきとはいえ、初めての勝利。

 手応えを感じつつ、着実に次のステップへと移ってゆく。



 優を倒し再びデッキ作りを始める花織を、轟は黙って見ていた。

 やがて、彼はその場を離れ、少し遠くのテーブルで自らのデッキを見つめ直す……。

 グループメンバーが心配そうに見守る中、なんとデッキを組み直し始めた。


「お、おい! どうしたんだよ!?」

「……何でもねえよ」

「ちょっと待てって! お前何を抜こうとしてるんだよ!?」

「見てわからねえのか? レッドドラゴンだよ」

「せっかく当てたゴールドカードじゃねえかよ!? たかが一回負けただけだろ? 気にするなって」

「いいから黙ってろよ!」


 轟は強く握り締めた拳をテーブルに叩きつけ、ショップ全体に響き渡る程の怒鳴り声を上げた。

 そのあまりの迫力に、彼の仲間たちは黙り込む。

 そして、しばらくの沈黙の後、静かにゆっくりと、しかし力のこもった声で轟は話し出した。


「俺は負けるべくして負けた。そして、そんなあいつにあの女は勝った。だったら、あの女は俺より強いのか? なあ、どうなんだ!?」

「い、いや……轟の方が強いに決まってるだろ」

「だよな……。じゃあ、俺だってあいつに勝てるはずなんだ! 負けたのは……俺の慢心まんしんのせいだ。決して俺が弱いからじゃねえ!」

「轟……」

「このカードも……このカードも余計だ! もっと……もっといいデッキを作って、あいつを倒すんだ!」


 必死にデッキを作り続ける轟。

 そんな彼へと近づく足音。


「あ、あの……」


 轟へと声をかけたのは、心配そうな表情を浮かべた花織だった。


「……な!? お前、何しに来たんだよ!?」

「笑いに来たのか? 帰れ帰れ!」


 グループメンバーは口々に花織へと罵声ばせいを浴びせる。

 しかし……。


「いい、お前らは口を出すな」


 轟がそれを制止し、彼らは途端に黙った。


「……笑えよ。お前は今、勝者だからな」

「そんなことをしに来たわけじゃありません。あなただって、真剣にゲームを楽しんでいたのだと思います。今の様子を見ても、それは確かなはずです」

「……だったら何だって言うんだよ? それでも俺は負けたんだ」

「勝ったとか負けたしかないのって、それってすごく悲しくないですか?」

「お前だって、どうしても勝たなきゃいけない理由があるんだろ!? 勝てなきゃ何の意味もねえんだよ!」

「そんなことありません! そんなこと言わないでください!」


 その言葉に轟は口ごもり、まともな返答をできずにいた。

 その様子を見ていた優がこちらへと歩み寄る。


「轟、少し頭を冷やせ。それと、この子に感謝することだな……」


 それだけを述べると、花織を連れて戻って行った。

 重い空気が漂う中、一点だけを見つめる轟。


「……無視でいいだろう? あんなの気にするなよ」

「そうそう、轟なら次は勝てるさ」


 無理に明るく振る舞い、肩を軽く叩く仲間たち。

 だが、轟は俯いたまま。


「……俺は」


 何かを述べようとしたが、その続きは轟の口から発せられることはなかった……。

 一方、テーブルへと戻った花織はカードとにらめっこをしていた。


「優さん……やっぱり難しいです。さっきは優さんのデッキがわかっていましたから、どうすればいいかわかりましたけど……」

「難しく考えようとするから難しくなる。さっきは倒すべき敵がわかっていたから、どう勝てばいいかイメージできたわけだ。だったら、今度は自分がどう勝ちたいかをイメージすればいい」

「……どう勝ちたいか、ですか?」

「そう。例えば轟は魔力を一気に加速させ、強力なカードで捻じ伏せるという戦略を用意していた。対する俺は、軽めのカードで速攻をしつつ、大量ドローによって一斉除去への対策を練った」

「……なるほど」

「花織ちゃんはどう勝ちたい? ゲーム中どんなことを考えている?」

「私は……いつも不安でいっぱいなんです。優さんにモンスターを大量に並べられた時も、轟さんに強いカードを使われた時も、いつもどうしようどうしようって……。こんな感じではダメですよね」


 花織は自らを情けなく思い、俯いた。

 だが、優は柔らかな表情を向け、そして……。


「いいや? それが個性ってことでいいんじゃないか?」


 優しい言葉を投げかけた。


「え? どういうことですか?」


 花織は顔を上げ、キョトンとする。


「つまり、花織ちゃんは臆病なところがある。だったら、安心して戦えるように相手の戦略を破壊できるようなカードを選ぶんだよ。つまり、負けないことにより勝ちにつなげるようなデッキだ」

「なるほど……。自分から何かを仕掛けようとしなくても、勝てるんですね」

「攻撃は最大の防御と言うけれど、防御もまた、最強の攻撃だからな。まあ、少し難しいデッキだから俺も手伝うとするか……」


 優もカードの選別に協力し、デッキ作りを手伝い始める。

 一方、轟は……。


「……ちょっと外の空気吸ってくるわ」

「お、おい轟!」

「ついて来るな。一人にさせてくれ」

「え? あ……行っちゃった」



 その日、轟が戻ってくることはなかった。

 いや、その日だけではない。それからも毎日、カードショップには彼の姿はないまま……。

 彼の仲間は心配そうにしていた。だが、どうすることもできずにただ待っているだけ。

 そうして何日も経ったある日、再びそこには轟の姿があった。

 別な店で仕入れてきた新たなカードをたずさえて……!


「轟! どこ行ってたんだよ……心配したんだぜ?」

「俺なんて学校一緒なのに、なんで声かけても無視したんだよ!?」

「……ちょっと、一人になりたかっただけだ」


 背を向けたまま静かにそう答えた轟は、おぞましい程の執念をまとっている。

 しばらくの沈黙の後、ゆっくりと振り向き……。


「それより、あいつはどこだ?」

「あいつって……」

「優のやろうに決まってるだろ!」


 突如発したその怒号に、彼の仲間たちはひるんだ。


「……あいつを倒さねえと! 何としてでもだ!」

「ご、轟……」

「運なんかで勝つのもダメだ。あいつのデッキ情報を得るなんてのもお笑いぐさだ! 正々堂々と勝負して、それでもって何の言い訳も出てこねえ程にギタギタにしてやらなければ!」

「面白いことを言ってくれるな」

「なっ!?」


 声のした方へと視線を向ける轟。

 そこには優が佇んでいた……。


「俺に勝つ? それも完膚かんぷなきまでに? ならやってみろ、お前にできるものならなあ」

「ふっざけるな!」


 外まで響きそうな今までで一番の大声を張り上げる轟。

 その表情は怒りのあまり修羅しゅらと化している。


「絶対に倒す! 絶対だ!」


 テーブルへと着き、デッキをシャッフルする轟。

 それに応じ、優も対面に着く。


「……さて、どこまで強くなったか見せてみろよ」

「余裕でいられるのも今の内だ! 覚悟しろよ……」


 涼しい顔の優に対し、轟は火を噴きそうな真っ赤な顔。

 そして、両者ともシャッフルを終え、最初の手札を引いた。


「選べよ、先攻か後攻か」


 その問いかけに、轟は黙って優を睨み返す。


「聞こえなかったのか? 好きな方を……」

「後攻だ」


 優の言葉をさえぎって、轟は静かに宣言した。


「……意外だな。選択権を与えたことに対し、また文句を言うかと思ったが」

「俺はこの一戦どうしても負けられねえ。そのためなら、つまらないプライドは全て捨てる」

「……そうか。なら行くぞ。水の魔力をチャージし、透視者アリンを召喚」


 優はその効果で手札を1枚増やし、ターンエンドを宣言した。

 轟はそれに対し、無言のまま水の魔力をチャージするのみでターンを終える。


「俺のターン。光の魔力をチャージし、アリンでプレイヤーを攻撃。続けて、風魔導ウィンディアとストーンシェルを召喚し、その効果でカードを引く」


 優は前回同様、手札を減らさずに小型モンスターを並べていく。

 流れるような動作の中でも、轟へのカウンター使用確認は怠らない。

 目で、あるいは手のひらで問うが、その度に轟はそっぽを向いた。


「ターン終了だ」


 優の宣言に、轟は静かにカードを引き、口角を釣り上げる。


「……この前までの俺とは違うってこと、見せてやるぜ! 水の魔力をチャージして、水流波を発動!」

「ほう、少しは考えたようだな」


 水流波の効果により、優のモンスター全てに1ダメージが入った。

 優陣営、全滅。


「ちゃんと対策済みだぜ? さあ、どうする?」


 轟は不敵な笑みを見せた。

 今にも飛びかかりそうな獣の目をしながら……。


「ターンエンド、お前の番だ」


 轟の宣言に優はカードを引いた。

 その表情は相変わらず涼しげだ。


「倒されたのならまた出せばいい。水の魔力をチャージし、風魔導ウィンディアと透視者アリンを召喚。効果で再びカードを引いてターンエンドだ」

「……残念だったなあ?」

「何がだ?」

「火の魔力をチャージし、火の海発動! 何が倒されたのならまた出せばいい、だ。それこそ、出されたのならまた倒せばいいだけの話だ! お前が何枚も使用しているのに対し、こっちはたった1枚のカードで応じることができる! このままいけばどっちが早く息切れを起こすか、天才ゲーマーのお前なら簡単にわかるよなあ?」

「……ふっ」


 優はその轟の言い分に、笑いを堪えている。


「何がおかしい?」

「かかったな? 俺の罠に」

「はあ?」

「カウンター発動! 薄紫のジェリーフィッシュを召喚!」

「何だとお!?」


 薄紫のジェリーフィッシュ、それはパワー0かつ攻撃できないモンスター。

 ただし、その効果は……。


「お前の使った火の海の効果で、俺のモンスターは再び全滅。だが、このジェリーフィッシュは捨て札へ置かれる時、手札を4枚も増やすことができる」

「誘ったのか……? この俺を!?」

「さて、モンスターを一掃できたお前と、着々と手札を増やす俺。今、どちらが有利だろうなあ?」

「……くっ、ターンエンドだ」


 悔しがる轟を前にして、優は勝ち誇ったような笑みと共にカードを引いた。

 そして……。


「光の魔力をチャージ。そして、礼拝を使用する」


 優はさらに手札を増やし……。


「さあ、お前の番だ」


 余裕の態度でターン終了を宣言した。

 だが……。


「あーあ、やっちゃったな? 優」


 その瞬間、轟は笑みを浮かべた。

 そして、1枚のカードを右の人差し指と中指ではさむ。


「何だ? 今度は負け惜しみか?」

「せっかく場のアドバンテージを取る最後のチャンスだったのによお! 火の魔力をチャージし、鎖鎌使いアイアンスネークを召喚!」


 魔力カウンターをスライド後、勢いよくそのカードを出した。


「……ほう」

「知ってるだろう? こいつは自分から攻撃する限り反撃ダメージを受けない。しかも、その攻撃によるダメージを好きなモンスターに割り振っていいんだ! つまり、ここから先は、お前のモンスターは何体出てこようと木っ端微塵にしてやれるってことだ!」

「それはよかったな」

「ざまあないな! 優、お前の負けだ!」

「……で? ターンエンドなのか?」

「ああ? 何だ? 強がってんじゃねえよ。これでこのターンは終わりだが、お前には何もできねえ」

「それはどうかなあ? 水の魔力をチャージし、失敗作アンノウンAを召喚!」


 優はカードを場へと出した。

 そこには、目を赤く光らせる全身青みを帯びた半透明の赤子が描かれている。


「なっ!? そのカードは!」


 途端に轟は焦りを見せる。

 アンノウンAは、そのターンに他のカードが使えないという厳しい制約付きだが、出せば味方を含め全てのモンスターを手札に戻せるという強力なカード。


「……しぶとい奴め」


 轟は歯を食いしばりつつアイアンスネークを手札へと戻した。


「お前も、この間より戦えてるようだな」

「余裕でいられるのも今の内だ! 俺のターン!」


 轟は勢いよくカードを引いた。



 ターンだけが経過していく中で、お互いの手札は不気味に増え続けていた。

 途中、轟も礼拝を使用したため、その枚数は優の手札に匹敵する程だ。

 そして迎えた轟の10ターン目。


「いつまでも逃げてんじゃねえよ! 俺の新たな切り札で引きずり出してやらあ!」


 荒々しく叩きつけられたのは、新弾である偉大なる魔導軍(マーベラスウィザーズ)のプラチナ枠、バロン・アンタレス。

 このモンスターは自ら攻撃することはできないが、ある能力を秘めている。


「今度こそひねり潰してやる!」


 轟は自らの顔の前で右手を強く握りしめた。


「このターンはこれで終了。だが、次のターンからお前は地獄を見ることになる」

「そうか、なら俺のターン。手札にあるもう1枚のアンノウンAを使い、再び手札に戻ってもらおう」

「おおっと、それはできねえぜ!」


 間髪入れずに魔力カウンターをスライドし、カードを高く掲げる轟。


「カウンター発動! トリック! その効果により、アンノウンAの能力を消させてもらう」

「……ほう」

「まだ終わっちゃいねえ! バロン・アンタレスの能力発動! スペルを使用する度に相手モンスターを1体選び、このバロン・アンタレスに突撃させることができる!」


 轟はアンノウンAを効果対象に選び、モンスター同士のバトルに勝利した。

 それにより、優が使い回していたアンノウンAの内1体を捨て札に送ることに成功する。

 イラスト内の赤い騎士も、勝ち誇ったかのように槍の切っ先を光らせる。


「さあ、後何枚持ってるんだ? 何枚持っていようと全滅させてやるぜ!」

「……復活させられるかもしれないのに、か?」


 その問いかけに轟は大声で笑った。


「何回言わせりゃ気が済むんだよ!? それはこっちのセリフだって言ってんだろうが! 俺はこのトリックを使い回すことができる!」

「……やってみろよ」

「言われなくても! 俺のターン、秘術の研究を使用! その能力により、カウンターを能力に持つカードを捨て札から回収。さらに、バロン・アンタレスの能力起動! もう1体のアンノウンAも捨て札に行きやがれ!」


 轟のコンボが決まり、効果が不発に終わって場へと残っていたもう1体のアンノウンAも捨て札へと送られてしまった。

 さらに、そのターン以降も鎧武装アーマードや反撃などの効果でパンプアップしながら追い込んでくる。

 そうして、気がつけば轟の場にはモンスターが集結していた!


「どうだ? コロナの能力によりどんどん場を埋め尽くす。そして、お前の厄介な能力もしっかり対策済みだあ!」


 轟の新たな切り札、大将軍コロナ。銀の鎧に身を包んだ美しい女性が描かれたカード。

 その効果により、攻撃する度に手札から7魔力のモンスターが場に出続けていた。

 勝利を確信する轟を前に、優はただただ黙っている。


「何も言い返せなくなったようだな。さて、それじゃトドメといくか!」


 轟は次々に攻撃を仕掛け、そして……。


「これで終わりだー! クリムゾンドラゴンで攻撃!」

「……カウンター」


 その瞬間、優がささやいた。


「は?」

「カウンター……発動! 秘密兵器カタストロフA!」


 優は切り札を人差し指と中指で挟み、轟へとゆっくり表側を向けてゆく。

 そのカードには、気泡でできた巨体が描かれている。

 見るからにおぞましいカード。


「……は? はあああ!?」


 完全に勝利を手にしたと思っていた轟は、不測の事態に目と口を大きく開く。


「俺が負ける時しか使うことのできないカードだ。その効果により……手札を全て魔力を支払わずに使う」

「なっ!? ま、待て! 何だそれ!? 聞いてねえぞ!」

「残念だったなあ? お前は確かに、一瞬だけ俺に勝った。けれど、最終勝者は……この俺だ! クリムゾンマシンガンを使用! 俺の全魔力を注ぎ込む!」

「させるかよ! 今回は俺もカウンターをたくさん積んだんだ! 不発により効果を消す!」

「達人の応酬。これでその不発を逆に消す」

「こいつ……!」


 何とか対処しようとする轟。だが、何回かのやり取りの後……。


「……息切れ、か」


 決着を迎え、穏やかな視線を向ける優。

 右手を握りしめ、悔しそうにテーブルに突っ伏す轟。


「くっ……もう少しで勝てたのに! 何でだよ!?」

「残念だったな。それじゃ、トドメだ」


 クリムゾンマシンガンのダメージが入り、轟は敗北した。


「何てざまだ……俺は、結局勝てなかった……」

「そうだな」

「笑えよ!」


 テーブルを強く叩く轟。

 優は真面目な顔で、ただ黙ってその様子を見ている。


「どうせ俺はただの弱者だ! 好きなだけ笑えよ!」

「……笑わねえよ」

「何でだよ!? なあ、どうしてだよ!?」

「お前は確かに負けたけど、前のような醜いプレイヤーじゃなかった。確かに煽ってはいたが、その度に手が震えていた」


 轟は舌打ちと共に視線をらした。


「本当は怖かったんだろう? 常に俺の反撃を警戒し、恐れていた証拠だ。相手のことなど眼中になかった以前のお前より、確実に進歩している」

「……俺は」

「お前は強くなった。また、デッキを練り直してこい」


 優はそう告げると静かにその場を去った。

 直後、轟の仲間たちが駆け寄る。


「轟! 負けたけど……その……気にすんな!」

「そうだそうだ! あの天才ゲーマーとここまでいい勝負ができたんだ。むしろ誇っていいくらいだぜ?」

「お前ら……。ありがとな」


 轟は笑っていた。

 それは、今までのような邪悪な笑みではなく……清々《すがすが》しい、一人のプレイヤーとしての笑顔だった。



 カードショップを出た優は、花織との待ち合わせ場所である川原に来ていた。

 約束の時間にはまだ少し早く、ただぼんやりと川を眺めながら待っている。

 そうして放心していると、しばらくして花織が到着した。


「すみません。お待たせしました」

「いや? 待ち合わせ時間よりも早い。じゃあ、早速行こうか」


 そう言うと、優はカードショップとは反対の方向へ歩き出した。


「え? ちょっと待ってください、どこへ向かうんですか?」

「カードショップだと気が散るし、中学生は夕方には帰らなきゃいけなくなる。それなら、最初から家で特訓した方がいいと思ってな。パソコンもあるし、いろいろと便利だ」

「え……? じょ、冗談ですよね?」


 あまりに唐突で非常識な話に、花織の足が止まる。

 顔は引きつっている。


「時間がもったいないから、早く」

「あ、ちょっと! 置いていかないでください!」


 こうして、花織は半ば強引な形で連れ出される。

 そして五分後、優の家へと着いた。


「遠慮せずに上がって」

「お、お邪魔します……」

「誰もいないし、そんなかしこまらなくていいよ」

「え……? 誰もいないって……!? わ、私帰ります!」

「落ち着けって」


 顔を真っ赤にしながら慌てる花織に、優は冷静に対応する。


「意識し過ぎ。デートでもないし、ましてや手出しなんか絶対しないから。信用できないなら帰ってもいいけど」

「いいえ、信用してないわけでは……。わかりました、すみません」

「まあ、確かに俺も配慮が足りなかっただろうけど、誓ってそういうつもりじゃないから」


 落ち着いた花織を連れ、優は自室へと入った。そして、カードを取り出して本題に入る。


「早速だけど、問題」


 そう言って花織へと2枚のカードを手渡した。

 一方はパワーもライフも1のモンスター、見習いシスター。もう一方は全体攻撃スペル、水神の舞。


「場には花織ちゃんの見習いシスターが1体と、俺の見習いシスターが1体ずつ。俺の手札はない」


 そう言って優は見習いシスターを場に置いた。それを見た花織も、渡された見習いシスターを場へと置く。


「仮にこれが2ターン目だとして、花織ちゃんならどうする?」

「このままだと自分のモンスターがいなくなってしまうので、水神の舞を使用します」


 何の迷いもなく、即座にそう答えた花織。


「うん、そう言うと思った」

「え? ダメなんですか?」

「よく考えてごらん。そのカードは本来であれば複数の敵を攻撃することができるのに、たった1体のモンスターを倒すだけではもったいないよ」

「そう言われてみれば……」

「カード1枚の効果を最大限に引き出す。それがプレイヤーの仕事だ。そうやってアドバンテージを積み重ねた先に、勝利はある」

「アドバンテージ?」

「優位性のこと。例えばその水神の舞で10体を同時に倒せば、たった1枚のカードで相手のカードを10枚倒したことになる」

「私、そんなことも知らなかったんですね……」


 落胆する花織。

 だが……。


「気にすることはない。今から少しずつ覚えていけばいい」

「……はい、がんばります!」


 優の言葉に元気づけられ、すぐにまた前を向き直す。


「さてと……。花織ちゃんはまず、基本を身に着けないとだな」


 そう。花織はカードゲーム初心者であるため、他のプレイヤーが常識としている基本も知らなかった。

 そのことに早い段階から気づいていた優。

 最初の出題において、ストーンシェルを犠牲にした次のターンに全体攻撃を放つなどのプレイングから実力は分析済み。

 その時に指摘することもできたが、花織の力量に合わせてゆっくり教えるためにあえて言わなかったのだ。


「次からは、カードをどのタイミングで使えばいいのか、しっかり考えてごらん」

「はい。間違えてしまうかもしれませんが……やってみます!」


 こうして、花織は優との特訓でプレイングスキルを磨き続けた。

 何戦も何戦も練習を繰り返している間に、夜を迎える。


「6時半か……。さすがに今日はもう帰る?」

「はい。優さんの両親にもご迷惑でしょうから」


 その何気ない花織の言葉に、優は不意に口をつぐんだ。

 重たい空気が流れかけたが、数秒程で優はその口を再び開く。


「……帰ってこないよ」

「え? それってどういう……」

「俺の両親は刑務所にいる。だから帰ってこないよ」

「そ、そんな!? どうして……」


 優は目を閉じて大きく溜め息を吐いた。そして、意を決して再びゆっくりと目を開く。


「俺の親は、あまり俺に対して愛情がなかったんだ」


 慎重に言葉を選びながら、なるべく穏やかに情景を語り始める優。

 できるだけ花織を傷つけないように、その核心へと触れないように……。


「勉学のみにはげむ俺は、周りからは浮いていただろう。だから、環境次第ではいじめの標的とされてもおかしくはなかったと思う。けれど、その点においては恵まれていたようで、俺は普通の学校生活を過ごすことができた」


 床を見つめながら話す優と、それを微動だにせず聞く花織。

 空気はより一層重くなり、部屋ごと固まっているかのように花織へとのしかかる。


「そんな俺に、ある日突然転機が訪れた。クラスメートが俺をトランプに誘ってくれたんだ。瞬く間に俺は強くなり、周りも俺に興味を持ち始めた。それからは放課後にゲーム会へ誘われることが多くなり、親に気づかれないように遊んでいたんだ」

「……そんなに厳しかったんですか?」


 その問いかけに、優は顔を上げて花織を真っ直ぐに見据える。その表情が、答えを物語っていた。


「それから俺は、ゲーマーとして大会で優勝を重ねた。当然すぐに親にばれたが、不思議なことにおとがめは一切なかった。代わりにその賞金を巻き上げられ、こう言われたんだ。もっと稼いでこい、と……」

「そんな……あんまりです! 自分の子供を道具のように扱うなんて! 酷過ぎます!」

「第三者としてならすぐに判断できるだろう。けれど、親の支配というものは当事者だと簡単に抜け出せるものではないんだ。だから、気づくまでに相当の時間がかかり、エスカレートする現実に耐えられなくなったある日、ようやく通報することができた」


 そのあまりの内容に、花織は大粒の涙をこぼした。

 一方、優の涙は流れることはなかった。とうに枯れ果てていたから……。


「……でもまあ、その時点ではまだ生きていく活力が残っていた。ゲームで優勝し続けるという、俺の存在意義がそこにあったから。でも、それさえも奪われたんだ」



 窓の外が白く光り、同時に雷鳴が轟いた。それを合図に降り出した激しい雨が、より重々しい空気を部屋に充満させてゆく。


「勝ち続ける俺の前に、そいつは突如現れたんだ。とある大会の初戦で、そいつに完膚なきまでに叩きのめされた。そのあまりに酷いゲーム内容がトラウマとなり、俺はそのゲームをやめてしまったんだ。そして新たに別なゲームの大会に出場した時、俺は絶望をの当たりにした。運命は俺を嘲笑うかのように、再びそいつを対戦者の席に立たせたんだ」

「優さんが負けるなんて……」

「友達は敗北を理由に態度を変えたりはしなかった。けれど、俺自身が耐えられなくなって、別れも告げずに俺はその地を去ったんだ。以前までの優勝者としての俺はもういないと、そう思って……」


 言い終わると、優はもう一度深く溜め息を吐いた。


「私、そんなことも知らずに、優さんに無理やり頼み込んで……」

「気にしなくていい。むしろ、少しだけ気が楽になったよ」


 そう言って立ち上がった優は、暗い表情を振り払ってドアを開けた。


「さ、帰ろう。雨も通り過ぎたようだし」


 にわか雨は既に止んでおり、外は静まり返っている。まるで何事もなかったかのように……。

 再び雨が降り出さない内に、優は花織を家まで送り届けた。

 その帰り、花織がいなくなったことを合図とするかのように、土砂降りが優を襲う。

 にもかかわらず、優は走ろうとしない。ずぶ濡れになることを全くいとわない様子で、俯きながら魂が抜けたように歩く。先程話した過去を、何度も振り返りながら……。

 たった数分の帰路の間、優は会話や情景を思い返す。


 ――小学生時代から順番に、ターニングポイントとなった場面が脳裏に浮かぶ。


「なあ、優も誘おうぜ」

「ええ!? 勉強の邪魔って言われそうだけど……」

「大丈夫だって」


 昼休みにトランプで遊んでいた三人のクラスメートが、遠くの席でノートと睨み合う優の方へ向かった。


「優、今忙しい?」

「え? いや、別に……」

「それじゃ一緒に遊ぼうぜ!」

「いいけど、ルールわからないよ?」

「あれ? トランプやったことないんだ?」


 そう。この時点の優はあまり遊んだことがなかった。だから当然、ゲームのルールもよくわからない。


「大丈夫だって。優は頭いいし、簡単なゲームだからすぐ覚えるさ」

「それならやってみる」


 こうしてルールを覚えた優は、勝つための方法も同時に得た。

 そして、記念すべき初戦を圧勝で飾り……。


「すげえな! 完敗だぜ」

「優の出したカードちょっとだけ覚えてるけど、相当酷い手札だったはずなのに!」

「まるで手品だ……。なあ、もう一回見せてくれよ!」


 圧倒的な勝利を見せたことにより、称賛を浴びる優。

 この時から、彼はゲームで勝つことを自らの存在意義と思い始めていた。

 ゲームをすること自体が楽しいのではなく、周りが自分へと関心を示すことに満足を得ていたわけである。


 だからこそ、敗北はこれ以上にない激痛を伴って、粉々にその心を砕いた。

 中学生時代、両親との決別により自分を見失っていた優にとって、勝つことが、優勝することだけが道標みちしるべとなっていたのだからなおさらだ。

 そんな優へと勝者は歩み寄り、手を差し伸べた。


「君、強いね! また遊ぼうよ」

「また……遊ぼう、だと?」


 優は思いっきりテーブルを拳で叩いた。乗っていたゲーム機やモニターが揺れ、勝者も驚いて転びそうになる。


「二度とやるもんか!」


 優が叫ぶのは珍しいことだった。

 だからこそ、溜まっていた感情も一気に爆発し、その様子に勝者はひるんだ。


「わ、わかったよ。ごめんね、もう僕はこのゲームの大会に出ないから」

「何言ってんだ? 二度とやらないと言っただろう!」

「え……?」

「俺はもう、このゲームを二度とやらない!」


 そう怒鳴って、優は会場を去った。

 それから、トラウマを植えつけられたゲームをやめ、新たに別なゲームを始めた。

 だが、その先に待っていたのは同じ相手。しかも、また初戦での相対。


「……えっと、お互い正々堂々と戦おう」

「黙れ」

「……え?」

「黙れって言ってんだよ! 俺に話しかけるな! 俺に会うな! 俺の前に立ちふさがるな! 俺に一切関わるな!」


 ――その自らの罵声を反芻はんすうし、優は現実へと引き戻される。丁度、家へと着いたところだった。



 次の日、優は風邪をひいた。

 花織はメールでそのことを知り看病に向かうも、うつるからと優は拒否。

 仕方がなく一人でカードショップへと来た。

 そんな様子を見て迷う轟。

 話しかけるべきか否か、これまでの態度をかえりみつつ思い悩む。

 しばらくの間そうして時間だけが流れたが、ついに轟が動きを見せた。

 咳払いをしつつ、ゆっくりと歩み寄る。


「……今日は一人か?」

「あ、はい。優さん、風邪ひいちゃったみたいで」

「心配する乙女をほっといて閉じこもってるわけか。まったく、天才ゲーマー様は偉い身分だな」

「悪く言わないであげてください!」


 両手をにぎりしめ、勢いよく立ち上がる花織。

 その勢いに轟は半歩退いた。


「優さんは私にうつさないために会わないだけです!」

「そうは言っても、お前はその間どうすればいいかわかんないんだろ?」

「それはそうですけど……」


 ゆっくりと視線を斜め下へと落とす花織。

 確かに、特に計画もなくショップを訪れただけだ。


「俺でよければ練習相手になってやるぜ?」

「え……?」


 キョトンとした表情。

 その反応に、轟は溜息を吐いた。


「やっぱり俺なんかじゃ嫌だよな。忘れてくれ……」


 そう言って背を向ける轟。

 彼はこれまでの傲慢ごうまんな態度を反省していた。

 だからこそ贖罪しょくざいのつもりで申し出たのだが、それすらも迷惑がられたと思い自嘲を漏らす。

 だが……。


「そんなことありません!」


 轟の耳に、思ってもみなかった言葉が届いた。

 その瞬間、歩み去ろうとした足が止まり、思わず振り返る。


「ちょっと驚いただけです。私の練習相手なんてしても面白くないでしょうし、基本もまだおろそかなので不快にさせてしまうかと」


 轟はその発言の裏にある劣等感に気づいた。

 また、それは自らの意地悪が原因であるということも同時に。


「……俺が悪かった。弱くたって気にしなくていいし、お前は一切悪くない。自分を責める代わりに、俺を好きなだけ悪く言えばいいさ。恨みでも何でも、全部ぶつけて構わないぜ」

「そんな! 私、轟さんのこと恨んでなんかいません! 轟さんはただ、強さを追求していただけだと、私はそう思っています」


 それを聞いて、轟の目から大粒の涙がこぼれた。

 嫌われても仕方のないことをした自分に対して、こんなに優しい言葉をかけてくれるのかと。

 その涙をぬぐいながら、轟はデッキを取り出した。


「……ちゃんと、組んだから。前みたいなデッキじゃなく、教えることを想定したデッキを」

「ありがとうございます。私も、真剣に戦います!」


 こうして、新たな道を歩み始めた轟。

 己の強さに酔いしれ弱きをいじめていた以前の姿は、もうそこには存在していない。

 彼もまた、自らの呪われた価値観とまっすぐに向き合うことを決めたのだ。

 轟は穏やかな表情で、テーブルを挟んで花織と向かい合い、デッキをゆっくりとシャッフルする。


「先攻と後攻、選んでいいぜ」


 轟は山札からカードを引きながら選択肢を与えた。

 決して嫌味などではなく、花織の実力を最大限に引き出すために。


「先攻でお願いします」


 対する花織は、手札と相談もせずに即答した。

 あらかじめ、先攻と後攻どちらに向いているデッキなのかを、作成時に考えてあるからだ。


「了解。それじゃ、よろしく」

「よろしくお願いします」


 練習戦スタート。

 3ターン目まで、魔力をチャージするだけで終えた花織に対し、轟はアリンやストーンシェルなどの軽いモンスターを展開させた。

 そして、4ターン目を迎える。


「闇の魔力をチャージして、水神の舞を使います!」


 花織の行動を見た轟は、わずかに動きを止めた。

 直後、その小さな驚きは穏やかな納得へと変わる。


「このタイミングで使ったのは、優の指導によるものか」

「はい。カードを使うタイミングに気をつけるようにと、教わりました」

「そうか。基本を少しずつ身に着けているようだな。それなら、これはどうする?」


 轟は魔力カウンターを2つ左へスライドし、カウンタースペルを場へ置いた。


「しっかり対策してあります。不発を使用し、カウンタースペルを手札へ戻します」


 水神の舞を阻止しようとする轟を、花織がさらに阻止した。

 無事に水神の舞の効果が発動し、轟のモンスターは全滅。

 だが、轟はそのことへ満足すら覚える。


「さらに、ロストフューチャーを使用します」

「山札を枯らす作戦か……」


 花織は魔力を支払い、カードを場に置いた。

 その効果により、轟は自分の山札から3枚のカードを捨て札に置かなければならない。


「おそらく、守り主体のデッキだろうからな。一番いらないカードはこれだろう」


 轟はストーンシェルを3枚探し出して捨て札に置いた。


「相手に合わせて選ぶんですね。勉強になります」

「まあ、俺がそう判断しただけだ。優がここにいたら、間違っていると言われるかもしれないしな」

「そんなことないですよ」

「ならいいけどな……」

「私のターンは終了です。轟さん、どうぞ」


 このように、轟が出したモンスターを、花織が処理するという展開が続いた。

 ただ、カードの強さはどんどん上がってゆく。

 その一部を例に出すと、7ターン目に轟が出したライフ4の溶岩の精に対し、一撃でモンスターを倒すスペルであるデスによって応じるといった具合に。

 そして、勝負はいよいよ終盤を迎える。


「アルファ博士と秘術の研究でスペルを使い回すのは、なかなかいい作戦だな。俺は息切れしてきているのに、まだそんなに余裕があるとは」

「私なりに一生懸命考えて作りましたから」

「そうか。ならば、最終問題だ。クリムゾンドラゴンを召喚」


 轟は魔力を4つ残し、それ以外を全て左へスライドさせた。


「全部で10魔力だから、パワーもライフも30追加される。さあ、どうする?」

「ライフ30……普通に考えたら、倒せそうもありません。でも、私にはこのカードがあります!」


 花織はもう1枚のデスを使用した。

 カードに描かれた魔術師の手の先、放たれたドクロ型の黒い魔力がキラリと光る。


「合格、と言いたいところだが、もう少し粘らせてもらおう。カウンタースペルを発動!」

「こちらも、達人の応酬で対抗します!」

「ならばもう1枚」


 お互いにカウンターで妨害し合う。轟はデスを阻止するために、花織はデスを通すために……。


「この一回だけ通れば、私が耐えきれます! 不発を使用し、カウンタースペルを手札へ戻します!」

「……上出来だ。降参しよう」


 轟の手札から対抗策が尽き、勝敗が決した。

 やはり、穏やかな微笑みを浮かべている。自らが敗北したにもかかわらず。


「ありがとうございます! ええと、どうでしたか……?」

「そうだな。途中、溶岩の精に対してデスを使用していたのが気になった。あの時、他に対抗できそうなカードは手札になかったのか?」

「ええと、その……」


 花織は言いにくそうに俯いた。

 そのカードが手札に来ていたのを覚えてはいたのだが……。


「別に怒ろうとかそういうことじゃないから。忘れたなら仕方ないし、迷っていたのなら教えてくれ」


 轟の口調は穏やかだった。

 その様子に安堵した花織は、ゆっくりと顔を上げた。


「激流が2枚ありましたが、もったいないと思いまして……」

「そうか」


 轟はしばらく言い方を考えた後、気持ちを落ち着かせてから口を開いた。


「確かにそれを温存しておいた方がいいケースもある。だが、あの場合はデスを保留しておくのが正解だ。相手がどんな切り札を隠し持っているかわからない以上、ライフに関係なく一撃で倒せるスペルは貴重だからな」

「なるほど……。次からは気をつけます」

「それともう一つ。4ターン目に不発を使っていたが、他のカウンターはなかったのか?」

「達人の応酬がありましたけど、まだ使わない方がいいかと思いまして……」

「それを使っていれば、俺のカウンタースペルを1枚減らすことができた。つまり、そうしていれば俺の守りに隙が生じやすくなったってことだ」

「そうだったんですね……」

「まあ、少しずつ覚えりゃいい。今は、思い出せるだけでも充分過ぎるくらいだ」

「はい。ありがとうございます」


 こうして、練習戦は終わった。

 花織はまた少し基本を覚え、轟は新たな道を歩み始める。

 そんなリスタートともなる一戦を終えて、轟には花織へと伝えなければならないことがあった。

 これまでの行いのけじめをつけるためにも……。



 会話が一段落したところで、不意に轟は俯いた。

 そして、少しの間を置いてから、意を決してまっすぐに花織を見つめる。


「……あの日、優が俺を負かした日に、会話を聞いちまったんだ。お母さん、病気なんだってな」

「はい。私はその医療費のために、大会で優勝したかったんです」

「俺の家は裕福だから、本当なら助けになってやるべきだと思う。わかってはいるんだが……俺の両親は他人に対して悪魔のように冷酷なんだ。昔、助けた相手に裏切られたそうで、情けという行為自体を呪っているみたいでさあ。だから、俺はいつも必要最低限のお金だけ渡されて、欲しいものがある時は買ってもらうことになってるんだ。一銭たりとも他人に渡らないように……」

「轟さんにも、そんな事情があったんですね……」


 花織の哀れむ目を見ていられず、轟は窓へと顔を向けた。

 日差しは少し強かったが、その目を直視しているよりは楽だったから。


「だから、今の俺にはお前を助ける力がない。けれど、もし優勝できたとしたら、その時には賞金を全額くれてやるよ」

「え!? いいんですか!?」

「まあ、優がいるから俺なんかいらないか……」

「そんなことないです! 気遣ってもらえるだけでも、とても心強いです」

「……そっか」


 もはや轟は花織たちの仲間だ。

 数日後に復帰した優も、すんなりとそのことを受け入れた。それどころか、自分がいない間に花織の面倒を見てくれたことに礼を述べたくらいだ。

 それからは、優がいない間は轟が花織に教え、三人揃った時には優が同時に二人の相手をした。


 そんな調子で毎日が過ぎ、その日は前触れもなくやってきた。

 花織が優と轟を待っている時のこと。

 他に店員しかいないその空間に、一人の男が入店した。

 肩までの銀髪、青い目、優と同じくらいの身長のその男は、優と同じ年齢である。

 彼は躊躇ちゅうちょなく花織へと歩み寄った。


「こんにちは」


 優しそうな微笑みを浮かべ、花織へと話しかける。

 その声はとても柔らかく、どこかの国の王子様を連想してしまうような、不思議な魅力に満ちていた。


「こんにちは。ええと、対戦を希望ですか?」

「いやいや、僕は人探しをしているだけなんだ。対戦はちょっと……遠慮しておこうかな」


 その男は悲し気な笑みを浮かべる。


「もしよろしければ、お手伝いしますよ。どんな方ですか?」

「ごめんね、僕一人で探したいんだ。そうしないと、また逃げられてしまうからね」

「いろいろと事情があるんですね……」

「気になるのなら、話だけならしてあげるよ。彼とはゲーム大会で知り合ったんだ」


 男の声色が、少しだけ変わった。


「僕は、ただただゲームが好きだった。もっと楽しみたい、もっと知り尽くしたいと願い続け、いつしか僕は無敵の力を手にしていた。その時に僕は望みの宝を手にしたと思ったのだけど、実際のそれは呪われた代物でしかなかったんだ……」

「それってどういうことですか?」

「余りある力を手にした僕にとって、もはやゲームは暴力でしかなかった。一方的な惨劇を見せつけたことにより、僕は罵声を浴びた。僕はただゲームを最大限に楽しみたかっただけなのに……」

「ちょっと待ってください! その探している方ってまさか……!」

「知り合いかい? 優君と」


 戦慄せんりつの走るような事実が花織に明かされた。

 そして、その最悪のタイミングで店のドアを開けた優と轟。


「な……!? じん、貴様!」


 ドアノブから手を放すことも忘れ、優がその男を鬼の形相で睨みつけている。

 いつになく荒々しい口調で吠えながら……。



「何しに来た……? 答えろ!」


 怒鳴るのと同時にドアを強く叩く優。

 じんと呼ばれたその男は、怯む様子もなく……。


「君に会いにだよ、優君。僕は君にどうしても言わなければならないことがあるんだ」


 今にも襲いかかりそうな優へと穏やかに応じた。

 その表情はとても悲しそう。


「単刀直入に言うよ。ウィザーズウォーゲームの大会に、君たちは出ないでもらえないかな?」

「はあ? 何でだよ!」

「ま、待ってください! それってどういう意味ですか!?」


 突然の言葉に、轟と花織は驚きを隠せず即座に聞き返す。

 その一方、優は無言で拳を握りしめた。


「ウィザーズウォーゲーム社員試験の一環として、大会に参加するように言われたんだ。そこで優勝すれば、僕は入社を認めてもらえる」

「だからって何で俺たちが参加しちゃいけねえんだよ!」

「僕とゲームをした人は、一人残らずそのゲームを二度とやらなくなってしまう。それはとても悲しいことだから、できれば僕と戦わないでほしいんだ」

「あのなあ……!」


 轟は耐え切れずにじんへと歩み寄ると、その胸倉をつかみ……。


「そんな身勝手な話、聞くわけねーだろうが!」


 大声を浴びせた。


「それに、優さんは誰にも負けません! そうですよね、優さん! ……優さん?」


 轟と花織が反論する中、優は先程まで吠えていたのがうそのように黙り込んでいた。怒りから生成された気合を拳へと込めながら……。

 振り返った花織たちの目には、その鬼の形相が映った。

 だが、じんは気にかける様子もない。


「納得してくれたかな? 優君」


 その問いかけに対し、優は深呼吸をした。

 そして、デッキを手に取り、じんへとゆっくり歩み寄る。


「ああ、よーくわかったよ。お前がどれだけ自己中心的な奴かってことがな。そんなに俺を止めたいのなら、力ずくで止めてみせろよ」

「言ったはずだよ。僕は君と戦いたくない。だから、その申し出を受けるわけには……」

「黙れ!」


 優の怒鳴り声がじんの言葉をさえぎった。


「さっさとデッキを取れ! 叩きのめしてやる!」

「言葉ではわかってもらえないんだね……」


 じんも仕方なさそうに溜息を吐いた後、デッキを取り出す。

 お互いのシャッフルが済み、各自5枚の手札を引いた。


「先攻と後攻、選んでいいよ」


 そう問いかけられ、優は微動だにせず考え始めた。

 相対するデッキのタイプごとに展開を予想し、手札と相談しながら先の先まで読み通す。

 駆け引きは既に始まっている。

 そうして花織と轟が見守る中、一分が経過した時のこと。


「先攻をもらう」


 ようやく宣言がなされ、バトルは開幕した。

 その一分の間に優は冷静さを取り戻している。


「……覚悟しろ、じん。今度こそお前は俺に負ける」


 いつものクールな口調、不敵な笑み。


「残念だけど、それは無理だよ。僕には相手の全てが見える。脈拍、呼吸、声色から君のデッキ内容を把握。スピードタイプだね」

「相変わらずだな……化け物め」


 じんは優の動きを一つも逃さぬように目を見開いている。

 そのあまりの威圧いあつを前にして、花織と轟は身震いした。


「呼吸の変化から行動を把握。君は光の魔力をチャージし、風魔道ウィンディアを召喚しようとしている」

「……はいはい、ご名答」


 神の盤外の揺さぶりに負けじと、優も虚仮こけにするかのようにゆっくり手を叩く。


「ウィンディアの効果で引いたのは、水のカウンターカードだね。水と光を主軸としたデッキだと思うけど、どうかな?」

「俺に聞くまでもないんだろう? 腹立たしいからやめろ。ターンエンドだ」


 そう。これがじんの戦い方。

 常に相手の動きから思惑を読み、そしてその戦略をことごとく潰す。

 そんな痛めつけるようなプレイングを前に、多くのプレイヤーがトラウマを植えつけられた。

 それがどれだけ異様なのかは、観戦している二人にも伝わっている。


「これは……本当に俺の知っているカードゲームなのか? まるで全く別の競技に見える」

「はい。私も次元の違いを感じます」


 カードゲームを超越した心理戦の様子を、二人はただ見守ることしかできない。


「僕のターン。ドローして水の魔力をチャージ。さあ、君の番だよ」


 優はカードを引き、じんへと鋭い視線を向けた。


「お前に俺の戦略が見えているのなら、逆に俺もお前の戦略を予測できる。どう対抗してくるのがお前にとってベストなのかを、こっちも考えるだけだ」

「さすがだよ。でも、勝負が始まった今、できることが限られてしまった今からでは遅すぎる」

「どうかな? 光の魔力をチャージし、ウィンディアで攻撃」

「いいよ、ダメージを受けよう」


 ウィンディアの攻撃により、じんのライフは29へと減った。


「引き続き風雀を召喚して、ターンエンド」

「僕のターンだね。ドロー、水の魔力をチャージして水神の舞を発動」

「このタイミングで!?」


 観戦していた轟が、思わず声を上げた。

 たった2体のモンスターに対して全体攻撃スペルを使用するというのは、それ程までに衝撃的なこと。


「……轟、花織ちゃん、こいつの戦術は覚えないでおけ。こいつだからこそ、このデッキ同士だからこそできることをやってきているだけだ」

「さすが優君。もちろん、僕だってアドバンテージのことはわかっている。けれど、ここではカードアドバンテージよりも、ライフアドバンテージを優先した。それだけのことだよ」

「それだけ豊富に全体攻撃スペルを積んでるということか。ようやく俺にもお前のデッキが見えてきた」

「それは楽しみだよ。さあ、君の番だ」


 期待の言葉とは裏腹に、その声は乾いたあきらめに濁されかすれた。



 それからしばらく、優が小型モンスターを召喚し、じんがそれらを焼くというやり取りが続いた。

 召喚されたモンスターたちは、波にさらわれるがごとく消えてゆく。

 両者共、その間ずっと一言も発さずに……。

 だが、表面上は一見静かな流れであっても、水面下では周到な読み合いが繰り広げられている。

 そして、いよいよ戦局が動く。


「随分と余裕みたいだが、これならどうだ? 超魔術ストームライド・リバースを発動する」


 優が場にカードを出すも、反応を示さないじん

 止めようとする気配がない。

 それにより暗黙の了解でカウンターを使う気がないと判断し、優は山札を見て残りの超魔術を捨て札に置いた後にシャッフルする。

 さらにその後で、山札から5枚のカードをオープンした。

 その内容は上から順に、ラ・セインティア、風乗ウィンドライダーシロツバメ、風乗り、プチドルフィン、ストームホーク。


「4枚を場に出し、カードの効果で2枚ドロー。そして、シロツバメの効果で3枚オープン」


 次々と連鎖するカードの効果により、優は手札も場も整ってゆく。

 さらに、ラ・セインティアの効果でモンスターを出した分だけ味方のライフを底上げ。


「さて、ライフを消耗してもらおうか? プチドルフィンとストームホークで攻撃」


 2体はラッシュ能力により、召喚したターンに攻撃することができる。

 じんはその攻撃を無言で受けた。


「妨害してくると思ったが、何をたくらんでいる?」


 不気味な程に静かなじんを怪しむ優。

 その問いかけに対しても……。


「次のターンになればわかるよ」


 必要最低限の反応、言葉でしか応じない。


「そうか。ならば見せてみろ」

「そうさせてもらおうかな」


 ドローと魔力チャージの後……。


「まず、魔力0で超魔術デスティニー・リバースを使用する」


 いよいよ動きを見せるじん

 手札を山札に戻し、カードを引き直す。そして、デッキからカードを捨て札に置いた。


「どうだ? 望みのカードは来たか?」

「ちょっと期待外れかな。でも、関係ないよ。僕も君と同様、デッキの濃度を調節するために使っているだけだからね。引き続き、捨て札から超魔術デスティニー・リバースを発動」


 じんはそのカードの効果を連続で何回も使用した。

 超魔術リバースは捨て札から使用できるため、たった1枚で何回も使用できる。


「さて、これくらいでいいかな」


 じんはやり過ぎなくらい捨て札へカードを送った。

 山札の減り具合は優より圧倒的に多い。


「さあ、それじゃ始めようか。マリンアネモネとライトニングウィスプを召喚」


 じんが出したカードにはそれぞれ、青いイソギンチャクと黄色い人魂が描かれている。


「そして、たたりを発動。君のモンスターたちにデメリットを付与させてもらうよ。捨て札へ向かった時、君は手札を1枚山札へ戻さなければならない」

「こちらの数の多さを逆手に取ったわけか。なら、捨て札から超魔術メビウス・リバースを発動」


 それは、優が先程カードの効果で捨て札に置いていたスペル。

 その効果により、じんのたたりを無効化しようとするが……。


「悪いけど、そうはさせないよ。こちらもカウンター発動」


 じんも不発を使用し、対抗。

 それに対し優も再び超魔術を使用するが、ことごとくじんに妨害されてしまう。

 そして、そのやり取りはじんに軍配が上がった。


「手札のカウンターカードの枚数もわかっていたし、通せて当たり前だよ。さあ、マリンアネモネとライトニングウィスプの効果により、スペル1枚の使用につき2ダメージ、つまり合計10ダメージを与えさせてもらおうか。そして、残りのモンスターにはこれを使う」


 じんはカードを1枚手札から取り、場に出した。

 ドクロ型の青白いきりが三つ描かれている。


「カースドウィスパーズ。その効果により、1ダメージを与えるスペルを合計3回使用。そして、4回スペルを使用したのでさらに8ダメージを与える」


 じんのコンボにより、優の陣営は壊滅。

 場に残っているのはじんのモンスター2体のみ。

 手札もほとんど失った優を、花織たちは不安そうに見つめている。


「さあ、君の番だよ」


 コンボの効果処理の間ずっと息をひそめていた優が、そのターン終了宣言を聞き静かに笑いを漏らした。


「……決め損なったみたいだなあ? じん。俺の手札にはこの局面を切り抜けるカードがある」


 だが、じんは気にする素振そぶりも見せない。


「余裕でいられるのも今の内だけだ。カウンターカードも使い切ったことだろうし、これを止める手立てはさすがにないはずだ。カマイタチを2体召喚し、風乗りを使用する」


 風乗りの効果により、優は山札からカードを5枚オープンした。


「全て消費魔力2以下のモンスターだ。カマイタチの効果により、10ダメージを敵モンスターへ割り振ることができる。マリンアネモネ、ライトニングウィスプにそれぞれ5ダメージ与えるとしよう」

「お見事」


 再びじんの場からモンスターが消え、優の陣営がうるおう。

 カードに描かれている手先が鎌と化したイタチ。その刃先から生じている真空波も、勝ち誇ったかのようにキラリと光る。


「さすがにお前でもこれは参ったんじゃないか? カウンターカードも尽きて、いよいよどうすることもできなくなっただろう?」

「そう思うでしょ? ところが、僕の手札にはまだ無数のカウンターカードがあるんだよ」

「何……? まさか、それ……」


 瞬く間に青ざめてゆく優。

 だが、今気づいてももう遅い。


「僕のターンでいいかな? 見せてあげるよ」


 じんは静かに場へとカードを出した。


「アルファ博士を召喚し、不発を3枚と達人の応酬2枚を手札へ戻す」

「……やりやがったな、こいつ」


 優が睨みつける先で、じんはさらにカードを選び……。


「そして、衰退を使用する。残りの君の魔力では、超魔術メビウス・リバースを2回しか使えない。不発を2枚使って止めるよ」

「……そうするしか、ない」


 じんのカードを止めきれず、再び優のモンスターは全滅した。手札も0枚。


「残念だよ。もう、このゲームは終わってしまった」

「……まだ、終わってはいない」


 優は自分のターンを迎えたが、特に何もせずに終わった。

 その引いたカード1枚だけでは、どうすることもできない。


「その最後まであきらめない気持ち、僕は好きだよ。だから、できることなら奪いたくないのだけれど……」


 そう言ってじんはカードを出した。


「魔術師スペルクラッシャーを召喚。その効果により、優君の捨て札にある超魔術メビウス・リバースを裏向きにする」


 モンスターの効果を消すカードを入れていない優は、その指示に従うしかない。

 苦虫をつぶしたような表情。


「今のはどういうことなんですか……?」


 事態をみ込めていない花織が、轟へと静かに問う。


「超魔術は……捨て札に表向きで存在していないと、使用することができないんだ」

「ええ!? それじゃあ優さんは……」


 花織の言葉はそこで途切れた。


「外野の人たちにも悪いけど、このまま終わらせるよ。転送を使用し、魔術師スペルクラッシャーとアルファ博士を手札に戻す。これで何度でも、同じ効果を発動できる」

「……忘れているのか? お前にはまだもう一つの課題がある。お前は俺以上に山札を消耗させた。つまり、このまま進めば負けるのはお前だ」


 じんの山札はもう10枚を切っている。


「僕が考えなしに山札を減らしたと思うかい? ネクロマンシーを発動し、捨て札にある闇のカードを3枚山札へと戻させてもらう。それと、僕のデッキには合計3枚のネクロマンシーが入っているから、使い続ければ20枚以上を維持できるよ」

「な……!?」


 もはや優に勝機はなかった。

 完全に止められた動き、不死の山札。

 それらは底なし沼のように優を絶望の闇の中へと呑み込んでゆく。

 毎ターン、何もできない優を痛めつけるかのように、一方的にじんが追い詰め続けるだけ。

 その精神的ダメージに、優の様子が徐々におかしくなってゆく。


「……何も、できなくなった? また?」


 魂が抜けたように呆然と立ち尽くす優。

 その様子を見て、じんは悲しげに溜息を吐く。


「だから戦いたくないって言ったんだよ。僕と戦うと、誰一人残らずみんな絶望する」

「もういい、俺の負けだ……。もうやめろ!」


 耳を塞ぎ、叫ぶ優。

 この場から逃げ出すことしか、もう彼の頭にはない。


「やめろ! もうやめてくれ!」

「降参だね。わかった」


 優はその場に崩れ落ちた。

 その目は完全に死んでいる。


「優さんが……負けた?」

「あの優がこんなにあっさり負けるとはな……」


 花織と轟は、目の前の光景を信じられずにいる。

 二人には、優が負けるところなど全く想像できないことだった。

 三人の様子を見て悲しむじん


「優君、お願いだからこのカードゲームをやめたりなんか……」

「うぁあ黙れ黙れ黙れ黙れぇぇ!」


 じんの言葉を遮りわめく優。

 そして、そのままバッグを荒々しくつかみ、ショップを出て行った。

 デッキをその場に置いたまま……。



 じんに完敗をきっしてから二日が過ぎた。

 依然いぜんとして優はカードショップに顔を出していない。

 あの日、花織はデッキを届けに向かったのだが、彼は家に閉じこもり会おうとはしなかった。

 次の日、心配そうに待っている花織に、轟は気遣きづかうように声をかけた。すぐに帰ってくるだろうから、大丈夫だと。

 だが、花織にはどうしてもそうは思えなかった。

 いつも冷静で落ち着いている優が、まるで別人のように狼狽ろうばいしきっていたのがとても気がかりだったから。

 そして今日、下校後に再び優の家へと向かう途中で、偶然鉢合(はちあ)わせた。


「あ! 優さん!」

「……何か用?」


 感情のこもっていない、冷たい声が優から発せられる。


「優さん、デッキを忘れてましたよ」

「……もう俺には必要ない。俺はもう、そのゲームをやめたから」

「そんな!」

「大丈夫。医療費のことは、俺の代わりにじんたのめばいい。あいつなら絶対優勝できるから」

「……嫌です」

「何?」

「そんなの嫌です! 私は、優さんのことを信じてお願いしました。優さんなら絶対勝てると、そう信じています。それに、このままではじんさんがかわいそうです! じんさんは、本当はただ仲良く遊びたいだけだと思うんです!」

「俺はあいつが嫌いだ。あいつのことなんか……」

「待ってください! 私は、優さんのことも見捨てられないんです!」


 歩み去ろうとした優を花織が大声で引きめた。

 その言葉に、優は思わず足を止める。


「俺のことも……?」

「負けた時の優さん、とても辛そうでした。いつもしっかりしている優さんがあんなに苦しむなんて、よほどのことなんだと思います」

「それは俺が弱いだけだ。俺がいつも落ち着いていられるのは、自分は強いという自信に守られているから。だからこそ、敗北は俺には耐えられない激痛なんだ。がっかりだろ? これが本当の俺だよ……」

「そんなことないです! 負けたら落ち込むのは当たり前です。優さんにがっかりなんてしていません!」


 懸命に叫ぶも、優はそのまま去ってしまう。

 花織にはそれ以上どうすることもできず、ショップへと一人で向かうしかなかった。

 うつむきつつ、ドアを開けた瞬間……。


「おう、来たか」


 轟が声をかけた。

 その声音は普段通り。


「……轟さんは、心配じゃないんですか?」

「そんなわけねえだろ? けれど、今はほっといてほしいだろうからな」


 同じく挫折ざせつを味わったことのある轟は、その時に自身が抱え込んだ負の感情を思い返していた。


「優が戻ってくるまでの間、俺たちにできることをしよう」

「……そうですね。私たちが一生懸命戦っていれば、優さんにも気持ちが届くはずです」


 花織たちは特訓を続ける。

 一方、その様子を外から見ていた男が一人。

 花織や優をウィザーズウォーゲームへといざなったあの男、翔だ。

 彼は携帯を取り出し、優へと電話をかけた。


「……もしもし?」


 生気のない優の声がかすれる。


「優君、少しは気分がよくなったかい?」

「……どちら様ですか?」

「おいおい酷いなあ。君と花織ちゃんにカードをあげた、翔だよ」

「ああ、あんたか。で、何の用?」

「花織ちゃん、特訓がんばってるみたいだよ」

「そうか。それならそのまま俺なしで大丈夫だろう」

「本当にそれでいいのかい? 君は、これまでゲームを楽しむことを追い求め、ただの一度もそれに出会ったことがなかった。違うかい?」


 その言葉を聞き、優は黙り込んだ。


「新たにゲームを初めては、すぐにマスターして飽きてしまう。そんな天才とも言える君の前に今、大きな壁がそびえ立っているわけだ。それを超えた先にこそ、君は求めていた宝を手にできると僕は思っているし、じん君も同じだ。彼もまた、敗北を味わって初めて手にすることができると僕は思う。だから、二人の将来のためにも、もう一度しっかり考えてくれないかな?」


 優は何も返せずにいた。答えたくもあるし、答えたくもない。そうした葛藤かっとう狭間はざまで、どうすることも躊躇ためらい続けていた。


「まあ、ゆっくり見つめ直すといい。みんなも待っているから……。それじゃ、いい返事を期待してるよ」


 電話が切られても、優はしばらく携帯を持ったままだった。

 そうして、これまでの自分を振り返り始める……。



 優はうつろな視線を窓の外に向け、深い溜息ためいきを吐いた。

 それから、どうにもならない思いをぶつける先がなく、ただ叫んだ。

 そうして誰にも見せないように、一人で涙を流す。


「何で……何でみんな俺に期待しすぎるんだよ! お前らがそうやって強い俺をイメージし続けるから、こっちだって退くに退けないんだろうが! クールで堂々としていていつでも勝ち続ける天才ゲーマーだ? そんなもの、お前らが勝手に作り上げた幻想じゃねえか! 本当の俺は……」


 優はたたみかけるようにそこまで言い切った後、不意に言葉を詰まらせた。

 そして、ゆっくりと嗚咽おえつ混じりの震える声で続きを漏らし始める。


「俺は……ただ自分の居場所がほしかっただけなのに……。ゲームに誘われて、やっとその居場所ができたと思えただけなのに……。賞金なんていらなかったのに……。優勝なんて、しなくてよかったのに……」


 優は床を思い切り殴りつけた。


「いつからだよ? 俺が勝たなくちゃいけなくなったのは……。それが居場所になってしまったのは……。じん……どうしてお前は俺の前に現れた? 何のために俺を突き落とした? 俺に地獄を味わわせるためか? それとも……」


 数秒の間を置き、優の表情が変わった。


「お前も探しているのか? 答えを……」


 優はそれまでとは違う柔らかな口調で静かにつぶやいた。

 そしてそのまま、無我夢中で外へと走り出す。

 全力でけ抜け、その勢いのままカードショップへ飛び込んだ。


「優さん!?」


 ドアに一番近い席にいたため、驚いて振り向く花織。


「……心配かけたな。もう大丈夫だ」


 息を切らしながらそう告げた優の顔からは、先程までのうれいの影は跡形もなく消え去っていた。

 花織の向かいの席で相手をしていた轟は、チラリと見た後に……。


「ああん? 誰も心配しちゃいねえよ。それで? 答えは見つかったのか?」


 わざと視線を合わせずに問いかけた。

 だが……。


「いや、見つからなかった」

「はあ?」


 予想外の返答に、思わず振り向く轟。


「何だそりゃ?」

「だから、探しに来た。どうやら現時点で明確な答えは出せないようでね、もう一度神じんの野郎に会ってぶっ倒してみないといけないな。ほら、お前らもあんな奴なんか軽くひねつぶせるようにきたえてやるよ」


 轟に花織側の席へ行くよう合図し、優は二人と向かい合わせの席に着く。

 こうして、このカードショップで止まっていた歯車が再び動き始めた。


 ――その頃、ウィザーズウォーゲーム本社では……。


「ねえ、何で僕をこの大会に……いや、このカードゲームに招待したんだい?」


 高いビルの屋上で、遠くを見ながらじんが翔に問いかける。


「すまないね。社長が是非ぜひにと言うから、それに従うしかなかったんだ」

「……僕はこんな自分に嫌気が差しているんだ。対戦者を呑み込み、絶望へと突き落とす。まるで底なし沼だ。だからこのデッキだって自嘲じちょうの意味を込めてそう名づけたんだ。黒い沼(ブラックスワンプ)、とね」


 じんはデッキを手に取り、あわれむような視線を注ぐ。

 そして、首を左右に振ってから翔へと向き直った。


「この黒い沼は僕自身も呑み込むんだ。ねえ、こんな僕にゲームをする資格があると思う? もう一度聞くよ、何で僕をこのゲームに招待したの?」

「……その問いに対する僕自身の答えがあるとしたら、じん君と優君にこのまま終わってほしくないから、かな。君たちは可能性に満ち溢れている。だから、それを無駄にせずに走り続けてほしいんだ、明日へと……」


 風がそよぐ中、翔も遠くへと視線を向けながらそう答えた。



 じんは深く溜息ためいきを吐き、翔に背を向けた。


「帰るのかい?」

「……気分が優れないからね」


 後ろを向いたまま、ぼそりとつぶやくように返答し……うつむきながらその場を去った。

 一人残された翔も、小さく溜息ためいきを吐くと……。


「……さてと」


 ゆっくりと振り返り、屋上を後にした。

 そのままエレベーターに乗り、向かった先の部屋。

 会議室という文字が刻まれたプレートが貼られている。

 翔はノックをし……。


「失礼します」

「来たか。入りたまえ」


 ドアを開けた後に一礼をした。


「これで全員(そろ)ったな」


 大きな楕円形だえんけいのテーブルを囲み一番奥に座っている男、つまりはこの会社の社長が静かに言った。

 他に十名程の社員が着席しており、誰一人微動だにしない。

 異様な雰囲気の中、うながされるまま翔は席へと着く。

 社長は咳払せきばらいをした後、口を開いた。


「諸君、我が社の開発したウィザーズウォーゲームは大きな人気を獲得した。私はそれにこたえるべく、よりすばらしいカードを製作しようと考えている。そこでだ。君たちの中に、何か新しいキーワード能力を思いつく者はおらんかね?」


 みな、その問いに対して口を開こうとしない。


「何かないのか? そこの者」


 社長は翔の右隣りの社員を指さした。

 注目と無言の圧力の中……。


「……では」


 恐る恐る声を発した社員。

 より一層の注目を感じ取り、社長の顔色をうかがいながら続ける。


「全て同じ属性の魔力を支払うと強化されるカードなどはどうでしょう?」

「つまらん!」


 間髪入れずに怒鳴り声が響いた。


「特殊条件下で発動する効果。そんなものはどこまで行っても従来の効果と何ら変わりない! 私はもっと斬新な発想がほしいのだよ。第4弾で登場させた超魔術のように、プレイヤーに思う存分楽しんでもらいたい。それがまるで本物の魔法かのように、宣言一つで何度でもスペルを発動! そのリバース効果に次ぐ新たな超魔術が必要なのだ!」


 社員たちは何とかしていいアイディアを出そうと知恵をしぼるが、簡単にはそんなものは降りてこない。

 だが……。


「私に案があります」


 翔がその沈黙を破った。

 一人称を僕から私へと改め、敬語で社長へと意思表示する。


「……言ってみなさい」

「例えば、こんな状況があります。手札にはまだ逆転できるカードが残っているというのに、魔力が足りなくて使えない。反対に、魔力は余っているのに適切な使用タイミングではない場合。また他の例として、先に場へモンスターを召喚しておかないと意味のないスペルを抱えている時に、モンスターをそのまま出してしまうとあっけなく倒されて終わりという展開はよくあります。そこで、先に使用しておけば効果は好きなタイミングで発動できるカードなどどうでしょう? 予約制のカード、と言い換えることもできます」

「……ほう。確かに、それならばその効果を持つカードでしかできない動きを可能とする」

「それと、もう一つ。カードゲームには戦略なるものが存在します。そしてそれらは互いに相性があり、一方的に不利なマッチアップが起こる現状を黙認することしか今まではできませんでした。そこで、ゲームが始まってからでも手札から交換できるカードというものを用意するのは如何でしょうか?」

「何ぃ!? ゲームが始まってからだと!?」


 社長の口調が荒くなり、社員たちは身構える。


「そんな馬鹿げた効果が……。いや、でもそうだな……。ありなのかも……しれない」

「申し訳ありません。お気にさないようでしたら、取り下げていただいて結構です」

「いや、採用する。貴重な意見、感謝する」

「恐縮です」

「それでは本日の会議はここまでとする。解散!」


 社員たちは一斉に立ち上がり、深く一礼した後に部屋を出ていった。

 だが、翔はそこに残り、社長へと歩み寄る。


「社長、お話が……」

「うむ、君は確か翔君といったな。心配せんでも報酬はたっぷりと用意させてもらおう」

「いえ、そうではなく……優君とじん君についてです」

「ああ、あの子たちか……」


 社長の声が急に柔らかみを帯びた。


「その件は君に任せっきりだった、すまない。で、何かあったのかね?」

「先日、二人が某所で遭遇そうぐうしてしまいまして……。やはり、あの子たちのトラウマへこれ以上干渉しない方がよかったのでは……」

「翔君。私はね、このゲーム大会の果てに、何かとんでもないことが起きると信じているのだよ。私は昔から魔法というものが好きで好きでたまらなかった。今とてその存在を完全に否定することができず、こうして自分なりの形でそれを存在させようと苦心している。だからこそ、先程もつい言葉に熱が入ってしまったのだよ。プレイヤーに、ゲーム中は本物の魔法使いとして楽しんでもらいたい。そう思って名づけたのだ、ウィザーズウォーゲームと」


 社長は窓際へとゆっくり歩み寄りながら続ける。


「二人の天才、優君とじん君。優君はゲームのあらゆる可能性を探求し、じん君は相手の全てを見透かしてしまう。形は違えど、彼らの実力はまぎれもない本物だよ。だからこそ、見てみたいんだ。あの二人が、最高の舞台で、最高のゲームで対峙たいじした時……その時に起こる奇跡を、信じてみたいんだ……」


 社長の言葉へ、翔はこれ以上追及することができなかった。



 一方、カードショップでは、大会に向けて優が花織たちを指導していた。


「デッキの戦略とそれに合った戦術、少しずつ身についてきたようだな」

「はい。優さんのバトルを見るまでは、ただ闇雲に強いカードを使わなければと思っていました。でも、序盤から数で攻めるスピードタイプ、相手の戦略を妨害することを主としたブロックタイプなど様々なデッキがあることを知りました。それに、お互いのデッキによってカードを使うタイミングも違ってくるんですね」


 花織は優の出題をこなしていくことで、戦い方の基礎を身に着けつつある。

 そして……。


「く……! マジで化け物だなお前……。まだ4ターン目だってのに何だその武装は!」


 轟はより高度な実戦での鍛錬たんれんを行っていた。

 相手をしている優の捨て札には、風乗りとストームライド・リバースの効果で落とした超魔術リバースがひしめいている。

 それらを見てあせりをつのらせる轟。

 対する優はすずしい表情。


「山札が尽きることは期待しない方がいい。ネクロマンシーの効果でいくらでも延命可能だ」

「実質デメリットなしか。お前が使うと、カード1枚の効果がどこまでもふくれやがるな」

「それこそがカードゲーマーの資質というものだ。カードの持つポテンシャルを最大限に引き出す。そうして生み出されたアドバンテージにより、初めて勝利をつかみ取ることができる」


 デメリットをメリットへと変換しながら、優は轟を追い詰めてゆく。

 そして、数ターン後……。


「くっ!」


 轟は悔しそうに優のカードを見つめた後、がっくりと肩を落とした。


「やっぱり歯が立たねえ……。俺の負けだ」

「少し休憩きゅうけいしろ。疲れた頭では妙策は浮かばない」

「ああ……。顔洗ってくるわ」


 ふらふらと外へ出てゆく轟。

 優はそれを視線で追ってから、向き直る。


「花織ちゃんも休憩きゅうけいする?」

「いえ、私は大丈夫です。それより、もっといろいろ教えてください。私、プレイングとかまだ全然わかってませんので……」

「そうか。なら……」


 優は素早くカードを並べた。


「俺は場に何も出ていないが、5魔力を保持している」


 優は目の前に置いた5つの青い魔力カウンターを手に取って見せ、再び手前へと置く。


「そして俺の手札は5枚。花織ちゃんの場には前のターンに出したアリンが3枚、手札にはウィンディアが2枚としよう」


 それを聞き、花織は目の前に置かれた5枚のカードを、優の言った通りに配置する。


「当然、花織ちゃんも光の魔力を所持している。さあ、ここでウィンディアを召喚するのが先か、それともアリンで攻撃するのが先か」

「ええと……」


 花織はカードを見つめながら悩んだ。


「手順が違うとどのような差が生じるのか、全くわかりません」

「そうか。なら、俺の手札を1枚公開しよう」


 優は左手に持っている5枚のカードの内1枚を右手の人差し指と中指ではさみ、抜き取った。

 そして、それを花織に見えるように反転させる。


「……水流波!?」


 優が見せたのはカウンター付きの水属性スペルカード。

 その効果により、相手のモンスター全てに1ダメージを与えることができる。


「ええと、つまり私がもし先にウィンディアを召喚してしまうと……」

「まとめて全滅ということになるな」

「せっかく出したばかりのウィンディアまで巻き込まれるのは嫌です。なので、先にアリンで攻撃します」

「それなら、俺にはここで選択肢が生じる。甘んじてダメージを受けるか、それとも1枚のアドバンテージを捨てて今すぐ水流波を打つかの二択だ。前者なら、さらに花織ちゃんに選択肢が生まれる」

「えっと……? どういうことですか?」

「花織ちゃんは、わざわざ全滅されるためにウィンディアを召喚しなくてもいいということだ」

「なるほど! 温存するんですね」


 カードゲームにおいて、手順というものは重要である。

 使うカード自体は一緒でも、その前に攻撃するのか後に攻撃するのか、どのカードから使うのか、それによって結果はガラリと変わってくる。

 その基本を、花織は今ここでようやく学んだ。


「ちなみに、特に理由がなければ一番最初にドロー系のカードから使用すること。そうすることによって新たな情報が加わり、どのカードを使えばいいのかが判断しやすくなる」

「必ず攻撃してから使うとは限らないんですね……」

「その都度考えなければならない。臨機応変に戦えてこそ、一流のプレイヤーになれる」


 他のカードゲームにおいてのセオリーとされている動きも、このウィザーズウォーゲームでは正しい手順とは限らない。

 先にドローするというものも、あらゆるカードゲームで常識ともされている動きだが、このゲームにおいてはにあらず。

 相手のカウンターを警戒けいかいした動きも重要視されている。


「轟はこういったプレイング自体は完璧だ。言い換えると、これはカードゲームをする上で最低限のスキルということになる。花織ちゃんも少しずつでいいから、手順を意識できるようになろう」

「はい、がんばります!」


 花織は次なる目標に向かい、意気込みを新たにした。



 しばらくして轟が戻り、練習試合を再開。

 優はプレイングやデッキ内容へのアドバイスを行い、轟と花織は一つずつステップを踏んでゆく。

 そうする内に日は暮れ、今日はお開きとなり……。

 帰宅後。

 優は自室に入り、パソコンを起動させる。

 デッキを触りながら公式サイトをチェックしていると、カード世界を舞台としたお話が掲載けいさいされていることに気づく。

 おもむろにページを開く優。

 そのまま話を読み進めてゆき、一段落したところで公式トップへと戻る。

 と、その時。

 着信音が鳴り、優はポケットから携帯を取り出した。


「……もしもし」

「やあ、優君。僕だよ、ウィザーズウォーゲームプロジェクトの翔」


 優は溜息ためいきを漏らした。


「またあんたか」

「冷たい反応だね」

「……用がないなら切る」

「用ならあるさ。君には大会でシードとして参加してもらうんだけど、その前にちょっと実力を見せてほしくてね。ほら、前にも少し言ったでしょ? 僕と戦ってほしいって」

「参加資格をけての勝負、か……」

「違う違う」


 翔は笑いながら否定した。


「僕にそんな権限はないし、君に参加してもらえないと僕が怒られちゃうよ」

「そうか。それはそれで面白いんじゃないか?」

「冗談キツイなあ。まあ、そういうわけだから、仮に君が負けても出場権を失うなんてことはないよ。もうすでに決まったことだから」

「勝手なことを……」


 深く溜息を吐く優。

 当然彼も参加するつもりではあるのだが、それを誰かに決められているというのはあまり気分のいいことではない。

 翔とのバトルにも、おのずと気が乗らなくなる。

 だが……。


「まあでも、もし君が負けたらがっかりかな。あれ程までにうわさされていた天才ゲーマーが、実はそんなに大したことなかったと知れたら、相当ショックを受けるかも」


 その言い草を聞いた途端、目に炎が宿った。


「……お前、今何て言った?」


 優の声色が豹変ひょうへんする。


「うん?」

「俺がそんな簡単に負けると思っているのか? いい機会だから、お前にも俺の実力を嫌という程わからせてやるよ。首を洗って待ってろ」

「おお! それは楽しみだ」


 翔のその反応に舌打ちをする優。

 おどしとしても、挑発ちょうはつとしても機能していない。


「あ、そうそう。どんな試合にしたいかずっと考えてたんだけれど、ようやく決まったよ。我が社から丁度スタンダードセットが販売されることとなってね、それをお互いに使うってのはどう? 日時は予選当日で、場所はあのカードショップ」

「……俺に試合までの時間を与えた理由、お前何て言ってたか覚えているか? カードを集めるための猶予ゆうよだとか言ってた割に、決められたデッキを使うのか」

「僕だってまさかこんなにいい題材が用意されるなんて思ってなかったもの。ダメかな?」

「……勝手にすればいい。同じデッキを使えば、プレイングの差はより明白になるだろう」

「そっか。それじゃ決まりだね」

「ああ。ところで……」


 優はパソコンの画面へとあきれた表情を向けた。


「予選開始と同時に最新弾の販売開始って……。お前らどんだけイタズラ好きなんだよ」

「面白いでしょ?」

「少しは参加者の身になれ」

「まあまあ、決めたの僕じゃないし、文句はお客様窓口にお願いするよ」

「あっそ。じゃあもう切るけどいいか?」

「ああうん。当日よろしくね。それじゃ」


 通話を切り、翔は屋上からの夜景をぼんやりとながめる。


「僕だって抗議したさ……。何も、当日に使い慣れてないカードを売り出さなくても……」


 そのつぶやきは風に乗って消え去った。



 それから数週間が経過し、ウィザーズウォーゲームの予選が開始した。

 通過できるのはそれぞれの地区からたった一人だけ。

 轟と花織はお互いにつぶし合わないよう、別々に参加している。

 そして、東京エリアでは……。


「わあ……!」


 会場前の庭園で、パックを開封し目を輝かせる花織。

 優からもらっていた軍資金により、最新弾のカードを順調にそろえていた。

 そして、それらのカードから自分のデッキに必要なものを吟味ぎんみしてゆく。

 優がデッキ構築の際に大切だと言ったポイントを思い起こしながら、慎重しんちょうにデッキを組む。


「ええと、確か……」


 花織はまず、自分のデッキタイプを改めて確認した。

 デッキを構成しているカードの多くが不発やカウンタースペルなどの妨害カード。

 相手の目標を突き崩すことにより勝利を目指す、ブロックという名の戦略だ。

 それとみ合うカードを採用することができれば、試合が開始してからの方針が立てやすくなる。

 では、ブロックデッキと相性のいいカードは何か。

 花織はカードを1枚1枚見定めてゆく。


「うーん……。何枚入れたらいいか、わかんない……」


 悩ましそうにカードを見つめる花織。

 通常、デッキの枚数調整は実戦を通じて行うもの。

 どのカードがどれだけ役立つのかは、実際に試してみないとわからない。

 だからこそ、大会当日に新カードパックを販売開始するなど、本来考えられないことである。

 その混乱を意図的に作り出した運営の悪意など、純粋な花織は知るよしもない。

 そうして、やっとの思いでデッキを完成させ、シャッフルして実際に各々のカードの回転率を確かめてゆく。

 それと同時にデッキの内容も頭に入れる。


「超魔術リバースはもう少し減らしてもいいかなあ。その代わりにドローとサーチを増やせば……。デッキ外のカードと入れ替えられるリライトは……デッキ相性の克服のために設計されたカードなのかな? スピードタイプのデッキに対応できるような軽いカードを多くして、もしスマッシュタイプが相手だったら組み替えれば……」


 花織は自分へと心の中で問いかけながら、答えを導き出してゆく。


「好きなタイミングに使えるリザーヴは、このデッキにはぴったりかもしれない。私のブロックデッキは自分からは仕掛けにくいから、何もできないターンが多くなっちゃう。その隙を埋められるかも」


 そうして1枚1枚丁寧に選んでゆき、ついにデッキが完成した。

 と、丁度その時。


「これから十分後に予選を開始します。参加者の方々は会場へとお入りください」


 庭園全体にアナウンスが鳴り響き、大勢が会場へと押し寄せた。

 花織もその後に続き、中へ入ると……。


「これは……!?」


 いくつもの部屋が彼女らを出迎えた。

 その一つ一つが教室のように机が並べられており、教壇には試験官が立っている。


「それでは、試験会場へとお入りください」


 アナウンスが流れ、その場にいる全員がキョトンとしてたたずむ。

 試験。その唐突な単語に誰もが疑問を抱いた。

 しかし、考えても仕方ないと判断した参加者から順にアナウンス通り教室へと入ってゆく。

 そして、全員が席に着くと同時に、試験官は問題用紙と回答用紙、それからカードリストと筆記用具を配り始めた。

 当然、参加者たちは驚き……。


「おい、これはどういうことだ!?」

「予選はどうした!」


 口々にさわぎ立てる。

 会場を包む焦り。

 雰囲気に呑まれた花織は不安な表情を浮かべる。

 その間も、なおも続く抗議の声。

 だが……。


「予選内容の一部として筆記試験を行います。全てウィザーズウォーゲームに関する出題であり、皆様のプレイヤースキルを確認するためのものです」


 そのアナウンスにより、それ以上誰も何も言い返せなくなった。


「さて、それでは予選第一回戦を開始します。試験スタート!」



 試験開始の合図と共に、参加者たちは一斉に問題にとりかかる。

 その内容を見た花織は……。


「あ、これ優さんが教えてくれたこと……」


 試験中なので声には出さなかったが、その最初の数問を見て彼女の表情が少しだけやわらぐ。

 いきなりの試験になかば緊張していたが、優が隣にいる気がしてきて少しだけ自信を取り戻した。


 ――第一問。

 相手は充分な魔力と手札を所持しており、あなたの場には2体の風魔導ウィンディアがいます。

 あなたのターンです。手札から透視者アリンを使用する場合、場にいるウィンディアで攻撃するのが先か後か。

 それぞれの場合のメリットをお書きください。


「確か……相手が水流波で対抗してくる場合、先に攻撃すれば手札のアリンは巻き添えにならない。もし水流波を使ってこなければ、アリンを温存できる。もしも、相手の手札にそれらがなかったとしたら……」


 花織は心の中でつぶやき、答えを導き出す。


「もしかしたら、先にアリンを出せば一斉突撃の合図を引けるかもしれない」


 一斉突撃の合図。自分のモンスター全てに、そのターン中に攻撃できるラッシュという能力とパワープラス2を一時的に付与するカード。

 それをもし攻撃前に引ければ、ウィンディアで攻撃する際に相手へのダメージが上がる。


「それに、もしかしたらカウンタースペルや不発を引いて、水流波に対抗できるかも」


 考えがまとまり、答案へと記入した。

 そして、続く問題も……。


 ――第二問。

 相手の手札にはファイアと不発が1枚ずつ。自分の手札には不発が2枚。

 今、相手がファイアを使用し自分が不発を使用したところです。ここで相手が不発を使用した際に、2枚目の不発を使用するメリットとデメリットをお書きください。


 ――第三問。

 相手の場には超能力者ウズシオが1体。自分の場には風魔導ウィンディアと見習いシスターが1体ずつ。

 お互いに手札は0枚、山札は充分な量。自分はこのターンの魔力を全て消費済み。

 この時、相手プレイヤーを攻撃する場合、どちらで先に攻撃すべきかお書きください。


「優さんが昨日、試験前に教えてくれたこと。どうしたらいいかわからない時は、実際にイメージして考える」


 それは、試験を見越してのアドバイスではなかった。くまで実戦を想定したものである。

 だが、幸いにもそれは最高の助言となり花織を支えることとなった。


「二問目、もしも2枚目の不発を使用した場合、私の2枚目の不発が相手の不発を消して、1枚目の不発は相手のファイアを消す。その結果、相手の2枚のカードは手札に戻ってしまい、私は2枚の不発を失ってしまう。けれど、そのターン中に相手の魔力が残っていなければ、1ターンだけしのぐことができる。その1ターンのダメージを回避することにより、逆転につながるケースもある」


 花織は解の片方に気づき、書き込む。

 そして……。


「2枚目の不発を使用しなかった場合、相手の不発が私の不発を消し、ファイアのスペルカードを受けてしまう。だけど、相手は2枚ともカードを失い、私は使った不発も手札へ戻ってくる。もしも、ファイアを甘んじて受けて問題ないのなら、カードアドバンテージはこちらの場合の方が得」


 不発は相手のスペルカードの効果を消すことができるが、そのカードを手札へと戻してしまう。

 それにより、相手の不発を受けた自分の不発は手札へと戻る。

 その収支を具体的な映像でイメージすることにより、花織は無事に解へと辿たどり着いた。


「三問目、これは……。超能力者ウズシオは、相手をガードした際に手札へ戻すガーディアン。そして、風魔導ウィンディアは使用した時にカードを1枚引けて、見習いシスターは何も能力を持たない」


 カードの効果を1枚1枚確認し、そして……。


「ガードされたくない見習いシスターで攻撃する前に、手札に戻ってもいい風魔導ウィンディアで攻撃すればいいはず」


 基礎問題を難なく突破した花織は、引き続き中級問題へと突入する。


 ――第四問。

 おまじないのデメリットを答えなさい。


 ――第五問。

 秘密兵器カタストロフAのデメリットを答えなさい。


 その内容は単純明快。

 だからこそ、カードの効果をしっかり理解しているのか、そのプレイヤーの本質を見極めようという出題意図。


「おまじないは、自分の手札を全てランダムに入れ替えるスペル。カタストロフAは、自分が敗北する時のみに使用できて、その効果で手札全てを使用できるモンスター」


 大前提としてカードの効果を確認し、思考を展開してゆく。


「まず、おまじない。これは確か、手札を好きな枚数入れ替えられるわけじゃなくて、全て入れ替えないといけなかったはず……。ということは、必要なカードまで流してしまう可能性もあるし、交換後に前よりもいい手札になる保証もない。使いどころじゃない場合には、大切な手札1枚を埋めてしまうことになるから……」


 そこで思考を打ち切り、書き終えた手を止めかけた。

 だが、すぐさま優の言葉が脳内によみがえる。


慎重しんちょうに、最後まで考えること。優さんがそう言ってた……。具体的に、手札が1枚埋まってしまって困るデッキはあるのかな?」


 花織は一つ一つイメージ化して考えてゆく。


「スピードタイプは、交換後もそれ程手札が悪くなることはないのかな。大型を主軸にしたスマッシュタイプは、手札に切り札が固まっちゃうこともあるからメリットの方が大きそう。でも、私のブロックデッキでは……1枚のアドバンテージが、カウンターのやり取りで勝敗を分けてしまう」


 今度こそ完璧な解へと到達し、それを書き込んだ。


「次の問題。カタストロフAは、効果が発動すると絶対にカード全てを使用しなければならなくなる。けれど、敗北をまぬがれるのなら、それはデメリットとは呼べないかもしれない……。ならば、このカード最大のデメリットは、その敗北の瞬間までカードを使用できないこと。その影響を強く受けるのは……」


 先程同様、具体例をイメージして考える。

 それにより、おまじないと同様のデメリットだとする軽率けいそつを防ぐ。


「カタストロフAは、その性質上ブロックデッキとは相性が悪くない。スマッシュデッキでも、保険の意味合いで持っていても損はしないはず。けれど、スピードデッキでは攻め手が一つでも欠けると決め損なってしまう。もし、カタストロフAで延命できたとしても、それはスピードデッキでは意味をさない……」


 無事、中級問題もクリアした花織は、次へと進む。

 そこには……。


「……何、これ?」


 不意に花織は頭の中が真っ白になる。

 パッと見ただけでわかる、以降の問題の異質さ。異常さ。

 心拍数は上がり、どんどん冷静さが失われてゆく。

 それもそのはず。

 以下の問題は全て、お互いの使用できる魔力を無限とします。という条件の下に連なっていたのは……。

 おびただしい程の長く複雑な問題文だったのだから。


 ――第六問。

 相手のカードは場にあるリビングデッドのみ。

 カードを2枚使用し、これを捨て札へ送りなさい。


 ――第七問。

 相手の場にはバロン・アンタレスと大将軍コロナが3体ずつ。

 水のカードを3枚使用し、このターン中に全ての敵モンスターを捨て札へ送りなさい。

 ただし、超魔術は使用禁止とします。


 ――第八問。

 相手の場には世界樹ユグドラシルが10体。

 モンスターを2体使用し、これらを全て捨て札へ送りなさい。


 ――第九問。

 相手の場には漆黒の邪道エトワール、世界樹ユグドラシル、レッドドラゴンが1体ずつ。さらに、相手の手札にはファイアが1枚。

 カードを2枚使用し、これら4枚全てを捨て札へ送りなさい。

 ただし、黄泉の門及び超魔術は使用禁止とします。


 ――第十問。

 お互いに山札の枚数は残り3枚、ライフは1。

 自分は捨て札ゾーンにカードが1枚もありません。

 相手は手札にマナ食いピラニアとカウンタースペルをそれぞれ4枚、捨て札に超魔術ディバインアーマー・リバースを1枚所持しています。

 カードを1枚使用し、このターン中に勝利を確定させてください。

 ただし、お互いの山札の内容は任意のものとします。



「こんなの……解けるわけが……」


 花織は目の前の困難に、すっかり意気消沈してしまう。

 こんな難問、解けるわけがない……と。

 だが、あきらめてしまいそうになったその時、優の言葉が脳内でよみがえった。


「できないと思っていては、何もできない。まずはできることを探してみるのが大切だ。それが何の意味も成さない程に小さなことでも、決して無駄にはならない」


 花織の顔に落ちていた影が、少しずつ明るく照らされてゆく。

 そして、さらに優のアドバイスを思い返す。


「難しく考えずに、視点を変えて考えるといい」


 その言葉をたよりに、もう一度問題文へと目を移した。


 ――第六問。

 相手のカードは場にあるリビングデッドのみ。

 カードを2枚使用し、これを捨て札へ送りなさい。


 リビングデッドは、場から捨て札へ置かれると手札へ戻るモンスター。

 その能力により、一見すると問題文の条件を満たせなさそうに思える。

 だが……。


「捨て札に置かれても手札へ戻ってしまうから、難しく見えちゃう。でも、視点を変えたら……場から捨て札へ置かれた時じゃないと、手札へ戻らない……?」


 数秒後、花織はハッと息を呑み込んだ。


「一度手札に戻してから捨て札へ送れば、復活されないはず! そのためにはまず、ウェーブなどのスペルを使うかドラウンなどの除去スペルで捨て札を経由して戻す。それから死の息吹などで手札から捨て札へ送れば解決できる!」


 花織は思わずはしゃぎながら答案へと書き込んだ。

 そして……。


 ――第七問。

 相手の場にはバロン・アンタレスと大将軍コロナが3体ずつ。

 水のカードを3枚使用し、このターン中に全ての敵モンスターを捨て札へ送りなさい。

 ただし、超魔術は使用禁止とします。


 次の問題も、優の言葉をたよりに解こうと試みる。


「人間はミスリードされる生き物だ。固定観念に縛られると、なかなか抜け出せない。一度、(ゼロ)まで戻って考えること」


 その言葉を元に、花織は無意識な思い込みに気づく。


「カードを3枚使用して、合計6体のモンスターを倒す。このことから、1枚につき2体を倒すことを考えてしまったけど、もしかしたら……それが目くらまし!?」


 ひらめいた瞬間。

 電流が走るかのような感覚。

 その最初の罠をようやく抜け出し、そして……。


「もしかしたら、その3枚のカードをループさせればいいのかも。それなら相手が何体いても倒せる。使い回すには……まず、スペルを回収できるアルファ博士! それから、そのアルファ博士を再利用するためのウェーブ! 残りの1枚はドラウン、もしくは深海への招待状。これを順番に使えば、相手のモンスターを全て倒せる!」


 花織はその答えに行き着いた。

 まず、ドラウンで敵モンスターを1体倒し、アルファ博士でドラウンを回収する。それからウェーブでアルファ博士を手札へ戻し、再び同じ手順を辿たどればウェーブも手札へ戻せるため、以降はそのループとなる。

 難問を解いた花織は、その調子のまま次の問題へと進む。


 ――第八問。

 相手の場には世界樹ユグドラシルが10体。

 モンスターを2体使用し、これらを全て捨て札へ送りなさい。


「これも基本は一緒なはず。10体という大きな数で複雑に見せようとしているだけで、ループを完成させれば100体でも1000体でも倒せる。けど……2体戻せる効果を持ったモンスターは現状存在しない。ウェーブフィッシュは1体しか戻せないから、もう1体のモンスターを戻してもそこでループが途絶とだえてしまう……。あれ? 何かを見落としているような……」


 違和感を覚えた花織は、もう一度自分の考えを冷静に見直す。

 そして……。


「ウェーブフィッシュで、ウェーブフィッシュ自身を戻せばループが完成する。……一見無意味に思えるけれど、確かにループは完成しているから、これが何かに役立てば……。あ!」


 解答に思いがいたった花織は、すぐさまそれを書き込む。

 先にカマイタチもしくは種吐シードキャノンウォーターメロンを出しておいて、先程のループを行えば1点ダメージを何度も与えることができる。

 それにより、ユグドラシルが何体いようと全てほうむり去ることが可能というわけだ。

 そして、次の問題。


 ――第九問。

 相手の場には漆黒の邪道エトワール、世界樹ユグドラシル、レッドドラゴンが1体ずつ。さらに、相手の手札にはファイアが1枚。

 カードを2枚使用し、これら4枚全てを捨て札へ送りなさい。

 ただし、黄泉の門及び超魔術は使用禁止とします。


「これは……一体どうすれば……」


 今までの問題のようにループを作ろうとしても、手札と場の両方へ干渉かんしょうしなければならないため容易ではない。

 同様の手法が通用せず、花織は頭を悩ます。


「優さん……私どうすれば……」


 心でつぶやき、優の言葉へとすがる。

 そうしている内に、ある言葉がよみがえった。


「困難な局面にぶつかった時、その答えは案外すぐ目の前に存在している。それと、一度に考えようとせず、わかりやすく分解してみるといい」

「答えは目の前……。わかりやすく分解……」


 花織は優の言葉をゆっくりと反芻はんすうする。


「そもそも、なぜこの3体を倒すべき敵モンスターに設定したのかな。ユグドラシルは、ヘルウィンディを使えなくさせるため?」


 ヘルウィンディ。消費魔力が1プラス闇1のモンスターカード。その能力により、出したターンに攻撃することができ、なおかつバトルした相手モンスターを問答無用で捨て札へと送ることができる。

 ただし、ユグドラシルは魔力3以下のモンスターの攻撃を封じてしまう。

 だからこそ、そのようなカードを縛るための問題設定にも見えるが……。


「……違う、これはダミーだわ。ヘルウィンディを使用できたとしても、結局それでは上手くいかない。レッドドラゴンもあまり意味をなさなそうだから……。残るはエトワールと手札のファイア。……あれ?」


 漆黒の邪道エトワールの効果を確認し、花織の思考に何かが引っかかった。

 このカードはバトルした相手モンスターを捨て札へ送る能力を持つカードだ。


「相手のカードを利用する……? でも、そうしても1体しか倒せないし、手札のファイアはどうすることも……。手札……。手札!?」


 花織は気づいた。

 この問題文中に、実はヒントが隠されていたことに。


「違う……。これは、手札も捨て札へ送れという条件に思わせているけれど、同時に手札を破壊できるカードを選べというヒントにもなっている! それに、エトワールを利用するということは……」


 その瞬間、全てのピースが繋がり、一つの答えを導き出した。


「わかった! まず、洗脳でエトワールのコントロールを奪う。そのエトワールで相手のユグドラシルへ攻撃して倒す。それから、小悪魔ベリルを使用し、そのエトワールをさらに利用する。その効果により、コントロールを奪って自分のモンスターと化していたエトワールと、相手のレッドドラゴンを同時に破壊! 手札のファイアはベリルの能力で自動的に捨て札へ!」


 恐るべきひらめきにより、その難問を超えた。

 そして、最終問題へと立ち向かう。



 花織は最終問題とにらめっこを続けている。


 ――第十問。

 お互いに山札の枚数は残り3枚、ライフは1。自分は捨て札ゾーンにカードが1枚もありません。

 相手は手札にマナ食いピラニアとカウンタースペルをそれぞれ4枚、捨て札に超魔術ディバインアーマー・リバースを1枚所持しています。

 カードを1枚使用し、このターン中に勝利を確定させてください。

 ただし、お互いの山札の内容は任意のものとします。


「カードはたった1枚しか使えない。それに、超魔術を使用してもマナ食いピラニアによって使えなくなっちゃう」


 マナ食いピラニア。相手のスペルの効果を消しつつ、相手の捨て札を1枚裏向きにできるモンスター。

 超魔術リバースは、捨て札に表向きで置かれていれば何度でも使用できるカードだが、裏向きにされている間は再使用ができない。


「山札にある3枚のカードを使えってことだと思うけど、モンスターカードの中には無条件でカードを2枚以上引けるものはないし……。かと言って、スペルを使うとカウンタースペルかマナ食いピラニアで対抗されてしまう。どうやっても、山札のカードを使う方法が……」


 そう心の中で言いかけて、花織は再び引っかかりを覚える。


「山札のカードを使うためには、わざわざ手札に加えなくても……。あ! 風乗ウィンドライダーシロツバメで超魔術リバースを捨て札に落とせば!」


 風乗ウィンドライダーシロツバメ。使用した時に山札の上から3枚を表にし、2魔力以下のモンスターカードを場に出すことができる。

 そこに目が向かいがちだが、残りのカードが捨て札に向かうという点が重要な意味を持つ。

 つまり、この場合も超魔術リバースを2種類以上引っ張ってくることができるということ。

 それは、この難問を突破する唯一の手段となる。


「捨て札に落とした超魔術リバースで、相手のライフを0にすれば……!」


 そこまで考えて、最後のとりでが脳裏をぎる。

 相手の捨て札にある超魔術ディバインアーマー・リバース。その効果により、何度でもダメージをマイナス5されてしまう。

 その結果、どれ程スペルを使用しても相手に与えられるダメージは0であり、どうしてもその事実は変わらない。

 例えその超魔術を無効化しようとも、相手はすぐさまそれを再使用することができる。


「どうしよう……。どんなカードを使っても勝てない! 答えが……見つからない……」


 花織はその問題に対し、絶望を抱きかけていた。

 解けないことへの焦り。

 鈍る思考の中、発想を切り替えることは困難。


「優さん……。優さんなら、この問題も解けるんですか?」


 その問いかけに答える声は当然ない。

 だが、その代わりに……。


「人間は思考を飛躍ひやくさせてしまいがちだ。そこに落とし穴がある」


 その言葉を思い出し、同時に……。


「あ、ああ……」


 気づいて思わず手を震わせた。

 一条の光に照らされたかのように、急に視界が明るむ。


「こんな見落としが……! 私は、勝つための方法と聞いて、無意識に相手のライフを0にすることとイコールで結んでしまっていた。けど、このゲームの勝利条件はそれだけじゃない!」


 震える手を落ち着かせ、筆記用具を握る。


「つまり、相手の山札を0枚にしてしまえばいい! 超魔術モータル・リバースにより、相手の山札を捨て札へ送る。相手の妨害手段は、両方とも超魔術オブリヴィオン・リバースでその効果を消せば大丈夫」


 ついにその解へ辿たどり着き、答案へと書き込む。

 そして、書き終えたのと同時に試験終了の合図。

 ギリギリの滑り込み。

 しばらくは心拍数が上がったままだった。


 ――一方、カードショップでは……。


「……と、いった感じの問題なんだけど」


 翔が問題用紙を優へと渡し、そう述べた。


「まったく、参加者の身にも少しはなってやれよ……」

「花織ちゃんが心配かい? でもね、こうした方が平等なんだよ。運だけで勝ち上がるのをなるべく抑制し、プレイングスキルを重要視しているからね」


 優は溜息を吐きながら答案用紙へと答えを書き込んでゆく。どれも秒殺だ。


「さすがだよ。やっぱり、カード1枚の効果を最大限に引き出すことにおいては君の右に出る者はいない。そういう点においては、あのじん君でもかなわないだろうね」

「そりゃあどうも」


 目を合わせずに答案用紙へ向けたまま返事をする優。


「機嫌を損ねたならごめん。そういうつもりはなかったんだけど……」

「別に。それより、早く始めようか。スタンダードセット同士のゲームを」


 優は答案用紙を突きつけ、不敵な笑みを浮かべてみせた。



 翔はスタンダードセットをバッグから取り出し、優へと渡した。

 優はその向きを変えながら360度まじまじと見つめる。


「ほう……」

「なかなかよくできてるでしょ?」

「まあ、悪くないんじゃないか?」


 そう言いながら開封する。

 中身は60枚セットの構築済みデッキ。それと、魔力やライフを数えるのに使う各種カウンターや、カードを傷つけないように保護するスリーブ。


「……思った通り、大したカードは入っていないな」


 優はカードを一通り見終え、苦笑した。


「そりゃあ、スターターキットだからね。初心者にいきなり効果だらけのカードを渡しても、使いこなすの大変でしょ?」

「それもそうか。使いやすさとルールの理解しやすさにおいては、このセットは最適というわけか」

「各種カウンターやスリーブも入ってて、値段はカード60枚分だからね。良心的だよ」

「何か皮肉でも言ってやろうか?」

「いやいや、悪かったよ。さて、それじゃあ始めようか……」


 テーブルをはさんで向かい合う二人。

 シャッフルの音が店内に響く。今日は他に誰もいない。

 カードを引き終え、視線を優へと向ける翔。

 いつもの爽やかな笑みを浮かべてはいるが、その目は鋭い。


「先攻は僕がもらってもいいのかな?」

「別に構わないが、それをお前の方から申し出るんだな……」

「そりゃあ、君の実力は知ってるもの。余裕を見せつけられたってカチンともこないさ。それに、君程のプレイヤーならこれくらいのハンデ、痛くないでしょ?」

「まあな……」


 優は自身の調子を狂わせるような翔の態度に溜息を漏らした。

 そして、ゲームが開始しお互いの場へとプリズムポーンが召喚される。魔力2、パワーもライフも2のモンスターだ。


「僕のターンだね。それじゃあ、2体目のモンスターとしてプリズムルークを召喚。そして……」

「攻撃か」


 優はライフカウンターを2つ取り出した。

 前のターンに召喚されたプリズムポーンで、翔が優へ直接攻撃してくると予測しての準備。

 しかし……。


「僕のプリズムポーンで、優君のプリズムポーンを攻撃!」

「何!?」


 お互いのパワーとライフは2。よって、どちらも捨て札へと置かれる。

 優は唖然あぜんとしており、カードを捨て札へと置くのも忘れて立ち尽くす。


「そんなに変な行動だったかな?」


 その言葉に、ようやく気がついてカードの移動を行い、ふっ……と笑った。


「いやいや、おかしくなんてない。正直なめてた。事前にうわさで聞いていたが、お前はスピードタイプのデッキが得意なんだろ? 以前他のカードゲームをしていた時、同じタイプのデッキを愛用している人の大半が、相手プレイヤーへの直接攻撃しか視野に入ってなかった。挙句、スピードタイプは相手のモンスターを攻撃した時点で負けなどというおかしな理論まで定着し、ついにはスピードタイプのデッキ自体への批判まで生まれた」


 優の表情に悲しみと怒りが混じる。

 だが、すぐさまそれは消え去り、屈託くったくのない笑みへと変わった。


「カードゲーム開発陣も、どうせみんな同じだろうと思っていた。けど、お前みたいな奴もいるんだな」

「当然だよ。僕は通称、速攻の翔。どうすれば最終的なダメージが一番大きいのか、その計算はおこたらない。さあ、君のターンだ。上手く返してみせてよ」

「そうか、ならば……」


 優は手札の中から1枚選び、右の人差し指と中指ではさんだ。

 そして……。


「もう1体のプリズムポーンを召喚」

「なるほど……」


 優の手札には、魔力3のカードも存在していた。

 にもかかわらず、なぜ弱いカードを使用したのか? それは、アドバンテージを握るため。


「さっきのお前の考え方と同じだ。お前がプリズムポーンを相打ちさせてなければ、俺は当然プリズムポーンでお前のプリズムルークを取る。その結果、俺は魔力2を消費して出したパワーもライフも2のカードで、お前の魔力3でパワー4ライフ2のカードとトレードしたことになる。それを避けてのさっきの戦術だったんだろうが、それなら俺は次の被ダメージを甘んじて受け、強引にカードアドバンテージを取りに行こう」


 このゲームは、相手のライフを先に0にすれば勝ちというルール。

 しかし、だからといって闇雲に相手を攻撃し続ければいいというものではなく、なおかつライフ差だけで有利不利を考えるゲームでもない。

 こうした損得の積み重ねにより、勝敗へと繋がってゆく。

 そのことを理解している両者。

 奥の深いやり取りの中、迎えるは翔のターン。


「それなら、プリズムバーンを使用! 優君のプリズムポーンへ3ダメージを与え、捨て札へ」


 これも同様の考え方。

 相手プレイヤーへ直接ダメージを与えることもできるスペルだが、それを相手モンスターへと使用した。

 場の損得はそれ程に重要であり、形勢へと直結する。


「さらに、残った魔力でプリズムエースを召喚し、プリズムルークで直接攻撃してターン終了」


 優は明らかに押されている。

 ライフも30から26に減り、場にいるモンスターも2対0。

 だが……。


「プリズムバーンでルークを除去! さらに残りの魔力でプリズムエースを召喚」


 押し負ける瀬戸際せとぎわで、何とか踏ん張る優。

 追い詰めようと攻勢をかける翔。

 要求されているのはアドバンテージの計算、及び間合いの正確な計測。

 おのずと両者の口数は減る。

 当然だ。緻密ちみつな算出が鍵となる今、慎重しんちょうにならざるを得ない。

 ゆるみのない攻防が繰り返され、ゲームは進んでゆく。

 そして……。


「いやー、参った。スペル、プリズムエースとジョーカーの切るタイミング、それにライフ管理。どれも完璧だよ。降参、僕の負けだ」


 満足げに笑う翔。

 優もまた、バトルの内容に充実感を覚える。

 そして、翔の実力を認め……。


「お前も、思ってたより強かった」


 笑みと共にうなづいた。


「天才ゲーマーに評価してもらえるならうれしいよ。さてと……それじゃあ、そろそろトーナメント結果が出る頃だし、見るとしようかな」

「何!?」


 すぐさま反応を示し、テーブルの反対側へと向かう優。

 そして、翔が取り出した機器を食い入るように見る。

 画面の先には東京エリアが映し出されていた。

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