第97話 きっとうまくやれると思う
ギルドからの紹介を受け、アレクシアをホワイトウルフ商店で雇うと決めたその日の夜、俺とガーネットは夕食を取るために春の若葉亭へと足を運んだ。
春の若葉亭はいつもどおりの繁盛具合で、俺達のように宿泊客以外の客も多くやって来ている。
「いらっしゃいませ! 今なら空席が……あっ、ルークさんでしたか。こんばんは!」
看板娘のシルヴィアが俺達に微笑みかけてくる。
食堂スペースの忙しさは間違いなく今日一番であり、シルヴィアも複数の仕事を同時進行でこなしているようだ。
こんな状況で雑談をして引き止めるわけにはいかないので、簡単な挨拶だけを済ませて空いていたテーブルへ向かう。
その途中で、毎日のように顔を合わせている少女達と出くわした。
「おや、ルーク殿ではありませんか」
「店長も夕御飯ですか?」
「…………こんばん、は……」
普段から春の若葉亭に宿泊している、サクラとエリカ、そしてノワールの三人だ。
見たところ、どうやら三人で食事を終えたばかりらしい。
俺とガーネットはホワイトウルフ商店の住居部分で、彼女達は春の若葉亭で寝起きしているので、いつもの日常生活をどんな風に送っているのかは詳しく把握していない。
ひょっとして、この組み合わせでよく一緒に行動しているのだろうか。
「そうだ、店長! ポーション用の薬瓶ですけど、もう一回り大きいサイズも発注してもらえないですか? だいたいこれくらいのが欲しいんですけど」
エリカは両手でおおよその大きさを表現しながら、商品製造に使用する容器についての相談を持ちかけてきた。
「いいけど、ちょっと多すぎないか?」
「活力回復のポーションを、水分補給ついでにがぶ飲みするおじさんが多いんですよ。猟師の人とか樵の人とか」
「ああ、冒険者でもそんな奴いたな。逆に体を壊したりしないのかね」
「喉の渇きが収まる程度の量なら平気ですよ。たくさん体を動かして汗をかきまくる人達のリクエストですし」
俺とエリカが商品について相談をしている傍らで、サクラとガーネットが経営には関係ない雑談を交わす。
「んで、神降ろしって奴は安定するようになったのかよ」
「まだまだ今ひとつと言ったところだな。魔力ではなく体力の方が一気に削られる感覚だ」
「ふぅん。気楽に使えるなら、手合わせの一つもしてもらいたかったんだがな」
「こちらも望むところだが、どうにも手こずりそうだ。そろそろルーク殿に頼るべきか……まぁ、気長に待っていてくれ」
そんな会話を一通り交わした後で、俺達は食堂スペースの空きテーブルへ、三人は自分達の部屋へ向かおうとする。
――その直後、俺はさり気なくノワールを呼び止めた。
「ノワール、ちょっといいか?」
「……どうか、した……?」
ガーネットに席を確保させ、サクラとエリカを先に部屋へ帰して、俺とノワールの二人で食堂スペースの片隅へと移動する。
なるべく他の客に会話内容が聞こえない位置であることを確認してから、できるだけ声量を抑えて本題を切り出す。
「勇者パーティのジュリアにアレクシアという名前の友達がいるって話、お前は聞いたことがあったか?」
「アレクシア……? ええと……うん、あった……と、思う……」
「その話、どんな内容だった?」
ノワールは予想もしなかった質問を受け、俯き気味になって口元に手をやりながら首を捻った。
すぐに詳細を思い出せないのは仕方がない。
むしろ存在を覚えていただけ凄いくらいだ。
何せ、ノワールにしてみれば友達の友達どころか同僚の旧友に過ぎないうえ、ただの一度も直接会ったことがない相手なのだから。
「……子供の頃の、古い友達……確か今は……何かの技師……ごめん、これくらい、しか……」
「そうか。悪いけどもう一つ。その話をしてるとき、ジュリアはどんな雰囲気だった?」
「えっ? ……ええと……見たことが、ないくらいに、穏やか……うん、そうだった……穏やかで、柔らかくて、嬉しそうに、笑ってた……」
俺が勇者パーティに雇われていた短い期間の中で、ジュリアがそんな態度を見せたことは一度もなかった。
それは俺に対してという狭い範囲のことではない。
勇者ファルコンと接しているときですら、穏やかで柔らかいと呼べるような雰囲気ではなかったのだ。
いつも気を張り詰めていたというか、笑ったとしても不敵やら強気やらの枕詞がつく表情であり、弱さや柔らかさを覗かせることは全くなかった。
俺よりも長く仲間をやっていたノワールですら、アレクシアについて語るときの穏やかさは『見たことがないくらい』だったという。
やはりジュリアにとって、アレクシアは勇者ファルコンとは全く別の意味で特別だったのだろう。
「ルーク……どうして、そんなことを、聞いたんだ……?」
「冒険者ギルドから派遣される人材っていうのが、そのアレクシアだったんだ」
ノワールが長い前髪の下で目を丸くする。
「しかもそいつ、俺とパーティを組んでいた時期もある冒険者でさ。偶然ってのは怖いもんだな」
「……ルークは……冒険者に……顔が、広いから。けど、もしかして……アレクシアは、ジュリアを探して、ここに……」
一瞬、正直に返答するべきか迷いが生じた。
だがここで誤魔化しても意味はない。
あのアレクシアのことだ。ノワールが勇者パーティのメンバーだったと知ったら、嬉々としてジュリアの話を聞こうとするだろうし、自分から事情を明かしていくに違いない。
それならノワールには悪いが、今のうちに先手を打って事情を説明して、心の準備をしてもらった方がいいだろう。
「実は……」
日中の出来事を簡潔にノワールへ伝える。
ノワールは少しだけ驚いた様子を見せたものの、すぐに事情を受け入れたらしく、落ち着いた態度で俺の話に耳を傾けた。
「……というわけなんだ。お前には悪いと思ってるけど、しばらくは勇者パーティ絡みでうるさいかもしれないな」
「大丈夫……気にしない……から……」
ノワールは胸の前でぎゅっと手を握り、どこか物悲しさの入り混じった微笑みを浮かべた。
「大事な、人と、戦う……覚悟。同じ……だから……きっと、うまく、やれると、思う……」
「……何言ってんだ。同じなものかよ」
確かに古い友人はとても大切な存在だろう。
自ら引導を渡す覚悟を固めるのはとても辛いことだろう。
だが、血を分けた肉親を――生まれ落ちた瞬間から一緒にいた双子の姉妹を手に掛ける覚悟の方が、ずっと辛くて身を引き裂かれるような思いがするはずなのだ。
するとノワールは意外そうに目を瞬かせ、そしてはにかむような笑顔を浮かべた。
「ありがとう、ルーク」




