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第96話 私が討ちます

「だけど、ジュリアは私の親友でした。離れ離れになってからも、手紙のやり取りは欠かさなかったくらいです。できることなら、まだ間に合うなら……助けたいと思っています」


 アレクシアは俺の目をまっすぐ見据えて、そう宣言した。


 俺は深く息を吐き出しながら、会計カウンターにもたれかかるように体重を預けた。


 横合いからガーネットが俺を気遣うような眼差しを送ってくる。


 心配しなくたって大丈夫だ。

 こんなことでいちいち気持ちを荒立てたりはしない。


「俺と勇者パーティの関係はギルドから聞いてるだろう。その上で、俺にジュリアを助ける手助けをしろっていうのか?」

「ち、違います! まさかそんな!」


 アレクシアは焦った様子で声を上げた。


 とりあえず、事情を説明するように手振りで求めると、アレクシアはしっかり呼吸を整えてから語り始めた。


「私が最後にジュリアと……それとファルコンに会ったのは、もう十年も前のことです」


 先ほどまでの気楽な態度とは打って変わって、笑顔に元気がなくなってきている。


 およそ十年間――アレクシアの年齢でいうと人生の半分近く、俺の場合でも三分の一に相当する長い期間である。


「だから、子供の頃の印象のまま止まっていて……二人がルーク君にしたことを聞いたとき、すぐには信じられませんでした」

「昔の二人はどんな奴だったんだ?」


 アレクシアの口振りを聞く限り、彼女が思い描くジュリアとファルコンの人柄と、俺が実際に見聞きした言動との間には、それはもう大きなギャップがあるようだ。


「ジュリアは優しくてしっかり者で、弱い者いじめは見過ごさない子でした。ファルコンは本当に友達の友達程度の関係でしたけど、仲間に対しては面倒見のいいガキ大将だったと思います」

「なるほど、そいつは確かに別物だ」


 とりわけ少年時代の十年というのは、人間性が歪むには充分過ぎる。


 複層都市を制圧した将軍――今は大臣だが――の手で王都に招かれて以降の約十年間で、人格形成に多大な悪影響を及ぼす経験を積んできた結果がアレだとしても、何ら不思議ではない。


 だとしても、俺からファルコンへの印象は全く揺らがない。


 あらゆる面で恵まれた能力に、油断と慢心で彩られた最悪の人格。

 思い出すだけでも不快感がこみ上げてくる存在。


 歪んだ人格形成に原因があろうとなかろうと、評価を改める理由にはなり得なかった。


「けど、ジュリアとは手紙のやり取りをしていたんだろ? 違和感とかはなかったのか」

「ありませんでした。だから余計に信じられなくって。あっ、手紙は何通か持ってきてます」

「見せてくれ」


 アレクシアから厚い包みを受け取って、収められていた手紙を適当に何枚か開いてみる。


 何の変哲もない近況報告。ファルコンを含め、世話になっている人のことを綴った当たり障りのない記述。


 俺が知る勇者パーティとはまるで別人――いや、意図的に毒気を抜いて書けばこうなるだろうか。


「……これが唯一の情報源だっていうなら、そりゃ『人でなし』になったことには気付けないよな。どこからどう見ても、昔と変わらない友人からの手紙って奴だ」


 ――不意に、両親に書こうと思っていた手紙のことを思い出す。


 結局、俺は手紙を書くことを諦めたのだが、もしもあのまま書き上げていたら、このジュリアの手紙と同じくらいに事実を曲げた内容になっていたことだろう。


 現状に満足しているかどうかと、現状を正直に故郷へ伝えられるかどうかは別の問題だ。


 俺は今の仲間達との生活を快く思っているが、それを両親に伝えてあらぬ誤解を招くことを恐れた。


 そしてジュリアは、人格的に歪んだファルコンと共にあることを快く思っているが、それを故郷の親友に伝えて認識を改められることを恐れたのかもしれない。


「本当ならすぐにでもグリーンホロウ・タウンに行って、真相を確かめたいと……できることならジュリアを助けて、どうしてルーク君にそんな酷いことをしたんだと問い詰めたかったんです」

「だけど、できない事情があったわけだ」


 俺は少しだけ考えて、その事情とやらの候補に思い当たった。


「機巧技師の師匠、お前の本業の雇い主だな」

「……はい。ルーク君には前にも話した気がしますけど、冒険者として活動するときは師匠の許可が必要なんです」

「しかし今回は許可を得られなかった。本業に関わる冒険ならともかく、無関係なことだから許可は出せないってとこか」

「う……そのとおりです」


 俺と一緒に活動していた頃、アレクシアの冒険は曲がりなりにも本業に関連した目的を掲げていた。


 希少素材を求めての探索。試作武装の試験運用。

 どちらも本業である機巧技師の職務に通じるものだった。


 だが、今回は違う。一から十まで完全な私情だ。

 雇い主でもある師匠が許可を渋るのも当然である。


「冒険者ギルドからの協力要請は最後のチャンスだったんです。師匠もギルド直々の要請ならと納得してくれました。なので……」

「俺に拒否されたくなかったから、あんな必死に食い下がったってわけか。納得だ。そっちの事情はだいたい分かった」


 アレクシアは段々と不安そうに表情を(かげ)らせ、俺の顔色を窺うような視線を向けてきた。


「あのですね……今思えば、ルーク君に酷いことをした人を助けるために、ルーク君を利用することになってますよね……ごめんなさい、考えが甘かったです」

「んなこと、白狼のと会う前に気付いとけよ。どんだけ焦ってたんだっての」

「……ごめんなさい」


 ガーネットから遠慮のない言葉で指摘され、アレクシアはしゅんと小さくなってしまった。


 これだと決めたら即決即断で行動に移そうとし、後から反省する。昔から変わらないアレクシアの欠点だ。


「まぁ、それはいいさ。冒険者なら、利用できるものは何でも使うくらい(したた)かじゃないとな」


 俺だって立場が逆ならきっと同じ作戦を考えていただろう。

 流石にもう少し上手く立ち回っていたとは思うけれど。


「で、どうすんだ、白狼の」

「……アレクシア。ファルコンが『どうなった』のかはギルド経由で聞いているはずだ。ジュリアも既に手遅れな可能性がある。そのとき、お前はどうするつもりだ?」


 ファルコンは魔族の手に落ち、ドラゴンと合成させられた竜人に成り果てた。


 自主的に寝返ったブランの発言を信じるなら、ジュリアも既に何かしらの改造を施されている。


 ならばどうあがいても助けられない可能性が――


「そんなの決まってます!」


 アレクシアは声を張り上げながら、大型弩弓(スコーピオン)を格納した金属ケースを叩いた。


「スコーピオンには、急所にさえ当たればワイバーンだろうと一撃で仕留められる調整をしてきました。どうしようもなかったときは、私が討ちます」


 眼差しに込められた力は強く、声に迷いは感じられない。


「姿形は人間のままで、自分の意志で裏切ったのかもしれないぞ。それでも討てるのか」

「……討ちます。討ってみせます」


 いざその瞬間が来たとき、果たして宣言通りに行動することができるのかは誰にも分からない。


 しかし少なくとも、今このときは本当に覚悟を固めているように思えた。


 聞きたいことは一通り確認し終わった。後は結論を出すだけだ。


「俺はお前には協力しない。ジュリアが死んでも心が痛む気は全くしないし、助ける義理も道理もないからな。もしも黄金牙から討伐への協力を依頼されたら迷わず請けるつもりだ」


 アレクシアは唇を引き結んで俺の言葉を聞いている。


「だけど、お前が休日に何をしようとお前の勝手だ。俺や町の不利益にならない限りは干渉はしない」

「それじゃあ……!」

「ただし勇者パーティの味方をするようなら、お前も魔王軍に寝返ったと扱うよう騎士団に進言する。これでいいなら明日からでも働いてくれ」

「は、はい! ありがとうございます!」


 スコーピオンのケースをひっくり返す勢いでアレクシアは頭を下げ、明日の準備をすると言って店を飛び出していった。


 その足音が聞こえなくなった辺りで、ガーネットが溜息混じりの言葉を漏らす。


「運良く助かっても、お前にしたことを裁かれて牢獄送りってこともあり得るのにな。魔王討伐に成功したんならともかく、失敗したんじゃ特別措置も期待薄だぜ」

「人間らしく裁かれすらせずに殺されるよりはずっといい……多分そんなところだろ」


 ジュリアに同情するわけではないが、アレクシアの心情は理解できる。


「で、白狼の。お前は本当にこれでよかったのか?」

「人手不足なのは本当だし、ギルドからの紹介は無下(むげ)にはできないからな」

「……ジュリアとやらが助かったとしても?」

「死ぬだけが報いなわけでもないだろ? 魔王城から救出されて人間として法的に裁かれるなら、それはそれで納得できるさ」


 俺の意見を聞いたガーネットは、肩を竦めてから無言で俺の背中を軽く叩いた。


 何も言葉は投げかけてこなかったけれど、俺のことを気遣ってくれているのが確かに伝わってくる仕草だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 改造されたやつそれこそ修復できないのかな
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