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第95話 アレクシアの過去語り

「お前がファルコンと同郷……?」


 初めて聞いた事実に思わず驚きの声を返してしまう。


 アレクシアが複層都市の出身であることは前々から知っていたが、まさか勇者ファルコンもそうだったとは。


 俺と勇者パーティの付き合いは、知り合いの冒険者の誰と比べてもひときわ短い。


 Aランクダンジョン『奈落の千年回廊』突破と魔王討伐の間の雑用係として雇われ、すぐに目当てのダンジョンへ向かい、攻略の途中で勇者のミスの尻拭いを押し付けられて切り捨てられた――ただそれだけだ。


 なので、出身地のようなプライベートの情報はほとんど把握していない。


 雇われたときの名乗りも『勇者ファルコン』『勇者パーティの剣士ジュリア』といった形式だったし、そもそもこれで充分だった。


「詳しいお話をするのもやぶさかじゃないんですが、あんまり人目のあるところじゃしたくないんですよね。私の素性にも絡みますし。ですから、ルーク君のお店に伺ってもいいですか?」

「……仕方ないな。とりあえず移動しようか」


 ファルコンの生死はまだハッキリしていないし、ジュリアの現状は未だに詳細不明だ。


 またも逆恨みを向けられる危険を考えると、彼らの詳しい事情を聞いておいて損はないだろう。


「では、さっそくお邪魔するとしましょう」


 アレクシアは大型弩弓(スコーピオン)を収納した棺桶のような金属ケースのベルトを掴み、軽々と背負い上げた。


 それを見て、ガーネットが意外そうな声を漏らす。


「思ったより腕力あるんだな。強化スキルか?」

「いえ、私の場合は【重量軽減】ですね。珍しいでしょう? 今はスコーピオンを軽くするだけでいっぱいいっぱいですけど、レベルが上がればもっと凄くなりますよ」


 見せつけるようにスコーピオンを振り回してみせるアレクシア。


 非常に危なっかしい光景だが、重量そのものが軽減されているので、実はぶつかっても見た目より痛くはなかったりする。


 見た目は身体強化系スキルで腕力を上昇させているのとあまり変わらないが、相違点はかなり多い。


 最も分かりやすい違いは、持ち物を【重量軽減】で軽くした場合なら、馬や小舟に乗るときも重量を気にしなくていいという点だ。


 基本的に【重量軽減】は物の運搬に特化したスキルであり、その点に限れば各種の身体強化系スキルよりも優秀だが、他の分野への応用は難しい。


 アレクシアのように重たい遠距離武器を持ち運ぶために使うのが、一番シンプルな活用方法だろう。


 ――と、そうこうしている間にホワイトウルフ商店へ到着する。


 とりあえず店舗の玄関を開け、アレクシアを店内に招き入れ、そこで詳しい話を聞くことにする。


「それでは、思い出話といたしましょうか」


 アレクシアは意味もなく咳払いのような仕草をして、余計な前振りを挟まずに本題を切り出した。


「複層都市スプリングフィールドがウェストランド王国に組み込まれたのは、今からおおよそ十年前程度のことでした。それ以前はとある独立国家の首都として、ウェストランドと長い長い戦争をしていたのです」


 現国王のアルフレッド陛下が即位したのが今から二十年前。


 それからの十数年間で大陸の大部分が統一されるに至ったのであり、複層都市の征服もその一環だったわけだ。


「当時の複層都市は、身分階級に応じて生活できる階層が区別される制度になっていました。上流階級は新しくて安全で清潔な上層で、底辺階級は古くて危険で薄汚れた最下層で……私達はそんな最下層の出身でした」


 語られる内容はどう考えても辛い過去だが、アレクシアの語り口は明るく軽快で、深刻さも悲壮さも全く感じさせないものだった。


「下層民は大人も子供もとにかくコキ使われていまして。私も上層に物資を運ぶ仕事で大変でした。その時期に【重量軽減】を授かったので、神様はもっと働けって言いたいのか!と子供心に思ったものですよ。意地悪ですよねぇ」


 しまいには、あははと楽しげな笑いまで混じってきた。


 自虐しているわけではなく、本当に心から笑い飛ばして雑談のネタにしているだけのようだ。


 俺は無言でガーネットと顔を見合わせた。


 他人にとっては重大なことに思えても、本人の中ではとっくの昔に昇華されていて、気軽に持ち出せる話題になっていたとしてもおかしくはないと思うが……。


「そんな状況を変えようとしたのがファルコンでした。城壁警備部隊の武器庫を襲って、大量の武器を持ち出したんです」


 ようやく、勇者の名がアレクシアの口に上った。


「本人は『死ぬ前に上層の連中に痛い目見せてやる!』って程度のノリで始めたみたいなんですけど、あっという間に大規模な暴動に発展しちゃいまして」

「おい」


 話の途中でガーネットが口を挟む。


「ファルコンがそのまま政権転覆したとか言うんじゃねぇだろうな。確か複層都市は――」

「まさか! ジリ貧で追い詰められて大ピンチでしたよ。ですけどこの混乱を突いて、ウェストランドの将軍が都市を制圧したんです」

「――だよな。そういう話だ」


 しかしガーネットは、すぐに納得した顔で疑いの矛を引っ込めた。


「で、ファルコンはその将軍に活躍を認められて王都に引き取られ、恋人のジュリアもついて行って……当時はまだ十歳ちょっとでしたから、恋人って言っても子供の遊びだったんですけどね」


 つまりファルコンは十歳そこらで武器庫を襲い、武器を持ち出して暴動を煽ったということか。


 性格以外は優秀な奴だと思っていたが、どうやら子供の頃には既に才能を発揮していたらしい。


 そんなことを考えていると、ガーネットがこっそり耳打ちをしてきた。


「……その将軍ってのは、ファルコンを勇者に推薦した張本人で、お前に容疑を吹っかけた大臣のことだぜ?」

「なるほど……思い出したくない奴だな」


 勇者ファルコンの未帰還の原因という疑いと、ミスリル製品の不法製造および販売の容疑――


 顔も知らない大臣に色々と恨み言をぶつけたい気分だ。


 もっとも、あの件がなければガーネットと出会うことはあり得なかったわけでもあり、それを思うと『なかったことになればいい』とは思えなかったりするのだが。


「ちなみに私は上層在住の機巧技師に拾われまして、下働きから弟子にランクアップして今に至るわけです。何か質問は?」


 俺は短く息を吐いて、最も重要な事柄を単刀直入に問いかけた。


「どうしても俺の店で働きたい理由は勇者の件だ……さっきそう言ったよな。それはどういう意味だ?」

「んー……実は勇者の方には思い入れがないんですよ。友達の友達って言えば伝わりますかね」


 威圧感を込めて声を発してみたつもりだったが、アレクシアには意に介さない様子で受け流されてしまった。


 やはり慣れないことはするべきではなかったかもしれない。


「だけど、ジュリアは私の親友でした。離れ離れになってからも、手紙のやり取りは欠かさなかったくらいです。できることなら、まだ間に合うなら……助けたいと思っています」


 アレクシアは俺の目をまっすぐ見据えて、そう宣言した。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] キーワードにハーレムと入れておいて欲しいくらいに主人公の周りは女性率が高いですね
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