第94話 複層都市のアレクシア
「さぁさぁ、お互いに積もる話があるわけですけど、まずは座ってお話しましょう」
いっそここで引き返すべきか。
しかし話もせずに拒絶するのは、仲介した冒険者ギルドに対する不義理になりかねない。
とりあえず話くらいは聞いておこうと思い直し、ガーネットと一緒にアレクシアの向かいの席に腰を下ろす。
「最後に会ってから、ちょうど一年ぶりくらいですかね。ところでそちらの男の子は?」
「うちの従業員のガーネットだ」
俺の後ろ向きな感情が伝わったのか、ガーネットも警戒心の籠もった目をアレクシアに向けている。
「お前、店長の知り合いみたいだけど、一体どういう関係なんだ?」
「店長ですか? ああ、ルーク君のことですね。実は、ルーク君は私の初めての人なんです」
「あぁ?」
ガーネットがギロリとアレクシアを睨みつける。
「初めてパーティを組んだ人、な。誤解を招くような言い方をするんじゃない」
深刻過ぎる風評被害が生じそうだったので、すかさず訂正を挟み込む。
冗談のつもりなのかそれとも素の発言だったのか、アレクシアの思考回路は正直よく分からない。
「厳密にはそうでした。では改めまして。私は複層都市のアレクシアと言います。冒険者ランクはCランクで、駆け出しの頃にルーク君のお世話になった関係なんですよ」
「複層都市っつーと、北方のアレか。正式名称がスプリングフィールドとかいう」
「ですです。元の名前が没個性なんで別名の方が通りがいいんですよね。スプリングフィールドとかウェストランドに百個くらいあるんじゃないですか?」
アレクシアはテーブルの上で手を動かして、層を成して積み上がる何かを表現するジェスチャーをした。
百個は流石に言い過ぎだが、スプリングフィールドという地名は割とありきたりなので、名乗りのときには別の特徴ある呼称が使われることが多い。
それらの中でも、複層都市と呼ばれる街はひときわ異彩を放っている。
文字通り、街が層を成して積み上がって塔のようになっているのだという。
元は円形の城壁に取り囲まれた都市だったが、戦争が続く中で他所からの避難民で人口が増大していき、対応策として街を上方へ拡張していった結果なのだそうだ。
もっといい手段があったんじゃないかと思わざるを得ないが、ともかく彼らはその手段を選んだ。
そして戦争が終わり、城壁が撤去された後には塔のようになった街だけが残された。
これが複層都市スプリングフィールドの成り立ちである。
いわば街そのものが違法建築。
俺はまだ行ったことがないのだが、知り合いの話によれば、崩壊していないのが不思議でしょうがなかったらしい。
「ちなみにですね、冒険者は副業でして。本業は機巧技師の端くれなんぞをやってます」
「機巧技師? ……ああ、ゼンマイ仕掛けの時計とか作ってる連中だな」
いわゆる時計――日時計や水時計、砂時計とは違う、金属とゼンマイの組み合わせで動く機巧式時計は、数十年前にとある国で発明された新しい道具だ。
製法は秘中の秘とされていて、その国以外では一切製造されず、外国では超高価な輸入品としてのみ流通していた。
状況が変わったのは、やはりアルフレッド陛下によるウェストランド統一だった。
その国は陛下に降伏せず徹底抗戦を貫いたため、征服後は国体が解体されて完全に吸収されることとなった。
結果、独占されていた人材や『機巧技師を保護する神』への信仰が広く解放され、機巧式時計もウェストランドの各地で製造されるようになったのである。
しかし、それでもまだ高級品ということに変わりはなく、裕福層の家以外では町や村に一つあるかどうか程度の普及率だ。
グリーンホロウではそれなり以上の規模の宿が所有している他、町役場にも一つ配置されており、その時刻を基準として時報の鐘が鳴らされることになっている。
「それだったら結構なレアスキルじゃねぇか。そんな連中まで冒険者やってんのか」
ガーネットの発言の後半は、アレクシアではなく俺に向けられた事実確認だった。
「普通はやらないって。こいつが変わり者なだけだ。自分の作品の性能を実戦で確かめたいとか言ってたよな」
「それと古代文明の技術の片鱗でも見つかれば嬉しいなと思いつつ、ですね」
俺とアレクシアは、壁に立てかけられた棺桶のような金属細工に揃って視線を向けた。
怪訝そうなガーネットが何か言うより先に、アレクシアが『それ』のことを説明する。
「あれは私が研究開発中の携行型バリスタ――個人的にスコーピオンと名付けています。超大型クロスボウとも言い換えられますね」
「鉄の棺桶にしか見えねぇな」
「折りたたみ式でカバーを被せてあるだけです。矢弾もまとまった数が収納されてますよ」
アレクシアは自信満々に自作武装の説明をしている。
それを聞かされている側のガーネットは、とりわけ興味があるわけでもなければ、かといって聞き流しているわけでもない態度で耳を傾けていた。
「なぁ白狼の。話を聞く限りじゃ、そんな悪い人材じゃねぇ気がするぞ」
「でしょうでしょう?」
「早まるな。その自作武装ってのが曲者なんだ」
アレクシアは笑顔のままぎくりと肩を震わせた。
「スコーピオンの前に使ってた奴は確か、マジックスクロールを入れて魔法を吐き出す大筒だったか? 入れっぱなしだったスクロールが室内で暴発して悲惨なことになったよな?」
「あわわ……」
「その次はスコーピオンの試作品みたいな奴だったな。自動巻き取り装置の力が強すぎて金属の弦がブッちぎれて、危うくお前の顔をふっ飛ばすところだったな。腰抜かしてたの覚えてるぞ」
「え、えっと。そ、それはですね……」
ガーネットの表情が、段々「うわぁ」とでも言いたげなものへと変わっていく。
俺がアレクシアを雇うことに後向きな理由は、こいつの自作武装がいつも何かしらの危険を抱えているからだ。
以前の暴発で犠牲になったのは、不幸中の幸いにも半ば打ち捨てられた山小屋――山奥にあるダンジョン付近の休憩所だ――だったが、俺の店で同じような事故を起こされては堪らない。
「大丈夫です! 今回は開発から半年間ずっと無事故で運用できてます! 何なら目の前で分解しますからじっくりチェックしてください!」
アレクシアはテーブルに身を乗り出して、俺に思いっきり顔を近付けてきた。
「私、この案件を逃すわけにはいかないんです! 何が何でも!」
「……どうしてそんな必死なんだ。自分の武器を売り出すなら他にも手段があるだろ」
「いいえ、そうではなくてですね」
俺がアレクシアの事情に関心を抱いたことを見透かしたのか、アレクシアは椅子に座り直してじっくり語り始める構えに入った。
「ルーク君は勇者ファルコンのかつての名乗りを知っていますか?」
「ファルコンの? 知らないけど、何か関係あるのか」
アレクシアはいつものゆるい表情を抑え気味にして、その答えを口にした。
「複層都市のファルコンです。ジュリアとファルコンは私と同郷の出身……もっと言えば幼馴染なんです」




