第93話 特に新たでもない出会い
久しぶりに故郷の両親に手紙でも書こうか――不意にそんな気まぐれが浮かんできた。
きっかけはよく分からない。
大方、サクラと「里帰りでもしないのか」という会話をしたからだろうか。
俺が生まれ育ったのは、白狼の森と呼ばれる森林地帯の近くにある小さな村だった。
どんな村だったのかと尋ねられても、正直返答に困る。
本当にありきたりで特徴のない村だった。
かと言って、故郷が嫌いというわけではない。
村を出てからの十五年間ずっと帰らなかったのも、連絡を取らなかったのも、冒険者として大成できなかったのに合わせる顔がないという意地だけが理由だ。
地元の名士と呼ばれるような家に生まれた母と、その家に婿入りする形で村長の座に収まった父。
きっと二人は俺に村長の地位を継がせたかったんだと思う。
しかし俺は冒険者に憧れを懐き、十五歳のときに反対を押し切って故郷を出奔した。
まぁ、今思えば随分な親不孝者である。
冒険者になりたいという思いが邪魔をしたのか、両親が信仰していた神々から授かるスキルを全く得られず、挙句の果てに十五年も手紙一つ寄越さなかったのだから。
「……とは言ったものの、やっぱり難しいな……」
白紙を前に頭を悩ませても、一向に書き出しすら浮かばない。
とりあえず、今回は近況報告に徹するべきだろうか。
「近況報告……うーん……」
俺の人生が変わったきっかけは、やはり勇者パーティに切り捨てられて、Aランクダンジョンの『奈落の千年回廊』に置き去りにされたことだろう。
死に物狂いで脱出しようとしているうちに【修復】スキルが前代未聞の進化を遂げ、無事に地上へ帰還することができた。
そしてグリーンホロウ・タウンで武器屋を開いたはいいが、待っていたのは勇者を裏切った容疑やら、ミスリル密売の容疑やらと、ろくでもない事態だった。
どうにか無実を証明したら、今度は『奈落の千年回廊』よりも更に地下からドラゴンが現れたり、グリーンホロウ近隣に魔王城付近への直通ルートがあると判明して大混乱。
知り合いのAランク冒険者を呼ぶと宣言して混乱を収めたものの、事態は王宮が動くレベルにまで発展し、魔王軍と戦争をするための要塞建築が始まった。
俺も成り行きで要塞建築に協力することになったが――魔王によって竜人に改造された勇者と戦う羽目になってしまった。
「そこから本格的に騎士団と協力することになって……って、こんなもん親への手紙に書けるわけないだろ。何の報告書だよ」
これ以降の話題も論外続きだ。
建設中の陣地を争う戦いに首を突っ込んで魔王軍の幹部と対峙したことや、魔族に寝返った勇者パーティの一員と交戦したことに至っては、部外者に教えていいのかどうかすら怪しい。
やはり近況報告は駄目だ。
どうあがいても、十五年ぶりに送る手紙がただの怪文書になってしまう。
「厄介事は全部隠して、普通に武器屋やってますってことだけ書くか……? 世話になってる奴らの話題とか……」
その内容で書き出そうとして、ふと手を止める。
思い浮かぶ顔がどういうわけか若い異性ばかりだったのだ。
別に、グリーンホロウでは異性としか関わっていないとか、そういうわけでは断じてない。
騎士団絡みの仕事で接する相手は九割方が同性だし、呼び寄せた高ランク冒険者の顔見知りも男が大部分だ。
しかし、差し障りのない話題で言及できる親しい相手となると、偶然にも性別に偏りが生じてしまっているだけである。
「……変な誤解されそうだな。あんな風に村を出ておいて何やってんだって話だ」
すっかり手詰まりになってしまった。
俺は今すぐ手紙を書き上げることを諦めて、紙を折り畳んで引き出しの中に押し込んだ。
急ぐ必要はないのだ。内容を思いついてから書くようにすればいい。
自室を出てリビングに戻ったところで、昼食の後片付けを終えたガーネットが話しかけてきた。
「今日は冒険者ギルドから派遣される奴が来る日だろ。そろそろギルドハウスに行った方がいいんじゃねぇか」
「そうだな。まだ到着してなくても酒場で待っていればいいか」
定休日の店を出てグリーンホロウ・タウンのギルドハウスへと向かうことにする。
ホワイトウルフ商店の労働力不足は、ノワールとエリカが加わってくれたことでかなり緩和されたが、それでもあともう後少し物足りない感がある。
冒険者ギルドが派遣すると約束してくれた人員が到着すれば、日々の営業もかなり楽になるだろう。
「で、ギルドから送りつけられる人材ってのは、どんな奴なんだ?」
「実はまだ分からないんだよ」
「はぁ? あれからけっこう時間経ってるだろ。お前に伝わってねぇってどういうことだ」
ガーネットは俺の隣を歩きながら怪訝そうに声を上げた。
確かに普通なら憤慨モノの対応だが、今回は俺も仕方がないと思わざるを得ない理由があった。
「一人目の候補は早い段階で内定してたんだが、土壇場で体調を崩して中止。二人目の選定に手間取ったうえ、決まりかけた奴が途中で辞退。取り急ぎ三人目の候補を見つけて急遽出発……ってことらしい」
「随分と切羽詰まってんな、冒険者ギルド」
呆れ顔で肩を竦めるガーネット。
「仕方ないさ。普通、冒険者ってのは自分の冒険が最優先なんだ。うちに派遣される候補は引退か休業した奴くらいだし、大抵そういうのは故郷に帰りたがるから候補自体が少ないんだ」
正直、うちの店に派遣されることに同意する奴は少数派の部類に入る。
可能性があるとすれば、身体的な理由で冒険者を続けられなくなったものの、まだまだ冒険者業界の最前線に関わっていたいと考える奴くらいだろう。
そういう奴にとっては『魔王城領域』に最も近い商店であるホワイトウルフ商店は魅力的に映るはずだ。
実際、一人目の候補はそうだった。
奴は俺の知り合いで、持病と戦いながら冒険者を続けていたのだが、遂に医者から引退を勧告されてしまったらしい。
なのでせめて『魔王城領域』の探索に貢献できる就職先を、と希望していたものの、病状の急な悪化で断念することになってしまったそうだ。
「(こういう話題は、ガーネットに話しても気を使わせるだけだろうな)」
やがて目的地の酒場兼ギルドハウスに到着する。
看板娘のマリーダは俺達の来訪に気がつくと、いつもの扇情的な営業スマイルを浮かべて片隅のテーブルを示した。
「いらっしゃい、ルークさん。お客さんはあちらでお待ちですよ」
テーブルに座っていたのは一人の若い女であった。
きちんと着飾れば男達が放っておかない顔立ちでありながら、これぞ冒険者と言わざるを得ない色気とも洒落っ気とも無縁の格好で、全てを盛大に台無しにした風体。
そして酒場の男達が言い寄らない最大の原因と思われる、壁に立てかけられた棺桶にも似た箱状の金属細工。
俺は手で顔を押さえて絞り出すように声を漏らした。
「よりによってお前かよ、アレクシア……」
「あっ! ルーク君、こっちですよこっち!」
女冒険者のアレクシアが、人目もはばからずに大声で俺に手を振ってきた。
酒場の客からの注目を浴びながら、俺はどうやってこいつを帰らせるかを思案するのであった。




