第92話 少女達の笑顔 後編
黄金牙騎士団の騎士、ギルバート。
以前、アルフレッド国王の招集を受けて要塞建築の会議に参列した際、黄金牙騎士団の代表者として意見を述べていた人物だ。
地位の高い騎士なのだろうとは思っていたが、まさか黄金牙の騎士団長だったとは。
「異なことを言うものだな、フェリックス卿。騎士団長が騎士団の前線基地を訪れることに何の問題がある」
「そうではなく、まさかホワイトウルフ商店にいらっしゃるとは思わなかったのですよ。貴方は我々の団長と違って、かなり腰が重いほうだと思っていましたからね」
フェリックスはギルバートに笑顔で応対しているが、その裏に警戒心と威圧感が潜んでいるのがひしひしと伝わってきた。
「外を見てのとおりだ。ここは魔王軍に関わる重大事件が発生した現場。ましてや多大な貢献を果たしてきた人物の居住地ともなれば、俺の方から足を運ぶのは当然だろう」
対するギルバートも心理的な壁の厚さを感じさせる言動だ。
かつて騎士団は、それぞれ異なる国の軍隊として存在していた。
その対立は統一後の今も完全には終息せず、表立った抗争こそ起こらないものの、王国内における権限や影響力の拡大を競い合っている。
……という知識はガーネットから得ていたが、実際に対立の片鱗を目の当たりにすると、部外者が考えなしに首を突っ込んでいいものではないと否応なしに理解させられる。
しかし、この状況はどうしたものだろう。
奥でお茶でもどうかと誘える空気ではなく、かといって外でやってくれと言える相手でもない。
ガーネットに意見を求めようと思って振り返ったが、何故かそこにあいつの姿がなかった。
「あれ……? あいつどこ行った……?」
「……ここだ、ここ……!」
極限まで声量を抑えた囁き声で呼びかけられる。
声がしたのは会計カウンターの裏側。
どういうわけか、ガーネットはそこに身を隠して屈み込んでいた。
「何やってんだ、お前」
「しーっ! この前のドラゴンスレイヤーと同じだ。ギルバートの家とは父上の代から関わりがあって、オレも何度か顔合わせしてんだよ」
「なるほど、騎士団長同士の横の繋がりか」
ライバル関係にある銀翼騎士団が、黄金牙騎士団に秘密で構成員をホワイトウルフ商店に送り込んでいた――その事実をこんな形で悟られたくないというわけだ。
言われてみれば、フェリックスは至ってさり気なく、ギルバートの視線がこちらに向かないような立ち位置を維持している。
ギルバートがうちの店に来るとは思わなかった、というのは恐らく本音だったのだろう。
「とりあえず、逆に不審すぎるからこれでも被っとけ」
カウンター脇に置いてあった販売予定の防具――防風や防寒を重視した大きめの帽子をガーネットの頭に被せる。
左右の布は側頭部を隠すくらいに垂れ下がっているし、庇も大きいので顔が見えにくくなるはずだ。
「俺は銀翼のカーマインと違って多忙なのでな。無駄な時間を使っている余裕はないのだ」
ギルバートはフェリックスとのやり取りに見切りをつけたらしく、会話の対象を俺に切り替えてきた。
どうやら、ただの店員のフリをしたガーネットには、まだ気がついていないようだ。
ガーネットが冷や汗をかきながら素知らぬ顔をしている様子は、肝を冷やしている本人には悪いのだが、妙なおかしさを感じずにはいられなかった。
「白狼の森のルーク殿。貴殿の活躍と貢献には常日頃から助けられている。これに対して充分に報いることができないのであれば、騎士団の名折れと言わざるを得ないだろう」
「大袈裟ですよ。経済的にも困ってるわけじゃありませんし、報いると言われても……」
「だろうな。我々としても、贈るべきは金銭よりも名誉であるべきだと判断した」
そして、ギルバートは表情一つ変えることなく言葉を続けた。
「現在、我々は貴殿を黄金牙騎士団の一員として迎え入れる準備を推し進めている」
「なっ……!」
「はあっ!?」
「何ですって!」
驚きの声を上げたのは俺だけではない。
ガーネットとフェリックスも同時に驚愕していた。
「お待ちなさい、ギルバート卿。ルーク殿は騎士ではありません。そのような横紙破りが認められるとお思いですか」
「まさか。アルフレッド陛下に騎士号の叙勲を推薦しているところだ。黄金牙騎士団への入団を前提とした叙勲をな」
とんでもないことになってしまった予感がひしひしと湧き上がってくる。
騎士叙勲だって? しかも銀翼ではなく黄金牙の?
もしもこんなものを断ったらどうなってしまうんだ。
それどころか、拒否権が与えられるかどうかも怪しいレベルだろう。
「恐らく陛下は推薦を承認してくださるだろう。貴殿をルーク卿と呼べる日を楽しみにしている」
「おお! それはいい呼び名だな!」
――突然、俺達の誰でもない声が店内に響き渡った。
ギルバートも含めた全員が一斉に玄関へ視線を向ける。
そこにいたのは、飄々とした雰囲気の金髪碧眼の男が一人。
「兄う……っ!」
「カーマイン卿。貴様が何故ここにいる。銀翼の派遣部隊の指揮官はフェリックス卿だと聞き及んでいたが?」
驚きの余りガーネットが危うく失言するところだったが、ギルバートは全く耳に入っていない様子で目を細めていた。
相変わらずの無表情のままだが、声色は明らかに不快感を帯びたものになっていた。
「ははは。そんな怖い顔をしないでもらいたいね、ギルバート卿。僕はただ、騎士憲章にも明記された休暇を頂戴して温泉に来ただけさ。可能なら一ヶ月は逗留したいところだね」
「……ふん。俺と鉢合わせたのはただの奇遇だと言いたいのか」
「奇遇ついでにもう一つ。実は僕もルーク君の騎士叙勲を陛下に進言してきたばかりでね。いやぁ、偶然って怖い!」
ギルバートがカーマインを睨み、俺とガーネットは顔を見合わせて言葉を失い、そしてフェリックスは驚きを通り越して怒りを顔に浮かべていた。
「あ、貴方という人は! 何をしているんですか!」
フェリックスは仇敵であるはずのギルバートの横を通り過ぎ、上司であるはずのカーマインの肩を掴んで激しく揺さぶった。
「そんな話、私は全く聞いていませんよ! 副長格にすら話を通していないということは、さては貴方の独断ですね! またですか! 団内の調整を誰がすると思っているんですかね!」
「善は急げというだろう。それに、今から対策を練り始めたのでは、ルーク君を黄金牙に持っていかれたんじゃないか?」
カーマインは余裕たっぷりな眼差しをギルバートに向け、ギルバートは無感情で冷徹な視線を返した。
何ということだろう。
俺も当事者のはずなのに、部外者感が半端じゃない。
すっかり置き去りにされたまま話が進んでいる気しかしなかった。
かと言って、国王陛下や騎士団のトップまで動いている以上、俺がどうこう口出しできる状況だとは到底思えない。
果たしてどうしたものかと頭を悩ませていると、シルヴィアが慌てた様子で駆け込んできた。
「ルークさん! 町まで来てもらえますか! 時報用の鐘楼の鐘が壊れちゃったらしくって、すぐに直してもらいたいそうなんです!」
それを聞いて、俺はほとんど反射的に動き出していた。
「というわけですから、すみません! その話はまた後で!」
ガーネットの手を握り、呆気にとられた様子の騎士達を置き去りにして、大急ぎで店の外へと走り出す。
そのままの勢いで町に繋がる坂を駆け下りていると、ガーネットが帽子を手で押さえて戸惑いながら口を開いた。
「お、おい! よかったのかよ!」
「俺がいたってどうしようもない話だろ? だったらこうしてる方がずっといいさ!」
ガーネットは一瞬だけ目を丸くして、すぐにいつもの笑顔を浮かべると、俺の手を強く握り返して走るペースを一気に速めた。
「だったら最後まで付き合ってやるよ! 覚悟しとけ!」
結局、俺はガーネットに力強く引っ張られながら、グリーンホロウ・タウンに続く坂道を全力で走り抜けていくのだった。
今回で第二章完結となります。
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詳細についてはまた追ってご報告させていただきます。




