第90話 それでも皆を裏切りたくない
「ルーク……あれの胴体、土の部分だけ……【分解】してくれないか……」
ノワールは肩を震わせながら、三分割されたマッドゴーレムの残骸を指さした。
「予想が、正しければ……それで、ブランの、居場所を……確信できる、はずなんだ……」
「分かった、やってみる」
マッドゴーレムの残骸に触れて【解析】と【分解】を発動、土によって構成された部位だけを迅速に崩壊させる。
後に残されたのは、複数の大きな魔石とそれに繋がった複雑な金属細工だった。
「これは?」
「使い魔……マッドゴーレムが、ブランの魔法を使えた……理由……魔法の、中継装置……」
「なるほど。本体が使える魔法を、この仕掛け経由でマッドゴーレムに使わせてたわけだな。てことは、くっついてる大粒の魔石がエネルギー源か」
ノワールは口を閉ざしたまま、沈痛な面持ちで目を伏せた。
「……使い魔経由の、魔法発動は……術者から、離れる、ほど……困難で……性能も、落ちる。でも、ブランの魔法は……昔のまま、だった……」
「つまり、ブランは近くに隠れてるってことだな」
現時点で判明している情報をまとめれば、そう考えるのが最も合理的だ。
ところが、ノワールは小さく首を横に振って、さっきまで解析していた受信装置を俺に突きつけてきた。
「この装置は……遠距離操作に、特化した調整……を、されているんだ……。近距離で、操るのは、効率が……最悪だ」
使い魔を――この場合はマッドゴーレムを仲介した魔法発動という点に着目すれば、ブランは俺達のすぐ近くにいることになる。
ところが、マッドゴーレムを操作している受信装置は遠距離からの操作に特化していて、近距離では効率が劣悪だという。
「……ルークは、どう思う……?」
質問という形を取ってはいたが、ノワールはとっくに自分で仮説を立てていて、俺が同じ考えに至るか確かめようとしているようだった。
俺は数秒だけ思考に意識を集中させて、最も納得のいく可能性を導き出した。
「ブランはここにはいない。それどころか地上にいるかも怪しいと思う。恐らく地下の『魔王城領域』から……もしくは魔王城そのものから遠隔操作をしているんじゃないか?」
ノワールはこくりと頷いて、俺の仮説に同意を示した。
「そもそも、ブラン本人を地上に送り込める手段があるなら、あんな手間の掛かることをする必要なんかなかったんだ。くそっ、考えてみたら当然じゃないか」
陣地を巡る『魔王城領域』での戦いの後、黄金牙騎士団は攻城ゴーレムの残骸を回収して要塞に運び込んだ。
しかし、攻城ゴーレムには予め複数体のマッドゴーレムが仕込まれており、隙を見て起動して攻城ゴーレムの残骸や魔将ノルズリの亡骸、そして要塞の一部を破壊した――これが一連の経緯である。
ブランが魔法の中継点としていたマッドゴーレムも、混乱に乗じて地上へ忍び込んだ残存個体だ。
わざわざこんな手間を掛けた理由は一つしか考えられない。
こうでもしなければ、ホロウボトム要塞の地上側に戦力を送り込むことができなかったのだ。
ならば、ブラン本人が地上にいると考えることこそが、決定的な矛盾を抱えてしまっていることになる。
「おい白狼の! まだ本体は見つからねぇのか!」
「もう少し堪えてくれ!」
「ったく! 相変わらず人使いが荒ぇな、クソッ!」
ガーネットは縦横無尽に駆け回り、ミスリルの剣を振るって土人形を蹴散らし続けている。
俺はガーネットの魔石が使い切られる前に決着を付けるべく、より踏み込んだ質問をノワールに投げかけた。
「ノワール。離れた場所の使い魔を介して、万全の魔法を使えるようになる手段はあるのか? もし無かったとしても、魔族独自の技術ってことで納得はできるが……」
「……ある……けど、真っ当な手段じゃ……ない……」
信じたくない、考えたくない。そう思っているのが嫌というほど伝わってくる。
だが、それでもノワールは絞り出すように言葉を続けた。
「……人体の、改造は……魔族だけの手段じゃ、ないんだ……研究に、行き詰まった、魔法使いが……人間を辞める、のは……珍しくない……」
「人体改造……」
「どんな、改造が……必要、なのかは……分からない。簡単じゃ、ないと、思う。でも……できる、はずだ……魔族なら、特に……」
「ファルコンを竜人に作り変えたような連中なんだ。何をやらかしてもおかしくないな」
魔王軍に寝返ったからとはいえ、無事だと思っていた肉親が、実は既に改造を施されていた――こんなもの辛くて当然だ。
戦う意志を固めていようと、心が痛むのはどうしようもない。
俺にできるのは、最後まで一緒に戦い続けることだけだ。
「まさかとは思うけど、土人形も地下から生み出してるってことはないよな」
「それは……多分、無理だ。どこかに、もう一体、マッドゴーレムが……それを、中継してる、はず……居場所は……」
ノワールは何やら戸惑った様子で夜空を指さした。
手の平サイズの小鳥の人形が、ガーネットと土人形が戦っている真上を巡回するように飛んでいる。
「お前の使い魔か。いつの間に飛ばしてたんだ」
「……魔力の波動を、辿れば……魔法を、使っている場所も、分かる……はずなのに……」
「ターゲットが見つからなくて迷ってるようにしか見えないな……」
俺がどうこう言うまでもなく、ノワールは土人形を生成している魔法の発動ポイントを探る手立てを打っていた。
しかし、それが思うような効果を上げていないらしい。
流石に双子の姉の索敵手段は対策済みなのだろうか。
本人は地下深くで中継地点のマッドゴーレムも居場所を特定できないとなると、打つ手は殆ど――
「いや、待てよ」
不意に直感が脳裏をよぎる。
「ブランは土人形を生み出す魔法なんか使えなかったんだよな?」
「あ、ああ……その通り、だ……」
「つまり魔王軍に寝返ってから使えるようになった魔法であって、ダスティンの話だと魔将ヴェストリが同じ魔法を使っていたわけだから……となると……」
素早く考えを整理し、閃きを頭の中で具体的な作戦へと変えていく。
「……試してみる価値はあるな。ノワール、魔法の準備だ。地面の下までダメージが通る奴を頼む」
「地面の……? そ……そうか!」
「ガーネット! ノワールの使い魔が見えるな! その真下の土人形を吹き飛ばしてくれ!」
「よく分からねぇが、分かった! いくぜっ!」
横薙ぎで繰り出された魔力の斬撃が、大量の土人形をまとめて粉砕する。
使い魔の小鳥の人形の真下に、何もない空間がぽっかりと口を開ける。
その間隙めがけ、ノワールは全身全霊の魔法を発動させた。
「……アビスイラプション……!」
地表に赤黒い紋様が浮かんだかと思うと、黒炎が地面を割って間欠泉のように噴出する。
想定していた以上の破壊力に思わず息を呑む。
効果範囲の直径はせいぜい十歩分程度だが、その限られた領域に相当な威力が凝縮されている。
「おいおい。オレが露払いする意味なかったんじゃねぇか?」
ガーネットも呆れ顔で黒炎の火柱を見上げていた。
魔法の発動を終えたノワールは、額に滲ませた汗を拭うことも忘れて、疲労感の籠もった息を長く吐き出した。
土人形の群れは、一体目のマッドゴーレムが斬り捨てられたときと同様に、その場に立ったまま動かなくなっている。
火柱が消えたところで、ガーネットがこちらに向き直って詳しい説明を求めてきた。
「で、今のは何がしたかったんだ?」
「土人形を生み出す魔法は、この前の戦いで魔将ヴェストリが使っていたのと同じだ。理由までは分からないけど、もしもブランがヴェストリと同じ魔法を使えるようになったんだとしたら……」
「ああ、そうか。もう一つあったよな。ヴェストリとかいう魔族が、陣地を襲うときに使ったっていう魔法が」
地中潜行――それによって姿を隠して土人形を生み出し続けるという行動は、魔将ヴェストリがダスティンに対して用いた戦術と全く同じ。
小鳥の人形はターゲットの居場所を見つけられなかったのではなく、地面の下を潜行する標的を律儀に追い続けていたのだ。
逆に言えば、ブランは絶えず地中を動き続けることで、ノワールが得意とする追跡手段を撹乱していたとも言えるだろう。
「……土人形が、崩壊、していない……まだ魔法が……解けてないんだ……」
次の瞬間、黒く焼かれて砕かれた地面の下から、半壊したマッドゴーレムが這い出してきた。
構成物質の半分以上が失われ、残った部位は上半身と片腕程度。
それらを弱々しい魔力が包み込み、ブランの姿の幻影を形作った。
「嘘、嘘よ! ど、どうして、どうしてこんなっ!」
幻影の下からボロボロと土が崩れ落ちている。
もはや誰が見ても、あのマッドゴーレムの崩壊は間近であった。
「姉さん、お願い、話を聞いて! 私、本当に駄目なの! 姉さんが来てくれないと許されないの!」
ブランは残された腕だけで這いずりながら、ノワールに縋ろうと必死に近付いてくる。
引きつった顔は媚びを売るように歪み、ただひたすらに都合のいい言葉を吐き続ける。
ガーネットは軽蔑と痛ましさが入り混じった眼差しでそれを見下ろしながら、とどめを刺そうと一歩踏み出したが、ノワールが手振りでそれを制した。
「私ね、まだガンダルフ様から信頼されていなくって……この作戦に失敗したら、また改造されちゃうの。今度はファルコンやジュリアみたいな化物にされるかも……」
「…………」
「嫌! そんなの嫌! だから、ね? お願いだから、姉さん、戻ってきて? 姉さんの友達も受け入れるように、ガンダルフ様を説得するから!」
嘘をついているとは到底思えなかった。
明らかに心の底からの懇願だ。
もはやブランには手段が残されていないのだろう。
恐らくマッドゴーレムもこれが最後の一体で、次の中継地点は用意されていないのだ。
「だから、だから! 化物なんかになりたくないの!」
「……そのために、私を殺そうと、したんだな……」
「こ、殺すなんて言ったこと謝るから! 命令だったの! 殺すか連れ戻すかしろって! でもでも、昔みたいに仲直りしましょ? ね?」
「いいんだ……立場が、逆だったら……きっと私も、同じことを、していたから。けど……」
ノワールは静かに腕を伸ばし、その手に魔力を集中させた。
「それでも皆を、裏切りたくないんだ」
「……ッ! ノワァァァァァルゥゥゥゥゥ!」
「ごめんね、ブラン」
憤怒の形相のブランに魔力弾が撃ち込まれる。
マッドゴーレムの顔面が急所の魔法文字ごと弾け飛び、全ての機能が停止する。
ブランの幻影は消え失せ、停止していた土人形の群れも粉々になって崩れ落ちていく。
ノワールはゆっくりと振り返り、今にも泣き出しそうな顔に笑顔を浮かべた。
きっとブランの行く手には死んだ方がマシだと思える末路が待っているのだろう。
実の妹をそんな地獄へ叩き落としたという事実は、たとえ第三者が正当化しようと、ノワールの心に重くのしかかり続けるのだろう。
そんな彼女に掛けるべき言葉を、俺は知らなかった。
「…………ルーク」
ノワールはふらふらとこちらに歩み寄ると、倒れ込むようにして俺の胸に顔を埋めた。
そして、声を押し殺して涙を流した。
「ごめん……なさい……。今、だけは……」
「分かってるさ」
決意を固めて実の妹を倒すべき敵としたノワール。
俺が彼女にできることといえば、ただ心ゆくまで涙を受け止めることだけだった。




