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第9話 さすがに冒険者休業を考える

 それにしても、サクラの刀を直し終わったことで、急にやることがなくなってしまった。


 身だしなみを整え、空腹も満たし、シルヴィアとサクラの無事を確認して、サクラの刀を【修復】して――


 すぐにやらなければならないことは、全て終わらせてしまった。


 次に何をやろうかという考えがまるで浮かばない。


 より正確に言えば、冒険者として活動しようという意欲が湧いてこなかったのだ。


「(依頼を受けるのも……ダンジョンに挑戦するのも……やろうっていう気分になれないな……)」


 原因は分かりきっている。


 勇者からパーティを追放されて以降の半月間。

 飢えと孤独と恐怖に満ちたサバイバル経験のせいで、精神がだいぶ参ってしまっているのだ。


 心が折れたと言ったら大袈裟だが、それに近い感じはする。


 さすがにこいつは、長めの休養を取る必要がありそうだ。


「にしても、武者修行の途中で金欠続きってのはキツいよなぁ。稼ぐアテはあるのか?」


 頭の中がネガティブな考えに染まりそうだったので、気分を変えるためサクラに雑談を持ちかけてみる。


「いえ、それが……」

「なさそうな顔だな。何か紹介できればいいんだが……」


 そこまで考えたところで、絶好のアイディアが思い浮かんだ。


「シルヴィア。この町にはギルドハウスがあるんだよな」

「え? は、はい。昔からあった酒場が兼業してるだけなんですけど」

「だったらサクラも冒険者になればいいじゃないか。依頼を受けるタイミングは自由だから、好きなときに稼げるぞ」


 サクラの戦闘能力なら短期間でのランクアップも難しくないはずだ。


 武者修行をしながら柔軟に稼ぎたいなら、こんなにもおすすめできる仕事は他にない。


「俺もギルドハウスに野暮用があるし、これから一緒にいかないか」

「何から何まで……感謝してもしきれません」

「あ、それじゃ私が案内します。あそこで幼馴染の子が働いてるんですよ。酒場の看板娘でギルドハウスの受付もやっててですね……」


 そういうことで、俺はシルヴィアとサクラの二人と連れ立って、グリーンホロウ・タウンのギルドハウスへ向かうことになった。


「……いや、ちょっと待った。シルヴィアは仕事があるんじゃなかったか」

「仕事のついでですよ。うちで使ってるお酒はそこから買い付けてるんです。料理酒を受け取ってこいってお母さんに頼まれてまして」


 なるほど、酒場が酒屋も兼ねているのか。


 客に酒を飲ませるだけでなく、酒を必要とする他の店にも売っているわけだ。


 この春の若葉亭は町で一番大きな宿屋である。

 それが酒の仕入先として使うくらいの規模の店なのだから、小さな町のギルドハウスとしては最適かもしれない。


「ところで、ルークさんはどうして【修復】を本業にしてないんですか?」


 ギルドハウスへの道中で、シルヴィアが何気なく話題を切り出してきた。


「他の人が【修復】スキルを鍛えてないってことは、ライバルが少ないってことですよね。そういうスキマ需要は狙い目だっておばあちゃんが言ってました」

「何か君のおばあさんに興味湧いてきたぞ……」


 昨日聞いたのは人情味ある教えだったが、今日のは完全に商売人のそれだ。


 脳内に思い浮かぶイメージが、のんびりした優しそうなおばあさんから、年輪を重ねた老獪な商売人にアップデートされてしまいそうだ。


「私もシルヴィアと同じことを考えていました。道具しか直せないはずの【修復】スキルで負傷を癒せるほどの達人なのですから」

「いや。あんなことができるようになったのはつい最近なんだよ」


 そういえば、まだ俺の側の事情を話していなかったので、簡単に説明しておくことにする。


 ――ふとしたトラブルで依頼主にパーティから追放されたこと。

 ダンジョンを半月もさまよっているうちに【修復】スキルが変化したこと。

 新しい能力を使ってダンジョンを脱出した直後に二人と出会ったこと――


 こうして言葉にしてみると、我ながら散々すぎるシチュエーションである。


「ひどい……最低な依頼主ですね!」

「まったくです。私ならその場で斬り捨てていたところです」


 シルヴィアとサクラは揃って憤っている。


 二人には言っていないけれど、その依頼主は王国認定の勇者なのだが、サクラはそれでも斬り捨てそうな気がする。


「まぁ、それはそれとして。俺が冒険者を続けていた理由はな……憧れだよ」


 子供の頃、故郷の村に冒険者パーティが立ち寄った。


 彼らが語る色鮮やかで輝かしい冒険譚は、俺の心に強烈な憧れを植え付けた。


 大人になってから考えれば、その何割か――ひょっとしたらほとんど全てが作り話だったのかもしれない。


 それでも俺は『冒険者』という存在への憧れを捨てられなかった。


 馬鹿なことを言うなと怒る親に反発し、村を飛び出してしまうくらいに。


「だから、もっといい稼ぎ方があっても関係なかったのさ」

「……ルーク殿。後悔は、していないのですか」


 サクラが少しだけ悲しそうな声でそう言った。


「まさか。好きでやってきたことだからな。だけど……流石に今回の件はこたえたよ。足を洗うにはいい機会かもな」

「引退なさってしまうのですか?」

「それも選択肢の一つかもな。とりあえず当面は休業ってことにして、別の仕事で稼ぐつもりだ。できればのんびりできる悠々自適な仕事がいいな」


 ギルドハウスに野暮用があるというのも、この件だ。


 冒険者ギルドは、引退する冒険者の新しい仕事の斡旋もやっている。


 足を洗う冒険者の大部分はこの制度を利用するそうだ。


「……あっ! 着きましたよ!」

「ここか。本当に酒場なんだな。まぁ、珍しいスタイルじゃないか」


 話題を途中で打ち切って、グリーンホロウ・タウンのギルドハウス兼酒場の中に入る。


 真昼だからか、酒場としての客はほとんどいない。


 店内にいるのは、見るからにルーキー揃いの冒険者達だけだった。


「いらっしゃーい……って、シルヴィアじゃん。どしたの、こんな時間に」

「道案内。ギルドに用事がある人がいてね。あ、そこにいるのが受付のマリーダです」


 発言の後半は俺達に向けたものだった。


 マリーダは、素朴な雰囲気のシルヴィアとは正反対の空気を漂わせた少女だった。


 シルヴィアの幼馴染という前情報がなかったら、少女ではなく女性と認識していたかもしれない。


「おやおや、シルヴィアんとこに宿泊中のサムライガールと……おにーさん、ウチは初めて? 安くしとくよ」

「それ酒場のセールストークでしょ」

「おっと間違えた。用件は何かな。依頼? それとも冒険者登録?」


 にゃははと奇妙な笑い声をさせながら、マリーダはカウンター脇の記入用紙の束を手元に持ってきた。


「俺はもう冒険者だよ。登録するのはこっちの方な」

「若輩者ですが、よろしくお願い致します」

「ここの連中はみんな若輩者だよ。薬草が豊富で危険度も低いから、色んなとこから新人さんが来てるのさ。ほら、登録するならこれに記入してね」


 マリーダに促され、サクラは冒険者登録の申込用紙の記入欄を埋めていく。


 冒険者なら誰もが経験する最初の一歩。


 俺みたいな万年三流も、Aランクダンジョンを容易く踏破する超一流も、この一枚の紙切れに名前を書くところからスタートする。


 サクラの初々しい姿に十五年前の登録当時のことを思い出させられ、懐かしさが一緒に湧き上がってきたのだった。

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