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第89話 赫焉の巫女

 ――白狼の森のルークとノワール、そしてガーネットの三人が、湧き続ける土人形と戦いながらブランの居場所を探っている間、サクラはツリーゴーレムと一対一の戦いを繰り広げていた。


 自身の数倍ほどの巨体に打ち込んだ斬撃は既に二十を越え、そのうち半分以上が炎を纏った刃によるものだった。


 戦況は明らかに一方的。

 【縮地】と高い身体能力を組み合わせたサクラの動きに、鈍重なツリーゴーレムはまるで対応しきれていない。


 森の付近とはいえ、近くに動きを妨げるような木々は生えていない開けた場所だ。


 運動性で著しく劣る者が攻撃を当てられる道理などなかった。


 しかしながら、サクラの側も明らかに決定打を欠いていた。


「(生木は燃えにくいというが、これは明らかに魔法的な保護が施されているな。樹木が湛えた水気を利用した火除けの加護とでも言うべきか……)」


 桜色の刀に付与した炎がツリーゴーレムに通用しない――


 サクラはその事実を焦ることなく受け止め、素早い戦闘行動を繰り返しながら冷静な分析を重ねていた。


「(だが炎を使わず斬りつけたところで、刀を振るって大樹を切り倒さんとするも同然……しかも自己修復までしているようだな。生きた素材を用いたゴーレムならではの機能といったところか)」


 ツリーゴーレムは四肢も胴体もとにかく分厚く強靭で、刃物では浅い傷を与えるのが精一杯だ。


 加えて、豊富に含有する水分を利用した魔法効果により、樹木が火に弱いという先入観を覆す防御力を発揮している。


「(あれもゴーレムの一種なら、ルーク殿が仰っていた共通の弱点を抱えているはずだが)」


 緩慢な攻撃を回避しながら視線を上げる。


「(仮面のような樹皮で顔全体を覆い隠しているな。弱点の魔法文字を狙うのも骨が折れるときた)」


 ツリーゴーレムは間違いなく難敵だ。


 このまま戦いが続けば、こちらの魔力か体力が先に尽き果て、鈍重なゴーレムの攻撃であっても容易に直撃してしまうだろう。


「そうこなくてはな。ガーネットに無理を言って役目を譲ってもらった甲斐がない」


 サクラは口元に笑みを浮かべ、懐から取り出した数枚の呪符を撒き散らした。


 呪符はサクラの周囲を回転してから動きを止め、その周囲に円筒形の防壁を展開させた。


「申し訳ない、ルーク殿。この好機、私的な目的のために使わせていただきます。どうしても試さずにはいられないのです」


 ここにいない男に自身の選択を詫びながら、サクラは防壁の内側で桜色の刀を鞘に収め、腰に下げていたもう一振りの刀を抜き放った。


 刀剣らしからぬ緋色の刃。

 純粋な緋緋色金のみで練り上げられた祭具の刀。


 サクラは刀身に手を添えて胸の高さで横たえ、呼吸を整えながら魔力を高めていく。


 防壁にツリーゴーレムの拳が叩き込まれる。


 呪符という簡易手段で展開された防壁は、鈍重ながらも強烈な一撃を一度防いだだけで跡形もなく消し去られた。


 しかし、サクラにとってはこの数秒こそが必要なのであった。


「――御座(おわ)しませ、火之炫日女(ヒノカガヒメ)――!」


 追撃の拳が振り下ろされた瞬間、サクラの周囲に凄まじい光と熱が噴出する。


 その圧倒的熱量はツリーゴーレムの腕から水気を奪い、瞬く間に肩口までを焼き尽くした。


 まるでここにだけ夜明けが訪れたかのような輝きが森を照らす。


 サクラの艷やかな黒髪は燃え上がるような赤色に染め上げられ、炎の帯が羽衣のように周囲を漂い、太陽にも似た色の瞳が冷徹にツリーゴーレムを見上げている。


 滾る魔力は人の域ではなく、ただ在るだけで地を乾かし草木を焦がして灰に帰す。


 喩えるならば人間の形に詰め込まれた炎そのもの。

 太陽から零れ落ちたひとしずく。


 赫焉(カクエン)の巫女――まさしくその二つ名を体現した姿である。


 仮に相手が感情を持つ生物であったなら、異常を察して死に物狂いで逃げ出そうとしていたことだろう。


 しかしツリーゴーレムにそのような判断能力はなく、無謀にも残された腕をサクラに振り下ろした。


「――――」


 切っ先を足元に向けた下段の構えから、緋色の刀が斜めに斬り上げられる。


 逆袈裟の太刀筋で繰り出された炎の斬撃がツリーゴーレムの巨体を突き抜け、二つに引き裂きながら跡形もなく焼き払った。


 一歩も動くことのない一太刀。ただそれだけで勝敗は決した。


 それは枯れ葉を燃やすよりも更に容易く、その灰を吹き払うよりも更に他愛ない決着であった。


「……ぐっ!」


 ツリーゴーレムが僅かな燃え殻を残して消え失せた直後、サクラは苦悶の声を漏らしてその場に片膝を突いた。


「やはり、まだ一太刀が限界か……容易い相手に試しておいて正解だったな……」


 纏っていた炎は消え、頭髪も黒色に戻り、周囲の風景にも夜の暗闇が戻ってくる。


「だが……出来た……出来たぞ……はは……! あはははは……! 父上! 桜は成し遂げました! 神降ろしを! 火之炫日女(ヒノカガヒメ)の神威の顕現を!」


 サクラは歓喜に笑いながら、一枚の呪符を空に放った。


 空中に展開した小規模な魔法陣が、小雨のように水を撒いて残り火を鎮圧し、森への延焼の危険を摘み取っていく。


 そしてサクラは倒れ込むように横たわり、仰向けで夜空を見上げながら、満足げな表情で魔法の雨を浴びるのだった。











「サクラの方は上手くいったみたいだな」


 森林の一角が真昼のように明るくなり、凄まじい炎の斬撃が放たれたのを見て、俺はサクラがツリーゴーレムを打ち倒したと確信した。


 その証拠に、さっきまではツリーゴーレムの暴れる音があれだけ響き渡っていたのに、その轟音が全く聞こえなくなっている。


 万が一にもサクラが倒されたのなら、ツリーゴーレムがこちらに近付いてくる足音がするはずだ。


「(あの凄まじい光……『神降ろし』を使ったんだな)」


 苦労して編み出した技術を、一刻も早く実戦で試してみたかったのだろう。


 気持ちはよく分かるし、文句を言える立場でもなければその理由もない。


 今はただサクラが無事であることを祈るだけだ。


「……ノワール。何か分かりそうか?」


 ノワールはマッドゴーレムから回収した受信装置を手に、魔力を注いで解析を続けている。


 決して急かすつもりはなかったが、途中経過くらいは確認しておきたかった。


 土人形の集団はガーネットが片っ端から蹴散らしてくれているが、もしも解析に極めて長い時間が掛かりそうなら、一旦退いて態勢を整えることも考えなければならない。


 ガーネットは魔石からの供給で魔力切れを防いでいる。

 つまり裏を返せば、手持ちの魔石を使い切るまでがタイムリミットなのだ。


「……少し分かった……けど、まさか、そういうこと、なのか……? いや、でも、そうとしか……考え、られない……」


 俺の問いかけから数秒程度の間を置いて、ノワールが焦りと困惑の混ざった声で答えた。


 いつもの喋り方の癖ではなく、心の底からの動揺が滲み出た声色だった。


 まるで、想定したくなかった可能性が真実であったと、明確に知らしめられてしまったかのように。


「ルーク……あれの胴体、土の部分だけ……【分解】してくれないか……」


 ノワールは肩を震わせながら、三分割されたマッドゴーレムの残骸を指さした。


「予想が、正しければ……それで、ブランの、居場所を……確信できる、はずなんだ……」

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