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第85話 有事に備えて 前編

今回の前後編が第二章クライマックス前の最後の日常パートになります。

今まで溜めた分、後編から先は一気にスパートが掛かる予定です。

「はい、どうぞ。ご注文の持ち帰りの夕食です。四人分でよろしかったんですよね」

「いつもありがとな。代金はこれで足りてるか?」


 春の若葉亭の食堂スペースで、シルヴィアから四人分の夕食が入った籠を受け取る。


「私が作りに行ってもよかったんですよ? わざわざ取りに来ていただかなくても」

「それは駄目だ。騎士団が到着するまでは無闇に出歩かないようにした方がいい」


 トライブルック・シティの件からしばらくの日数が過ぎ、いよいよ銀翼騎士団の到着予定日が目前に迫ってきた。


 町はマッドゴーレムが未だに発見されていないことに対する不安と、銀翼騎士団が来てくれることへの安心感が入り混じった雰囲気に満たされている。


 宿で寛ぐ冒険者達も似たようなもので、絶え間ない警備依頼の疲労と、もうすぐ状況が落ち着くという期待で少々気が緩んでいるように見えた。


「ところでガーネットさん。新しい服、よく似合ってますよ。ルークさんとお揃いなんですね」

「へへっ、そうか? 思ってた以上に動きやすくっていい感じだぞ」


 ガーネットは新調した服を見せびらかすように腕を広げた。


 しっかりとした造りの上着に頑丈なロングブーツ。

 俺が着用しているものと同じデザインの冒険者向けの装備だ。


 本来なら更に屋外行動用のマントも付くが、さすがに今は外させてある。


「見た目は普通だけど、かなり凄ぇ素材使ってるんだぜ。だよな、白狼の」

「そうなんですか?」


 妙に上機嫌なガーネットの自慢話を聞きながら、シルヴィアは俺の方に説明を求める視線を向けてきた。


「ああ。革部分にドラゴンレザーを使ってあるんだ」

「ドラゴン!?」

「ブーツに膝の補強にその他諸々。上着にも表面と裏地の間に革が仕込んであって、普通の革でもナイフで切られたくらいなら軽傷止まりなんだが……ドラゴンレザーだからどこまで防げるか想像もできないな」


 加工はセオドアが懇意にしているという職人を紹介してもらったので、品質に間違いはない。


 ちなみに、俺の装備もついでに同じ仕様で作り直してある。

 間違いなく、これまでの冒険者人生で最も高価な服だ。


 見た目を前と変えずに作ってもらったのは、単にあれが気に入っていたからで、ガーネットの場合は本人の希望でこういうことになった。


「凄いです……これがドラゴンの……」


 シルヴィアはガーネットの装備を興味深そうに見つめている。


「でもよ、普段着にするにはちょっと硬すぎるっつーか、なんつーか。お前よくこれで野宿とかできるよな」

「そんなもの慣れだ、慣れ。お前はダンジョンに潜るときだけ着替えればいいんじゃないか?」

「言われなくてもそうするっての」


 俺の場合はこの服装に慣れすぎていて、冒険中の野営も普段の生活も違和感なく過ごせるようになってしまっていた。


 果たしてそれが良いことなのかと言われると、自信を持って首を縦には振れないのだが。


「シルヴィア。俺達は店に戻るけど、くれぐれも気をつけてくれよ。春の若葉亭だって絶対に安全だとは言い切れないんだからな」

「分かってます。ルークさんこそ用心してくださいね。ルークさんはもうこの町にとって必要不可欠な方なんですから」

「言い過ぎだと思うんだがなぁ……」


 ともかくシルヴィアへの挨拶を済ませて宿を出ようとしたところで、エリカがふんわりした長髪をなびかせながら駆け寄ってきた。


「店長! もう店に戻るんですか?」

「ああ。冷めないうちに夕飯を持って帰らないと、サクラとノワールに怒られるからな」

「怒らねぇと思うぞ。サクラはめちゃくちゃがっかりするだろうけど」


 そちらの方がよっぽど対応に困る。いっそ怒って欲しいくらいだ。


「えっと、今日はノワールさん達も店に泊まるんですよね」

「騎士団が到着するまではそうするように頼んであるぞ。ミスリルなんて貴重品を扱ってるわけだから、用心に用心を重ねておかないとな」

「あの……それでですね……やっぱり、私も参加した方がいいんでしょうか」


 不安そうな顔でそう尋ねられたので、ガーネットと顔を見合わせて少し考え込む。


 まさか、もしものときは一緒に戦いたいと言っているわけではないだろう。


 エリカが戦闘向けのスキルを持っているという話は聞いていないし、戦えないのに同席したがっているなら止めるしかない。


 となるとやはり、質問の意図はこれとは逆。

 春の若葉亭――つまり比較的安全な場所で待っていていいのだ、ということを遠回しに確認したかっただけなのだろう。


「大丈夫。エリカはここでシルヴィアと一緒に待っていてくれ。危険なことは俺達がやるからな」

「は、はい! よかったぁ……」


 ほっと胸を撫で下ろすエリカ。


 戦いたくないのは一般人として当然の反応である。

 自ら危険に突っ込む冒険者や騎士が特殊なのであって、普通は危険から遠ざかることを考えるものだ。


「店長、ノワールさんに無茶だけはしないでくれって伝えてください。まだまだ教わりたいことが山ほどありますから」

「もちろん。無理なんかさせないさ」


 安堵した様子のエリカに別れを告げ、今度こそホワイトウルフ商店への帰路につく。


 夕暮れのメインストリートを『日時計の森』方面へ向かって歩きながら、未だに上機嫌な様子のガーネットと何気ない雑談を交わす。


 この賑やかな町並みも、隣にガーネットがいることも、すっかり馴染んでしまった日常風景だ。


「なぁ、白狼の。今のオレ達って揃いの格好してるわけだけど、傍からは兄弟にでも見えてるのかね」

「父親と息子じゃないか?」


 冗談でそう答えると、ガーネットが肘で脇腹を軽く小突いてきた。


「いつもは何かと『そこまで歳じゃない』とか言ってるくせに」

「というか、真面目に答えたら『ホワイトウルフ商店のルークとガーネットだ』としか思われないだろ」

「ま、それもそうか。有名人だしな、お前」


 自惚れではなく事実としてそうである。

 グリーンホロウに来てから色々なことがあったせいで、住民や冒険者の多くから顔を覚えられていた。


 それがシルヴィアの言う『この町にとって必要不可欠』と関係しているのかは、自分では評価のしようがなかったが。


「ところで、ガーネット。ひとまず服と剣は仕上がったわけだけど、これで充分なのか? 俺がいうのも何だが、いくらドラゴンの革だからって、その程度じゃ普通のレザーアーマーより脆いと思うぞ」


 俺がそんな心配事を口にすると、ガーネットはにやりと笑って服の胸元を引っ張ってみせた。


「いいや、充分すぎるくらいだ。オレのメインスキルが身体強化系ってことは知ってるだろ? 強化といっても様々だけど、オレの場合は装備も一緒に強化されるタイプだからな」


 ガーネット曰く、彼女のスキルは肉体だけでなく着衣も同時に強化されるそうだ。


 さもなければ、全力で走ったときに靴が破けて吹っ飛んでしまうし、甲冑姿で格闘をしたら板金が潰れて外せなくなってしまう。


 かつてガーネットが『奈落の千年回廊』の壁を蹴りつけたときだって、甲冑の脚部が強化されていなかったら、無残にへこんで歪んで歩くこともままらなくなっていただろう。


「装備の強化効率は素材に応じて変わってくる。ドラゴンの革なら下手な金属板より強靭になると思うぜ。もちろん武器だって強化対象だ。武器強化専用スキルにゃ負けるが、高比率のミスリル合金なら相当なモンに仕上がるだろうな」


 この前の戦いでガーネットが使っていた剣が魔将ノルズリによって折られたのは、恐らくミスリル含有率が一桁パーセント程度の店頭販売品だったからである。


 あれも普通の鉄剣より格段に強力だが、魔王軍の最高幹部が扱う剣が普通の武器であるとは考えにくく、性能差で押し切られてしまったのだろう。


「なるほど……かなり強力な強化スキルなんだな」

「その代わり、いちいち意識して発動させねぇと効果がでないわ、発動中はずっと魔力を消費し続けるわと面倒なことも多いんだぜ」


 ガーネットは苦々しく笑いながら肩を竦めた。


「こまめに停止させねぇとすぐに息切れするんで、その合間に痛い目に遭うこともごく稀にあってだな……分かるだろ?」

「ドラゴンに不意打ちでやられたときか。今思い出しても背筋が凍るね。魔力切れが心配なら、陛下から頂いた魔石でも持って戦うか?」

「あれって手に握ってないと魔力引き出せないみてぇだからなぁ。流石に使いにくいっつーか」


 そんな会話を交わしながら、俺とガーネットはグリーンホロウのメインストリートを通り抜け、ホワイトウルフ商店へ続く緩やかな坂道を歩いていくのだった。

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