第83話 ランチタイムと今後の予定
セオドアに別れを告げて食堂スペースの端に戻ると、いつの間にかそこにはサクラとガーネットの姿があった。
「ずいぶん長話だったじゃねぇか」
「確かあの方は、ドラゴンスレイヤーのセオドアという冒険者でしたね。『魔王城領域』で何度か顔を合わせたことがあります。どんなお話をなさっていたんですか?」
「ドラゴン素材を仕入れられないか、ちょっと相談してみたんだ」
食事のために個室へ向かうセオドアとマリアを横目で見やりながら、先ほどのやり取りを簡潔に説明する。
個人的な感情を脇に置いて考えれば、今回の一件は大きな前進である。
数ある革素材の中でも、防具として用いる前提であれば、ドラゴンの革はトップクラスに優れた性能を誇っている。
それを安定供給可能なルートを開拓できたわけだから、マリアの困り果てた性格にもある意味で感謝しなければならないだろう。
あそこで貴族としての面子だの格式だのだけで判断されたら、俺ごときは絶対に取引相手にはなれなかったところだ。
「んじゃ、そのお祝いも兼ねてさっさと飯にしようぜ。サクラもどうだ?」
「私はもう済ませてしまったからな。またの機会にするよ」
そしてサクラは、食堂での仕事に移っていたシルヴィアに声を掛けた。
「シルヴィア。今日も帰りは遅くなると思う。悪いが夜食か何かを用意しておいてもらえないか」
「分かりました。気をつけてくださいね」
サクラが自分の用事を済ませるために春の若葉亭を後にしたので、俺達も本来の目的を済ませることにする。
テーブルに着いて昼食を注文し、料理が届くのを待つ。
そうしてしばらくすると、不意にガーネットが何か考え込むような表情を浮かべた。
「……どうかしたか?」
「いや、な。さっきのセオドアって奴の顔と名前、どっかで覚えがあるような気がしてたんだが、やっと思い出したんだ。あいつとは騎士になる前に会ったことがある……と思う」
ガーネットはいまいち自信がなさそうに記憶の糸をたどっている。
周囲の人間に聞こえないように声を潜め、俺だけに聞こえるように気を遣いながら。
「騎士団長の身内として王都で暮らしてる間に、何人かの貴族のところに挨拶回りで連れ回されたことがあるんだよ。他の兄弟もいて、オレは一番年下のオマケみたいなものだったけどな」
「そのときにビューフォート家のところにも行ったわけか」
「ああ。まさかとは思うけど、向こうもオレのことを覚えてるかもしれねぇな」
なるほど、ガーネットが懸念しているのは、自分の正体が露見する可能性だったのか。
騎士になって以降は他人に素顔を隠してきたらしいが、流石にそれ以前に顔を覚えられたことについてはどうしようもない。
そういう人物が今のガーネットを見れば、即座に『銀翼騎士団団長カーマインの妹のガーネットだ』と気付いてしまう可能性はある。
「けどな、ガーネット。セオドアは興味がない相手の顔は全く覚えない奴だぞ? それに当時はちゃんと女の子だったんだろ。簡単に気付かれたりはしないんじゃないか?」
「今もだっての。蹴られてぇのか」
宿の従業員がテーブルに近付いてきたので会話を一旦中断し、通り過ぎるのを待って俺の方から再開する。
「まぁ、仮に覚えられていたとしても、顔を合わせなければ問題はないだろ。セオドアは別荘で過ごしてて滅多に町まで来ないらしいし、素材の取引もお目付け役のマリアを通すことになるしな」
「だったらいいんだけどよ……用心しとくに越したことはねぇよな」
「とりあえず、俺の方からも気をつけておくよ」
やがて注文した料理が運ばれてくる。
俺のメインディッシュは大きな川魚、ガーネットのは厚切りの鹿肉。
どちらも食欲をそそる良い香りを漂わせている。
お互いにかなりボリュームがある料理だったうえ、空腹もかなり強かったので、自然と余計な会話を交わさず食事に集中することになった。
テーブルの上の食事がだいぶ減った頃になってようやく、今度は俺から話題を切り出した。
「そういえば、俺も少し気になることがあるんだ」
「セオドアか?」
「勘弁してくれ。サクラのことだよ」
サクラについての話と聞いて、ガーネットも関心を抱いたような素振りを見せた。
「あいつ、ここ最近ずっと何かの訓練をしてるみたいじゃないか。それが一番の目的だから当然といえば当然なんだけど、最近はマッドゴーレムの件もあるから心配だな、と」
「簡単にやられるようなタマじゃねぇ……とは思うけど、鍛錬で疲労してたらあるいはってこともありうるな。心配なら後で様子でも見に行こうぜ」
「どこでやってるか知ってるのか?」
「知らねぇけど、知ってそうな奴に聞けばいい。おーい! シルヴィア!」
ガーネットに呼ばれ、給仕の仕事中のシルヴィアがパタパタと駆け寄ってくる。
「お待たせしました。ご用はなんでしょうか」
「ケーキと紅茶のセットを二つ頼む」
「はい、かしこまりました!」
「それともう一つ、サクラがどこで修行してるか知らねぇか」
シルヴィアは唐突に投げかけられた質問に首を傾げ、その内容を理解しようとするように数秒考え込み、そしてすぐに答えを返してくれた。
「前に『火災の心配がない場所を知らないか』と聞かれた覚えがあります。町の近くの渓谷なら安全だと思いますと伝えたら、やはりそこしかないか、って」
「そうか、ありがとな」
シルヴィアはペコリと一礼をして厨房の方へ戻っていった。
つい先ほどノワールについて尋ねたときと同じく、回答の内容にあれこれと気を使った形跡がある。
「で、この辺りの川っていうと、どこがある?」
「渓谷になってる場所なら町の前の川だな。今朝も橋を渡ってきただろ」
「ああ、あそこね。けっこう深い谷になってたし、河原にゃ木も生えてなかったから、炎を振りまいて鍛錬するにはぴったりだな」
俺も件の渓谷はよく知っている。
グリーンホロウに来てまだ間もない頃、嵐で崩落していた橋を村役場からの依頼で【修復】した場所だ。
その後もアルフレッド王に召喚されたときや、今回のトライブルック・シティへの遠出のときにも、必ずあの橋を渡って山を降りている。
だからこそ、ガーネットが言ったとおりサクラの鍛錬には最適だと納得できた。
川辺へ行くには急な崖を降りる必要があるものの、サクラなら【縮地】があるので何の問題にもならない。
「んじゃ、日が沈んだら行ってみようぜ。昼間のうちは普通に警備の依頼をやる予定らしいからな」
ガーネットもサクラの様子を見に行くことに積極的だ。
二人は武闘派という繋がりで仲良くなった友人同士。
やはり安全にやれているかどうか心配なのだろう。
……ひょっとしたら、どんな修行をしてどれくらい強くなっているのか、気になっているだけかもしれないが。




