第82話 セオドアとマリア
さっそくセオドアに話しかけようと思って近付こうとすると、秘書らしき女性が立ちはだかって俺の行く手を塞いだ。
「失礼ですが、何か御用でしょうか」
「ええと、ホワイトウルフ商店のルークというものです。セオドア卿にお話がありまして」
「セオドア様はご多忙であらせられます。お引取りください」
女性は取り付く島もなく俺を追い払おうとしたが、彼女の主であるセオドア本人は正反対の反応を見せた。
「いいじゃないか、マリア。話くらいは聞こう」
「何を仰るのですか」
マリアと呼ばれた女性が振り返ってセオドアを睨む。
しかしセオドアは鷹揚な態度を微塵も崩さずに笑っていた。
「彼に加工させたミスリル装備はなかなかいい具合だし、そもそもこんなにドラゴンがいるダンジョンを紹介してくれたお礼もしないとね」
「……かしこまりました」
渋々マリアが引き下がって、それと入れ替わるようにしてセオドアが一歩前に出る。
「ええと、僕の連絡先を把握していたということは、どこかでパーティを組んだ冒険者だったのかな? 記憶にない顔と名前だけど、例のルートで書状をくれたということは、まぁそういうことなんだろうね」
「……ええ、過去に三回ほど」
セオドアという男は昔からこういう奴だ。
ドラゴンを狩ることばかりに興味が偏っていて、他の冒険者には滅多に興味を示さず、顔や名前を覚えることすら稀なのである。
声を掛けた高ランク冒険者の何人かとは友好的な関係ではなかったが、存在を覚えられているかどうかすら怪しかったのはこいつくらいだ。
例外は、奴のドラゴンハンティングに貢献できる能力の持ち主だけ。
ほとんど全ての冒険者は、奴にとって記憶するにも値しない群衆でしかないのだ。
「この素晴らしい狩場をすぐさま僕に教えてくれたこと、本当に感謝しているよ。希望があるなら何でもいってくれたまえ」
「セオドア様、何でもはいけません。報奨は相応のものとすべきです」
「そうかなぁ」
「私がセオドア様のおそばに付く以前、奢りと称して大衆酒場の在庫を全て買い取り振る舞ったこと、存じ上げておりますよ。無軌道な金銭の放出は品位がありません!」
……しかしながら、セオドアが他の冒険者から嫌悪されているかというと、意外にもそうではない。
一番の理由は金銭感覚が浮き世離れしていて、楽しく狩りができたとかその程度の動機で惜しみなく大金を使っていたことだ。
大部分の庶民出身の冒険者は、変人貴族に存在を忘れられようと大して気にはしない。
いつもは適当に接しておいて、タダ酒を飲ませてくれるというなら喜んで持ち上げる、というのがよくあるパターンだった。
最近はそういう派手な話を聞かなくなったと思っていたが、どうやら口うるさいお目付け役を付けられてしまったらしい。
「報奨が欲しいわけではありません。討伐したドラゴンから得た素材を積極的に回収していると聞きまして、当商店に卸していただけないかとお願いに来たのです」
「ああ、それなら……」
「でしたら私の領分でございますね」
マリアが再び俺とセオドアの間にずいっと割って入る。
「セオドア様がお仕留めになられた魔物は、私が責任を持って適切に取り扱わせていただいております」
「そういうことなんだ。解体や運搬なんかの後始末の手配も彼女に任せきりでね」
これはマリアが直接ドラゴンを解体したりしているというわけではなく、人員を雇うなどの事務処理を全て彼女が引き受けているということだろう。
なるほど、執事か秘書という第一印象どおりの仕事を担っている人物のようだ。
「申し上げるまでもなく、セオドア様の獲物はビューフォート家の財物でもあります。恩寵としての下賜ではなく商取引を望むのであれば、受け手にも相応の『格』が求められるのですよ」
マリアは俺の出で立ちをまじまじと観察し、改めてキツい視線を向けてきた。
「ですが、やはり家柄や爵位は望むべくもありませんね」
「国王陛下の求めに応じて要塞建築に携わり、黄金牙騎士団に武器を供給している……というだけでは不足ですかね」
「もう一押し、といったところでしょうか。やはりここは財力、資金力も確かめなければなりません」
強い口調でそう言って、マリアは居丈高に腕組みをして俺を見据えた。
「ただお見せいただくだけで結構です。大金貨二十枚を即日ご用意できますか?」
「できますよ」
「この程度も困難なのであれば、ビューフォート家の取引相手として……はい?」
「用心のために、ギルドハウスと騎士団に分割して預けてありますけど、今から引き出してきましょうか」
マリアが口を開けたまま唖然としている後ろで、セオドアが心底愉快そうに笑いだした。
「あはははは! 騎士団がミスリル装備を大量購入しているんだ、金貨なら山ほど貯まっているに決まっているじゃないか! マリア、君は時々抜けているなぁ。そこが愛らしくもあるのだけどね」
「セ、セオドア様!」
かあっと赤面して、マリアが背後のセオドアに振り返る。
ホワイトウルフ商店の経済状況については、まさしくセオドアの言う通りだ。
ミスリル製品の販売量は国からの規制で上限が設けられているが、それでもなお売上額は相当なものになる。
ましてや俺の場合は、他の認可業者と違ってほとんどノーコストでミスリルを仕入れられるので、利益率が異常に高くなっている。
今回、ガーネットのための特注品だけでなく、店で取り扱う商品としても高性能な武器やドラゴン素材を仕入れることに決めたのも、貯まってきた資金を有効活用すべきだろうと考えたからだ。
「と、とにかく! 貴店の格式は充分に理解いたしました! さっそくですが細かい条件を詰めるといたしましょう!」
マリアが素早く振り向いて、どこからともなく書類の束とペンとインク瓶を取り出す。
さっきの赤面ぶりはすっかりどこかに消え失せ、油断のない真剣な顔で口元だけに不敵な笑みを浮かべている。
「いや、あの、今回のところはとりあえず話だけできればと……」
「善は急げ、機を見るに敏なるが至上です! よろしければ私共が懇意にしている革職人をご紹介いたしますが、発注品は鎧ですか? 盾ですか? それとも骨と牙の加工をお望みで?」
テンションを上げきったマリアに気圧される俺を見て、セオドアは楽しげな笑みをより一層深めていた。
「マリアは堅物だけど金貨を増やすことも大好きなのさ。たまに抜けたところは見せるくせに、それが原因で損を出すことだけはしないのが不思議だよねぇ」
「笑ってないで止めてもらえませんかね……!」
「ごめんね、僕には無理だ。お金のことではさっぱり信頼されてないからさ」
この野郎! と内心で毒づく。
結局、詳しい話はまた後日にすると納得させるまで、たっぷり時間と労力を費やすことになってしまったのだった。
ドラゴンの素材を供給してもらう必要経費と思えば安いものだが、こんなに精神的な疲労を感じたのは本当に久しぶりかもしれない――




