第80話 俺は、お前になら
「銀翼騎士団がグリーンホロウに部隊を派遣することが決まったらしい。黄金牙の連中の苦々しい顔が目に浮かぶぜ」
ガーネットはにこやかな声でそう言った。
驚きと同時に疑問が湧き上がってくる。
しかし、ガーネットも俺がこの疑問を抱くのは予想の範疇だろう。
「だけど魔王城の案件は黄金牙が独占していて、銀翼を寄せ付けないんじゃなかったのか?」
「ああ。だが銀翼も指を咥えて眺めてたわけじゃねぇ。割り込む口実を常日頃から探してたんだ」
「つまりようやく口実を見つけられたというわけか」
少し前にガーネットから聞いた話によると、騎士団はお互いに権力争いを繰り広げているそうだ。
グリーンホロウと魔王城の件に関わっていた騎士団が、当初の銀翼騎士団から黄金牙騎士団に入れ替わったこともその一端であり、黄金牙は挽回を防ぐために銀翼の干渉を退けているはずだった。
にも関わらず、銀翼騎士団が部隊を派遣してくるということは、現状をひっくり返せる一手を打ってきたということだ。
「マッドゴーレムの件は忘れてねぇだろうな? 攻城ゴーレムの中に仕込まれたままでホロウボトム要塞に持ち込まれて、要塞の設備に損害を与えたっていうアレだ」
「敵戦力を連れ込んだ失態に付け込んだのか?」
「まさか。ありゃ見抜けなくてもしょうがねぇ仕込みだ。兄上達が目をつけたのはその後の対応だぜ」
兄上――銀翼騎士団の騎士団長であるカーマイン卿のことだ。
ガーネットはわざとらしく大仰な声を作り、演技感あふれる言い回しでその詳細を説明した。
「黄金牙騎士団は地上に逃れたマッドゴーレムの残存個体を発見できておらず、グリーンホロウ・タウンの安全対策にも手が回っていない。魔王軍との戦闘が主任務である以上は致し方ない面もあるが、ならば地上の治安維持は他の騎士団に委任すべきである……ってな」
そういうことかと自然に納得できた。
明らかに黄金牙はこの件への対応に苦慮している。
Aランク冒険者のトラヴィスを使って秘密裏に対処しようとしたものの、やり方があいつの信念に反していたがために、却って情報を広められてしまったのが典型例だ。
「……ああ、やっと分かった。だからダスティンは……」
「魔王狩りが何だって?」
「いや、こっちの話だ」
俺とトラヴィスに一連の情報を伝えたとき、ダスティンは『今回ばかりは俺にとっても事実が拡散した方が都合がいい』と言っていた。
あいつの目的は魔王を討つことのみ。
当然ながら、黄金牙騎士団が地上のトラブルに力を浪費することは望ましくなく、魔王軍との戦いに全力を費やしてほしいと考えているはずだ。
要するにダスティンは、黄金牙に不利な情報が広まって他の騎士団が割り込んでくることを望んでいたのである。
「けど、マッドゴーレムの残存個体はあくまで『いるかもしれない』ってだけなんだろ。それでよく納得させられたな」
「そりゃ可能性だけの話なら無理だったと思うぜ」
「……もう既に実在は確認済みってわけか」
「銀翼の密偵も自分の目で確かめたらしい。こいつを見てくれ」
ガーネットは椅子に座った俺の肩に背後から片手を置き、反対側の肩越しに腕を回して一枚の紙を見せてきた。
お互いに上半身裸であるという事実を意識しないようにしながら、その紙の内容に目を通す。
それは詳細なスケッチであった。
描かれているのは、マッドゴーレムと思しき人型人工物の頭部周辺だ。
「前に拠点防衛戦で遭遇した土人形と似てるな。こっちの方がしっかりした作りをしてるみたいだが」
「詳しいことは知らねぇが、マッドゴーレムは魔法で一時的に編み上げた土人形と違って、れっきとしたゴーレムの一種らしいからな。ともかく残存個体の実在は確実だぜ」
「こいつはどこに現れたんだ?」
「グリーンホロウの住宅地付近の森林だとさ。同時に発見したもう一体には逃げ切られたそうだから、最低でも一体以上は生き残ってることになるな」
ガーネットはスケッチを俺に持たせ、両手を俺の肩に置いて頭の上から手元を覗き込んできた。
素肌同士の距離がぐっと近付いたことは即座に意識から弾き出す。
「近日中には銀翼の部隊が到着するはずだ。捜索に向いたスキル持ちも集められるだろうから、マッドゴーレムの問題もすぐに解決すると思うぜ」
「だったら、何か起こるとしたら到着の直前か」
「ふぅん?」
興味深そうな声色で、詳しく話せと言外に催促される。
自分の考えと俺の考えが一致しているかどうかを確かめたいのだろう。
「マッドゴーレムはグリーンホロウ周辺に潜んでいるのに、破壊工作なんかには及んでいない。つまり目的があるとすれば情報収集だ。ノワールが鳥の人形と視覚をリンクさせるのと同じことをしている可能性もある」
使い魔との感覚共有は【白魔法】や【黒魔法】の使い手の多くが習得していると聞いている。
また、使い魔も生きた動物である必要はなく、他のスキルや魔法との併用によって人形なども使用することができる。
魔法系スキルにも色々あるので、メリッサのような【元素魔法】の使い手で同じことができる者は滅多にいないそうだが。
「銀翼騎士団が部隊を派遣するって情報はグリーンホロウに広まるんだろ? そうしないと受け入れ態勢が整わないからな」
「関係者だけに伝えたとしても、人の口にゃ戸が立てられねぇだろうしな」
「仮にマッドゴーレムが遠隔操作されて情報収集をしているなら、銀翼騎士団の到着予定日がタイムリミットになるとすぐに理解するはずだ。その前に、最後の一仕事をしようと考えても不思議じゃない」
最後の一仕事――その内容はいくつも想定できる。
真っ先に思い浮かぶ仮説は、やはり黄金牙騎士団を後方支援するグリーンホロウに対する破壊工作だろう。
町役場。ギルドハウス。あるいは単純に大勢が集まる場所。
春の若葉亭だって安全とは言い切れない。
「タイムリミットまで冒険者は大忙しになるだろうな。多分、ほぼ全員が警備や見回りの仕事で手一杯になるはずだ」
「流石によく分かってんじゃねぇか。だがな……」
ガーネットは俺の両肩に置いた手に力を込め、一切の遊びがない真剣な声で宣告した。
「お前も標的の最有力候補だってこと、忘れんじゃねぇぞ。グリーンホロウで情報を集めたっていうなら、お前がやってきたことが筒抜けでもおかしくねぇんだからな」
「……分かってるさ」
ミスリル製武器の作製と販売。
黄金牙騎士団からの要請を受けての軍事的協力。
この二つを抜き出しただけでも、敵にしてみれば標的候補のリストに加える価値があるように見えてしまうはずだ。
魔王軍四魔将のノルズリが、俺を真っ先に殺すべきだったと吼えていたように。
「そう考えると、強力な武具を造るっていうのは最善の選択だったわけだな」
俺は椅子に座ったまま、天井を仰ぐように首を後ろに大きく傾けた。
こちらを見下ろすガーネットの顔と素肌の肩が、至近距離から視界に飛び込んでくる。
「ガーネット。俺は、お前になら命を預けてもいいと思ってる」
綺麗な碧眼が丸く見開かれて硬直する。
「強い奴なら他にもいるんだろうけど、命を預けるならお前がいい。サクラは他に大事な目的があるから、あまり巻き込みたくはないしな」
「…………」
「ああ、いや、別にお前なら死んでもいいとか、そんな理由じゃないぞ。誤解はするなよ? むしろそれは駄目だ。絶対に駄目だ」
我ながら奇妙な弁解をしているなと思った矢先、ヒーティングのスペルスクロールの熱で微かに火照っていたガーネットの頬が、まるで火を付けたかのように紅潮した。
お互いに唖然としたままで視線を重ねる時間が続く。
その沈黙を破ったのは、ドアをノックする音と宿の従業員の呼びかけだった。
「お客様。夕食の方はいかがしましょう。お部屋にお持ちしますか?」
「……ッ!!」
ガーネットがまるで大きな猫のように跳ねてベッドに飛び込み、頭から毛布を被って丸くなる。
一瞬の早業に驚きながらも、とりあえず扉の外の声に応答しておく。
「また後でお願いしに行きます」
「かしこまりました」
足音が遠ざかっていくのを確かめてから、背もたれに体重を預けて深く息を吐く。
失態だ。まさかガーネットの顔から目を離せなくなっただなんて。
自分の立場を考えろと自分で自分を説教したくなる。
「とにかく、服が乾いたらさっさと着てしまえよ。風邪なんか引かれたらこっちが困るんだからな」
「…………お、おう……」
平静を取り戻すために何の変哲もない当たり前の言葉を投げかける。
毛布の中から返ってきたガーネットの返答は、妙に弱々しいものであった。




