第78話 アランの鍛冶工房
「いやはや、申し訳ない。あまりのことに取り乱してしまいました」
落ち着きを取り戻したアランとようやく仕事の話に取り掛かる。
「ご依頼の内容は特注品の剣を一振りと、我が工房からの定期的な武器の購入でしたね」
「ええ。現在の仕入れルートは多数かつ安価に仕入れることはできるのですが、高品質な武器は手に入りにくいもので」
「価格条件も申し分ありません。それに魔王討伐の最前線に武器を供給できるとなれば、我が工房の名声にも箔が付くというものです。ところで、ひとつ質問なのですが……」
アランは談話用のテーブルに身を乗り出しながら、何故か声を潜めて話し始めた。
「当方が供給した武器も、やはりミスリル加工をなされるのでしょうか」
「そのつもりですが、なにか差し障りでも?」
「とんっでもない! できることなら我が工房で一振り買い取って、広間に飾って来客に見せびらかしたいくらいですとも! 夢のようとはまさにこのことです!」
再びアランの妙なスイッチが入ってしまったようだ。
ガーネットがまたもや顔を歪めて呆れ返っている。
アランもこの酷い顔をした人物が、まさか美少年ではなく美少女であるとは夢にも思わないだろう。
うちの従業員ではノワールもたまにアランのようになってしまうが、もしやガーネットとノワールの馬が合わない原因はその辺りにあったりするのだろうか。
「我が工房でも加工してみたいのですが……残念ながら許可を得られておりませんので……というか、ここの鍛冶屋組合の組合員の誰一人として、ミスリル取り扱いを許可されていないのですよ!」
ホワイトウルフ商店で毎日のように扱っているせいで感覚が麻痺しそうになるが、本来ならミスリルは現物を目にすることすら珍しい希少金属である。
地上での採掘は不可能とされ、入手経路はごく限られたダンジョンで発見されるのみ。
その希少性ゆえに、採掘、加工、販売の全ての段階に王宮からの認可が必要で、違反した場合には最悪で死刑が下されるほどだ。
今回の依頼も、あくまで武器の仕入れに限定された話であり、ミスリル加工は俺の側で全てやらなければならない。
「……こほん。失礼しました、本題に戻りましょう。取引条件はこれで異存ありません。特注品の方もこれから設計を詰めるとしまして、完成次第そちらに送らせていただきます」
たまに興奮して話が停滞するのを除けば、取引の話し合いは順調な進展を続けていた。
やがて武器の仕入れの相談が終わり、特注の剣を打つ事前準備のために場所を変えようとしたところで、アランが別の話題を持ちかけてきた。
「ルークさんはトラヴィスさんの古いお知り合いなんですよね。聞いた話では一時期パーティメンバーに加わっていたこともあるとか」
「昔の話ですよ。ここ数年は顔を合わせることも滅多にありませんでしたし」
「自分がトラヴィスさんのところで冒険者をしてたのは、多分その数年の間だったんでしょうね。あまり長い期間ではありませんでしたから」
今更だが、俺はこれまでにアランと一度も顔を合わせたことがない。
トラヴィスのパーティは新人を積極的に受け入れたり、独り立ちを促したりする方針を掲げているため、比較的メンバーの入れ替わりが激しい。
現メンバーも俺の顔を知らない奴が大半だったくらいなので、アランが所属していた期間にトラヴィスを訪ねたことがなかったとしても、別段何の不思議もなかった。
「私は代々鍛冶屋をやっている家系の生まれでして、家を継げと言う親に反発して冒険者になったんです」
鍛冶屋組合の建物を後にして工房へと向かう道すがら、アランは場を繋ぐためか自分の過去の話をし始めた。
空の雲行きが少々怪しいが、雨はグリーンホロウに帰り着くまで我慢してもらいたいところだ。
「ですが他の冒険者が武器に命を託して戦う姿を見ているうちに、武器を作るということの重要さに気付かされまして。故郷のトライブルックに戻って鍛冶屋を継ぐことに決めたんです」
「……良い経験をしたんですね」
「はい。何もかもが得難い経験でした。冒険者がどんな武器を求めているのかというのも、身をもって体験することができましたしね」
俺とアランが境遇の近い者同士の会話を交わしている間、ガーネットは少し後ろを無言でついて歩いていた。
ひょっとして退屈させてしまっただろうか。
そう思って振り返ると、こちらを見て微笑んでいるガーネットと目が合った。
するとガーネットは即座に笑みを消して、心底不機嫌そうに視線を外してしまった。
「着きました。ここが私の工房です」
「やーっと到着か。ずいぶん待たされちまったぜ」
アランの鍛冶工房に招き入れられるや否や、ガーネットは上着のポケットから折り畳まれた紙を取り出してアランに渡した。
「刀身にはこの図と同じ刻印を入れてくれ」
「これは……魔法の文様ですか? 魔法的効果付与のご依頼はお受けできませんよ。そういうスキルを持っていませんので」
「刻印だけしてくれりゃ充分だ。後でうちの魔法使いが、刻印をベースに【魔道具作製】で効果を仕込んでくれる手筈になってんだよ」
「なるほど、でしたら問題ありませんね」
二人のやり取りの内容は完全に初耳であった。
刻印? 魔法使い? ガーネットは一体何の話をしているんだ。
「おい、ガーネット。魔法使いってまさかノワールのことか?」
「グリーンホロウで【魔道具作製】ができる奴なんて他にいねぇだろ。剣を作るって話になったときに、あいつに頼んでおいたんだ。どうせならとびきり強力な武器にしてやろうと思ってさ」
驚いた。本当に心の底から驚いた。
まさかこんな頼み事を直接する程度には、ノワールと友好的な関係を築いていただなんて。
知らぬ間にノワールとエリカが親しくなっていたのもそうだが、ホワイトウルフ商店の面々の人間関係は、俺が把握していないところでも深まっていっているらしい。
そして同時に、先日のガーネットの発言を思い出して胸が痛む。
――お前はノワールを信じてやれよ。疑って警戒するのはオレの担当ってことにしようぜ。そうした方が『お互いに』気が楽だろ――
信じながら疑うことが大変なのは、俺だけではなかった。
ガーネットも『役割分担である』という建前でノワールを疑うことができれば、ずっと気分が楽になっていたはずなのだ。
しかしガーネットは俺の表情を確認するや否や、眉をひそめて胸を軽く小突いてきた。
「妙なツラしてんじゃねぇよ。役目を果たすためには手段を選ばねぇってだけだ。あいつが裏切るっていうなら、いつでも脳天から真っ二つにぶった斬るつもりだぜ?」
「お前……心を読むスキルとか持ってないよな?」
「バーカ。テメェが分かりやすい顔してただけだっての」
そうして、ガーネットの武器を作るための打ち合わせが進んでいく。
長さ、形状、重量。あらゆる要素をガーネットが使いやすいように設計するのだ。
もちろんミスリルとの【合成】も念頭に置く必要があり、大変難しい工程のように思われたが、意外にも円滑にまとまりつつあるようだった。
考えてみれば当然だ。
ガーネットは騎士という『武器を使う専門家』であり、アランは鍛冶屋という『武器を作る専門家』なのだから。
打ち合わせが煮詰まってきた頃になって、俺は鍛冶工房の外から激しい雨音が聞こえてきていることに気がついた。
玄関先まで様子を見に行ったものの、そこにあったのは気が滅入るような光景だった。
「こんなときに大雨かよ……帰るまでに止むかな……」
しかし俺の願いも虚しく、打ち合わせが終わってトライブルックを立たなければならない時間になっても、雨脚はまるで弱まる様子を見せなかった。
無理に今すぐ帰ろうとしたら、最悪で五時間はこの豪雨に打たれ続けることになってしまう。
「ガーネット、どうする?」
「どうしようもねぇだろ。今日中にグリーンホロウまで戻るのは諦めるしかないんじゃねぇか?」
「だよなぁ。しょうがない、宿を探すか」
俺達はアランに最寄りの宿屋の場所を聞いてから、降りしきる豪雨の中を全力で走り抜けていった。




