第77話 トライブルック鍛冶屋組合
そして次の定休日、俺とガーネットは予定通りにトラヴィスから紹介された鍛冶屋のところへ向かうことにした。
移動手段はグリーンホロウで借りた馬。
向こうでの用事が長引かなければ、早朝に出発して日没から間もなく帰ってこれる距離だ。
「馬の走らせ方ってのは何種類かあってだな。普通は全力疾走なんか五分と持たねぇんだ。長距離を移動させるなら、人間の駆け足くらいの速さでやらせるのがちょうどいい」
「まぁ人間もそうだし、オオカミも全力で走るのは獲物に食いつく最後の大詰めだけだっていうよな」
よく整備された山道を降りながら、暇潰しにガーネットと馬に関する雑談を交わす。
ガーネットは本職が騎士というだけあり、俺よりもずっと馬について詳しいのだ。
それに何だか、こういう話をしているときの楽しそうな顔は、見ていて飽きが来ない。
「何日も掛かるような移動なら、水や食料も山ほど積んであるから余計に疲労させちまう。途中で馬を取り替えまくるなら話は別だが、そうでなけりゃ休憩もしっかり挟まなきゃならねぇ」
「けど、今回は片道で半日も掛からないから問題はないわけだ」
「並足で二時間くらい歩かせて、三十分休憩させてもう二時間……それで到着だな」
片道四時間半、往復の移動時間は約九時間。
早朝に出発して日没頃に帰宅する予定なので、向こうの街に数時間は滞在できる計算になる。
これが旅行だったら物足りないことこの上ないが、今回の目的は鍛冶屋との打ち合わせだ。
ガーネットのために作る剣のベースに使うものだけでなく、できることなら定期的にまとまった数を仕入れて、高品質な在庫を増やしたいと思っている。
今のところ、ホワイトウルフ商店の経営状況は安定して良好だが、現状にしがみついたままだったら、その安定もいつまで続くかは分からない。
ノワールのマジックアイテムやエリカのポーションといった新製品を扱い始めたのと同様に、現状の主力商品である武具にも新しい要素を取り入れる必要があるはずだ。
――そうして四時間半の往路を通り抜け、目的地であるトライブルック・シティに辿り着く。
「市っていうだけあって、やっぱりグリーンホロウより賑やかだな」
「王都に比べりゃ全然田舎だけどな。そういや白狼の、お前って王都には行ったことあんのか?」
「いや、一度も。国中を股にかける冒険者なんてAランク連中くらいなもんだ」
馬を専門業者に預け、帰りの時間までゆっくり休息を取らせる。
そして俺達は徒歩でトライブルック・シティのメインストリートを進み、トラヴィスから紹介された鍛冶屋を目指した。
「魔王城の件が済んだら、しばらく店を休んで王都に来てみねぇか。オレの実家の屋敷もそこにあるからよ、寝泊まりするところにゃ困らねぇぞ」
「それって騎士団長の屋敷だろ。どう考えても高級すぎて気が休まりそうにないんだが?」
目的地に着くまでの間、何故か本題とは違う雑談で盛り上がってしまった。
もちろん内容が内容だけあって、大声で喚き散らしたりするようなことはせず、お互いにしか聞こえないように声を潜めているのだが。
傍から見たら、田舎者な大人と都会的な少年が、肩を寄せ合って歩きながら内緒話でもしているように見えるのだろうか。
俺が通行人の立場なら、逆に関係が気になってしまう組み合わせだ。
「というか、屋敷って自分の領地にあるんじゃないのか」
「両方にあるんだよ。それなりにデカい騎士の家は、自分の領地と王都にそれぞれ屋敷を持たされることになってんだ」
「へぇ……何だか凄いな」
「身内としちゃ面倒くさくてしょうがねぇんだがな。一年のうち最低でも何ヶ月かは家族も王都で過ごす義務があるんで、昔は移動の度に憂鬱だったぜ。馬車の中がそりゃもう退屈で退屈で」
ガーネットは大袈裟な身振りも交えて思い出話として語っているが、制度の内容自体はかなり興味深いものがあった。
元々、騎士団は群雄割拠の時代に存在した勢力の軍隊だ。
彼らは統一後も旧来の領地を維持し、その軍事力と経済力で王国に貢献する義務を課せられている。
その一方で、ガーネットが感情たっぷりに語った通り、有力騎士とその家族は決して少なくない期間を王都で暮らすことになっている。
恐らくこれは王国に対する帰属意識を深めるのと、万が一の場合に備えた人質のようなものを兼ねているのだ。
王都を第二の故郷と思うようになれば反乱の危険も減るだろうし、騎士団の仲間の家族が王都にいれば強力な抑止力となるだろう。
「……ん? 王都で過ごす義務ってことは、お前も何ヶ月かは王都に戻るのか」
「いや、帰らねぇよ。簡単に言えば『自宅を王都に移す義務』ってだけだからな。期間中ずっと長期任務を入れて王都に寄りつかない騎士団長もいるぜ」
「へぇ……どちらかと言うと、家族の身柄を預かる方が主目的なのかね」
「逆に一年中ずっと王都で過ごして、領地運営は親族に任せきりな騎士団長もいたな。多分あいつ領主の仕事が面倒になってたんだろうな」
ガーネット以外とはできないような雑談を交わしているうちに、指定された住所の近くまでやってきた。
「白狼の。目的地の名前はちゃんと覚えてんだろうな」
「当たり前だろ。トライブルック鍛冶屋組合……っと、ちょうど着いたな」
広いメインストリートに面した大きな建物に、目的地の『トライブルック鍛冶屋組合』の看板が堂々と掲げられていた。
さすがに春の若葉亭ほどの規模ではないが、グリーンホロウ・タウンのギルドハウスと比べれば数倍近い大きさである。
「鍛冶屋って感じがしねぇ建物だな。どっちかっつーと宿屋みてぇだ」
「あくまで組合の事務所みたいなものなんだろうな。ここで鍛冶屋の仕事をしてるわけじゃないんだろ」
そういう意味では、グリーンホロウでいうと狩猟組合と同系統の組織なのだろう。
とりあえず鍛冶屋組合の建物の中に入り、受付嬢に用件を伝える。
「すみません。アランさんと面会予定の白狼の森のルークという者なんですが」
「少々お待ちください……紹介状はお持ちですか?」
「はい。黒剣山のトラヴィス氏からの紹介です」
事務的で無味乾燥な手続きを済ませ、受付付近で待ち合わせ相手が来るのを待っていると、建物の奥から若い男が大急ぎで駆けつけてくるのが目に入った。
俺よりも少し年下くらいの男で、炭の汚れの跡が残った顔に満面の笑みを浮かべている。
「おまたせしました! トラヴィスさんからお話は伺っています! こちらの談話室にどうぞ!」
「え、ええ……」
待ち合わせ相手――鍛冶屋のアランの勢いに気圧されつつ、促されるままに談話室へ移動する。
来客用の質のいいソファーにガーネットと腰を下ろしたところで、アランがそわそわとした様子で話を切り出してくる。
「それで、さっそくなのですけど……お願いしたモノは……」
「もちろんありますよ。挨拶代わりの手土産ということで」
俺はバッグから短剣を取り出して、アランに手渡した。
アランは緊張した様子でそれを鞘から抜き取り、銀色の刀身にまじまじと見入った。
「おおお……こ、これがミスリル……! し、失礼ですが合金比率はいかほどで!?」
「鋼が七割ミスリルが三割です。黄金牙騎士団に卸している標準仕様と同比率ですよ」
以前、黄金牙の依頼で複数パターンの比率の剣を造り、現場の要求に最も合致したものを制式装備として採用するという話があった。
その結果は『性能バランスは半々の合金が優秀』『魔法との併用ならミスリル比率が高いほど良い』『しかしミスリル比率が高まるほどにコストも増加するため、量産前提であれば七対三が最良』というものだった。
アランに渡した短剣は、今回のために黄金牙の標準仕様と同じ比率で【合成】した代物である。
「素晴らしい輝きだ……実に素晴らしいぞ……ああ、まさかミスリルの現物を手に取れる日が来るなんて!」
隣でガーネットが「何だこの変人は」と言いたげにしているのを手振りで抑えながら、俺はアランが冷静さを取り戻すのを待つことにしたのだった。




