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第76話 あなたの敵になるのなら、私は戦う

 翌日、ホワイトウルフ商店は数名の冒険者を雇って営業を開始した。


 今回は不足する労働力を補うためではない。

 来客の少ない時間帯に、店の周囲を交代で巡回してもらう警備役としての依頼である。


 こうした警備依頼を出しているのは俺の店だけではなく、グリーンホロウのあちらこちらで、警備中と思われる冒険者の姿を見つけることができた。


 ホロウボトム要塞の一部を破壊したマッドゴーレムの生き残りは、今もまだ発見されていない。


 ドラゴンと比べれば大した脅威ではないとはいえ、それでも魔王軍から放たれた刺客の残存兵力であることに変わりはない。


 万が一を考えて警備を増強するのは当然の選択肢である。


 もちろん、とっくに山の中で機能停止している可能性もないわけではないのだが。


 ――そうして一日が何事もなく過ぎていき、日没とほぼ同時に、町の中央広場から時刻を告げる鐘の音が聞こえてくる。


 今日は大したトラブルも起こらずに、営業終了時間を迎えることができた。


 警備のために冒険者を雇ったことが功を奏したのか、それとも実は何の脅威も迫っていなかったのかは分からないが、仮に後者だったとしても無駄な出費などではない。


 安全対策とはそういうものなのだ。


 例えば崖を降りるために高価な命綱を購入したとして、手足を滑らすことなく無事に降りられたときに、命綱を買ったのは金の無駄だったと愚痴を言うのはよほどの愚者だけだ。


「……あ、あの……ルーク。話があるんだ……時間、もらっても……いいか……?」

「ああ、いいぞ」


 いつものように閉店準備を進めていると、ノワールが遠慮気味に話しかけてきた。


「その……ブランのこと……なんだ……」


 俺は終わりかけていた作業の手を止めて、真剣に話を聞くためにノワールへ向き直った。


 今日の朝、俺はダスティンから聞かされた証言をノワールに伝えていた。


 『魔王城領域』に建設中の人類側拠点を包囲した魔王軍との戦闘――その最中にブランと思われる人間が現れ、魔王軍を支援しているとしか思えない行動をとったという。


 厳密には顔しか確認できなかったものの、ダスティンいわくノワールと瓜二つであり、ブラン本人であることがほぼ確実視されている。


 この話を聞いたノワールは当然ながらひどく動揺し、気持ちを整理するので夜まで待ってほしいと訴えてきた。


 そして今、約束通りに考えを纏めて持ってきたというわけである。


「覚悟は……していた……つもり、だったんだけど……ごめん……頭が真っ白になって……」

「仕方ないさ。腐っても姉妹なんだからな」

「……ありがと、う……それで……その……もしも、ブランが、ルークの敵になるなら……」


 ノワールは何度も呼吸を整え、やがて意を決したように、俺とまっすぐに視線を合わせた。


 白く細い手をぎゅうっと握り締め、覚悟に満ちた言葉を絞り出す。


「私は、ブランと戦う……! 信じてもらえない、かもしれない……けど……ううん……信じなくても、いいんだ……これは、私の、決意表明であって……その……」


 せっかく頑張って声を張り上げたのに、どんどん声量が小さくなっていく。


 どうやら肺活量のペース配分を間違えてしまったらしい。


 ノワールはもう一度深く息を吸ってから、改めて言葉の続きを声に出した。


「……私は、臆病だから。二回も、同じ罪悪感は……背負いたくないんだ」


 そう言ってノワールは深々と頭を下げ、俺の返答を待たずに店を出ていった。


 閉じられた玄関の扉の向こうから、ノワールとエリカが会話を交わすのが漏れ聞こえてくる。


 エリカの声は楽しそうに弾んでいて、対するノワールはそれに戸惑いながらも満更でもないといった様子だった。


「あっ、ノワールさん。店長との話はもう終わったのか?」

「う、うん……それじゃあ、帰ろうか……」

「次の休みに『日時計の森』に薬草取りに行く約束、あれ、友達も誘っていいかな。友達っていうか、シルヴィアとマリーダなんだけどさ」

「……そうだな。四人で行こう……いや、サクラも誘った方がいいかもしれない……サクラは強くて……もしものときに、頼れるからな……」


 二人の会話が遠ざかっていき、気配も感じ取れなくなった辺りで、店の奥から様子を窺っていたガーネットが姿を現した。


「ブランと戦う、か。今は本気で言ってるんだとしても、直接会ったら(ほだ)されて考えが変わっちまうかもしれねぇぞ」

「否定はできないな。でも、きちんと言葉にしてくれただけでも充分だ。もしかしたら口をつぐんで何も言わないかも、なんて可能性も考えてたくらいだからな」


 ノワールのことを全く信用していないという意味ではない。


 肉親が敵側についたと知った人間の反応を想像して、こういうパターンもありうると考えた結果である。


 家族愛にせよ恋愛感情にせよ、愛情は人間を突き動かす強烈な原動力だ。


 アルフレッド陛下も王女への愛を貫き通した結果、国王の座にまで上り詰めてしまったほどなのだから。


「なぁ、白狼の」


 ガーネットは俺が普段使っているカウンター裏の椅子に腰掛けて、頬杖を突いたままで穏やかな声を投げかけてきた。


「お前はノワールを信じてやれよ。疑って警戒するのはオレの担当ってことにしようぜ。そうした方がお互いに気が楽だろ」

「……悪いな、気ぃ使わせちまって。けど大丈夫だ。いずれこういう時が来ると分かった上で、ノワールを雇うと決めたんだからな。信じながら疑うってのは大変だと思うけど、きっちりこなしてみせるさ」


 勇者が魔族の手でドラゴンとのキメラに変えられたと知った時点で、他の二人も何らかの形で敵に回ることは予想していた。


 ブランがその例外であるはずなどない。


 奴もまた人類側の敵となることは想定の範囲内であり、予想外だったのはあのタイミングで姿を現していたことだけだった。


「ふん、好きにしやがれ」


 ガーネットは鼻で笑いながらも、その口元には柔らかい微笑みを浮かべていた。


 まったく、俺が抱えている秘密の全てを共有する間柄とはいえ、ガーネットにはいつも気苦労をかけっぱなしだ。


 せめてもの恩返しとして、約束した武器と防具をできるだけ高性能に、なおかつできるだけ早く仕上げてしまわなければ。


「そうだ、ガーネット。さっきトラヴィスから連絡があったんだが、件の鍛冶屋から武器製造の同意を得られたそうだ。馬を走らせれば一日で往復できる距離の町にいるそうだから、次の定休日に二人で打ち合わせに行かないか」

「二人で? オレもか?」

「使いやすいサイズと形状で作ってもらって、後でミスリルを【合成】させるのが一番だと思ってさ」


 ガーネットは少し考えるような素振りをしてから、遊びに誘われた少年のように笑ってみせた。


「いいぜ、二人で行くんだな。余計なお荷物は要らねぇぞ? 護衛対象はお前一人だけで充分だからな」

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