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第755話 魔王イーヴァルディの現在

「刃を収めてくださるのでしたら、我らの指導者、魔王イーヴァルディの御前(ごぜん)にお連れしてさしあげます。あなた方はそれを望んでここに忍び込んだのでしょう?」


 女の形をした人形にそう告げられて、俺は内心に湧き上がってくる驚きを抑えるだけで精一杯になってしまった。


 まず何より、()()()()()()()()()()()()というのが聞き捨てならない。


 アガート・ラムの創設者であるドワーフのイーヴァルディの生死は、これまで明確にはなってこなかったものの、ドワーフという魔族の寿命を考えれば既に故人のはずである。


 ガンダルフやエイルが今も生きているのは、極めて長い寿命を持つエルフだからこそ。


 いくら魔族とはいえ、ドワーフは古代魔法文明の滅亡から、現代まで生き長らえることはできないはずなのだ。


 もちろん、その辺りを何とかする手段は幾つもあるはずだが、魔王ガンダルフからはそういった情報は提供されていない。


 奴が第三階層を追放された時点で、イーヴァルディが何らかの手段で命を永らえているなら、共闘関係を結んだ時点で俺達に伝えていなければおかしい。


 なにせ、これから協力して叩き潰そうという組織のリーダーに関わる情報なのだから。


「待ちやがれ。テメェ……イーヴァルディが生きてるとでも言いてぇのか」


 ガーネットが俺の疑問を過不足なく言葉にして、人形に向かって投げかけてくれた。


「先程申し上げた通りです。私のことはイヴと、そうお呼びください」

「呼び方なんざどうでもいいんだ。イーヴァルディとかいうドワーフはまだ生きていて、テメェらアガート・ラムを指揮してやがる。そういう解釈でいいんだな?」

「これ以上の詳細につきましては、取引を受諾していただければお話いたしましょう」


 一触即発――そう表現するより他にない状況だ。


 ガーネットは殺気を剥き出しにし、返答如何(いかん)では即座に斬り掛かれる状況を保っているが、イヴと名乗る人形は相変わらずそれを意に介していない。


 もしも一歩間違えば、瞬時に殺し合いが始まりかねない状況だが、どちらもその一歩を踏み出す様子はなかった。


 俺は手振りでガーネットを落ち着かせながら、交渉とやらについてイヴに質問を重ねた。


「見ての通り、俺達は別働隊のようなものだ。続きは()()と合流してからというのは?」

「申し訳ありません。今この場でご決断を。ご同行いただけるのでしたら、ある程度の疑問にはお答えいたしますので」


 やはりそういうことになるか。


 イヴがあのタイミングで現れたのは偶然ではないはずだ。


 あえて自分から声を掛けてきたからには、今すぐにでも俺達に接触したい理由があったと考えるべきだろう。


 もし提案を拒めば、この戦力で戦闘を繰り広げることになるか、あるいは何らかの手段で叩き出されて、せっかく中枢への接触手段を絶たれるか――どちらにせよ、得られるものは何もないだろう。


 絵に描いたようなハイリスク・ハイリターン。


 これを罠と見るかどうかも含め、判断は俺に一任されているわけだが……。


「分かった、提案を飲もう。イーヴァルディのところに連れて行ってくれ」

「畏まりました。それではこちらに……」

「話は聞かせてもらったわ。私も同席させてもらっていいかしら」


 とにかく考えを纏めて返答したそのとき、横合いから予想外の声が投げかけられた。


「……っ!? その声、エイルか!」


 ハイエルフのエイル・セスルームニル。


 年若いエルフの姿をした古代魔法文明の生き残り、厳密にはその精神体である分身が、地下空間の壁をすり抜けて俺達の前に降り立った。


「どうしてここに! 他の皆と一緒にいたんじゃないのか!」

「ええ、そうよ。だけど今の私はあくまで精神体……物理的な障壁では縛れないというわけ。貴方達がこんなところに寄り道をしているものだから、様子を見に来たんだけど」


 エイルは平然とそう言って、イヴと名乗る人形に向き直った。


「私の名前くらいはイーヴァルディから聞いているでしょう? かつての同士として……いいえ、ワイルドハントの仲間として、あの頑固者とはもう一度話がしたかったのよ」

「……ええ、いいでしょう。こちらへどうぞ」


 俺はこのとき初めて、イヴの人形的な顔に表情が――動揺らしきものが浮かんだように見えたのだった。






 それから俺達は、イヴに先導される形で薄暗い通路を進み、イーヴァルディが待つという場所へと向かっていった。


 移動を続ける間にも、引き出せる情報は全て引き出してしまおうという勢いで、ガーネットが絶え間なく言葉を投げかけ続けている。


「んで、あの悪趣味な部屋はなんだったんだ? それもイーヴァルディとやらと会うまでお預けか?」

「詳細はまた後ほど……しかし一つだけ断言しておきましょう。我々は……イーヴァルディ様はあの方々の命を奪うつもりなど、最初から全くなかったのだと」

「お優しいこって。地上の人間はニンゲンモドキみてぇな扱いしてるくせによ」


 あまりにも露骨な悪態だが、これでもガーネットはよく堪えてくれている。


 何年も追い求めてきた母の仇、アガート・ラムの中核たる存在が、文字通り目と鼻の先に待ち受けているのだ。


 俺ならとっくに我を忘れて暴走してしまっているかもしれない。


 騎士としての使命感か、それとも。


「お待たせいたしました」


 細い通路を抜け、大きな廊下に合流し、更にその奥へと辿り着いた先。


 そこにあったのは開けた空間、そして一段高いところに置かれた一つの無人の椅子。


 無味乾燥な玉座の間とでも表現するべきだろうか。


 周囲の壁は光沢がある大きなパネルのようなもので埋め尽くされ、部屋自体が巨大な魔道具の内側であるかのようにも感じられる。


 だが、ドワーフはおろか他の人形の姿すら見当たらない。


 完全に無人の空間であった。


「まず一つ、質問にお答えしましょう」


 イヴは訝しがる俺達を尻目に、無人の玉座へと歩いていく。


「魔王イーヴァルディが存命なのか否か。皆様もお考えの通り、ドワーフの天命では現代まで生き続けることはできません。しかし、その道理を覆す手段が存在することもご存知でしょう」

「ああ……お前達のような人形の肉体に置き換えるなり、さっきの部屋でも見た瓶詰めに肉体を保管するなり……古代魔法文明の技術ならやりようはあるだろうな」


 俺の言葉に対し、イヴは背中を向けたまま頷いて、玉座の前で足を止めた。


「しかし、それだけではありません。イーヴァルディ様は第三の選択肢を用いて、今もなお存在し続けておられるのです」

「第三の選択肢? 俺達の知らない古代技術か」

「いいえ? 皆様は既に、この技術の存在をご存知のはず。知らないということなど有り得ません」


 イヴは透き通った衣装の裾を翻して軽やかに振り返り、無人の玉座に腰を下ろした。


「結論から申し上げましょう。イーヴァルディ様は()()()おられます」


 そしてイヴは、人形的な外装が露わになった胸部に手を置き――その前面部を取り外した。


 剥き出しになる内部構造。


 複雑怪奇な機巧の積み重なりの中央に、円形の金属部品が鎮座している。


 ……ああ、確かにイヴの言う通りだ。


 俺達は()()()よく知っている。知らないはずがない。


「そいつは……まさか……」

「魔王イーヴァルディのメダリオン。ほら……知らぬはずなどないでしょう?」


 イヴの非人間的なまでに整った口元に、冷たく不気味な笑みが形作られた。

余談ですが、アガート・ラム構成員の名前は人形絡みの伝承や創作から取っていたり。

ハダリー:小説「未来のイヴ」の人造人間

ガラティア:ギリシャ神話のピュグマリオンが作った人形

テオドール:バレエ「コッペリア」の原作小説「砂男」の作者E.T.A.ホフマンのTテオドール

イヴ:前述の小説「未来のイヴ」のタイトル

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― 新着の感想 ―
[良い点] おぉ元ネタ。 メダリオンという状態も謎が多いですね。 魔獣戦士化の際には今の所バックラッシュでメダリオンに意識を乗っ取られる事故もないですし。そうなると定義的に生きているのか? しかし、ア…
[良い点] 魔力によって創造された命を封じたものと 命を魔力によって創造物に封じたのもの 一番最初が自然物か人工物かで区分け判断した結果 第三者からはそこにある違いはわからなくなったという 悲しい話…
[気になる点] アガート・ラムがメダリオンの1つであるリーヴスラシルと古代人との末裔である現代人を否定しながらメダリオンを使用する事に矛盾を感じていましたが、今回の話でイーヴァルディは自分の理想を貫く…
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