第754話 地の底に眠る者達
「――は? ちょっと待てって! 生きてる? これで!?」
驚きに声を荒らげるガーネット。
一応ここは敵地の奥なので、声量は可能な限り抑え込まれてはいたが、本当なら力の限りの大声を出していそうな反応である。
俺も気持ちはよく分かる。
仮に、自分がガーネットの立場だったとしたら、状況も弁えずにうっかり声を張り上げていたかもしれない。
こうして平静を装っていられるのは、他人から結論だけ聞かされたからではなく、自分自身の『右眼』で確かめた事実だったからだ。
「ル、ルーク殿。こんな液体に満たされた瓶詰め……いえ、中身が液体かどうかは分かりませんが、これで生きていられるというのですか」
「液体じゃないとしたら琥珀みたいなもんか? たまに虫が入った琥珀っつーのも見るけどよ……」
サクラとチャンドラーも驚愕と困惑で明らかに戸惑っていた。
眠るように目を閉じた魔族を収めた円筒の発光だけが、この地下空間の底を照らしている。
一つだけならぼんやりとした明かりでも、山程積み上がって四方の壁を埋め尽くすほどにもなると、その明るさはかなりのものだ。
「いや、これは俺達にとって未知の技術じゃない。似たようなものは、今も王都で調査している真っ最中のはずだ」
俺はガーネットが何か言おうとするのを右腕で制した。
「ウェストランド王国と魔王ガンダルフ一派の共闘に向けた会合……その開催の担保として、魔将ノルズリの身柄と交換された俺の右腕。あれが手元に返ってきたとき、どんな状態になっていた?」
「……ああっ! 確かに! お前の右腕も生きたまま保管されてたんだったな……!」
まず最初にガーネットが俺の言わんとすることに気付き、次いでサクラとチャンドラーも合点がいったような表情を浮かべる。
今、俺の右腕はアレクシアとノワールの共作で製造された、精工な魔道具の義肢に置き換えられている。
担保の品はとっくに返還されているし、すぐにでも【修復】できるくらいに保存状態も良好だった。
しかし、その保存技術があまりに高度だったので、これは王都に送ってやり方を解明してもらうべきだと考えて、もうしばらく義肢のまま生活することにしたのだった。
「これは想像なんだが、この円筒はガンダルフ達が使った技術のオリジナル……もしくは同じ源流から派生した同系統の技術なんだろう」
アガート・ラムの創設者であるドワーフのイーヴァルディは、当時の最先端技術にも通じた優秀な技術者だった。
イーヴァルディならこれくらい実現できても不思議じゃない――再現された記憶の光景でしか見たことがないというのに、何故かそんな確信が湧いてきてしまう。
「けどよ、ガンダルフからの情報提供がなかったのは、一体どういう理由なんだ?」
「『知らなかった』と考えるのが、一番妥当なんだろうな。あいつらは地上侵攻の隙を突かれて第三階層を追いやられた……アガート・ラムの手の内を把握できてたなら、最初からそんなことにはならなかっただろ」
ガラスとは似て非なる質感をした円筒に、生身の左手で軽く触れる。
「奴らが地上侵略に注力している間に、アガート・ラムは人知れず整えていた戦力で第三階層を制圧し、そこで暮らしていた魔族の支配者層を生きながら瓶詰めにした……だけど理由がまるで見えてこないな……」
「狩猟のトロフィーみたいなものじゃないッスかね。支配欲を満たす記念品感覚なら、合理的な理由なんてモンは見当たらないでしょうよ」
「いや、それにしては数が多すぎると思う。瓶詰めが置いてあるのは、この部屋だけじゃないんだ」
はぁ? と訝しがるガーネット。
俺だって正直同じ気分だ。
我が目を疑うとはまさにこのことだろう。
「『右眼』で見る限り、どうやらこれと同じ部屋が上下左右に幾つか連なってるらしい。瓶の総数はちょっと考えたくないな」
「マジかよ……『右眼』は透視能力とかじゃねぇんだろ? それでも分かっちまうくらいなのか……」
「特徴的な魔力のパターンが規則正しく並んでたら、透視なんかできなくても……な」
アガート・ラムが何をしたのかは明白だ。
けれど何故したのかはさっぱり分からない。
――誰が、何を、どうして。
事の真相を突き止めるために必要な三つの要素のうち、二つまでは明らかだというのに、残り一つが掴めない――たったそれだけで、目の前の光景がとてつもなく不気味に思えてしまう。
しかもそれが、曲がりなりにも『人間』を自称する連中の所業というなら尚更だ。
「ああ、クソッ。心底気色悪ぃ。これで人間を名乗る気が知れねぇぜ。特に収穫がなさそうなら、さっさと引き上げて合流を――」
ガーネットが忌々しげに口元を歪め、移動経路を探して視線を巡らせる……まさにその直後のことだった。
「――無論、これらは飾りなどではありません」
それは俺達の誰のものでもない、女の声だった。
俺を庇うようにガーネットが剣を抜き放ち、サクラとチャンドラーが声のした方へ素早く進み出る。
もしも攻撃があっても瞬時に防ぎ止め、すぐさま反撃に転じられるように、三人とも油断なく各々の得物を構えている。
声が聞こえてきた方向は、隣室へと繋がる扉のない通路の入口。
そこからゆっくりとした足取りで、一人の女が姿を現す。
長い金色の髪に白い肌。
丈長で白尽くめの服はまるで氷のように透き通り、その素肌を透かし見せている。
ただし、それは人間の肉体などではなく、人形そのものな躯体である。
関節を含めた可動部を覆う偽装すら施されておらず、しかし首から上だけは美しい女の顔に仕立て上げられている。
率直に表現するなら、まるで人形の胴体に生首が載っているかのようであった。
「ようこそ、リーヴスラシルの末裔達。最終防衛ラインが突破された報告は受けていませんでしたが、まさかここまで侵入されていようとは。これは評価を改めなければなりませんね」
「……テメェもアガート・ラムの人形だな。やろうってんなら容赦はしねぇぞ」
俺を守る位置取りを保ちながら、その人形へ剣を振り向けるガーネット。
だがその人形は微笑みすら湛えたまま、ガーネットの殺気を軽く受け流していた。
「いいえ、それはできません。ここで眠られている方々を傷つけてしまうかもしれませんから」
「ああ、そうかい。だけどオレ達には関係の――」
「ですから、交渉と参りましょう」
「――交渉だぁ?」
ガーネットは俺の攻撃指示があれば即座に動けるように備えながら、微笑む人形の一挙手一投足を油断なく観察し続けている。
「刃を収めてくださるのでしたら、我らの指導者、魔王イーヴァルディの御前にお連れしてさしあげます。あなた方はそれを望んでここに忍び込んだのでしょう?」




