第753話 魔王すらも知り得ぬもの
――とは言ったものの、もちろん正規の扉は施錠されていたので、俺のスキルで強引に扉を破って侵入する。
まず一つ目の扉を通過した先は、特に何もない小部屋のようだった。
「ん? 何にもないッスね」
「いわゆる隔壁ならぬ隔室ってところだな。この奥にある施設が本命みたいだ」
「出入りの際には、前後の扉を順番に開閉して、決して奥の施設を完全には開放しない……ということですね」
しかも俺が見る限り、どちらの扉も地上の技術力を大幅に越えた仕組みで封印され、どこかの装置からの遠隔操作だけで開くようになっているようだ。
通過しようとする者が自力で扉を開けることはできず、現場の管理者に申請をして許可を得なければ通ることができない。
この奥にある施設の重要性が伺える警備体制である。
「三人とも、準備はいいか? 次の扉を【分解】するぞ」
「おう。もちろんいつでもいいぜ。だけどよ、今んとこ敵の気配はしてねぇんだろ?」
「一応な。だけどさっきから、訳の分からない魔力の流れが視えてるんだ。何があっても即座に対応できるよう、覚悟を固めておいてくれ」
ガーネットとサクラ、そしてチャンドラーの三人が揃って首肯する。
戦いの心構えを彼らに問うのは、それこそ魚に泳ぎ方を教えようとするようなものかもしれないが、指揮官として告げておかないわけにはいかない一言だ。
扉に手を突いて【分解】を発動する。
精工な機巧の扉が開閉システムを無視して、大量の破片と化して崩壊する。
その直後、俺は眼前に広がる光景に言葉を失ってしまった。
「……なんだよ、これは……」
数歩先もよく見えない暗闇。
思わず漏らした呟きが反響し、空間の広さを言外に伝えてくる。
ガーネット達は暗闇の向こうを見通せず、目を凝らして状況を確かめようとしているようだ。
しかし、俺は『叡智の右眼』を通じて、闇の中の光景を把握してしまっていた。
「何にも見えねぇけど、妙な音が聞こえてくるな……機巧か何かが鈍く唸ってるみてぇな……おい、ルーク。お前は何か……って、どうした。顔色が悪いぞ」
俺は何も言わずに一歩前に進み出た。
カシャンと、靴底が金属的な足場を踏む音がする。
そして数歩も進まないうちに、胸の高さほどの手摺りが行く手を遮った。
この足場は金網だ。
ちょっとした豪邸がすっぽり収まるほどの広さの空間で、その縁にぐるりと巡らせるかのように、狭い金網の回廊が設けられている。
手摺りから軽く身を乗り出して下を見ると、まるで塔の頂上から地面を見下ろすような気分になる。
それほどまでに深い穴――縦長の直方体の地下空間。
俺達が立つ金網の足場は、その天井付近に設けられた回廊だ。
「随分と深いですね」
サクラも俺の隣で遥か下方の床を見下ろして、警戒心に満ちた呟きを漏らした。
「それに何やら、床に近付くにつれて、淡い光に満たされているような気がします」
「オレも見えてるぜ。青白い不気味な光だな。壁沿いに魔道具でも並べてやがんのか?」
ガーネットの言う通り、縦長の直方体の地下空間の底付近では、壁が青白く発光して不気味な雰囲気を醸し出している。
「まずは私が【縮地】で先行し……」
「駄目だ。全員で下りるぞ。あれはただの光源じゃない。間違いなくヤバい代物だ」
「だけど引き返すとは言わねぇんだな。まぁ、お前が行けるっつーなら、オレ達は付いてくだけだぜ」
ガーネットが笑みを浮かべて俺の背中を軽く叩いた。
信頼してもらっているのは嬉しいが、今回は『行ける』というよりも『行かなければならない』のだ。
魔力の塊に変換された『右眼』が疼くように告げている。
あそこには決定的な事実が眠っているのだと。
だから、俺はリスクの存在も承知の上で、先を急ごうとしているのだ。
「……行こう。警戒は緩めないでくれ」
幸いにも下へ移動する手段は普通に用意されていた。
天井付近の回廊の末端から、直方体の地下空間の底へと繋がる昇降装置。
恐らく、先程の線路を介して持ち込んだ物資は別のルートで下ろし、こちらは人間が――正確には魔族や人形が下りるための手段なのだろう。
ともかく、まだ機能していた昇降装置のゴンドラに乗り込み、ダンジョンの仕掛けにも似た操作パネルのボタンを押し、地下空間の底へと下りていく。
そして一分と掛からずに到達し、自動的に扉が横へと開き――
「なん……だぁ、こりゃ……」
「……これは一体……ルーク殿、まるで理解が及びません……」
ガーネットもサクラも呆然とその光景を見渡している。
「どうやら俺達は、ガンダルフも知らない秘密を掘り当てたらしいな」
「魔王すら知らないってことは、当然アルフレッド陛下もご存じないないってことッスね。そいつは光栄だ。しかしですね……」
チャンドラーが不快感、あるいは嫌悪感に顔を歪めながら皮肉を飛ばし、それから目の前の光景を端的に表現してのけた。
「魔族の瓶詰めなんざ、想像もしちゃいねぇっての。悪趣味にもほどがあるぜ」
四方の壁を隙間なく埋め尽くすモノ。
それはチャンドラーが称したような代物であった。
青白い光に満たされた円筒形の大きな瓶、ちょうど人間が立ったまますっぽりと収まるサイズの魔道具が、壁庭に規則正しく積み上げられている。
内部に収まっているのは種々多様な魔族達。
獣人、鳥人、魚人、ドワーフ、樹人、有角人……その他、数え切れないほどの種類と数が山のように。
ガーネットが忌々しげに舌を鳴らす音が響く。
「そういやアガート・ラムの奴ら、ガンダルフ共を第三階層から追い出すときに、他の魔族を軒並み排除してから事に及んだって話だったな」
「第二階層の魔族が被支配者で、第三階層の魔族が支配者層……ガンダルフやフラクシヌスの説明を信じるなら、こういう区分だったはずだ」
「魔族の中の貴族ってことだろ? つまりそいつらをぶち殺した後で、死体を保管して飾ってたってことか? よくもまぁ人間が名乗れたもんだぜ!」
「いや……」
最初は俺もそう思ったのだが、こうして間近で観察したことで、その予想が間違っていたことを知った。
信じがたいことではあるけれど――『叡智の右眼』を信じるなら、こう結論せざるを得ない。
「こいつらはまだ生きている」




