第752話 秘匿された線路の奥に
「……っと! そういや、こういうこともできたんでしたね。さすがというか何というか」
地面を【分解】して城の地下階に降り立つなり、チャンドラーは感心したように何度か頷いた。
ひとまず破壊した地面を――ここから見た天井を【修復】して穴を塞ぎ、地上のアガート・ラムの連中に侵入を悟られないようにする。
それから、俺は自分達が侵入した場所の周辺状況を、目視で軽く確認した。
周囲には敵戦力の姿はおろか、俺達以外に動くものすら見当たらない。
「地下通路でしょうか。それにしては、天井も道幅もかなり大きいようですね……」
サクラも周囲を見渡して警戒を続けながら、この場所についての分析を試みている。
あえて『右眼』に頼らなくても、ここが通路の類であることは明白だ。
方舟の城の方向とその反対側を繋ぐ緩やかな斜面。
サクラの言う通り、魔力照明が点在する天井はそれなりに高く、道幅はそれ以上に広くなっている。
俺とサクラが天井に注意を向ける間に、ガーネットは足元の方に視線をやった。
「……連絡通路ってよりは、物資搬入通路って感じだな。徒歩での出入りは想定されてないんじゃねぇか?」
ガーネットの視線の先にあるのは、いわゆる線路であった。
足元が薄暗いので分かりにくくなっているが、広い通路の中央には二本の線路が通されていて、俺達はそれらと壁の間のスペースに降り立った形になっていた。
恐らく、ここにアガート・ラムの警備兵が配備されていないのは、通路の出口側の制圧を済ませているからだろう。
この地下通路が、地上の一ヶ所と城の地下を繋ぐ一本道であるとしたら、その一ヶ所さえ押さえておけば、通路内に警備を置く必要は薄い――そう考えても何ら不思議ではない。
「なるほど、鉱山のトロッコみたいな奴ッスね」
チャンドラーが何気なく線路に手を伸ばそうとしたので、俺はその目の前に腕を横切らせて制止した。
「待った。そこは魔力が流れてるみたいだ。安易に触らない方がいい」
「へっ? どういうトロッコなんすか、それ」
「古代魔法文明にはそういう乗り物があったらしい。大きな客車が連なって、線路の上を走る交通機関だ。多分、ここにあるのは物資を運び込むための代物だろうな」
前に俺が見たことがあるのは――記憶世界に再現された存在に過ぎないが――先頭車両が魔力の蓄積と動力の発生を担うタイプだった。
しかしどうやら、外部から魔力を逐一供給されながら走行するタイプも存在し、この地下通路では後者が採用されているらしい。
「この線路はまだ生きている。線路の内側には踏み込まず、道の端を伝って城に乗り込むぞ」
「わざわざ魔力を流し続けてるわけだからな。ひょっとしたら、例の乗り物が後ろから突っ込んでくるってことにもなりかねねぇぞ」
冗談めかして笑うガーネット。
だが発言の内容は冗談になっていない。
俺は『右眼』に意識を傾けて警戒を強めながら、通路の奥を目指して移動を再開した。
「線路がまだ生きている。それはつまり、この先には物資を必要とする何かがあるということだ」
「何か作ってやがるのかね。もしくは地下の改装でもしてんのか」
「製造ではなく、維持のための物資を運んでるのかもしれませんね」
なるべく声を潜めて意見を交わしていると、チャンドラーが眉を顰めて呟きを溢す。
「この通路、だいぶ深くまで続いているみたいッスね……しかも緩やかに弧を描いているというか……」
「どうやら、大書庫がある階層よりも下に繋がってるみたいだな」
目的の深さまで一直線になるように作ってしまうと、傾斜が必要以上に急勾配となってしまうので、螺旋を描くようにして坂をなだらかに調整しているのだろう。
地上なら出入り口を遠くに作ることで、道を直線にしつつ勾配を緩くすることもできたのだろうが、土地面積が限られる浮遊島ではそうもいかなかったらしい。
「できれば大書庫の近くに直通してくれてたら嬉しかったんだが。さすがにそれは都合が良すぎるか」
「お前のスキルで【分解】すりゃ、壁も天井もぶち抜いてショートカットできるんだ。大したタイムロスにはならねぇだろ」
「いざとなったら、またその一手だな。果たして鬼が出るか蛇が出るか……」
結局、この地下通路は螺旋状に一周分の緩やかな弧を描き、すぐに一番奥の突き当りへと行き当たった。
行き止まりではあるが、ただの壁ではない。
しかし扉というには大き過ぎ、中央から左右に開くような垂直の溝が走っているが、人力での開閉を前提しているとは到底思えない。
「どうだ、ルーク。視えるか?」
「少なくとも、こいつの向こうには魔力の気配はないな。壁の開閉手段は……内側からの操作だけか」
壁に手を突いて【解析】を発動させ、二つの能力から得られた情報を照らし合わせる。
この壁は予想通り、大規模な機巧によって開閉する造りになっているようだが、操作パネルは壁の向こう側にしか設けられていない。
物資を乗せた貨車が下りてくるのに合わせ、向こう側から開閉を操作して通過させる仕組みになっているようだ。
「仕方ない、強行突破だ」
俺はすぐさまスキルの効果を【分解】に切り替え、人間が通過できる程度の穴を壁に穿った。
穴を潜った先は物資集積所のような広間になっていた。
線路はこの広間で終点となっており、周囲には大小様々な金属の箱が積み上げられているが、今のところ『右眼』は不審なものを何も捉えていない。
ただし、この広間に限ればの話であるが。
「……おい、ルーク。どうした。何かあったのかよ」
ガーネットが俺の表情の変化を敏感に感じ取り、心配と警戒が混ざった表情で顔を覗き込んでくる。
「ここには何もない……だけど、もっと奥……隣のエリアに何か……何だこれは……たくさんの微小な魔力が規則正しく並んで……くそっ、ここからじゃ読みきれない……」
「だったら行ってみるしかねぇよな。普段なら怪しいモンは避けて通るところだが、今のオレ達は探索部隊なんだ」
俺もガーネットの意見に頷き賛同する。
地上では敵に見つからないよう細心の注意を払っていたが、ここはもう方舟の城の敷地内。
そこに隠された秘密を解き明かすことこそが、俺達に与えられた役割なのだから。




