第751話 方舟の城への帰還
「――なるほどなるほど。俺の知らないうちに、とんでもない状況になってたようで」
脚の【修復】を終えたチャンドラーにこれまでの顛末を説明しながら、方舟の城への移動を再開する。
直線距離で考えれば後もう一息。
確実性を考えれば全体の二割ほど。
決して気を抜くことができる状況ではないが、それでもチャンドラーが合流してくれたことは相当に心強い。
「何だよお前、状況把握できてねぇのか? ロイの精霊獣とかくっついてんだろ」
「巻き添え食って消えちまったよ。代わりを寄越してもらおうにも、利き足がアレじゃ動きようもなくってな」
「マジかよ。ツイてねぇな、おい」
ガーネットが走り続けながら呆れ混じりに肩を竦める。
本人の話を聞く限り、どうやらチャンドラーは俺達と別行動を取った後、長らく最新の戦況を知ることができない状況にあったらしい。
周囲を気にする余裕のない死闘の最中に、ロイから割り当てられた精霊獣を喪失。
ロイから現在位置を認識されなくなっただけでなく、その現場から離れた場所で右脚を斬り落とされたせいで、自分から仲間と合流することもロイに見つけてもらうことも困難になってしまったのだ。
俺の【修復】を待つ以外に右脚を繋ぐ方法がなかったのを考えると、こうして偶然にも遭遇できたことは、本当に幸運だったと言わざるを得ない。
『ルークさん!』
俺達の連絡用とは別の精霊獣が跳んできて、二、三個ほどのメダリオンを受け渡してくる。
『追加分のメダリオンです! 急ぎ加工をお願いします!』
「分かった、任せろ」
精霊獣から受け取ったメダリオンに【修復】スキルの新たな機能を使い、それらを連合軍のための武装に作り変え、精霊獣に持たせて送り出す。
見た目は従来のメダリオンとあまり変わらないが、その性能は折り紙付き。
数を増やせば増やすほど、こちらが有利になっていくと断言できる代物だ。
「メダリオンを改造した魔道具でしたか。そんなもん即席で作っちまうなんて、さすがはうちらの大将って感じっすね」
感心した様子で精霊獣を見送るチャンドラー。
「今思えば、俺が戦った奴も話に聞く特級人形だったのかもですね。残骸も回収しときゃよかったな……高いとこから落っことしたまま放置しちまった」
「テメェも使ってみるか? 白狼のがいいって言ったらだけどな」
「いや、俺は遠慮しとく。何が起こるか分かったもんじゃねぇからな」
チャンドラーはガーネットの誘いを断ってから、俺の方に顔を向けて詳しい理由を説明してきた。
「前にも言ったかもしれませんけど、俺は地元のカ神様の力を借りる形で戦ってるんですよ。一つの体に神様と魔獣を押し込めたら、何がどうなるのか予想もつかないわけで。そっちの東方人の子も同じだろ?」
「そうですね。私もメダリオンの割り当てについては、他の戦士達を優先すべきだと思っています。今は神降ろしの制御だけでも精一杯ですから。もちろん、それだけで足りない敵がいるならば、万に一つの可能性に賭けるのもやぶさかではありませんが」
サクラにさも当たり前のような態度でそう言われ、思わず苦笑を浮かべてしまう。
大幅な強化を果たし、ある程度の制御も可能になった神降ろしでも勝てない相手だなんて、想像したくないというか想像すらできない。
「縁起でもないこと言うなって。とりあえず、二人ともメダリオンを使わないというのは了解したよ。どうあがいても全員分の数はないから、戦力が不足しているところへ優先的に回してもらおう」
「オレ達三人がいる時点で、普通の人形相手じゃ過剰戦力かもしれねぇくらいだからな」
ガーネットは走りながら不敵に笑ってみせてから、真面目な表情に切り替えて忠告を添えた。
「それはそうと、お前らがメダリオンを使わねぇのは正解だな。メダリオン二つの同時発動でもヤベェんだ。神だの何だの、訳の分からねぇ力と合わせるのは最後の手段にしておけよ」
とてつもない実感の籠もったガーネットの忠告に、サクラもチャンドラーも茶化しや反論を交えずに肯き返す。
何があってもするな、ではなく、最後の手段にしておくようにという言い回しに留めたのも、ガーネット自身の経験を踏まえてのものだろう。
炎狼スコルと氷狼ハティ、二つのメダリオンを同時に取り込んだ際、ガーネットは一時的に戦闘能力を大幅に強化できたものの、すぐにその負荷に耐えきれず倒れてしまった。
だが、一時的かつ反動が大きかったとはいえ、普段以上の力を引き出すことができたのもまた事実なのだ。
「……っと、見えてきたな」
やがて高層建築の向こうに、方舟の城の尖塔が見えてくる。
あと路地を一つ抜ければ城壁すら視界に入るところで、俺は三人に停止を命じて物陰に身を隠した。
「どうするよ、大将。確か城壁の内側は、敵も味方も入り乱れた攻防戦の真っ最中なんだろ? スキルで城壁ぶち抜いて突破でもするんですか?」
「ロイの報告ではそういう話になってるな。俺の『右眼』でも大量の魔力が入り乱れてるのが視えるんだが……馬鹿正直に乗り込んだら、間違いなく見つかるだろうな」
「無理やり突破できるだけの戦力はあると思いますがね」
「いや、強行突破はできれば避けたい。厳密には、俺達がこの城に戻ってきたことを知られたくないんだ」
すぐ近くで繰り広げられる激戦の音に紛れる形で、俺は探索部隊との合流に向けた意見を三人に語って聞かせることにした。
「特級人形のガラティアは、サクラとノルズリを相手に戦い続けることを拒否して戦線離脱した。つまり、あいつが目にした『ルーク・ホワイトウルフの手の内』は、もう既にアガート・ラムの知るところだと考えるべきだろう」
「そんな奴が、古代魔法文明やアガート・ラムの秘密を満載した大書庫がある城に戻ってきた……んなことがバレちまったら、奴らも今以上に全力で大書庫の奪還……もしくは証拠隠滅のための破壊に乗り出しちまうってわけだな」
ガーネットが俺の言葉を途中から引き継いで、考えていた通りの内容を口にする。
「ああ、そういうことだ。奴らにしてみれば、現状は『大書庫に近付けたくない敵を首尾よく遠くへ引き離した』状況なわけだから、できる限りその誤解を続けてもらいたいんだ」
「大将の考えは分かりましたが……具体的にどうするんスか。俺には正面突破しかできませんよ」
「そこは任せろ。イレギュラーな出入りは得意分野だからな」
路面に手を突いてスキルを発動させる。
発動させるのは【解析】――そして【分解】の力。
「『右眼』で見て分かったんだが、城の地下階はこの真下にまで広がってるらしい。だったら地表をぶち抜いてやれば、俺達専用の侵入経路の出来上がりってわけだ」
音もなく崩壊する路面。
真下に広がるのは、方舟の城の地下回廊。
俺とガーネット、そしてサクラは慣れた様子で、チャンドラーは驚きながらも瞬時に着地の備えを取り、人知れず城内への侵入を果たしたのだった。




