第750話 方舟の城を目指して
12/1付の更新は、前回更新分の一つ前に挿入するという形にさせていただきました。
既に第749話をお読み頂いていた方には、余計なお手間をかけさせてしまって申し訳ありません。
人形の一群の接近をやり過ごし、再び路上に降り立った俺達は、すぐに次の警戒ポイントに直面していた。
「ルーク、次の大通りが見えてきたぞ。戦況は読み取れそうか?」
「ちょっと待ってろ……」
大通りと裏路地が交差するポイントの手前で足を止め、発動させたままの『叡智の右眼』に意識を集中させ、大通りの様子を建物越しに観察する。
透視のように透けて見えるわけではないが、向こうでどれくらいの魔力がどんな風に動いているのかは、直感的に視認することができる。
見通しの悪い市街地では貴重な索敵手段である。
「……中規模の戦闘だな。サクラ、合図は頼めるか」
「お任せください」
サクラが【縮地】を発動させ、大通りの反対側の路地の入口に転移する。
現状を図式するなら、十字路の縦のルートが細く横のルートが太いという状態で、俺達とサクラは太い大通りを挟んで十字路の反対側にいる状態だ。
そしてサクラは建物の影から身を乗り出し、大通りで繰り広げられている戦闘の様子を伺って、タイミングを見計らってから俺達に手振りで合図を送ってきた。
「よし、行くぞ」
ガーネットの護衛を受けながら、全速力で大通りを横断する。
凄まじい爆発が視界の隅に飛び込んできたが、それでも俺は足を止めることなく、脇目も振らずに次の裏路地へと駆け込んでいった。
「ふぅ……気付かれてないよな」
「みてぇだぜ。援護してやりてぇのは山々だが、今はそれどころじゃねぇからな……」
ガーネットが少し悔しげに眉をひそめる。
トラヴィスと別れて以降、俺達は市街地で繰り広げられているどの戦闘にも首を突っ込まず、アガート・ラム側に気付かれないことを第一に考えて移動し続けていた。
俺に割り振られた一番の役割は、方舟の城に収蔵されたアガート・ラムの機密資料を確保すること。
その最中のアクシデントで、遠く離れた場所に連れ去られてしまったわけだが、まだ本来の任務が全て完了したわけではない。
むしろこれからが本番というところで現場から引き離されたのであり、一刻も早く引き返さなければならないのが現状なのだ。
不利な味方を手助けできないのは口惜しいが、そのために到着が遅れてしまったり、アガート・ラムに目をつけられてしまっては元も子もない。
「どうしても援護が必要なら、精霊獣越しに要請があるはずだ。それがないってことは、まだ現場の連中だけで何とかできる見込みがあるんだろう」
俺は移動を再開しながら、空を旋回するロイの精霊獣を見上げた。
「戦闘部隊の方々を信じましょう。彼らは決して弱兵などではなく、むしろ精鋭の部類に入ります。それにルーク殿が加工したメダリオンがあれば……」
――そんなサクラの言葉が最後まで発せられるより先に、裏路地の左右にそびえ立つ高層建築の窓から、大柄な人影が飛び降りてきた。
ガーネットとサクラが武器を構えて素早く前に出る。
その人影は俺達の進行方向上に降り立ったが、ちゃんとした着地ではなく、その場に崩れ落ちるように膝を突いていた。
「なっ……チャンドラー!」
「いやぁ、すみませんね。すっかり合流が遅れちまったみたいです」
白狼騎士団のチャンドラー――最初に方舟の城へ向かう道中、強襲を仕掛けてきた敵の足止めを買って出て、しばし別行動を取っていた男。
チャンドラーの全身はよく見るまでもなくボロボロで、これまでの戦いの激しさが容易に見て取れた。
「何だ、テメェかよ。驚かせやがって。悪ぃが先を急いでるんだ。テメェもさっさとついて来て……」
ガーネットは毒づきながら剣を収めようとしたが、チャンドラーの様子を見て顔をしかめ、明らかに警戒心を強めた。
「おいこら、右脚はどうしやがった」
「安心しろよ。あの人形はきっちりぶっ潰しといたぞ」
路上に座り込んだチャンドラーの右脚は、膝の先の辺りで完全に斬り落とされてしまっていた。
チャンドラーは足止めのための戦闘の最中に右足を失いながらも、交戦していた人形を撃破し、ままならない体で俺との合流を試みていたのだ。
「つーわけで、大将。お手数ですがさっくり繋いでもらえませんかね」
まるで世間話でもするかのような軽い態度で、チャンドラーは切断された右足を放り投げてきた。
褐色肌の脚の断面からは一滴も血が流れておらず、半ば炭化した肉によって傷が塞がれている。
「血は補充できないっていうんで、血管を焼き潰しといたんです。せっかく繋いでも貧血で戦えないんじゃ、クソの役にも立てませんからね」
確かにこうすれば流血を最低限に食い止めることができ、失血を回避しながら【修復】を待つことができる。
けれどそれは、傷口を焼き潰す激痛に耐え抜くことが大前提だ。
スキルによっては痛みを軽減させることも可能だが、それでも即座にこの判断ができるのは尋常ではない。
「なんて無茶な……とんでもないな、色々と」
「いやいや、白狼の。お前がやってきた無茶と比べたら、これくらい可愛いもんだぜ?」
「……そうか?」
何故かガーネットに呆れ顔で肩を叩かれてしまう。
一体どれのことを言っているのか分からなかったが、ここでいちいち聞き出している時間もない。
今はとにかくチャンドラーを治療して、すぐに移動を再開しなければ。