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第75話 騎士団の事情

 帰宅してすぐに、俺はダスティンから伝えられた情報をガーネットと共有した。


 ダスティンがブランと思しき人物と交戦したこと。


 攻城ゴーレムに仕込まれていたマッドゴーレムが、ホロウボトム要塞の一部を破壊したこと。


 マッドゴーレムの残存個体が地上に潜伏している可能性があること。


 ガーネットはさほど驚いた様子もなく、しかし一言一句聞き逃さないように集中した様子で、静かに俺の言葉に耳を傾けていた。


「……あまり驚かないんだな。俺とトラヴィスはひっくり返るかと思ったくらいなんだが」

「そうだな、お前には話してもいいか。銀翼騎士団も情報収集は怠ってねぇんだ。詳細は省くが、オレもその情報をお前とほぼ同時に把握してたってわけだ」

「ああ……なるほどね」


 俺が春の若葉亭でダスティンとの対面を終えたとき、ガーネットは席を外して一人でどこかに行っていた。


 恐らくあのタイミングで銀翼騎士団の仲間と会い、集めた情報を受け取っていたのだろう。


「だが、お前に喋ってもらったのが無駄だったわけじゃないぜ」

「違う情報源から得た情報をすり合わせるのは重要だからな」

「それと具体的にどれとは言わねぇが、オレ達が掴み損ねてた情報も手に入った。正直なところ大収穫だ」


 ガーネットは白い歯を見せて笑いながら、ダイニングテーブルの椅子にどっかりと腰を下ろした。


「ところで、確かお前、黒剣山のトラヴィスにも用事があるって言ってたよな。それって結局何だったんだ?」

「腕のいい鍛冶屋を紹介してもらったんだよ。性能の良いミスリル装備を作ろうと思ったら、ベースにする装備の品質が良くないと駄目だからな」

「へ、へえー……武器の話だったかー……」


 椅子に座ったまま、ガーネットは器用に体を半回転させて俺に背を向け、椅子の背もたれに腕を置いて体重を預けた。


 約束した武具作製のうち、武器の方はトラヴィスのお陰で実現の目処が立った。


 後は防具だが、こちらについてはガーネット本人に相談をしておく必要がある。


「剣のベースはトラヴィスの紹介に頼るとして、問題は防具なんだが……お前が騎士団で使ってた鎧を取り寄せるってことはできないか?」

「問題? 何がだ?」

「高性能な防具は特注品にならざるを得ないだろ。となると、職人に体の寸法を測らせなきゃいけないわけだが……お前の場合は、何というかその、色々とまずいんじゃないか」


 ガーネットは性別を偽って少年として振る舞っている。

 正体が露見するリスクは最小限に留めたいはずだ。


 かといって、既成品の防具では性能に不満が残ってしまう恐れがある。

 足に合わない靴では全力で走りにくいのと同様、体に合わない鎧では全力で戦いにくくなってしまう。


 もちろん既成品でも問題なく体にフィットする場合もあるが、ガーネットの体型は男性として見るとかなり小柄かつ華奢であり、ちょうどいい男物の鎧が見つかる可能性は著しく低いだろう。


「ったく。変な気ィ回してんじゃねぇよ。自分(テメェ)の体の寸法は全部覚えてるから、それを伝えりゃいいだけだ。あと、騎士団の鎧は使いたくても使えねぇからな」

「使えない? どうして」


 今度は俺がオウム返しで質問をする番だった。


「どうしてって、お前……ああ、いや、そういやハッキリ説明したことはなかったっけな。言わなくても秘密を守ってくれてるから、ついうっかりしてたぜ。悪ぃな、白狼の」


 ガーネットは改めて普通の姿勢で椅子に座り直し、正面から俺と向かい合った。


「オレが銀翼騎士団所属の騎士だってことは秘密にしてあるわけだが、じゃあ一体『誰に対して』秘密にしてるんだと思う?」

「誰にって……そう言えば考えたことがなかったな……騎士団にしか分からない事情があるんだろうなって勝手に納得してたぞ」


 敵である魔王軍に対する隠蔽という線はなさそうだ。


 連中が明確に地上へ干渉してきたのは今回のマッドゴーレムが初めてだし、そもそも騎士が護衛についていることを伏せる意味がない。


 グリーンホロウの住人? 冒険者ギルド? どれもいまいちピンと来ない。


 考えれば考えるほど、隠蔽の対象がどこの誰なのか分からなくなってしまう。


「このお人好しめ。だけど正解だ。よそから見れば心底くだらねぇ、騎士団だけの事情……オレが騎士であると知られたくねぇ相手はな、黄金牙騎士団だけなんだよ」

「は……? いやちょっと待て、黄金牙は味方だろ。何で隠さなきゃいけないんだ」

「くだらねぇ事情だって言っただろ。詳しく説明したら、こいつら馬鹿だろって思うに決まってるぜ」


 ガーネットは自嘲と呆れが半分ずつ混ざった笑みを浮かべている。


「騎士団っていうのは、アルフレッド王がウェストランドを統一する前の群雄割拠の時代に、各勢力の所属騎士が結成していた軍団が原型になってるんだ」

「統一前……」

「アルフレッド王は他の勢力を滅ぼし尽くして統一を果たしたわけじゃねぇ。条件付きで軍門に下って吸収された勢力がいくつもある」


 当然といえば当然である。

 武力制圧だけなら、即位からたった二十年で広大なウェストランドを統一し、なおかつ大いに発展させられるはずがない。


 制圧と懐柔を巧みに使い分けてこその大偉業なのだ。


「そういった勢力の騎士軍団は、アルフレッド王の支配下でも引き続き存続して、騎士団と名を変えて王国に奉仕する存在になったわけだ」

「銀翼や黄金牙もそうやって生まれたわけか」

「オレ達は国内のトラブルの解決が主な役目で、黄金牙は対外戦争を担う騎士団の一つだな」


 ここまで話したところで、ガーネットの声のトーンが一段階低くなる。


「だが、騎士団は仲良く平和に役割分担してるわけじゃねぇ。つい最近まで殺し合ってた間柄のとこも珍しくねぇからな。武力衝突はご法度だが、権力争いっつー形で対立や競争が続いてるんだ」


 陛下の即位が二十年前、ウェストランド王国が今の大きさになったのが数年前。


 後に騎士団と呼ばれる者達が互いに争っていた時代から、まだ一世代分も経過していないのである。


「この典型例が仕事の奪い合いだ。より重要な任務を掴み取り、他の騎士団よりも強い権限を手に入れる……ってな」

「そうか、何となく分かってきたぞ。勇者が行方不明に云々って段階では銀翼がメインで動いていたけど、魔王軍との戦争に発展してからは黄金牙に主導権を奪われたんだな?」


 最初にこの町へやって来た騎士は、フェリックス率いる銀翼騎士団の三人組で、ガーネットもその一員だった。


 そしてドラゴン騒動や『魔王城領域』への直通ルートの発覚を経て、安全確保のために銀翼騎士団の騎士が増員された。


 ところが、要塞を築いて本格的に魔王軍と戦うことが決まって以降は、銀翼騎士団と入れ替わるようにして、黄金牙騎士団のメンバーがどんどん増えていった。


 最終的に銀翼騎士団の姿はほとんど見なくなり、フェリックスもガーネットを残して町から引き上げ、黄金牙騎士団が中心となって魔王軍と戦う現状に至る。


 俺はてっきり円満なバトンタッチだと思っていたのだが、実際はそうではなかったのだ。


「黄金牙は魔王城攻略作戦っていう一大案件を独占してぇんだ。オレ達の任務である勇者未帰還の原因究明も、黄金牙が情報を選択して提供するっていう形で主導権を握ろうとしてやがる」

「……だから、たとえ俺の護衛であっても、銀翼が一枚噛むことを快く思わない……そういうことか?」

「大正解! オレが銀翼の騎士だと気付いたら、あの手この手で排除しようとしてくるだろうな」


 なるほど、ガーネットが最初に『よそから見れば心底くだらねぇ事情』『こいつら馬鹿だろって思うに決まってる』とこき下ろした理由が理解できた。


 他人にしてみれば下らないことに拘る――その気持ちは分からないでもない。


 しかし、割りを食わされる側にとってはいい迷惑であることも確かだ。


「まぁ……理由はどうあれ、銀翼騎士団の鎧が使えないのは分かった。そういう事情なら全身鎧自体を避けた方がいいな。甲冑の中からお前の声がしたら勘付く奴がいるかもだ」


 ガーネットは普段から全身甲冑を着用して素顔を隠していたので、鎧を脱いで活動していれば正体を悟られるリスクは小さい。


 しかし全身鎧を着用してしまうと、たとえ鎧のデザインが違っていても、体格や声の質から『銀翼の騎士のガーネット』を連想させてしまうかもしれない。


「それを踏まえた上で、どんな防具にすればいいと思う? お前が使いたい防具の種類で見繕うから、何か希望を言ってくれないか」

「んー……そうだなー……」


 ガーネットは天井を見上げてしばし考え込んでから、ぽつりと呟いた。


「お前と一緒がいいな」


 そして、別に何も言っていないのに、こちらをじろりと睨んでくる。


「冒険者やってた頃の防具はまだ使ってんだろ? そいつと同じ造りなら、ホワイトウルフ商店の支給品か何かだって適当に解釈してくれるだろうからな。ちょうどいいカモフラージュだぜ」

「……まぁ、お前がそれでいいって言うなら。動きやすいのは確かだけど、防御力には期待できないぞ?」


 同じ種類の装備を揃って着用するということに、何かしら思うところがないと言えば嘘になる。


 だがそれを口にするのは自意識過剰としか思えなかったので、大人しく飲み込んでガーネットのリクエストを受けることにしたのだった。

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