第748話 上陸、そして一時の別れ
その後、俺達を乗せた船は激流の水路を下り終え、中央島の岸辺の一つへと乗り上げた。
浜辺のように整った上陸地点などなく、水路と陸地が隣接したところで強引に投錨し、座礁も同然の勢いで接岸する強行突破だ。
誰も彼もが船体にしがみつき、揺れと呼ぶのも憚られる衝撃に耐え切って、すぐさま上陸作業に取り掛かっていく。
「妨害があのクソ鳥どもだけで助かったな。連中も戦力に困ってきたんじゃねぇか?」
ガーネットが笑いながら溢した発言に、俺も無言で同意を示す。
サクラが怪鳥を退けて以降、俺達は意外にもアガート・ラムの妨害を一切受けることなく、簡単に目的地へ辿り着くことができてしまった。
理由は色々と考えられるが、やはり最も可能性が高いのは、アガート・ラムにとってもこの戦いは死闘なのである、という仮説だろう。
戦力の捻出に苦労しているのは俺達だけではない。
アガート・ラムもまた限られた戦力をやりくりし、どうにか一体の魔獣を送り込んできた――現状を鑑みると、そう考えるのが妥当なはずだ。
「言うまでもないとは思うけど、油断はするなよ?」
「ああ、分かってる」
ガーネットは一足先に甲板から飛び降り、俺が下りてくるのを見届けるように顔を上げた。
「島の外まで動かせた魔獣があれだけだったってのは、裏を返せば、主力がごっそり島ん中に残ってるっつーことだ。とんでもねぇ音がここまで聞こえてきやがるぜ」
俺も念のため【修復】を発動させながら、甲板の縁から身を躍らせる。
不格好ながらも何とか着地を成功させたその横に、神降ろしを解除したサクラが軽やかな身のこなしで降り立った。
「戦闘の苛烈さは、私も存じています。実体化した魔獣、高火力重装甲の戦闘鎧を纏った戦闘人形、メダリオンを組み込んだ特級人形……どれも油断ならない強敵ばかりです」
「しかもこうして上陸を果たした以上、いつ最前線の戦闘に巻き込まれてもおかしくないわけだ」
「ええ、私がアガート・ラムの指揮官なら、陸上戦力をこちらに差し向けているところです」
船に対する迎撃が途切れた原因としては、飛行できない魔獣では俺達のところへたどり着けなかったから、というのも影響しているはずだ。
上陸を果たしたタイミングを見計らい、飛行不可能な魔獣を叩きつけてくる可能性も充分に考えられる。
「だったら、オレ達はさっさと別行動させてもらうとしようぜ。トラヴィス達には悪ぃけど、思いっきり敵を引き付けてもらわねぇとな」
「トラヴィスもきっとそのつもりさ」
出発の前に、ロイの鳥型の精霊獣を呼びつけて、先程【改造】を済ませた怪鳥のメダリオンを受け渡す。
「ロイ。こいつはお前が使ってくれ」
『僕がですか? ……分かりました。ルークさんがそう仰るなら、間違いなく僕と相性がいいんでしょう。使いこなせるか心配ですが……』
「俺の見立てが正しいなら、こいつを使えば精霊獣を強化できるはずだ。お前の精霊獣も、見方を変えればお前を中心にした群体みたいなものだろ?」
『なるほど、確かに。手元に届き次第、すぐに試させていただきます』
鳥型の精霊獣が足でメダリオンを掴み、空高く飛び上がっていく。
それを何気なく目で追っていると、甲板の縁からマークがこちらを見下ろしていることに気が付いた。
この距離から声を掛けて聞こえるだろうか。
むしろ交わす言葉なんかあるのだろうか。
改まった別れの挨拶も、無事を祈る今更なやり取りも、俺とマークの間柄ではどうにもしっくり来ない気がする。
だから俺は、口の端を上げて左手を軽く上げ、その仕草を白々しい言葉の代わりにして、踵を返してこの場を後にしたのだった。
ガーネットとサクラも俺の後に続いて、小走りに移動を開始する。
それから間もなく、進軍準備のために右へ左へ駆け回っていたトラヴィスが、すれ違いざまに簡潔な指示を飛ばしてきた。
「俺達はこのまま北上して最前線に乗り込む。アガート・ラム迎撃もこちらに集中するはずだ。お前達は……」
「いい感じに迂回して、方舟の城まで引き返す。大丈夫だ、ガーネットに加えてサクラまでいるんだからな。特級人形の一体くらいなら何とでもなるさ」
トラヴィスにそう告げながら、足を止めることなく市街地へと移動する。
これは決して強がりなどではない。
実際に交戦した特級人形の戦力評価を、現在のガーネットとサクラの戦闘能力と比較すれば、二対一なら少なくとも負けることはないだろうという、俺なりの客観的な試算の結果である。
もちろん倒せるかどうかは相性次第になってくるが、上手く切り抜けて逃げおおせることも勝利のうちだと考えるなら、一体くらいなら勝てる公算は高いはずだ。
「(……なんてことを考えてたら、二体や三体と鉢合わせる羽目になりそうだな)」
思わず浮かんでしまった嫌な想像に苦笑をこぼす。
まぁ、楽観的で理想的な想像に終始するよりも、都合の悪い展開も想定しておいた方がいい。
そうでなければ、万が一にも最悪の目を引いてしまったときに、とっさの足掻きもできなくなってしまうだろうから。




