第747話 神降ろしの剣閃
俺の『右眼』が奇怪な鳥の群れの姿を捉えた直後、それらの半数が高速かつ高角度で急降下を仕掛けてくる。
明らかに翼の羽ばたきだけが生んだ推進力ではない。
魔力を用いた超常的な加速であることは疑いようもなかった。
「こなくそっ!」
ガーネットが剣を振るって奇怪な鳥を切り落とす。
他の白兵自慢の冒険者達も武器を振るって迎撃に乗り出すが、怪鳥を両断できたのはガーネットを含む一握りだけで、大部分は船外へ弾き飛ばすに留まった。
そして迎撃の間合いに入らなかった個体は甲板を貫き、あるいは狙いを外して水路に飛び込んで、更に勢いよく飛び出しては上空に引き返していく。
どうやら、怪鳥の全身を覆う羽毛は本当に金属並みの強度があり、テオドールには及ばないものの相当な強度を誇っているようだ。
「おい、ルーク! 何なんだこいつら! アガート・ラムの攻撃か!?」
ガーネットに急かされつつも『右眼』を凝らす。
意識に浮かび上がった名前はステュムパリデス。
恐らくはアルファズルが生前に遭遇した記憶が反映されたのだろうが、俺には全く覚えのない名称で、呼び名が分かったところで何の手がかりにもなりそうにない。
だがしかし、重要な情報を手に入れることはできた。
「間違いない……あれも魔獣だ」
「あん? 魔獣の眷属じゃねぇのか? ダゴンが生み出しまくった半魚人みてぇに、でっかい鳥の魔獣がこう……」
「あれは違う。魔獣の眷属なんかじゃなくて、群れ全体が一つの魔獣……いわば群体なんだ」
もしも『右眼』がなければ、こんなに早く怪鳥の正体に気付くことはできなかっただろう。
継続的な攻撃に晒されながら、ありもしない発生源を探して、無意味に時間を浪費させられていたに違いない。
ガーネットは驚きに表情を崩し、それから忌々しげに空を睨んだ。
「だとしたら厄介だぞ。本体を潰せば片付くって話じゃなくなっちまう。このまま無視して突っ切るしか……」
「いや、本体ならある」
「何だって?」
あの怪鳥も魔獣である以上、決して誤魔化すことができない核がある。
いくら肉体が細分化されていようと、それさえ奪えば群れ全体が瓦解するはずだ。
「本体は、あの個体だ! 奴の体内にメダリオンがある!」
「そうか! 魔獣ならメダリオンの在り処が本体で……」
ガーネットが俺の指差した方向に視線を振り向け、一瞬の沈黙を挟んでから、慌てて俺の方に向き直った。
「……って、こっから指差されても分かんねぇよ! どれも同じ見た目じゃねぇか!」
そうしている間に第二波が降り注ぐ。
再び剣を構えるガーネットだが、今度は全ての個体がガーネットの間合いを外して船体に突っ込んできた。
「なっ……!」
怪鳥に無視されたのはガーネットだけではない。
第一波で怪鳥の羽を切り裂いてみせた連中は尽く狙いから外され、より効率的な船体の破壊を試みているのだ。
「……あいつら、思ったより学習能力がありやがる!」
第二波が上空へ引き上げていったのを入れ替わりに、トラヴィスが船内から駆け出してきた。
「すまん、現状の報告を頼む!」
「上空に鳥の魔獣がいる。群れ全体で一体分の群体型だ」
「何かの間違いかと思ったが、突っ込んできたのはやはり鳥か! 魔獣ならメダリオンを奪い取ればよさそうだが……」
「右から二十五番目って言って伝わるか?」
「……いいや。しかも絶え間なく位置が変わるときた。これはもう浸水に対処しながら逃げ切るしかないかもしれんな」
トラヴィスも俺と同じ判断に至ったようだ。
いくら自己再生可能な船とはいえ、喫水線より下に穴が開いてしまえば、それが塞がるまでに相応の水が流れ込んでくる。
浸水が増えれば増えるほど船は沈んでいき、いずれは航行不能に陥ってしまうだろう。
魔獣の撃退が困難なら、浸水に対応しながら全速力で陸地を目指すしかなさそうだ。
「でしたら私が参りましょう」
ところが――横合いから全く別の選択肢が示された。
「幸いにも敵の群れは一箇所にまとまっている様子。ならば私が【縮地】で肉薄し、一匹残らず焼き捨ててしまえば事足ります」
「それはそうかもしれんが……一体ごとに【縮地】を繰り返すつもりか? そんなもの魔力がいくらあっても足りんだろう」
「ご心配には及びません。神降ろしを使います」
「……むぅ」
トラヴィスが俺に目を向けて意見を求めてくる。
俺は無言で頷き返し、サクラの提案に乗る価値があると答えた。
「分かった、頼めるか」
「お任せください。ではっ……!」
サクラが甲板を蹴って【縮地】を発動させる。
転移先は怪鳥の群れの直上。
落下が始まると同時に、サクラは神降ろしを発動させ、その総身を眩い炎の輝きで彩った。
この距離からでも『右眼』を通すとよく分かる。
黒く長い髪は太陽にも似た輝きに染まり、ヒヒイロカネの刀が灼熱に染め上げられていく。
しかしこれまでのように、高熱の魔力を無差別に撒き散らすことはない。
ホワイトウルフ商店、そしてナギとメリッサの共作で作り出された羽衣のような魔道具が、神降ろしの余波をしっかりと抑え込んでいるのだ。
サクラは怪鳥の群れに真上から飛び込むや否や、まるで演舞のようなしなやかさで身を捩り、体全体を回転させると同時に炎の斬撃を全方位へ繰り出した。
それはまるで、第三階層の空に小さな太陽が生まれたかのような輝きだった。
怪鳥の群れが一瞬のうちに影もなくなり、冒険者達の感嘆の声が甲板を満たす。
勝利を喜ぶ歓声よりも先に、閃光の剣舞に対する感嘆が口を突いて出たのは、サクラの絶技があまりにも美麗だったからに他ならないのだろう。
「(だけど――あれはまだ全力じゃない。カガヒメの力を引き出すだけの、従来の神降ろし――これくらいじゃ全力を出す必要はないってわけか)」
サクラが怪鳥の残骸を蹴って再度【縮地】を発動させ、神隠しを継続した状態で甲板に戻ってくる。
「ただいま戻りました。メダリオンはこちらに」
「凄いな、また腕を上げたんじゃないか?」
俺はサクラが持っていたメダリオンを――見事に両断されていて二つになっていたが――受け取ろうと腕を伸ばしたが、サクラが手を引っ込めたせいで空振りしてしまった。
「あはは……申し訳ありません。神降ろしの刃で肉体ごと真っ二つにしてしまったので、断面が溶けるくらいに熱くなっておりまして……私は神降ろしの恩恵で何ともないのですけれど、まだ触るには早いかと」
言われてみれば、メダリオンの断面は溶鉱炉のように白熱していて、まだとろみすら残っているように見える。
サクラは神降ろしを発動させた姿のまま、気まずさを笑顔で誤魔化そうとしているようだ。
これまでは近付くこともままならなかった神秘的な装いで、いつもと変わらぬ日常的な笑顔を浮かべている――その様子が何ともアンバランスだったので、俺もつられて笑みを溢してしまった。
「それじゃ仕方ないな。ひとまず【修復】は後回しにして……まずは再上陸を目指すとしようか」




