第745話 作戦会議と最高の増援
「我々陽動部隊は地上に引き返さず、このまま戦闘部隊に合流する。改めて言うまでもないとは思うがな」
トラヴィスの発言に異を唱えるものは、この場に誰一人として存在しなかった。
そもそも陽動部隊の構成員は、最初から『地上への帰還に失敗する可能性』と『その場合は第三階層での行動に移る』という前提で参加に同意した面々である。
いざ実際にそうなったからといって、今更手のひらを返すような奴は、最初からメンバーに選ばれてなどいないのだ。
「出発準備が済み次第、ユリシーズ卿の船で再び空中水路を下り、戦力が不足している前線の支援に向かう。具体的な目的地は、戦闘部隊の指揮官からの要請次第だ」
「どこに応援が必要なのかは、やっぱり現場の人間じゃないと分からないだろうからな」
俺の発言にトラヴィスも同意を示す。
「ああ。現在、ロイの精霊獣を経由して確認を取ってもらっている。もうじき返答があるはずだ」
作戦会議というよりは、トラヴィスからの現状報告に近い流れで話が進んでいく。
メダリオンを組み込んだ戦闘人形の存在は想定外だったかもしれないが、帰還失敗と戦闘参加は想定の範囲内。
トラヴィスのこの判断も、作戦開始前に考えておいた選択肢の一つなのである。
だが――一つだけ、事前に予想できなかった要素がある。
「増援に向かうのは結構だけどよ。俺とルークには前線に殴り込んでる余裕なんかねぇぞ?」
ガーネットが鋭い語調で意見を差し挟む。
そう、ここに俺とガーネットが居合わせているという現状は、トラヴィスにとっても俺達にとっても予想外の出来事なのだ。
何とかして元の場所に引き返さなければならないわけだが、それは間違いなく『言うは易く行うは難し』の典型例に違いない。
「オレ達は方舟の城に引き返さなきゃならねぇんだ。探索部隊の連中も待たせっぱなしだし、まだまだ確保しないといけねぇ資料も山程あるんだからな」
「分かっているとも。船で中央島に乗り込み次第、お前達とは別行動を取ることにする。ただし空中水路の配置の関係上、方舟の城からは離れた場所になってしまうがな」
「待ってください! それは危険です!」
今度はソフィアが声を上げる。
「いくらガーネット卿でも、ルーク団長を護衛しながら前線を突破するなんて……たとえ可能でも時間が掛かりすぎるのでは……!」
「上陸地点を城に近付けようとするとだな、そもそも中央島に辿り着くまでの経路が遠回りになってしまうんだ。そうすると今度は水上で迎撃を受けるリスクが高まるぞ」
「……あちらを立てればこちらが立たず、ですか……」
空中水路はあくまで水資源を供給するインフラであって、水上移動を想定した水路ではない。
船で乗り込んで移動するときの効率性など、最初から全く想定されていないのである。
敵も味方も大勢入り乱れた前線を強行突破するか、それともろくな逃げ場のない船上で襲われるリスクを上昇させるか。
どちらがマシなのかは非常に悩ましいところだ。
「安心してもらえるかどうかは分からんが、ルークを護衛させる戦力を捻出してもらえないかと、戦闘部隊の指揮官に掛け合ってみているところだ。こちらも返答待ちだがな」
「ソフィア卿。強行突破になるのは俺達も覚悟の上だ。少人数なら上手く隠れながら進みやすくなるし、それに『右眼』も使えば不意の接敵のリスクも抑えられる。言うほど危険な作戦でもないさ」
「……ええ、まぁ、最終判断は団長にお任せします」
俺はソフィアを説得する傍らで、同じくらい苦々しげにしているマークの方にも、さり気なく視線を向けた。
マークは俺がそちらを見ていることに気がつくと、眉をひそめて顔を背けてしまった。
「納得してもらえたなら幸いだ。さて、そろそろ向こうの返事が欲しい頃合いだが……」
トラヴィスがそう言って、テーブルに止まった鳥型の精霊獣に声をかけようとした矢先、精霊獣のくちばしからロイの声が聞こえてきた。
『お待たせしました! こちらの司令官からの返答をお伝えします!』
「やっとか! 待ちかねたぞ!」
『時間が惜しいので手早くお伝えします! まずは――』
ロイは増援を必要としている場所をいくつかと、それらの優先順位と希望の増援規模を素早く伝え、書記担当の冒険者がその内容を地図に書き込んでいく。
これで陽動部隊の次の行動はほぼ確定した。
前線の戦況も大きく変化していくに違いない。
更にロイは、もう一つの用件についても答えを返してくれた。
『それとルークさんの護衛要員もお送りできるようです! つい先程、そちらの島に向けて出発しました!』
「何っ? 待て、気が早すぎるぞ! 護衛はそちらの島で待たせろ! 到着を待っている暇は――」
トラヴィスが声を荒らげかけたその直後、天幕の出入り口を覆う垂れ布が勢いよく捲くり上げられ、一人の少女が飛び込んできた。
この場にいた全員の視線が、一斉に出入り口の方へと振り向けられる。
突然の出来事に対する驚きは、あっという間にこれ以上ないほどの納得へ変わっていった。
トラヴィスが懸念する通り、追加の護衛役が到着するのを待っていたら、とんでもないタイムロスを生じさせることになっていたことだろう。
護衛役とは中央島に乗り込んでから合流するのがベストなのだ。
しかし、それがこの少女なら話は別だ。
何故ならば、視界を遮るものがないという条件下である限り、彼女にとって距離などないも当然なのだから。
「不肖、不知火桜! ルーク殿のお力となるべく馳せ参じました!」
力強い笑みを浮かべ、名乗りを上げるサクラ。
考えうる限り最高の増援、最良の選択肢。
これ以上ないほどに頼もしい存在が、俺達の下に駆けつけてくれたのだった。




