第742話 賞賛の言葉と叱責の言葉
――二つに割れたユリシーズの船の周囲では、冒険者を中心とした陽動部隊の隊員達が、精力的に部隊の立て直しに勤しんでいた。
負傷者の手当に、船の破壊で散らばった物資の回収。
船の大破や帰還の失敗という惨事に見舞われてもなお、折れることもなく腐ることもなく、自分にできることを力の限り続けている。
さすがはトラヴィスが選別したメンバーだと言わざるを得ない。
下手な冒険者では心が折れて絶望し、自棄になってしまってもおかしくない状況だが、ここにいる面々はそんな素振りなど微塵も見られなかった。
だがしかし、現状だと戦線復帰は難しいと言わざるを得ないだろう。
俺達とアガート・ラムのどちらが勝利するにせよ、戦いの趨勢が決するまでに、この状況から立て直して戦闘部隊と合流できるかというと、正直かなり疑わしいと言わざるを得ない。
――もちろんそれは、この場の面々だけで対応にあたるなら、という前提ではあるのだが。
「総員、注目!」
トラヴィスのよく通る声が響き渡る。
何人かの冒険者は、トラヴィスから説明を受けるより先に俺の存在に気が付いて、口々に歓声を上げて指笛の音を鳴らした。
ガーネットがにやけ笑いを浮かべながら、肘で俺の脇腹を突いてくる。
くすぐったいシチュエーションであることは確かだが、そんなことを気にしていられる状況でもない。
「見ての通り、故あってルーク・ホワイトウルフと合流することになった! 事情の説明は後に回すが、我々にとってはまさしく僥倖だ!」
偽装は大丈夫なのかと心配になるほどの喝采が上がる。
この盛り上がりよう、相変わらず士気の上げ方が上手い男だと感心してしまう。
「ルーク、それではまず、予定通り船の【修復】から頼めるか」
「大きな破片はかき集めてありますから、繋いでさえもらえたら動かせますよ」
トラヴィスとユリシーズに後押しされ、真っ二つになった船の破断面に近付いて、両方の断片の末端に手を触れる。
探索部隊の面々が期待の眼差しを向けてきていることが、背中越しでもよく分かる。
緊張はしない。
何百回、何千回、冒険者時代も含めれば、あるいは何万回――数え切れないほどに繰り返してきた、数少ない俺の長所――それをいつもどおりにこなすだけだ。
こんなところで失敗するようなら、腕が落ちたと猛省せざるを得ないだろう。
「スキル発動……【修復】開始!」
注ぎ込んだ【修復】の魔力が、二つに分かれた船の両部分に活力を与え、みしみしと木材の軋む音を立てさせながら動かしていく。
「今更だけど、挟まれるんじゃないぞ!」
周囲に注意を促しながら最後の一押しの魔力を注ぎ込む。
轟音を響かせて再結合する船体。
ツギハギの傷口のようだった破断面も瞬く間に塞がっていき、ユリシーズの帆のない船が本来の形を取り戻していった。
「……これでよしっと。俺の【修復】でどうにかなる部分はどうにかしたつもりだ。後は悪いけど手作業で何とかしてくれ」
「いやぁ、何度見ても見事なもんだ! うちの団長がいたら修理道具いらずですねぇ」
「さすがにノーコストってわけじゃないからな? こんなデカブツ、俺個人の魔力じゃ一発で空になる規模だぞ」
「分かってますよ。それじゃ自分は、内部の状況を確かめてきますかね」
満足気に船の中へ入っていくユリシーズ。
俺はその後ろ姿を見送ってから、改めて陽動部隊のリーダーであるトラヴィスに向き直った。
「というわけで、今の【修復】だけで魔力結晶の残魔力が相当厳しいことになっちまってな。これまでの戦闘で消耗した分も差し引いたら、完全に素寒貧一歩手前なんだ。悪いけど結晶を補給させてもらえるか?」
「もちろんだとも。外に吹き飛んだ物資も回収済みだ。存分に使ってくれ。ああ……それとだな、重要物資の管理はお前の騎士団の事務方に頼んであるぞ」
「……ということは……」
顔を合わせざるを得ない男の顔を思い浮かべ、つい気が引けてしまう。
陽動部隊に同行したうちの団員は、船の操作を担当するユリシーズだけではない。
ユリシーズのサポート役として、俺の探索部隊に同行させていない団員達にも乗船してもらっていたのだが――現状のコンディションで顔を合わせるとなると、何を言われるか分かったものではない。
トラヴィスも俺が何を悩んでいるのか理解しているようで、口出しをするべきか思案するような表情を見せていた。
眼帯越しに右目の近くを指で掻きながら、ここはガーネットに魔力結晶をもらってくるよう頼もうかと思案する。
「(いや……そんなのは単なる問題の先送りにしかならないな。もう右目が元に戻らない以上、いつまでも隠し通せるものじゃないんだ)」
俺は覚悟を決め、トラヴィスに教えてもらった物資テントの方へと向かっていった。
この作戦の参加者で唯一の血縁者――弟から補給物資の魔力結晶を受け取るために。
「……あー、ちょっといいか?」
「物資の受け取りですか? それなら種類と必要数の記入を……」
マークは物資が山積みになった大きなテントの中で、真剣な面持ちで事務作業に精を出していたが、俺の顔を見るなり手を止めて驚きに目を丸くした。
そして、俺の現状を咎めるように目を細める。
「何ですかそれは。ファッションのつもりなら時と場所を選んでください」
「眼帯は伊達や酔狂じゃなくってだな……着けざるを得なくなったというか、何というか」
「あなたのスキルだったら、潰れたくらいなら治せるでしょう。それとも眼球丸ごと抉られたとか言うんじゃないでしょうね」
マークが書類記入に使っていたバインダーを机に叩きつけ、睨むように向き直る。
「故郷の父さんと母さんにどう説明するんですか。間違いなく悲しみますよ」
「まぁ……こう言われるとは思ってたよ。とりあえず、言い訳くらいはさせてくれ」
肉親としては当然と言うより他にない反応だ。
息子が故郷に帰ってきたかと思ったら片目を失っていたなんて、どこの母親も嘆かずにはいられない状況だろう。
「右目が潰れたわけじゃないんだ。むしろ視えすぎて困るから着けているというか」
「は? どういうことで……」
眼帯をずらして青い右目を露わにすると、マークはさっきの驚きとはまた違う驚愕の表情を浮かべ、困惑に言葉を失ったのだった。
「話せば長くなるから、説明は皆の手当が終わるまで待ってくれ。何にせよ、母さんを驚かせることに変わりはないかもしれないけどさ」




