第740話 ほんのささやかな休息を
新たに手にした力は【改造】――あるいは【創造】とでも呼ぶべきだろうか。
俺はその力を駆使して、まずは手始めに陽動部隊が確保していたメダリオンと、ダスティンが確保したネメオス・レオンのメダリオン、そしてトラヴィスが倒したテオドールの核、ヴクブ・カキシュのメダリオンを立て続けに作り変えた。
「こいつを使えば、誰でもメダリオンの力を引き出せるはずだ。一つはトラヴィス、お前に。残りは攻撃部隊の隊長の判断で配分してくれ」
『だ、大丈夫なんですか、ルークさん。ガーネット君も言っていましたけど、何だか様子が……』
「多少は疲れたけど、今はそれくらいだ。こんな戦いに首を突っ込んでおいて、自分だけ安全にやり過ごそうだなんて虫がいいにも程があるだろ」
ロイの精霊獣に二枚のメダリオンを持たせ、ネメオス・レオンのメダリオンをトラヴィスに投げ渡す。
「新しいメダリオンが回収できたら、そのときは俺のところに持ってきてくれ。すぐに作り変えて送り返してやるからさ」
『……分かりました。くれぐれも気をつけてください』
翼を広げて飛び去っていくロイの精霊獣。
俺はその後姿を見送って、改めてトラヴィスの方に向き直った。
「よし、次は船の【修復】だな。早く現地に……」
「駄目だ。しばらく休め」
トラヴィスが真剣な視線と強い声で俺を制し、大きな手で肩を抑えて前進を食い止めてくる。
あちらも決して気楽な状況ではないはずだ。
しかしトラヴィスの態度は有無を言わさぬ圧力を帯びていて、無理にでも移動を再開しようとしたら力尽くで休憩させられてしまいそうだ。
「……そんなに悪く見えるのか?」
「顔色は最悪だな。魔力を消費しすぎたか、体力の消耗か……それとも他の何かを削り落とされたか。いずれにせよ呼吸くらいは整えておけ。船の【修復】中に昏倒でもされたらかなわん」
自覚症状は全くないが、トラヴィスが言うのなら間違いはないのだろう。
こいつの人を見る目は一流だ。
その評価には、冒険者としての能力と才能の程度や、戦闘における適切な役割を見抜くだけでなく、現状のコンディションの判断も含まれている。
「お前が言うならそうなんだろうな。多分、ここまで無茶し続けた疲労が溜まってるんだ。お言葉に甘えて、数分だけ休むとするよ」
「ああ、ゆっくり休め。見張りは任せろ」
そう言い残して大通りに向かっていくトラヴィス。
俺は手近にあった建物の壁にもたれかかり、そのままずり落ちるようにして地面に腰を下ろした。
すると、ガーネットも隣にやってきてどっかりと座り込み、俺の『右眼』を心配そうにみやってきた。
「休んでる間くらい、解除したらどうなんだ? いくらアルファズルが内側から抑えてるっつっても限度があんだろ」
「それもそうだな……」
片手を『右眼』にかざしていつもと同じように解除を試みる。
だが、何とも言い難い違和感のようなものを覚えずにはいられなかった。
「……おい、ルーク」
ガーネットが正面に回り込み、俺の顔を両手で挟み込むように固定し、至近距離から右目を覗き込んでくる。
「右目が青いままじゃねぇか……どうなってんだ……」
「ああ……なるほど、そこに出たのか。具体的には、どんな感じになってるんだ?」
妙な納得を感じながら、ガーネットに現状の報告を頼む。
「普段の発動中ほどには光ってねぇけどよ。瞳の部分が青く燃えてるみてぇなまんまで……『枷』って奴を外しちまった結果がこれなら、もう元には戻らねぇんだろ?」
「アルファズルが言う通りなら、な」
左目を閉じて右目だけの視界の見え方を確かめる。
「……やっぱり『右眼』としての効果も、それなりに残ってるみたいだ。これが侵食の結果だっていうなら、まぁ許容範囲……なんだろうな、うん。正直、もっと酷いことになるかと思ってたぞ」
「お前なぁ、もうちょっと深刻になってもバチは当たらねぇ状況だぜ?」
「落ち込んで後悔してた方が良かったか?」
呆れ顔のガーネットに微笑みを返す。
後悔なんか微塵もしていない。
許容範囲だというのは強がりでもなければ何でもない。
もっと酷い変化が生じることだって覚悟の上でアルファズルに解放を頼み、幸運にも最小限の変化で留まったというだけのこと。
右目の周りがガラス細工みたいに砕けて穴が空き、二度と塞がらなくなることだってありうると思っていたのだ。
これくらいで済んだのなら、むしろ幸運に感謝すべきだろう。
「良いわけねぇだろ。むしろホッとしてるっての。んで、見え方はおかしかったりしねぇか? 疲れは? 消耗は? 痛みがあったりしねぇだろうな」
ガーネットは俺の顔にペタペタと触れて回りながら、しきりに右目の具合を確かめている。
こういうときは意味もなく強がるよりも、素直な感情を伝えてしまった方がいいだろう。
なにせ、他でもない俺とガーネットの間柄なのだから。
「痛くもないし苦しくもない。これは本当だ。でも正直、過剰に視えすぎて気分は良くないかな。一時的に『右眼』を使うってだけならともかく、四六時中この調子だと気が滅入りそうだ」
「……そうそう。オレにならいくらでも弱音を吐いちまっていいんだぜ。んでもって、こういうときには……こいつの出番だな」
ガーネットは壁際に座った俺に正面から身を寄せ、腰の後ろに回していた小さなバッグから小さな魔道具を引っ張り出した。
それは特殊な素材を組み合わせて作られた、革の眼帯。
目に触れる部分は全体的に丸みのある三角形をしていて、顔の右側の半分近くを覆う程度の大きさがある。
アルファズルから与えられた知識を元に開発し、念の為に持ち込んでおいた『叡智の右眼』を抑制するための魔道具だ。
生前のアルファズルが身につけていた眼帯の複製品であり、俺の製造過程に不手際がなければ同等の性能が期待できるはずである。
俺はガーネットからその眼帯を受け取ろうとしたが、ガーネットは俺の腕を押しのけて、自分の手で眼帯を結んでくれた。
「無茶すんじゃねぇよ……なんて言える状況じゃねぇし、言える立場でもねぇよな。だからさ……」
ガーネットが俺の頬に手を添え、額をこつりと触れ合わせる。
「気合い入れていこうぜ、ルーク」
「ああ、お互いにな」
この戦いが終わったとき、俺達の人生は大きな転機を迎えることになる。
武器屋として、騎士として……それ以上に大きな、男と女としても。
だからこそ、絶対に負けられない。
諦めることなんかできない。
けれど、何を犠牲にしても、とだけは絶対に言うつもりはない。
戦いが終わった後も、ガーネットと一緒に生きていきたいと願っているのだから。
俺はガーネットの手と額から伝わる体温を感じながら、改めて決意を強く固めたのだった。
アガート・ラムとの戦いの前半戦としてひとまずここで章を区切り、次回からは第十九章として投下していきたいと思います。




