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第74話 不器用な微笑み

ダスティンが談話室から立ち去った後で、トラヴィスは深々と息を吐いた。


「ふぅ……まったく、肝が冷えた。殺し合いでも始まったらどうしようかと思ったぞ」

「悪かったよ。だけど、流石にあいつと戦って生き残れると思うほど自惚れちゃいないさ」

「『命と引き換えに一矢報いるつもりだった』としか聞こえんな」

「殺し合うつもりはなかったと言っているんだが?」


 いくらなんでも、あの流れで命を捨てるわけにはいかない。


 そんな理由で喧嘩をして殺されました、なんて話を皆が聞いたときの反応を想像するだけで、無駄に命を懸ける気など失せてしまう。


 特に問題はガーネットだ。

 護衛対象を殺害される経緯としては、恐らく史上最悪レベル。

 申し訳なさすぎて死んでも死にきれなくなってしまう。


 けれどもしも、ダスティンがガーネットに対する侮蔑を撤回せず、喧嘩ならいくらでも買うという態度を見せていたら――そのときはどうなっていたか分からない。


「しかし、魔王軍の用意周到さには正直舌を巻くな」

「ああ。戦う前から負けたときのことを考えて、二重三重の罠を仕込んでいたわけだ」


 陣地を巡る攻防戦で人類側が勝利した後、魔王軍は二つの策で人類側に妨害を仕掛けてきた。


 鉱山の爆破とドワーフの虐殺による証拠隠滅。

 先ほどダスティンが話していた、マッドゴーレムによる破壊工作。


 どちらも敗北が決まってから準備をしても間に合わない作戦である。


 作戦準備は戦闘前か、あるいは戦闘と同時進行で進められていたはずなのだ。


「なぁ、ルーク。ダスティンの暴言に賛同するわけではないが、警戒レベルは上げておくべきかもしれんぞ」

「分かってる。余計な一言がなけりゃ普通に納得してたところだ」


 語るべきことは全て語り終えたので、俺達もダスティンに続いて談話室を後にする。


 俺は皆と合流するために食堂スペースへ向かい、トラヴィスは宿を出るために玄関へ向かう。


 その直後、玄関の方でトラヴィスの大きな声が響いた。


「うおわああっ!」

「な、なんだ!?」


 慌てて玄関の近くまで駆けつけたものの、それ以上の異変は何も起こらなかった。


 すっかり静かになったエントランスに現れたのは、トラヴィスではなく見慣れた顔の東方人の少女だった。


「おや、ルーク殿。奇遇ですね」

「サクラ、さっき玄関先で大男の悲鳴が聞こえなかったか?」

「それでしたら原因は私かと。すれ違うときに誤ってぶつかりそうになったのですが、何故か大声で驚かれてしまいました……」


 蓋を開けてみれば非常に下らない原因であった。

 一瞬でも心配してしまって損をした気分だ。


「気にするなよ。あいつは女が苦手なんだ。他に理由なんかないさ」

「何と、そういう事情でしたか。納得です」

「それにしてもお前……今日は妙にボロボロだな。難しい依頼でもこなして来たのか?」


 サクラの格好を頭から爪先までまじまじと観察する。


 服や軽装鎧の端々に焦げ目のような痕跡が残っている。

 前髪も汗で額に貼り付いていて、ついさっきまで激しい運動をしていたのが見て取れた。


「ああ、いえ、これはですね。先ほどまで鍛錬をしていたのです。以前の戦いで実力不足を痛感しましたので。そもそも武者修行こそが私の一番の目的ですし」

「なるほど。遅くまで精が出るな」

「流石に疲労が酷いので、今日は早めに休ませて頂こうと思います」


 サクラはそう言って小さく一礼し、俺の横を通り過ぎていこうとした。


 ――風でふわりと髪がなびき、汗に混じって()()()()()()()()臭いがした。


 一体、サクラはどんな鍛錬をしてきたというのだ。


「……サクラ。装備や体が傷ついたんなら、俺がきっちり【修復】するからな。いつでも言ってくれ」

「はい、ありがとうございます」


 笑顔で部屋に戻っていくサクラを見送ってから、春の若葉亭の食堂スペースに足を運ぶ。


 皆をここで待たせてあったはずだが、ガーネットの姿はどこにも見当たらず、ノワールとエリカが同じテーブルで話し込んでいる様子しか見つからなかった。


 珍しい組み合わせだな――と何気なく思ったところで、前にもこんなシチュエーションがあったことを思い出す。


 あのときはノワールとサクラの組み合わせで、次の日には東方の呪符を模倣したミニチュアスクロールという新商品のアイディアが飛び出してきた。


 今回はどんな話をしているんだろうと気になって、近くに寄って様子を窺ってみる。


「……あっ、店長。用事はもう終わったんですか?」


 真っ先にエリカがこちらに気付いて、席に座ったまま話しかけてくる。


「ああ。ところで何をしてるんだ?」

「珍しい薬草の扱い方について教わってたんですよ」


 エリカは難しい専門用語がびっしりと書き連ねられたメモを、嬉しそうに見せてきた。


 申し訳ないが、俺の知識量では何が記述されているのか想像もできない。


「ノワールがエリカに教えてるのか。確かエリカの方が本職の薬術師だったよな」

「ですけど、やっぱりキャリアが違うんですよ。経験や知識が段違いなんです」


 真っ向から褒められたのが恥ずかしかったのか、ノワールは遠慮気味に視線を伏せた。


 そしてそのままの状態で、二人のスキルについて呟くように説明を始める。


「黒魔法は……薬草や毒草の、調合も……範囲内なんだ。もちろん、薬術師の方が専門家、だけど……他人に害を与える分野……なら、負けないから……」

「ノワールさんはそれだけじゃないんです。薬になる植物にも詳しいんですよ。凄く勉強になりました」

「そ、それは……妹が、白魔法使い、だから……教え合ったりして……それで……」


 どんどんノワールの声が小さくなっていく。


 純粋な敬意と称賛を向けられることに慣れていなくて、戸惑いと羞恥に耐えかねているのだろう。


 気持ちは痛いほどよく分かる。

 俺もシルヴィアやサクラから似たような眼差しを向けられて、かなりいたたまれなくなったことがある。


「(それにしても、妹か……)」


 胸の奥で良心らしきものが痛む感覚がした。


「(ブランが魔王軍についた可能性は、ノワールにも話さないといけないだろうな。けど……この場で伝えるのは何というか……流石に気が引けるというか)」


 ノワールはエリカからの敬意に戸惑いながらも、確かな喜びを感じているように見える。


 今すぐブランの件を教えたら、きっとこの不器用な微笑みは跡形もなく砕け散ってしまうだろう。


 何もこの場で伝える必要はない、明日の仕事前か仕事終わりでもいいはずだ――自分にそう言い聞かせて納得させたところで、宿の奥からガーネットがひょっこり姿を現した。


「お、戻ってたのか。二槍使いの用件は終わったみたいだな」

「ああ。とりあえず帰ろうか。話は後でゆっくりしてやるからさ」


 騎士団から派遣された護衛であるガーネットには、全てを打ち明けておかなければならない。


 しかし、今は逆にそれがありがたかった。

 話しにくい話題でも遠慮なく伝えられる相手というのは、本当に得がたいものなのだから。

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