第739話 武器屋の役割
「……いや、ひょっとしたら上手くやれるかもしれない」
俺はガーネットの体を支えている方とは逆の手で、発動させっぱなしの『叡智の右眼』を覆い、確信を込めてそう呟いた。
「ガーネット。一つ確認だ。俺の本職は何だ?」
「そりゃあお前……武器屋だろ」
「ああ、そうだ。色々と広くやることになってはいるが、本業はあくまで武器屋なんだ」
騎士団長だの領主だの部隊指揮だの、色々と大きな仕事を任されてはいるものの、俺にとっての一番の軸はそこにある。
「武器屋なら武器を作ることが仕事だろ? 手元に最高の素材があるなら、後は武器屋の実力が追いつけば事足りるんだ」
「お前……ひょっとして……」
「止めてくれるなよ」
「んなことするかよ。だけど……気ぃつけろよ。そんな終わり方はごめんだぜ」
ガーネットの言葉に勇気付けられながら、『右眼』に込める魔力を加速させる。
俺の手札には、万能のワイルドカードが三枚配られている。
今も他の連中が死ぬ気で戦い続けているというのに、俺だけが切り札を出し惜しむなんて論外だ。
精神を『右眼』の奥へ、更に奥へ――更に更に奥へ――視界が白く染まっていき、自分以外の何も見えなくなるまで。
やがて白一色に染め上げられた虚無の只中に、右眼球を『叡智の右眼』に変えた老人の佇む姿が浮かび上がる。
「……久し振りだな、アルファズル」
「遂に来てしまったか。できることなら、私の介入など必要とせずに終わればと思っていたのだが」
「そんな簡単に片付けられる相手じゃないってことは、お前が一番良く分かってるだろ」
アルファズルの重々しい発言を笑い飛ばす。
「メダリオンが生み出す魔獣や神獣が、一体どれほどの脅威なのか。それは身を持って知っているはずだ。イーヴァルディの技術力がどれほどのものなのかも、アガート・ラムに退けられた魔王ガンダルフの軍勢の強さも……あんたは誰よりも理解しているはずだ」
ことアガート・ラムとの……魔王イーヴァルディの後継との戦いに関して、アルファズルは俺よりもよほど関わりの深い当事者だ。
アガート・ラムの源流を生み出したと思しきイーヴァルディと、メダリオンを生み出したロキはアルファズルの元仲間。
そしてアルファズル自身はメダリオンの神獣フェンリルと相討ちになって果て、イーヴァルディはアルファズルが生み出したダンジョンの管理運営を担っていた。
俺達がこうしてアガート・ラムと対峙しているのは、いわばアルファズル達の世代が解決しきれなかった問題の尻拭いとすら言えるだろう。
「……しかも奴らはお前が知らない新技術まで投入してきた。こうなったらもう、こちらも新しい力を引き出すしかないだろう?」
「『叡智の右眼』に設けた三つの枷。その一つを外し、我が『全知の神眼』に一歩近付こうというのだな」
「お前が『叡智の右眼』を媒体に使っていたっていう魔法だな? そいつに興味はない。俺が欲しいのはメダリオンを改造する力だ」
アルファズルの白い眉がぴくりと動く。
もしかして想定外の発言だったのか、それとも想定はしていたが可能性は低いと思っていたのか。
どちらだろうと俺には関係のないことだ。
「俺は武器屋だ。騎士団長やら領主やら隊長やらと肩書が増えちまったが、お前は誰だと問われたら、真っ先にホワイトウルフ商店のルークだと答えるだろうな」
親指で自分の胸元をびしりと指す。
「武器屋の仕事は何だ? ……他の奴らが必要としている装備を用意することだろ? 武器屋がわざわざ付き添わなくても使えるような……メダリオンをそういう装備品にしたいんだ」
「つまり、お前が直接スキルを使う必要などなく、所有者の意思で魔獣の因子を肉体に反映させ、解除できるようにしたいのだな」
「そういうことだ。この戦況を覆すために、武器屋ができる一番の選択肢だと思わないか?」
各所の戦場に投入された特級人形。
アガート・ラムの惜しみない戦力の解放によって、少しずつ不利な状況に追いやられている友軍達。
俺がメダリオンを発動させて回れば戦況を変えられるかもしれないが、物理的には非現実的だ。
けれど――俺がいなくても、メダリオンだけをロイの精霊獣で配らせるだけで、同じことができるようになったとしたら?
戦いに勝利して新たなメダリオンを手に入れるたびに、新たな装備品として加工しては戦線に投入できるようになったとしたら?
「これならきっと戦況を覆せるはずだ。アルファズル、可能かどうかだけ聞きたい。『右眼』の枷を一つ外せば、これを可能にできると思うか?」
「……結論から言えば可能だ。改造というよりも、私が得意とした創造魔法に近いものになるだろう。だが、枷を外せば不可逆の侵食を受けることになるぞ」
「承知の上だ。何が出るかお前にも分からないんだろうが、いきなり死ぬようなことにはならないんだろ?」
「三つ全て外すとなると話は別だが、一つか二つならば……な」
今のアルファズルからは、俺を説得して考えを変えさせようという考えは感じられない。
あくまで俺の覚悟を確かめ、軽い気持ちで切り札を切ろうとしていないと信じるために、あえて問いかけを重ねているだけだ。
「いいだろう。貴様が望む通りの力を得られるように、私なりに最善を尽くしてみせよう」
アルファズルが片腕を上げたかと思うと、真っ白な虚空を横切るようにして、何本もの巨大な鎖が交差する。
突如として虚空に現れた――いや、最初からあったにもかかわらず、俺からは認識することができなかったのだろうか。
鎖の一つが轟音を立てて砕け、無数の残骸を降らせていく。
俺は砕け散る巨大な鎖に目もくれず、胸の前でここにはないものを握り締めて魔力を込める。
ああ――間違いない、今ならきっとできるはずだ。
そんな確信を抱きながら、俺は意識を現実へと引き戻していった――
「――ーク! おい、ルーク! 大丈夫か!」
視界が元に戻り、耳元でガーネットの焦ったような声が響く。
「……ふぅ。どうだ、ガーネット。見た目、おかしなことになったりしてないか?」
「ああ、変わってねぇよ。何も変わってねぇ。だけどさっき……『右眼』の光がヤベェくらいに強くなってて……顔ごと燃えてなくなっちまうんじゃねぇかと……」
「ははっ、そんなことになってたのか。じゃあすぐには分からない変化だったのか……悪いな驚かせて。でも、そうするだけの価値はあったと思うぞ」
あえて笑顔を浮かべてみせながら、左手に握り締めていたメダリオンに視線を落とす。
そのメダリオンは以前と僅かに形を変え、気の所為か輝きを増しているようにすら感じられた。
「ガーネット、トラヴィス。上手く行ったぞ。これで何とかなるはずだ」




