第738話 戦闘は終われど、戦争は終わらず
軽口に文句を言われながら、トラヴィスから魔獣ネメオス・レオンのメダリオンを回収し、意識を取り戻したガーネットに手を添えて立ち上がらせる。
「トラヴィス。体の方は大丈夫か?」
「少々の疲労感はあるが、特に問題はない。むしろここに来る前の消耗の方が大きいな」
「……ああ、そうだ。陽動部隊に一体何があったんだ。とっくに撤収してるはずじゃなかったのか」
恐らく俺が知らないだけで、ロイの精霊獣を通じて各所に連絡は行っているのだろう。
ガラティアにテオドールという、メダリオン装備の人形二体との連戦があまりにも激しすぎて、俺達についていた精霊獣が割って入ることができなかったに違いない。
ひょっとしたら、俺の知らない間にガラティアの雷に焼かれてしまった可能性もありそうだ。
「移動しながらで構わんか。他の連中を待たせてあるからな」
トラヴィスの後に続いて移動しながら、陽動部隊に何があったのか説明を受ける。
曰く、充分な陽動を終えたと判断して引き返そうとした矢先、トラヴィス達を乗せたユリシーズの船を、メダリオン搭載の人形が襲撃してきたのだという。
それも一体や二体ではなく、複数体の立て続けの出現。
ある敵は撃破に成功し、またある敵は撤退まで追い込んだが、その猛攻を受けながら水流に抗って逃走するのは困難だった。
水路の激流に乗って全速力で振り切るしか選択肢はなく、最終的に座礁同然でこの島に流れ着くことになったのだという。
「しばらく息を潜めて船の修理をしていたところ、あの翼を生やした人形が下りてくるのが見えたわけだ。てっきり追っ手か何かだと思い、俺一人で様子を見に来たところ……」
「俺達がその人形と戦っていたと」
「さすがに我が目を疑ったぞ。よりにもよって、お前達がこんなところにいるとはな。そちらこそ何があった」
「重要資料が秘匿された城に乗り込んで、首尾よく大書庫を確保したところまではよかったんだけどな」
そこで特級人形のガラティアに攻撃され、大書庫の破壊を防ぐため城から引き離しながら交戦していたところ、先程のテオドールが増援として現れ――
と、ここに至るまでの経緯を簡潔に説明していると、ガーネットがもっと密着するようにして深く肩を寄せてきた。
「……悪ぃ、手間掛けた。次はミスらねぇ」
「いいや、お前は何も失敗しちゃいない。俺の力が足りなかったんだ。ただの【合成】でも【融合】でも駄目だ……せめてもう一歩、もっと踏み込むことができたら……」
アルファズルとの戦いで二つの断片に砕かれたフェンリルのメダリオンは、それぞれ別のメダリオンに姿を変えて独立した。
これらに二つの物質を一つとする【合成】を使っても、元通りのフェンリルのメダリオンにはならず、新たな……なおかつ不安定な存在に変化するだけだった。
そんな代物を扱いきれなかったとしても、ガーネットに責任はない。
改善すべきものがあるとすれば、それは俺の方だ。
「二人共、反省会は後回しだ。ひとまず船の【修復】を頼みたい。負傷者の回復もだ」
「……死者は?」
「今のところは、幸いにも。奴らが本気で仕掛けてくると察してすぐ、迅速に逃げの一手を打ったのが幸いした。まぁ……【修復】を受けても戦線復帰できそうにない奴はいるがな」
トラヴィスはそう言ってから、俺の表情を見て説明を付け加えた。
「白狼騎士団から借りた人員は大丈夫だ。無傷とは言わんが軽傷止まりだな」
「そうか……それはよかった……なんて言ってはいられないか」
「船の方は少々手酷くやられた感はあるが、組み込んでおいたメダリオンのお陰でかなり耐えてくれたぞ。さて、船の隠し場所は……む?」
不意に鳥の羽ばたく音が聞こえたかと思うと、一羽の精霊獣の鳥が急降下してきた。
少し前に俺のところへ来た精霊獣ではない。
トラヴィスが怪訝そうにしているあたり、陽動部隊に割り当てられていた個体でもないようだ。
『やっと見つけた! ルークさん! ご無事ですか!』
「ああ、トラヴィスと合流できたお陰だ。他の場所の戦況はどうなってる? 大書庫の皆は? ノルズリはまだ生きてるか?」
『順を追って報告します。神獣サンダーバードのメダリオンを搭載した戦闘人形は、あれからしばらくノルズリと交戦した後、サクラさんと勇者エゼルが合流したことで撤退しました。方舟の城および地下大書庫の資料は、未だこちらの手の内にあります』
精霊獣の向こうのロイは、かなり早口気味に現状報告をまくし立てた。
大急ぎで話さなければならないことが山積みになっているのだと、否が応でも理解させられてしまう。
『しかし全体的な戦況は良くありません。アガート・ラム側が戦力投入を惜しまなくなったようで、メダリオン搭載の戦闘人形……特級人形および魔獣が多数戦線に出現しています』
「さすがに出し惜しみをしてたら敗けると分かってきたか」
『ええ……先程ルークさんが発見した、メダリオンの回収状況を記載した資料と照らし合わせる限り、一部の神獣クラスを除いた全投入が始まっていると見ていいと思われます』
ガーネットが俺の肩に体重を預けたまま、鋭く舌打ちをする。
「連中が追い詰められて慌ててるっつー点は、正直言って痛快だけどよ。このまま押し切られちまったら意味がねぇ。何とかしねぇとな……」
「ロイ。陽動部隊の俺達も、船の【修復】が終わり次第、攻撃部隊に合流するつもりだ。これで多少はマシになるだろう。それとだな、ルーク……お前に一つ提案がある」
トラヴィスは懐から見覚えのないメダリオンを取り出し、軽く手を振って投げ渡してきた。
不意を打たれた俺の代わりに、ガーネットがメダル状の金属塊を受け止める。
「俺やガーネットにしてみせたのと同じように、他の連中にもメダリオンを使って回るんだ。そうすれば大いに戦力を底上げできる」
「……オレも良い案だと思うぜ。物理的に不可能だっていうことを除けばな」
ガーネットが悔しげに口元を歪める。
「白狼のは一人しかいねぇんだぞ。あちらこちらの戦場に飛び回って、くまなくスキルを使って回るなんざ、どう考えても現実的じゃねぇだろ」
「何も全戦場にくまなく行き渡らせる必要はない。近場から順に使って回るだけでも大きな強化だ」
騎士として、Aランク冒険者として――ガーネットとトラヴィスが冷静に意見を交わす傍らで、俺はまた別のことを考えていた。
「……いや、ひょっとしたら上手くやれるかもしれない」
俺はガーネットの体を支えている方とは逆の手で、発動させっぱなしの『叡智の右眼』を覆い、確信を込めてそう呟いた。




