第736話 未だ神の域には至らず
メダリオンを生み出した錬金術師ロキ――その記憶から再現された古代魔法文明に、かつて俺達は状況も分からず引きずり込まれてしまった。
元凶はロキに忠誠を誓っていた神獣ヘル。
ロキの真意、奴がメダリオンを作り出すに至った理由。
いずれ復活するであろうアルファズルに、それらの真実を伝えるために用意されていた仕掛けが、期せずして俺達を巻き込んでしまったことが原因だった。
そして、ヘルは完全に無関係なガーネットを苦しめてしまった詫びのつもりか、幾つかの得難い情報を提示したのだという。
俺は再現された世界から退場した後だったので、完全にガーネットからの伝聞でしかないのだが、こんなことでガーネットを疑う理由などない。
ヘルが告げた情報の一つは、自身の核でもあるメダリオンの所在。
もう一つは――
「――アルファズルがフェンリルをぶっ殺した後、そのメダリオンがどこに行っちまったのか。オレも半信半疑だったけどよ、ヘルのメダリオンが本当に見つかっちまった以上はな」
「アルファズルの手で二つに割られた、フェンリルのメダリオン……あの資料を見つけた今となっては、信じるしかなさそうだな……」
新たな浮遊島に上陸した俺達の眼前に、金と銀に輝く装甲と翼を帯びたテオドールが着地する。
俺なら数秒は走らなければ詰められない距離だが、ガーネットやあの男ならば瞬き一つの間に塗り潰せるであろう間合い。
これ以上、悠長に構えている暇などない。
義肢に組み込んで回収していた二体の魔獣――炎狼と氷狼のメダリオンを実体化させる。
神獣フェンリルのメダリオン。
その成れの果ては、ずっと前から俺達の手中にあったのだ。
先程の操作で発見した、アガート・ラムのメダリオンの回収資料の中には、フェンリル断片Aとフェンリル断片Bなるものがリストアップされていたが、代わりにスコルとハティの名前は記載されていなかった。
フェンリル断片A――回収済み。修復作業開始――補記、作業失敗、喪失。
フェンリル断片B――未回収。所在地を発見するも回収失敗。
これらの記述は、それぞれスコルのメダリオンとハティのメダリオンの置かれていた状況と一致している。
ヘルがガーネットに与えた助言と、他ならぬアガート・ラムの本拠地で手に入れた内部情報……これらを照らし合わせれば、自ずと一つの仮説が導き出される。
「いくぞ、ガーネット!」
「おう! 来やがれ!」
スキルの力を可能な限り引き出し、全力で『叡智の右眼』を稼働させながら、二つのメダリオンをガーネットと一体化させる。
ガーネットの細い肉体に満ちていく炎と氷の魔獣因子。
砕かれた神獣フェンリルのメダリオンは、久遠の時の流れの中で、二つの魔獣のメダリオンに姿を変えていた。
そして今、失われていた本来の姿が取り戻されていき――
「グッ、ガアアアアアアアアッ!」
暴走する魔力が血肉を裂き、ガーネットの体を仰け反らせる。
傷口から吹き出す炎。肌を突き破る氷の棘。
最大稼働させた『叡智の右眼』が伝える情報は、ガーネットの体内で二つの力が不安定に暴れ続けていると告げていた。
物体としてのメダリオンは間違いなく一つに【合成】した――しかしそれだけでは、元のフェンリルのメダリオンに戻るには至らず、二種の異なる力を持つ新たな物体にしかならなかったのか。
そして余りにも大きすぎる力の相乗効果は、とてもではないが安定には程遠かった。
「……っ! 駄目だ、ガーネット!」
「止めるんじゃねぇ! これなら……!」
これまでより遥かに獣化の進んだ牙と爪。
鬣のような頭髪は金と銀に染まり、二本の尾が毛皮を逆立たせて力強くしなる。
俺が【分解】を発動させてメダリオンを回収するよりも早く、ガーネットが浮遊島の地表を蹴って加速する。
反動で地表が広範囲に渡って砕け散る。
「オオオオオッ!」
「ハハハッ! 面白い真似をする!」
テオドールの巨大な鉤爪がガーネットを迎え撃つ。
しかしガーネットは、片腕に氷を纏わせて同等サイズの獣の爪を形成し、真正面からテオドールの鉤爪とぶつかりあった。
更に肩から肘に掛けての上腕部が弾けるように火を噴き、体格で圧倒的に勝るテオドールを逆に押し切っていく。
「むうっ……! これほどか!」
もう一方の鉤爪を振り下ろすテオドール。
ガーネットは皮膚に掠めるほどの紙一重でそれを回避すると、氷の爪を破棄しながら宙返りのようにテオドールの頭を飛び越え、攻撃のために前傾姿勢となった背中に蹴りを叩き込んだ。
「ぐっ!?」
蹴りの着弾点が瞬く間に凍結し、翼の動きをを根本から封じ込める。
そして腰から下げた愛剣に手を掛け、テオドールを蹴り飛ばすと同時に灼熱の魔力の斬撃を繰り出した。
斬撃と高熱で容易く斬り落とされる金属の翼。
だが対するテオドールも只者ではなく、飛翔手段を奪われたと察するや否や思考を完全な地上戦に切り替え、即座に態勢を戻してガーネットに襲いかかる。
目にも留まらぬ速さでぶつかり合う金色と銀色の残光。
打ち合いの過程で剣が弾かれ、爆炎の加速と堅氷の爪牙が金属の外装に食らいつく。
俺はそこに割って入ることもできず、ただ『右眼』から与えられる情報と直面し続けることしかできなかった。
――このままだと、ガーネットは敗ける。
二つの荒ぶる力を小さな体に無理やり押し込めた反動が、テオドールを打ち倒すよりも先に堰を切る。
「ハハハ! あの男が最優先標的だというガラティアの見立て! 確かに間違っていなかった! 一瞬でこれほどの代物を生み出すとはな! ……だがっ!」
テオドールの鉤爪がガーネットを吹き飛ばす。
ガーネットは両足を踏ん張って膝を突くことを拒んだが、いつものようにそこから反撃に転じることはなく、声もなく俯き気味に佇んでいる。
「……ごほっ……」
吐き出された血の塊が足元に弾ける。
「ガーネット!」
「限界か。その細腕でよく戦った!」
俺がガーネットの傍へ駆け寄るよりも速く、鋭く巨大な鉤爪が細い体を貫かんとする。
――だが、それよりも更に疾く。
ミスリルコーティングのガントレットが、テオドールの鉤爪を受け止めた。
「何っ……!?」
「……まったく、ようやく陸地に辿り着いたと思えば、いきなりの修羅場とはな。後で状況を説明してもらうぞ、ルーク」




