第733話 並行する戦況
――ルークとガーネットが特級人形のガラティアと交戦しているその頃、方舟の城の外部において、一つの死闘が幕を下ろした。
見上げるほどの高層建築の一つが、轟音と瓦礫を撒き散らしながら倒壊していく。
隣接する建造物を幾つも巻き込んで粉砕し、遥か遠方からも目視できる粉塵を巻き上げて、浮遊島全体を微かに揺れ動かす。
その高層建築から飛び出す人影。
二振りの槍を片手で纏めて掴んだその人影は、たった一跳びで倒壊の影響範囲を離脱し、他の健在な高層建築の屋根に着地した。
「……ようやく沈黙したか」
槍を携えたその人影――二槍使いのダスティンが、片手に掴んでいた残骸を屋根に放り投げる。
それは頭部と上半身のごく一部だけを残して機能停止した、アガート・ラムの人形の成れの果てであった。
人間を模した外装は尽く削れ落ち、非人間的な骨格が露わになったその姿は、一連の死闘の激しさを如実に物語っていた。
しかし、対するダスティンも無傷には程遠い。
髪は乱れ、装甲は破損し、体のそこかしこから流血を滲ませている。
ダスティンがたった一体の人形との交戦で、これほどの消耗を被ったのだと他の冒険者が知れば、間違いなく驚愕に言葉を失ってしまうことだろう。
「メダリオンの力を使う人形……可能性は想定していたが、よもやこれほどとはな。四魔将のヴェストリが使ってみせた強化鎧も、この新戦力と比べれば時代遅れということか」
現状を冷静に分析しながら、ダスティンは死闘によって乱された呼吸を整えに掛かった。
魔王軍からこの人形の情報がなかったのは、単純に魔王軍との交戦当時には存在しなかった技術なのだろう。
攻撃部隊に割り当てられていた魔王軍戦力が動揺を見せていたことも、この考えを如実に裏付けている。
一方、数はそれなりに希少だと考えていいはずだ。
そうでなければ、もっと多くの戦力をここに送りつけ、確実に潰しに掛かっていたに違いない。
トラヴィス率いる陽動部隊と、ルーク率いる探索部隊に加え、ダスティンが属する攻撃部隊が手分けをして多角的に行動している現状――それらへ同時に対応しようと思うと、希少なこの新戦力を分散させなければならなかったのだ。
「だが……現時点で全ての戦力を出し切ったはずがない。これ以上の戦力が秘匿されていると考えるべきだな……」
そこに猛禽型の精霊獣が飛来し、ダスティンに一刻を争う急報を告げる。
『ダスティンさん! 緊急連絡です!』
「どうした。ルークの部隊に異常でもあったか」
『いえ、その、確かにあちらにも、特級の人形が現れましたけど……そうではなく……!』
精霊獣の向こうのロイは、動揺を必死に抑え込んで報告を続けようとしている。
『陽動部隊が……トラヴィスさんの部隊が、作戦後の第二階層への撤収に失敗しました!』
ダスティンの片眉がぴくりと動く。
「船が墜とされたか」
『撃墜はされていません。ルークさんが分け与えたメダリオンのお陰もあって、船自体は無事なようです』
「となると、退路を断たれてやむを得ず前進を選んだわけだな」
『そのようです。人的被害はさほどでもない、との報告ですが……それでもセカンドプランへの移行は不可避です……!』
トラヴィスが率いる陽動部隊は、第二階層から地下水路を抜けて第三階層の最上部に至り、アガート・ラムの注意と防衛戦力を引き付けてから第二階層へ撤収する予定になっていた。
しかし、絶対に撤退が可能であるなどという、甘い想定で練られた作戦などではない。
退路を断たれたことで攻略作戦に合流せざるを得なくなる、という生易しい展開のみならず、船が沈められることによる全滅すらも視野に入れられている。
なのでダスティンは殊更に騒ぎ立てることもなく、淡々と今後の作戦展開に話題を切り替えた。
「部隊指揮官には報告済みだな? ならば陽動部隊の扱いについては奴に一任しろ。合流を図るにせよ、このまま敵戦力を分断する囮として使うにせよな」
『は……はいっ!』
「トラヴィスならそう簡単にやられはしない。この人形と同等の戦力が相手でも、一体やそこらならば七割方は勝てるだろう」
『七割……楽観視できない数字ですね……』
ダスティンはロイの不安にそれ以上答えることはせず、二振りの槍を握っている方とは逆の手に視線を落とし、機能停止した人形からもぎ取ったメダリオンを観察した。
先程の戦闘の過程で魔槍の一撃を浴び、中央に深い損傷が生じてはいるが、ルークの【修復】を掛ければすぐさま使用可能になるだろう。
「……確か魔獣のメダリオンだと言っていたな。魔獣クラスでこれほどの脅威となると、神獣クラスはどれほどの戦力となることか……まぁいい、何であれ打ち倒すだけだ……」
そのとき、方舟の城の方向から凄まじい轟音と閃光が迸り、城壁の一部が崩落する様が見て取れた。
建築物内で繰り広げられていた戦闘が屋外に至り、更には城壁の外へと――圧倒的な破壊力が無秩序に撒き散らされながら、戦場を方舟の城から少しずつ引き離していく。
「ロイ。向こうの戦況を教えろ。精霊獣は飛ばしてあるんだろう」
『ガーネット君と魔将ノルズリが特級人形と交戦中です! ルークさんも追随して支援を続けているようで……!』
「他の戦力に目当ての資料を確保させつつ、その三人で邪魔者を引き離しているといったところか。特級人形の破壊規模を考慮すれば妥当な判断だ」
『増援は……』
「現地には勇者エゼルとシラヌイ・サクラがいる。後は……これを持っていってやれ」
ダスティンはロイが遠隔操作している猛禽型の精霊獣に、回収したばかりのメダリオンを投げ渡した。
「特級人形に組み込まれていたメダリオンだ。俺が持っていても宝の持ち腐れだが、奴ならばすぐにでも有効活用できる。どのような魔獣が封じられているのかも見極められるはずだ」
『……っ! 分かりました、今すぐ持っていきます!』
猛禽型の精霊獣が方舟の城に向かって飛び去っていく。
ダスティンはその後姿を一瞥し、二振りの魔槍を左右それぞれの手に持ち直し、次の標的を探して隣の高層建築へ跳び移った。




