第732話 炎狼と氷狼の牙
「どうやら、テメェはアガート・ラムの幹部級らしいな。上等だ! ぶっ潰して機械の脳みそとメダリオン引っこ抜いてやるぜ!」
「よほど身の程を知らないとみえる。メダリオンの力を多少引き出せた程度で、我らに抗えると思ったか」
空気を裂いて迸る雷光。
ガーネットは魔力障壁を盾に電撃を防ぎながら突貫し、その勢いのままガラティアに正面から激突する。
細い外見ながらも強靭なガラティアの片腕が、正面から魔力障壁を受け止める。
たった腕一本分の間を置いて、ガーネットとガラティアが睨みを交わす。
しかしこの戦いは一対一ではない。
ノルズリが発動させた魔法の氷が床と壁を凍結させ、ガラティアの背後まで氷の波を回り込ませ、後方から氷の棘の槍衾を突き立てる。
「甘いっ!」
ガラティアは即座に後方へも腕を振り向け、前後同時に雷撃を撃ち出した。
砕け散る氷の棘。弾き飛ばされまいと踏み留まるガーネット。
至近距離からの直撃に魔力障壁が削られていく。
俺はすかさず試作品の銃を右手に構え、ガーネットとガラティアめがけて炎の呪装弾を連射した。
「味方ごと……!」
ガラティアは俺の行動に驚愕しながらも、削れた魔力障壁の隙間から襲い来る銃弾を電撃で迎撃する。
作動した呪装弾が爆炎を撒き散らす。
「何っ!?」
炎に巻かれて飛び退くガラティア。
古代魔法文明を生きた古代人であるガラティアは、本物の『銃』を知っている。
それがどのように使われ、どのような効果を及ぼす武器かを知っている。
だからこそ、俺がガーネットを巻き添えに発砲したことも、ただの金属球ではなく爆裂する魔道具であったことも、彼女の想像を越えた出来事であったに違いない。
「逃がすかよっ!」
炎の魔狼、魔獣スコルの力を帯びたガーネットが、炎熱を吸収しながらガラティアに全力の刺突を繰り出す。
しかしガラティアも簡単に仕留められる相手ではない。
ガーネットの燃え盛る刺突の直撃を辛うじて回避し、脇腹に剣幅の半分まで抉り込まれながら、胴体と腕で挟み込むようにして剣を抱え込む。
「ちっ……!」
「認識を改めよう。油断ならん相手だ」
至近距離から落雷の如き電撃が炸裂する。
だが、ガーネットは間一髪のところで、剣身から魔力障壁を展開して拘束を振り払い、剣と障壁を盾に電撃のダメージを食い止めた。
俺は最初の場所から動くことすらできず、撃ちきった銃に呪装弾を詰め込みながら、ガーネットの戦いぶりを歯がゆく見守ることしかできなかった。
「くそっ、炎じゃ雷を防ぎようがないか……!」
こればかりは相性の問題だ。
炎ではノルズリの氷壁のように、破壊される前提であっても電撃を防ぎ止めることができず、防御は剣に施された魔法紋の防壁頼みになっている。
出力の面でも、吸収した炎を増幅させて纏う今のガーネットと、アガート・ラムの技術力で膨大な力を引き出しているガラティアとでは、あちらの方が有利だと言わざるを得ない。
「ガーネット! 一旦戻れ、切り替えるぞ!」
「そうしてぇのは山々なんだけどな! なかなか隙が……!」
「ふん、世話の焼ける」
ノルズリが床を介して魔力を注ぎ込み、ガラティアの全身を氷に閉ざす。
数秒もあれば破壊されてしまうであろう足止めだが、今はそれだけでも充分だ。
後方に跳躍して戻ってきたガーネットの背中に、分解したメダリオンを内部に組み込んだ義肢の掌を押し当てる。
「融合解除。魔獣因子、限定解放――ハティ!」
炎狼のメダリオンを義肢に引き戻し、同時に氷狼のメダリオンの力を注ぎ込む。
狼の耳と尾、そして金色に輝いていた頭髪と毛皮が銀色に染まり、纏う魔力が凍えるほどに冷たくなる。
ガラティアを包む氷が砕かれる直前、ノルズリが鋭い視線を保ったまま俺達に話しかけてきた。
「見ろ、サンダーバードの雷霆が城を焼きつつある。放っておいたら大書庫ごと火の海だ」
「こんな閉所で何度も落雷があったんだ。そりゃあ火事にもなるだろうな」
「私に合わせろ。周囲一帯を氷に閉ざすぞ」
「……ハッ! まさかテメェと協力する羽目になるたぁな!」
砕け散る氷の拘束。
ガーネットとノルズリは同時に剣を振り抜き、氷結の魔力を力の限り解き放った。
俺達が対峙するこの廊下はおろか、城の周囲のフロアまでもが分厚い氷に閉ざされる。
床、壁、天井、階段――大書庫へ繋がる大階段までもが氷の世界へと姿を変え、瞬く間に雷霆による延焼を防ぐ備えが構築されていく。
「なるほど。疑似魔法による柔軟な切り替えが、貴様達の強みか。各形態の性能は低くとも、それならば戦力として脅威となりうるな」
「誰の性能が低いって? 今からそいつにぶった斬られるっつーのに、自分を惨めにするようなこと、軽々しく言うもんじゃないぜ」
「此度もあのときのように、敗走の言い訳を考えておくことだな」
挑発を交えてガラティアを睨みつけるガーネットに、ノルズリも便乗して嘲りを重ねる。
しかしこれは、決してガラティアを侮っているからではない。
打倒し難い難敵と見定めたうえで、自らの戦意を鼓舞しつつ、少しでも焦りを誘おうとしているのだ。
「……確かに、以前の私はお前達に遅れを取った。しかしそれは局所的な勝利に過ぎず、最終的には貴様らが惨敗を喫したことを忘れるな」
氷に閉ざされた廊下の中央で、ガラティアが雷霆の翼を広げて、片腕に電撃を収束させていく。
「今の我らはあのとき以上の力を備えている。この場で貴様を討ち取り、その証明にしてやろう」
一直線に放たれる雷霆。
轟音を撒き散らす電撃と光の奔流に、ガーネットは全身を覆い隠す氷の盾を生成し、怯むことなく真正面から突っ込んでいった。




