第731話 来たれりは雷の神鳥
【お詫び】
今回の更新分を誤って別の作品の続きとして投稿してしまっていたため、大幅に更新がズレ込んでしまいました。
大階段の下階を制したその次は、折れ曲がった長い階段を駆け上がって一階部分へ。
四体の見張りの戦闘人形は、よもや下から攻め上がられるとは夢にも思っていなかったらしく、背後からの奇襲を受けてあえなく沈黙した。
結果だけを見れば、書庫の制圧はこちらの圧勝に終わった形だが、それは奴らが弱いということを意味しない。
むしろ、怒涛の勢いで制圧しなければ窮地に立たされてしまうからこそ、こうやって先手を打って圧倒しようとしているわけだ。
「ふぅ……どうにか片付いたな」
ガーネットが剣を払って鞘に収める。
現状が綱渡りに近いことを、ガーネットもよく理解しているらしく、油断することなく周囲を警戒し続けている。
「とりあえず、この残骸は片付けておいた方がいいな。アレクシア、頼めるか?」
「……ガーネット君が倒した方はいいけど、そっちで氷漬けになってるのは無理だって。凍らせた本人に頼んだ方がいいんじゃない?」
「戦闘の痕跡は隠しておくべきだな。適当に階段の下へ送っておくぞ」
アレクシアが【重量軽減】スキルで残骸を担いで階段を降りていき、ノルズリは階段に氷の斜面を作って、凍結したまま首を断たれた人形を滑り落とした。
もしも敵の誰かが一階の廊下に通りかかったとき、大階段の前に破壊された仲間の姿を見つけたら、大書庫に異常があったと即座にバレてしまう。
拙い偽装工作ではあるが、残骸を階段の下に移動させておけば、見張りの姿が見当たらなくても『階段の下の担当と合流している』などと解釈して貰えるかもしれない。
「ひとまず、ここは制圧できたと考えてよさそうだけど……他の連中は今頃どうなっていることか」
「定時連絡はまだなのか?」
「ロイがそろそろ精霊獣を送り込んでくるはずだ。できれば悪い報告は聞きたくないんだが、こればっかりはな……」
城の外から響いてくる戦闘の音は、時間が経つにつれて激しさを増している。
一階の廊下から見える風景は城の庭園ばかりで、城壁の外の光景は目視できない。
だが、城壁の上から時折見え隠れする閃光は、市街で繰り広げられている戦闘の激しさを物語っていた。
「何をしている。重要資料を確保しておくのだろう。呆けていたせいで失敗したなどと、陛下にご報告させるつもりか?」
「分かってる。早く戻……」
まさにそのときだった。
猛禽の姿をした半透明の精霊獣が、廊下の窓を突き破って城内に飛び込んできたのは。
「なっ……!」
その精霊獣は俺の姿を認めるや否や、迷うことなくこちらに飛んできて、雑音混じりのロイの声を響かせた。
『よかった、見つけた! ルークさん! 気をつけてください!』
「ロイか! 何があった!」
『アガート・ラムの精鋭です! 他の連中とは格が違う……一体がそちらに向かっています!』
――次の瞬間。
城の庭園に強烈な閃光を伴った稲妻が直撃した。
気候が変わり得ないはずの地下空間でありながら、開けた場所に落ちた雷――その着弾地点から電光が迸り、今度は地面に水平の軌跡を描いて城の外壁を貫いた。
閃光と熱波と衝撃が目と鼻の先に叩き込まれ、嵐の如き暴風が巻き起こる。
「こいつがっ……!」
『アガート・ラムの幹部級! 単騎でダスティンと渡り合う怪物共です!』
廊下に立ち込めた粉塵が、突然の旋風に吹き飛ばされて視界が開かれる。
「……人間モドキが二人、ダークエルフが一人。これだけなはずはないな。戦力を分散したか」
焼け焦げた廊下に立つ人影はただ一人。
首から下を装甲ではなく装飾的な布に包み、四肢の偽装を解いて非人間的な関節を露わにした、背の高い女の戦闘人形。
その全身は迸る雷光を纏い、肩口から背中にかけて、放電された雷が翼のような形を成している。
「こいつ、雷の魔法を使いやがるのか……!」
ガーネットが金剛鉄の剣を再び抜き放つ。
だが俺は、『右眼』がもたらした解析結果に驚愕し、迎撃に向かおうとするガーネットを強く引き止めた。
「待て! ただの魔法じゃない! メダリオンだ!」
「んだとっ!?」
「こいつ……メダリオンを部品として組み込んでいる! あの電撃は魔獣の力だ!」
あの人形が纏った力の源泉は、胸部に埋め込まれたメダリオンだ。
それも破片などではなく完全な円形。
ガーネットが魔獣スコルの力を身に宿しているように、アガート・ラムもまたメダリオンから魔獣の力を引き出すことに成功していたのだ。
「……ふん、随分と奇妙な風体になったものだな、ガラティア」
「私の名を知っているということは、ガンダルフ配下のダークエルフか。身の程を知るがいい。たかが一介のダークエルフがこの私に――」
突如、ノルズリがガラティアと呼んだ人形の周囲に、鋭く尖った氷の槍が幾本も出現し、全て同時に人形めがけて殺到する。
人形――ガラティアは雷の翼で自身を包み、氷の槍を防ぎ止めたのみならず、その凄まじい電流の熱で蒸発させてしまった。
雷の翼が再び広げられる。
ガラティアは左頬に一箇所だけ深々と抉られた傷を受け、一切の油断なく俺達を見据えていた。
「――よもや神獣サンダーバードの雷翼を貫通するとはな。貴様、さてはノルズリか。並のダークエルフ風情の氷術が、私に傷を付けられるはずなどない」
「貴様ごとき、私の敵ではない。以前のように尻尾を巻いて逃げ帰ることだ」
迸る雷光が瞬く間に廊下を満たしていく。
「面白い冗談だ。人間モドキと手を組むほどに落ちぶれた分際で――」
刹那、ガーネットが繰り出した魔力の斬撃がガラティアを襲う。
ガラティアは驚愕しながらも紙一重で回避するも、雷翼の片方を切り落とされた。
「テメェら! オレ達を無視して騒いでんじゃねぇ! 思い出話は残骸になってから存分にやりな!」
「貴様……人間モドキがメダリオンを……?」
瞬時に再生成される雷翼。
ガーネットは剣先をガラティアに振り向け、犬歯が変じた鋭い牙を向いて獰猛な笑みを浮かべた。
「どうやら、テメェはアガート・ラムの幹部級らしいな。上等だ! ぶっ潰して機械の脳みそとメダリオン引っこ抜いてやるぜ!」




