第730話 大書庫、制圧開始
作戦第二段階――即ち古代魔法文明の資料の破却を未然に防ぐための、方舟の城地下の大書庫の占拠および防衛。
その最初の一手として、俺達は書庫の防衛にあたっていた人形達の排除に乗り出すことにした。
俺達の侵入経路は天井を突き破ることによるショートカット。
入口付近を防衛していた見張り達は、まだこちらに気が付いていないようだが、それも時間の問題だろう。
だからこそ、気付かれる前に片付けなければならない。
「ルーク、数は何体だ?」
「ちょっと待ってくれ。確認する」
気配を殺して先を急ぎながら、ガーネットが声を潜めて問いかけてくる。
同行者はガーネットの他、アレクシアとノルズリの二人。
全員で動けば発見される危険性が高まり、戦力を偏らせると万が一の場合に対応できなくなる。
俺は『右眼』を凝らして障害物の向こうの敵の様子を探り、警備にあたっている人形の数を探りにかかった。
「大階段の地下階側に四体、地上階側にもう四体。計八体だ」
「ならば、まずは下階の四体を片付けるぞ。大階段は中途に数度の曲がり角を挟んでいる。騒ぎを起こさずに仕留めれば、上の奴らに気取られることはない」
ノルズリが的確な提案を挟んでくる。
そしてガーネットとアレクシアが意外そうな顔をしていることに気付き、不愉快そうに顔を歪めた。
「この作戦を失敗させることは、陛下のご意志に反する。滞りなく達成させることこそが私の役割だ。道案内だけすればいいのなら、わざわざ魔将を送り込む必要など端からないだろう」
「へっ、敵の敵は何とやらってな。だったらお前にも見張りを仕留めてもらうぜ」
「言うまでもない。一人一殺の計算だ」
……ちょっと待った。こいつ俺にも見張りを倒させるつもりなのか。
アレクシアも首をぶんぶん横に振っている。
こいつの場合、火力的には人形を打倒しうるかもしれないが、その場合はどうあがいても騒音が伴ってしまう。
人知れず四体ずつ仕留めていこうという作戦には不向きである。
ノルズリはどうしようもないものを見る目を俺とアレクシアに向けてから、溜息を誤魔化すように鼻を鳴らした。
「ふん……ならば白狼の犬、貴様と私で二殺ずつだ」
「アレクシアは上の連中に気付かれた場合に備えてくれ。余計な真似をされる前に遠距離で撃ち抜くんだ」
「了解、それなら多少の音は気にしなくていいですしね」
そうこうしているうちに、俺の『右眼』が人形の存在をはっきり捉える。
幸いにも、林立する書架が視界を遮り、地上の戦闘の音と振動が俺達の足音を誤魔化してくれている。
奇襲を仕掛けるなら千載一遇の好機だ。
「いたぞ、階段の出口の左右にそれぞれ二体ずつ。ここから見て、手前に二体、大階段を挟んで奥側に二体だ」
「装備品は?」
「ごつい鎧みたいな代物を着込んでる。ヴェストリが使った強化服の簡易版……もしくは屋内戦闘仕様か? アレに積んであった熱線兵器も背負ってるみたいだ」
アガート・ラムの人形は体内に熱線兵器を内蔵しているが、外付けのそれの火力は内蔵版の比ではない。
万が一の事態が起きた場合には、あの兵器で大書庫を焼き払う手筈になっていたのだろう。
「ならば特に問題はない。白狼の犬、貴様は頭上を抜けて奥を討て。私は手前を請け負った。狙うべきは首だ」
「頼めるか、ガーネット」
「意外と仕切り屋なんだな、ノルズリ。しくじるんじゃねぇぞ?」
ガーネットは書架を足場に高く跳躍し、吹き抜け回廊の二階部分と三階部分の手摺りと壁を走り抜け、奥側の二体の人形の真上に回り込む。
魔獣因子を身に宿した半獣の肉体に、スキルの瞬間的強化を上乗せした高出力の為せる業。
上方から真下に向かって跳躍し、着地に向けた姿勢制御の回転の勢いも乗せて、金剛鉄の剣身を人形の一体に叩き込む。
その斬撃はまさに圧倒的。
装甲を身に着けた戦闘人形が、脳天から腹部まで縦一直線に斬り裂かれる。
「なっ! 貴様――」
奇襲に対する迎撃態勢を取る三体の人形。
しかし、そのためにこちらへ背を向けた隙を、あのノルズリが見逃すはずなどない。
高速で駆け出したノルズリが高出力の氷の魔法を発動し、手前側にいた二体の人形を瞬く間に氷漬けにする。
そして残る一体に対しては、ガーネットが機能停止した人形から剣を抜く勢いで横薙ぎの斬撃を繰り出し、熱線兵器の砲身もろともに首を刎ね飛ばされて崩れ落ちた。
「首を落とせば事足りると言っただろう」
「あん? そりゃ頭を潰せって意味だろ? というか、何やってんだ。氷漬けにした程度で死ぬ奴らじゃねぇだろうが」
「馬鹿が、これは下準備だ」
突如、二本の鋭い氷の杭が空中に出現する。
それらは手も触れずに高速で水平に射出され、氷漬けの人形達の首を刺し貫き、胴体と頭部を的確に分離させた。
奴らの本体――自我が宿る場所とでも言うべき部品は、頭部にある。
具体的な構造はあまりにも高度すぎて理解が及ばないが、いわゆる魂を宿らせる構造がそこに仕込まれているのだろう。
手足を切り落とそうと、胸や胴体に大穴を穿とうと容易には止まらない人形を仕留めるためには、頭部を破壊するか首を切り落とすかのどちらかが有効なのだ。
「ほらほら、言い争うのは後にしてください」
アレクシアが展開した大型弩級を担いで、ガーネットとノルズリの間に割って入る。
「息が合ってるんだか合ってないんだか。まだ半分残ってるんですからね?」
「優れた戦士は即席でも友軍の動きに合わせられる。それ以上でもそれ以下でもない」
「お互いにな。さっさと残りを仕留めちまおうぜ」
大階段へと向き直るガーネットとノルズリ、そしてアレクシア。
その後ろ姿に頼もしさを覚える一方で、俺はどうしようもない不安も抱えていた。
何かしらの根拠や、具体的な理由があるわけではない。
最も上手く行っているときほど危ない――そんな経験則を忘れずにいられないだけなのだが――




