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第73話 決して死なせるな

 ――魔槍を打ち込んで勝敗を決してしばらく経ち、ダスティンが戦場の別の場所へ移動しようとした直後、地面の中から一人のダークエルフが這いずり出てきた。


 その有様は凄惨極まる満身創痍。

 死体が辛うじて動いているような状態で、戦闘続行不可能なのは誰の目にも明らかだった。


「ひぃ……ひぃ……」


 放置しても脅威になるとは考えにくかったが、ダスティンは念入りにとどめを刺すべく、死に際のヴェストリへと歩みを向けた。


 まさにその直後のことだった。


 どこからともなく、白衣を纏った人影がヴェストリの目の前に舞い降りたのだ。


 体型を完全に隠すほどに重厚なローブで、なおかつフードを深く被っていたため、この段階では性別はおろか人間であるか否かも判別できなかったという。


 ダスティンはそれが何者であるのか判断する前に、全力の加速で間合いを詰めて魔槍の刺突を繰り出した。


 手応えもなくすり抜ける槍の穂先。

 魔法による幻惑を受けたと即座に理解し、もう一振りの魔槍の刺突で何もない空間を薙ぎ払った。


 今度こそ肉を裂く手応えが槍に伝わり、血飛沫が飛び散り、虚空から血に染まった白いローブが現れた。


 ダスティンは白いローブのフードの下に垣間見えた顔を、しっかりと記憶に刻み込んだ。


「ぐうっ……!」


 白いローブの女が苦悶を漏らしながら眩い光を放ち、女とヴェストリの姿がかき消された。


 咄嗟に放った追撃は浅い手応えだけを生じ、光が消えたその後には流血の痕跡だけが残されて、ヴェストリと白いローブの女の姿は跡形もなく消え失せていた――











「――どちらにも致命傷は与えてやったつもりだったが、勇者のパーティメンバーに選ばれるほどの白魔法使いだったというなら、既に治癒されているかもしれないな」


 ダスティンは話し終えるなり短く息を吐いた。


 こいつの感情はとにかく読みづらいが、今のリアクションに込められていたのは、間違いなく呆れかそれに近い感想だった。


「ルーク。勇者ファルコンはドラゴンとの合成獣に改造されていたそうだが、ブランとやらも同じ措置を受けている可能性はあると思うか」

「遠回しな聞き方は止めろよ。可能性の話なら『ある』としか言いようがないだろ。お前が見たのだって顔だけなんだろう?」


 そんなことも分からない奴だという可能性は皆無だ。

 もしもそうなら、魔王を狩り続ける人生の中でとっくに命を落としている。


「お前が聞きたいのはその逆……改造や精神操作を受けていなくても、ブランが魔王に寝返る可能性はあるのかってことじゃないのか」

「察しの良さだけは、昔からお前の取り柄だな」

「そりゃどうも。【修復】以外に取り柄があったと思ってもらえて嬉しいよ」


 挨拶をするような気軽さで嫌味を込めた言葉を交わしながら、ダスティンが提示した可能性について考察する。


 勇者ファルコンと同様に魔族からの改造を受け、意のままに操られていたのだとしたら、それは誰が見ても不可抗力という奴だ。


 しかし自分の意志で従っているのなら話は変わってくる。


「結論から言うと、可能性は充分にあると思う」


 更にダスティンの反応を待たずに言葉を続ける。


「ノワールの証言が正確なら、ブランは勇者を含めて三番目に牢屋から連れ出されたはずだ。既に改造を受けた仲間を見せられて、従わなければ同じ目に遭わせると脅されたら……まぁ、転ぶだろうな」


 そもそも、ほとんどの人間はそんな脅しを受けたら心が折れてしまうだろう。


 よほどの強靭な意志か使命感の持ち主でもない限り、魔王に屈してでも人間であり続けることを選ぶはずだ。


「分かった。それが聞ければ充分だ」

「では、次は俺の番だな。正直、どんな用件なのか全く」


 トラヴィスに強く促され、ダスティンは顔をそちらに向けながら話題を切り替えた。


「先日の戦闘の後、魔将ノルズリの亡骸と攻城ゴーレムの残骸が、ホロウボトム要塞に運び込まれたことは知っているな」

「無論だとも。それがどうした」

「それらが調査不能なまでに破壊された。要塞の一部も被害を受けている」


 予想外の一言に俺もトラヴィスも言葉を失った。


 ダスティンはこちらの驚愕ぶりに対して一切配慮せず、淡々と情報を開示し続けた。


「何者かによって――ではない。攻城ゴーレムを構成する岩石の内側に複数体の土人形が仕込まれていた。俺が戦った即席の代物ではなく、念入りに作り込んだと思しき高性能個体だ」

「ちょ……ちょっと待て、ダスティン。そんな話は俺の耳には入っていないし、そもそもどうしてお前が知っているんだ」


 トラヴィスの困惑は当然だ。

 俺からも詳しい説明を求める意志を込めた視線を送る。


「知れたこと。騎士団の判断で情報を一時的に伏せているだけだ。不要な混乱を防ぐためという名目でな。そして俺は、不幸にも現場に居合わせたせいで鎮圧に協力する羽目になり、挙句の果てにお前達へのメッセンジャー役まで押し付けられたというわけだ」


 納得の回答であった。

 黄金牙騎士団が軍事的な情報を外部に知られるのを嫌っていることは、俺も実体験からよく知っている。


 秘密主義の良し悪しは別として、こういう対応になること自体は何の違和感もない。


「それを踏まえたうえで、トラヴィス、お前のパーティに騎士団から要請があるそうだ」

「ようやく本題か。何だ?」

「鎮圧を逃れた土人形……いや、あれはマッドゴーレムと呼ぶべきだな。ともかく、それがダンジョンや周辺地域に潜伏している恐れがあるらしい。そこでお前達に秘密裏の警備を依頼したいそうだ」

「……ギルドを通さない直接依頼か? 他のパーティならいざしらず、俺達はそんな無責任なもの請け負ったりしないぞ」


 トラヴィスは不快そうに表情を歪めた。


 冒険者ギルドの基本方針として、特定の個人やパーティを指名した依頼は受け付けないというものがある。


 仕事を適切に割り振ることが冒険者ギルドの存在意義であり、人気の冒険者に仕事が集中するようでは意味がないからだ。


 これを回避するために冒険者へ直接依頼を持ち込む奴がいるのだが、大抵の冒険者はそれを受け付けたりはしない。


 何故なら、ギルドを通さなかった依頼で何らかのトラブルが発生した場合、ギルドに支援や対応の肩代わりをしてもらえず、全て自力で解決しなければならないからである。


「直接依頼ではなく迂回依頼だ。明日の早朝、騎士団特権で内容を伏せた複数の依頼が掲示される予定になっている。それらの全てをお前のパーティに受注してもらう……という形だな」

「馬鹿馬鹿しい! そもそも危険情報を隠蔽しようという態度が気に入らん! その要請は受け入れられんな!」


 トラヴィスが忌々しげに吐き出す内容には、俺も全面的に同意できた。


 危険情報の共有を重視する冒険者の常識と食い違いすぎているし、何よりグリーンホロウ・タウンの住民を危険に晒す恐れがある。


「それと、知ってしまったからには危険情報も広く共有させてもらう。お前には悪いがそこは譲れな――って、さてはお前、俺の反応を見越してこの話を持ってきたな?」

「無論だとも。間違いなく拒絶するだろうと確信していたさ。事情を説明する気はないが、今回ばかりは俺にとっても事実が拡散した方が都合がいい」


 結局のところ、ダスティンも黄金牙騎士団の情報隠蔽に協力する気は全くなかったのである。


 トラヴィスなら絶対に断って逆に広めると分かった上で、あえて騎士団からのメッセージをそのまま伝えに来たのだ。


 メッセージの仲介を断らなかった理由は、黄金牙騎士団に対する義理立てか、あるいは意趣返しか。

 どちらの可能性も普通にありえる気がした。


「用件は終わりだ。俺が伝えた情報をどう扱うかは自分達で決めろ。伊達に十五年も冒険者をやっていないだろう? 騎士団にお伺いを立てるなり、ギルドの判断を仰ぐなり……な」


 ダスティンは二振りの魔槍を器用に片手で持ち、部屋の扉を開けて外に出ようとしたが、直前で足を止めて振り返った。


 幽鬼のようなその眼差しは、トラヴィスではなく明確に俺へと向けられていた。


「これで地上も安全だとは言い切れなくなったわけだ。お前も自分の弱さを自覚しているのなら、そろそろ自衛を意識した方がいい。ノルズリに一蹴された護衛気取りの子供程度では、まるで頼りにならないだろう?」

「――待て、ダスティン」


 椅子から立ち上がり、部屋を去ろうとするダスティンを呼び止める。


「俺の弱さをどうこう言うのは別にいい。否定する気も起こらない事実だし、そういう語り方しかできないお前の性格はよく知っているからな」

「…………」

「だがな、俺の仲間まで侮蔑するなら聞き流しはしないぞ。撤回するつもりがないなら、魔槍の一振りでも【修復】不可能なまでに粉砕してやろうか?」


 トラヴィスが酷く焦った様子で腰を浮かせる。

 何かあったら即座に割って入ろうという、無言の意志がひしひしと伝わってきた。


 しかし俺達の睨み合いは、ダスティンがあっさり矛を収めたことで幕を下ろしたのだった。


「分かった、撤回しよう。今後は言及を控えると約束する。それと、忠告の内容も変更させてもらおう」


 ダスティンは俺に背を向けて、最後の一言を投げかけてきた。


「特定の相手に思い入れを持つなら、決して死なせるな。一つの喪失が全てを喪わせることになる。その感情が何であれな」

「……肝に銘じておくよ」

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