第728話 駆けつける緋緋色の刃
やがて、目の前に箱舟の城の巨大な城壁がそびえ立つ。
本来なら、乗り越えることも破壊することも至難の業な、圧倒的すぎる防御態勢。
「ルーク!」
「分かってる!」
城壁に手を突いて【分解】を発動させる。
砕け散る壁。撒き散らされる破片。
物理的な強度を無視した【分解】の魔力が城壁を突破し、俺達の行く手を切り開く。
「大書庫は向こうだ! ここから先は逃げも隠れもできはしない! 強行突破あるのみだ!」
ノルズリがそう叫んだ瞬間、四方から迎撃の人形達が次々に姿を現す。
更には城壁を乗り越えて、数体の魔獣までもが城内に乗り込んで来ようとする。
「皆、急げ! 建物にさえ入れば、相手も大火力の攻撃手段は使えないはずだ!」
しかし、俺達が目的の建物へ駆け込むよりも、あちらの迎撃の手が追いつく方が遥かに早い。
この場でやり合うしかないか――そう覚悟を固めた直後、俺達とアガート・ラムの防衛戦力の間に、旋風のように何かが割り込んだ。
「お待たせしました、ルーク殿!」
「サクラ!?」
それは攻撃部隊に参加していたサクラの姿だった。
普段の東方風の装備の上から、まるで羽衣のように透明な魔道具を羽織り、腰には通常の倍近い厚みのある大仰な鞘が差されている。
「到着したのは私だけではありません! こちらの部隊も城の攻撃に取り掛かります!」
すると、魔力で構成された光の刃が熊のような魔獣めがけて降り注ぎ、全身を刺し貫いて動きを縫い止める。
あれはまさしく勇者エゼルのスキルだ。
剣の力によって強化された出力は、並大抵の魔獣を一撃で食い止めてなお余りある。
「奴らとの戦いは我々にお任せを! ルーク殿は早く探索を!」
「……すまない、ありがとう!」
サクラ達の増援に心からの感謝を送りながら、大書庫があるという建築物へと駆け込んでいく。
その内部はまさしく城のように広く、無秩序に見て回っても際限なく時間を吸い取られてしまいそうだ。
「悠長にしている暇はないぞ。資料は地上階と地下階に分かれて収蔵されている。ぞろぞろと連れ立って端から回っていく気か?」
「僕としては二手に分かれることを提案する。魔将ノルズリ。地上と地下、より重要な資料が収蔵されているのはどちらかな」
「地下だ。地上は地下に収まりきらなかったものを収める、予備の収蔵庫だと考えればいい」
ノルズリの返答を受け、カーマイン卿はなるほどと頷いて、改めて俺に別行動を提案した。
「銀翼は地上階を、君達は地下階を、それぞれ手分けして調査するのはどうだろう。専門家である君達が重要度の高い資料の調査にあたるべきだ」
「俺も二手に分かれることには同感です。だけど専門外の銀翼だけでも大丈夫なんですか?」
調査資料をかき集めることだけを考慮するなら、俺達よりも銀翼騎士団の方がずっとベテランだ。
しかし、あちらは犯罪捜査が専門であって、魔法や魔道具について専門的な知識があるわけではない。
さすがに魔法使いのサポートがなければ、うまくいかないのではないだろうか。
「それについては、申し訳ないが一人か二人ほど人員をお借りしたい。ブランはこちらで監視し続ける必要があるから……そうだね、できればノワールを」
俺がノワールに視線を向けると、ノワールは深く頷いて同意を示した。
「よし、銀翼騎士団は地上階を! その他の隊員は地下階を調査する! ノルズリとエイルも俺達について来てくれ!」
ルーク達が城内に駆け込んでいった直後――桜は魔道具の鞘に収められた刀に手をかけて、自身を取り囲む人形の一群を見渡した。
かつては一対一でも苦戦を余儀なくされた戦闘人形。
しかも以前の戦いよりも、敵の装備は充実していて本体の性能も高い。
以前の自分であれば、これほどの数を相手に回しては勝ち目がないと断言できるほど、ここにいる敵の戦闘能力は卓絶している。
「(だが! 今の私でならばこの数でも!)」
魔道具の鞘を左手で押さえながら、総緋緋色金造の刀を抜き放つ。
「メダリオン、起動!」
刀身が露わになると同時に激しい炎が吹き出し、緋緋色金の刀身が灼熱の輝きを放つ。
この鞘は魔獣ムスペルのメダリオンを【分解】して組み込んだ特製の一品物。
抜刀の瞬間に超高熱の炎を放ち、その熱量を緋緋色金製の刀に吸収させることで、斬撃の破壊力を飛躍的に向上させる。
利用可能なメダリオンが一つしか確保できていないことは元より、ムスペルの炎を吸収しうる刀剣を持つのが桜のみということもあって、名実ともに唯一無二の専用装備となっていた。
「……この程度の戦力なら、まだ『神降ろし』は必要ないな。切り札は最後の最後まで……」
戦闘人形の一体が凄まじい速度でサクラに肉薄し、人間よりも更に巨大な大剣を振るう。
片刃の大剣の峰に搭載された魔道具が起動。
噴出した爆風が目にも留まらぬ加速を生じさせ、桜を刀ごと両断せんとする。
「――参る!」
桜の刀が大剣を真正面から迎え撃つ。
物理的には一撃で叩き折られてもおかしくはない質量差。
しかしムスペルの灼熱を帯びたその刀身は、太陽のように白熱した熱量によって大剣を溶断――そのまま戦闘人形本体までも両断した。
「まず一体! 死にたくなければ退くがいい!」
桜は炎を纏った刀の切っ先を、残りの戦闘人形の一群へと振り向けた。
「……と、脅したところで退くつもりはないのだろう? ならば一体残らず片付けるまでだ。思う存分かかってこい。私にできることはそれだけだからな」
口の端を上げて笑う桜。
戦闘こそが自分にできる唯一の貢献――それは決して自虐などではない。
桜にとっては、それこそが誇り。
胸を張って誇ることができる最大の称号であった。




