第727話 いざ、次の目的地へ
それから俺達は、大急ぎでこの建物の探索を済ませた。
もしもこれが普通の探索なら、大事を取って一旦引き上げていたところだが、今回ばかりはそうはいかない。
名実ともにチャンスは一回限り。
危険だから引き返して再トライなんてしている余裕はなく、ここで引き上げたら次の挑戦をする機会はないのだ。
「……これ以上は収穫もなさそうだな。カーマイン卿、成果は充分でしたか?」
「ああ、お陰様で。これほどの資料があれば、連中の地上での活動を詳らかにできるはずだ」
カーマイン卿が探索成果に力強く太鼓判を押す。
蠍人間の魔獣の襲撃からも増援は絶えなかったが、その内訳はアガート・ラムの人形ばかりで、二体目の魔獣の襲撃は起こらなかった。
貴重な戦力はより脅威となる戦場に――攻撃部隊の方へと振り向けたいと思っているのだろう。
その証拠に、建物の外では人間のものとは思えない戦闘の音が、四方八方から絶え間なく響き渡っている。
「しかし、得られたのはミスリル密売に関する資料ばかり。古代魔法文明の技術についての情報は得られなかった。そちらの目的も満たさなければ、我々の作戦目標は半分も満たせない……ルーク卿、そうだろう?」
「ええ、そうですね。撤収作業が終わり次第、次の探索目標に向かいましょう」
本当は今すぐにでも駆け出したいところだったが、高層建築全体を分担して駆け回っている隊員達の合流を待たなければ、出発したくてもできない状況だ。
逸る気持ちを何とか抑え込みながら、一つまた一つと戻ってくる班を出迎えて、全員が揃うのを待ち続ける。
これが大人数パーティーの辛いところだ。
まだ戻ってきていない奴がいようとお構いなしに出発するなんて、よほど追い詰められた状態でなければ、選択肢にも上がらせるわけにはいかない。
「ノルズリ、次の目的地は例の場所で間違いないんだな?」
「無論だ。古代文明の資料は、我々がいた当時も蒐集と保管の対象になっていた。あの膨大な資料をわざわざ移動させていないなら、かつてと同じ場所に残されているはずだ」
「……分かった、次も案内を頼む」
次の目的地、つまり古代魔法文明についての資料が集められているであろう場所は、既にノルズリから聞き出している。
中央管制島の更に中央、かつては人間と魔族の支配者層が居住し、第三階層の政治の中心となっていた場所――ガンダルフ達が『方舟の城』と読んでいた建築物だ。
高層建築に囲まれていて、ここからでは目視できないが、一足先にノワールの使い魔が偵察に向かってくれている。
「……ル、ルーク。目的地……方舟の城……見えて、きたぞ。かなり、大きい、城塞だ……ちょっと、した……王侯貴族、の、城……それが、幾つも、敷地に……」
「女。尖塔がある建造物の数は幾つだ。三つの塔を持つ建造物は健在か」
方舟の城の現状について、ノワールから偵察結果を聞き出そうとするノルズリ。
ノワールはビクリと肩を震わせて後ずさり、ブランに身を寄せて言葉を詰まらせている。
そのブランもノルズリに威嚇するような視線を向けながら、勝手に震える体を必死に抑え込んでいるようであった。
さすがにノルズリから直に話しかけられるのは、無自覚な恐怖心を喚起させられずにはいられなかったようだ。
しょうがないので、俺がノルズリの視線を遮るように割って入り、代わりにノワールから情報を引き出すことにした。
そして、一通りの偵察結果を聞き出し終えたところで、ノルズリは苛立ちと安堵が混ざったような複雑な表情を浮かべた。
「……方舟の城はかつてと変わっていないようだな。放棄されている様子もない。第三階層に残されていた古代魔法文明の資料は、おおよそ全てそこに収蔵されていると見ていいだろう」
「今はまだ、資料を運び出している様子もないみたいだからな。次の目的地はそこで決まりだ」
「そう思うなら、さっさと移動を開始したらどうだ。数人やそこらを待って好機を逃すのは愚かだろう。それに……」
ノルズリは冷徹な口調でそう言ってから、呆れ混じりの視線を別の方向に向けた。
その先にあったのは、今か今かと出発の号令を待ち続け、ウロウロと歩き回っているガーネットの姿だった。
「……貴様の番犬は今にも駆け出しそうになっているぞ」
「あん? テメェ、何か言ったか?」
スコルの因子が反映された金髪の狼耳がピンと動き、揶揄するようなノルズリの呟きを耳聡く聞きつける。
また何か言い合いが始まろうかとした矢先、最後の班が帰還したという報告が飛び込んできた。
「ルーク隊長! 全班、滞りなく合流いたしました!」
「分かった、全隊員に通達! これより方舟の城へ向けて移動を開始する!」
「よっしゃ! 行くぜ、ルーク!」
俺の号令を合図として、探索部隊が一斉に移動を開始する。
今回もノルズリが先導し、最短かつ最も警戒が薄いであろう経路を辿って走り続ける。
「……ルーク・ホワイトウルフ。心しておけ。ここから先は何の妨害もなく突破できる場所ではない」
「分かってる。というか、視えてるよ。チャンドラー!」
「おうさっ!」
チャンドラーが凄まじい脚力で跳躍し、高層建築の壁面を駆け上がって空中に身を躍らせて、異形の長弓に複数の矢を番えて引き絞る。
それとほぼ同時に、高層建築物の上階から一体の人形が飛び降り、探索部隊に攻撃を加えんとする。
「させると思うか!」
爆発じみた轟音が響き渡り、チャンドラーの放った複数の矢が一体の人形へ同時に着弾する。
しかし、その人形は一撃で撃ち落とされるほどに弱くはなく、射撃の衝撃で吹き飛ばされながらも壁面に軽やかに着地した。
「大将! 先に行ってくれ! 俺は後で合流する!」
「すまない! ……死ぬなよ!」
空中を降下しながらも超高速の矢を連射するチャンドラー。
俺はその人形への対処をチャンドラーに任せ、方舟の城を目指して走り続けたのだった。




