第726話 恐るべき脅威の気配
「メダリオン……アガート・ラムは、地上に散らばったメダリオンの残骸を集めていたのか……!」
驚きと同時に強烈な納得が押し寄せてくる。
これまで、アガート・ラムはいくつかのメダリオンを戦力として投じたり、破損していたメダリオンの魔獣生成能力を取り戻そうとさせていた。
では、そのメダリオンはどこから手に入れたというのか。
魔獣は地上を荒らして回り、アガート・ラムの元となった人間達はダンジョン『元素の方舟』の奥で破滅を凌いでいた。
戦いの中で討伐したものを回収したのだとすると、明らかに水棲の魔獣であるダゴンやマザーヒュドラの説明がつかない。
奴らが内陸部のダンジョンをどうやって襲ったというのだろう。
討伐された魔獣のメダリオンを入手したと考えるなら、問題はそのタイミング――ここまでは前々からの謎の一つだったのだが、その答えがまさか、こんな真相だったとは。
「アンブローズ。確か俺達が完全な状態のメダリオンを手に入れる前から、魔法使いは断片を魔法の研究に利用していたんだったよな」
「ああ。これまでに数え切れない魔法使いが、よもやそんな代物だとは知らずに利用し、売買取引を繰り返してきた。魔法使いに売りつける目的で採掘する者も大勢いただろう」
「その流れに便乗して、人知れずメダリオンの残骸をかき集めていた……ミスリルの密売を資金源として……けれど何のために……」
「ちょっと見せてくれっ!」
ガーネットが俺の手から目録を取って睨むように視線を落とす。
古代文字は読めないはずだが、それでも書かれている内容が分かっているなら、おおよその察しがつくものだ。
「……ルーク。これが『回収済み』の印なんだな。だったら十や二十じゃ済まねぇぞ……!」
「ああ……攻撃部隊と陽動部隊も、魔獣との交戦は想定済みのはずだけど、さすがにこれほどは……とにかく情報の共有を! 特に神獣ヨルムンガンドとの遭遇を警戒させろ!」
隊員に素早く指示を飛ばし、重要な新発見を他の部隊と共有させる。
目録の記述には魔獣と神獣の区別は記載されていなかったが、これまでに得た情報から神獣だと判明している名前もある。
ヘル――未回収。消息不明。
フェンリル断片A――回収済み。修復作業開始――補記、作業失敗、喪失。
フェンリル断片B――未回収。所在地を発見するも回収失敗。
ヨルムンガンド――回収済み。修復完了。
ロキが生み出した特別な神獣のうち、文字通り半分はアガート・ラムが回収済みなのだと記載され、とりわけヨルムンガンドは修復まで完了しているのだという。
そのメダリオンが第三階層にあるとは限らず、ダンジョンの外で運用されている可能性も考えられるが、決して楽観視していいものではない。
作戦が何もかも思い通りになるとは思っていなかったが、これはさすがに予想を上回っている。
「くそっ、敵戦力は間違いなく想定以上……向こうの連中が不覚を取るとは考えたくないけど、俺達にも援護をする余裕は……カーマイン卿! 銀翼騎士団も迅速な作戦遂行を――」
まさにその瞬間だった。
俺の『右眼』が未知の敵の急速な接近を感じ取ったのは。
「――来るぞ! 魔獣だ! 窓から離れろ!」
隊員達が一斉に廊下側へ逃れた直後、まるで巨大な昆虫のようなものが建物の壁面に激突する。
そして先端の尖った腕――いや、長い尾が建物内に打ち込まれ、毒液を撒き散らしながら大広間を蹂躙する。
「もう増援かよ! なんつー速さだ!」
「ガーネット! あれは猛毒だ! 生身で触れるんじゃない!」
「毒なら焼いちまえばいい! ルーク、火種頼むぜ!」
スコルの因子と一体化したガーネットが、壁面に張り付いた蟲の魔獣に斬りかからんとする。
俺は腰に下げたホルスターから、クロスボウの代わりに持ち込んだ新装備――大型の『銃』を抜き放った。
装填されている弾は物理的な攻撃用ではない。
着弾点に灼熱を撒き散らす魔道具の焼夷弾であり、その狙いは敵ではなくガーネット。
即ち、熱量を吸収して戦闘力に変えるスコルへの援護射撃。
「受け取れっ!」
強烈な炸裂音と共に放たれた呪装弾が、ガーネットの背中付近で炸裂して閃光と超光熱を放ち、その全てがガーネットの肉体へと吸収されていく。
「おらあっ!」
魔獣の鋭い尾の先とガーネットの刃が激突する。
撒き散らされた毒液は灼熱に焼かれ、分厚い外郭に刃が深々と食い込んでいく。
そして渾身の力で振り抜かれた剣身が、重量差を物ともせず巨大な尾を押し切って、建物の外まで弾き飛ばす。
蟲の魔獣は想定外の強敵の存在を本能で悟ったのか、数の多い脚を撥条のように使って跳躍し、大通りの反対側の建物の屋上に着地した。
「おいおい……蟲かと思ったら蠍人間じゃねぇか。しかも相変わらずバカでけぇ」
破壊された窓際で、ガーネットが苦々しく吐き捨てる。
巨大な蠍の頭部付近から、それと同等に巨大な昆虫人間の上半身が生えた異形の魔獣。
まるでダゴンの陸棲版、あるいは蠍版のような代物だ。
「ルーク! あっちはまだまだやる気みてぇだ! どうする?」
「調査の時間を稼いでくれ! 無理はしなくていい!」
「了解! んじゃ、さっそく行って――」
しかし、ガーネットが向かいの建築物に向けて跳躍しようとした矢先、太陽のように煌めく斬撃が幾重にも繰り出され、蠍人間の魔獣をバラバラに引き裂いた。
まさに一瞬の早業。
人間離れしたその一撃も、俺やガーネットにとっては見慣れた絶技だった。
「――ちっ、サクラに先を越されちまったぞ。あいつも新しい装備で張り切ってるみてぇだな。絶好調って感じだぜ」
鞘に刃を収めるガーネットの横顔は、友人の活躍を目の当たりにする嬉しさのせいか、口元に小さな笑みが浮かんでいたのだった。




