第725話 ミスリル密売組織の真実
建物内に配備されていた人形達の妨害を蹴散らし、可能な限り迅速に探索を続けていく。
一階、二階、三階――全ての階に情報源となりうる資料があるわけではなく、空振りとしか言いようのない場所もあったが、それでも足を止めることだけは決してない。
戦闘音が聞こえてくるのは、建物の内側からだけではない。
別の場所で繰り広げられている戦いの音も、遠くから遠雷のように反響して耳に届いてくる。
ちょうど横を通りかかった窓の外に目をやると、この建物と同じくらいの規模の建築物で爆発が起こり、瓦礫が降り注いでいく様が視界に入った。
「(戦闘部隊も本格的に動き出した。いよいよ戦いも本番だな)」
そして建物中央の大階段を駆け上がり、先行していたカーマイン卿の班と一旦合流し、現時点での探索成果を簡単に共有しようと声をかける。
「カーマイン卿。そちらは何か見つけられましたか」
「……ああ。ようやく当たりを引いた気分だよ」
本棚が立ち並ぶ大広間。
銀翼騎士団の面々は、そこに収められた資料の束を片っ端から引っ張り出しては、次から次に広間の中央の大テーブルに広げている。
犯罪捜査とはこんな風にするのかと、思わず感嘆せざるを得ない徹底ぶりだ。
カーマイン卿はその中から一つの束を手に取ると、真剣な面持ちで広げて目を通した。
「今は一分一秒が惜しい状況だ。簡潔に伝えよう。アガート・ラムが地上でミスリル密売を行っていた理由が分かった」
「……っ! それは本当で――」
「本当かよ、兄上!」
魔獣スコルの因子と一体化したままのガーネットが、横合いから思いっきり体を寄せて割り込んでくる。
吸収した熱量は使い切った状態だったようで、灼熱の残滓は少々熱っぽく感じる程度。
頭から生えた獣の耳と、興奮で激しく動く獣の尻尾が体に当たり、危うく集中が削がれそうになってしまう。
「ここにあったのは、いわゆる財務……会計資料だ。地上でどれだけの金を稼ぎ、どれだけの金を使ったか……長年に渡る膨大な金銭の出入りが乱雑に纏められている」
カーマイン卿は書類の束を手の甲側で叩き、それを力強くテーブルに置き直した。
証拠を掴んだ喜びよりも、真相に対する憤り……それもやるせなさに近いものを感じる表情だった。
「ミスリルという特別な力を持つ金属を闇に流していたのだ。ミスリルに絡んだ何かしらの企みがあるのではと思っていたが……そんなものはなかった」
「……てことは、兄上……」
「アガート・ラムが売り捌くものは、ミスリルでなくともよかった。奴らはミスリルと関係ない目的を地上で果たすため、効率よく荒稼ぎできる密売という手段を選んだに過ぎなかったんだ」
判明した事実は、カーマイン卿や銀翼騎士団が考えていたよりも、ずっと単純で明快なものだった。
奴らがミスリルを密売していた理由はただ一つ、金を稼ぐことであった。
ミスリルを流通させるために地上で暗躍していたのではなく、地上で暗躍するためにミスリルを流通させていたわけだ。
仮に、地上でミスリルよりも高く売り捌け、なおかつ奴らが大量に所有している資源があったなら、ミスリルではなくそちらを売っていたに違いない――銀翼騎士団が押収した資料には、そう断言するに足る内容が記載されていた。
「……けっ、欲しいのはあくまで地上の金銭で、ミスリルは手元にたくさんあったからちょうどよかったってだけか。蓋を開けてみりゃとんだ俗物だな。いや……元はただの人間なんだから、それで当然だったのかもしれねぇけどよ」
忌々しげに吐き捨てるガーネット。
彼女にしてみれば、自分の母親が殺された原因が金銭欲に過ぎなかったと言われてしまったようで、不快感を覚えずにはいられなかったのだろう。
「ガーネット……カーマイン卿。重要なのは、そうやって得た資金で何を企んでいたのかでしょう。そこまでするだけの理由があったはずです」
「そう願いたいところだね。現状、裏工作に使った経費の資料ばかりだから、どの用途が本命なのかを分析して……」
「アガート・ラムの目的なら分かったよ」
突如、広間の外から俺達の誰でもない声が投げかけられる。
俺とガーネット、そしてカーマイン卿のみならず、大広間にいた騎士全員が一斉にそちらへ視線を向ける。
そこに佇んでいたのは、全身を覆い隠す装束に身を包んだ男――白狼の団員であるアンブローズと、何やら息を切らせてぐったりとしているノワールとヒルドだった。
ノワールとヒルドの様子から察するに、大急ぎでここまで走ってきたのだろうが、その割にはアンブローズの息は全く切れていない。
「発見した隠し扉が魔法的に封鎖されていて難儀したが、彼女達のお陰で迅速に解除できた。礼ならそこの二人と、下の階でへたばっている白い女に言ってくれたまえ」
「……アンブローズ、一体何を見つけたんだ」
「回収リスト――そう表現すべきものだ」
アンブローズは数枚の書類からなる目録を俺に手渡した。
「古代魔法文明の言語で記されていて、ヒルド卿かエルフ連中くらいにしか読めないと思うが、その『右眼』ならあるいは解読できるかもしれないね」
「確かに、読み取れそうな気がするけど……何の名前のリストだ? どれも固有名詞みたいで……ちょっと待て、これはまさか」
「ああ、そういうことだ」
ムスペル。ダゴン。サンダーバード。ギルタブルル。ヴクブ・カキシュ。フェンリル断片A。フェンリル断片B。ヨルムンガンド。ヘル。
これまでに見聞きしたことのある物も含め、様々な名称が一覧となって記載され、それらの横に様々な但し書きが添えられている。
――回収済み。
――断片七割回収完了。
――未発見。
いくら詳細が書かれていない資料であっても、その正体を察することはあまりにも容易であった。
「メダリオン……アガート・ラムは、地上に散らばったメダリオンの残骸を集めていたのか……!」




