第724話 ポイント・オブ・ノー・リターンは遥か彼方
――そして上り坂の橋を渡り終えた矢先、進行方向上に二体の人形の姿が見えた。
姿形は人間と大差なく、大仰な装備を身に着けている様子もない。
代わりに目元だけを覆う防具のようなものを装備している。
恐らくは斥候、一見すると視界を塞いでいると思える防具は魔道具の類で、前が見えないどころか逆に魔法的な視界を与えるものだろう。
だとすると、魔法による隠蔽も決して過信できるものではない。
俺はガーネットとチャンドラーに目配せと手振りだけで命令を伝え、それからブランに小声で要請を出した。
「隠蔽魔法の準備を頼む。張り直しだ」
「えっ、何をする気……?」
真剣を抜き放ったガーネットが急加速し、斥候人形の一体に肉薄。
同時にチャンドラーが異形の弓を引き絞る。
神速の刃が二体の人形のうち片方の首を切断、剛弓から放たれた矢がもう片方の頭部を貫通する。
そしてすかさずブランが魔法を再発動させて、効果が途切れた二人と人形の残骸に視覚的な隠蔽を掛けた。
「あ……危ないわねっ……! 頭おかしいんじゃないの……!?」
「ふ、二人は、危険……慣れ、している、から……」
二人が人形達に姿を晒すリスクを躊躇しなかったのを目の当たりにして、ブランは心拍も呼吸も急上昇してしまったようで、ノワールが何とか落ち着かせようとしている。
その間に、ガーネットとチャンドラーは残骸を銀翼騎士団に引き渡し、再び俺の方に戻ってきた。
「これまでに戦った奴と大差なかったぜ。戦闘用じゃなかったみてぇだ」
「ああ、それでも見つからないようにしないとな。仲間を呼ばれるのが一番厄介だ」
俺はガーネットから、首を切り落とされた人形が装備していた魔道具を受け取り、スキルと『右眼』で機能を探ってみた。
ちょうど兜の目を覆うバイザー部分に相当し、それなりの重みと厚みがある。
「……やっぱり、視界に映ったものを解析する道具みたいだ。ここから先は隠蔽を過信せずに行こう」
「仲間を呼ばれる前にぶった斬るんだろ。んで……ノルズリよ。大事な資料を抱え込むんなら、どの辺の建物だ?」
「私に命令できる立場のつもりか? ……おおよその当たりは付けてある。ついて来い」
ノルズリの先導で、古代魔法文明風の都市の裏路地を駆けていく。
こうして見ると、細部まで当時の町並みが再現されていると分かる。
まるで、神獣ヘルが記憶から再現したあの世界に、再び迷い込んでしまったかのような錯覚すら覚えてしまう。
「やっぱり、あの世界と似てますね」
アレクシアが俺の内心と同じ感想をぽつりと漏らす。
「地下に潜って長いわけですから、技術の発達や衰退、装飾のセンスの変化があって当然だと思うんですが……怖いくらいにそっくりですよ」
「わざと……だろうな。ただ血脈を繋ぐだけじゃなくて、きっと文化も元通りに引き継ぎたかったんだ」
人間だけなら世代交代の過程で文化も変質していくが、当時を生きた長命な魔族がいれば、その影響も最低限に抑えられるはずだ。
「何だか、歪んだ目的で作られた街っていう感じがしますね。住民が生きやすいように工夫した結果の積み重ねではなく、街の形の答えが先にあって、その模型の中で暮らしているような……」
「一番不気味なのは、普通に暮らしてる住民がいないってところだけどな。魔王軍の連中が言うには、昔はちゃんと街として機能していたみたいだが……アガート・ラムの連中は何を考えているのやら」
表通りには、先程と同じく警備や斥候の人形がうろついているものの、一般市民に相当する無防備な人形は見当たらない。
これが地上の市街地なら、敵襲に備えて兵士達が右往左往する傍らに、彼らが守るべき市民の姿が必ず見られるはずである。
ところが、ここにはそういう立場の存在が見当たらない。
建物の中に隠れている様子すらないのだ。
「恐らくは皆兵制なのでしょう」
軍事担当の黄金牙出身のライオネルが、俺とアレクシアのやり取りに後ろから口を挟む。
「アガート・ラムの人形は人間離れした身体能力を持っています。無力な市民など存在せず、全ての個体が最低限の戦力足りうる……故にこうした緊急事態では、全ての人形が防衛にあたるのではないでしょうか」
「ありうるな。もしくは、そうしなければならないほどに、人形達の数が少ないか……」
「いずれにせよ、非戦闘員がいないのであれば、あちらも巻き添えを気にする必要はないということですね」
そうした考察を重ねながら裏路地を抜け、ひときわ大きな建物の裏手にたどり着く。
見上げるほどの高層建築。
王都でもまず見ないほどに巨大な縦長の建物である。
「ノルズリ、ここが怪しいんだな?」
「ここは我々がいた頃に建設中だった施設で、奴らが地上での裏工作を始めたのは、我らを第三階層から追い落とした後のこと……故に、一番手で調べるべきはここだと進言する」
「新しく始めた大事業の関連資料は、新しく完成した施設に収めている可能性が高いってことか」
「最も効率的な選択をすれば、自ずとそうなるはずだ。安心しろ、読みが外れていても次の候補がある」
俺はカーマイン団長と視線を交わして肯き合い、銀翼騎士団も含めた全隊員に指示を飛ばした。
「よし、突入するぞ! 手筈通りの班に分かれ、手分けをして建物内を探索する! 内部には人形がうろついているから気をつけろ!」
施錠されていた裏口を破壊して建物内に突入。
事前の会議で決めておいたグループごとに別行動を取り、広い建物の内部を一階から順に調べ上げていく。
「どけどけっ、どけぇ!」
ガーネットが廊下の壁と天井を蹴って三次元的に駆け巡り、金色の残像を残しながら、俺達の強襲を迎え撃たんとする人形達に襲いかかる。
最初の一体は奇襲によって一太刀の元に斬り伏せた。
次の一体は腕に内蔵された刃物で受け止めようとしたものの、豪剣を受け止めきれずに刃ごと両断された。
三体目は左右の腕から一振りずつの刃を展開し、それらで挟み込む受け流すようにしてガーネットの斬撃を封じる。
そして上顎と下顎をガパリと四つに開き、内蔵された装置に魔力を収束させ、至近距離からガーネットの顔面に熱線を吐きかけた。
本来なら首から上が炭と化す致命的な一射。
しかしガーネットには、突撃の直前に魔獣スコルのメダリオンを【合成】させている。
「――効かねぇな!」
熱線を吸収したことでガーネットの全身が光り輝く。
そして熱量を集中させた額を、まるで大槌のように人形の頭部へ叩き込む。
人形の頭部の表面に施された人間の偽装が、その衝撃と熱量で無残に吹き飛び、露わになった人形的な素体も深々と陥没している。
スコルの魔獣因子を身に宿したガーネットは、片腕で人形の首をもぎ取って機能を停止させ、肩越しに獰猛な笑みを向けてきた。
「この調子でガンガンいくぜ! 次はどっちだ!?」
ランキングタグにもありますが、実はこんな作品も連載しています。
意外と初動が好調なので、お時間がありましたら覗いていってくださると嬉しいです。
地属性の四天王、地味だからと魔王軍をクビになったので、人間界でセカンドライフを送ることにする ~今更戻ってこいと言われても、とっくに愛想は尽きています~
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