第723話 ハイエルフとダークエルフ
第三階層の空に広がる幾つもの浮遊島――それらの行き来は空中に渡された橋によって成り立っている。
構造としては金属を多用した吊橋に近いのだろうか。
建築手法は分からないが、堅牢な造りであることはスキルを使うまでもなく見て取れた。
「中央管制島。そこが第三階層の要なんだな?」
「ああ、各浮遊島の機能を統括する設備が存在している。仮にどこか一つの島に都市機能を集約するなら、そこ以外の選択肢はありえないだろう」
「決まり、だな」
ノルズリの意見を疑う根拠は見当たらない。
これ以上に確度の高い情報を得ることは、現時点においては不可能に近いだろう。
「俺達はブランの魔法で姿を隠して中央の島に上陸しよう。攻撃部隊にも伝えておいてくれ」
「……いきなり大役を押し付けないでもらいたいのだけれど。拒める状況じゃなさそうね」
最初の島が無人であったため、想定外の肩透かしを食らってしまった形だが、困惑して立ち止まっているわけにはいかない。
俺達はすぐに気を取り直し、浮遊島群の中央に佇む管制島への移動を開始した。
攻撃部隊も同様に中央管制島を目指して移動し始めたようだが、俺達の後に続いて一つの橋に殺到するようなことはせず、部隊を幾つかに分けて違う橋から管制島を目指したようだ。
アガート・ラムが攻撃部隊の接近に気付いた場合、もしも全部隊が同じ橋を使って突入しようとしていたら、その橋を破壊されるだけで全てが水泡に帰してしまう。
唐突な事態だったにもかかわらず、即座にリスク分散を考慮した作戦変更ができるあたり、あちらの指揮官の能力の高さは疑いようもなかった。
――探索部隊を率いて鉄の橋を駆け抜ける。
まだ橋の中程といったところだが、それでも『右眼』が街の方に人形達の動く気配を捉えている。
「ルーク、何体いる?」
「魔力の気配からすると十二体。いや、十体は別の方向に高速で移動してるな。もっと高度の高い島に移動して、陽動部隊の迎撃に加わるつもりらしい」
「よし、いい感じに動いてやがるな」
隣を駆けるガーネットが拳を手に打ち付ける。
「上に戦力を割り振ったところを攻撃部隊がぶっ叩く! オレ達はその間に情報を根こそぎかっさらって、状況に応じて邪魔な奴らをぶっ叩く! 特に、行く手を塞ぐ奴らは応援を呼ばれる前に速攻でな!」
ガーネットの口振りはかなり乱暴だが、内容自体は探索部隊の作戦内容を端的に言い表している。
戦わずに済ませられるなら、それに越したことはない。
しかし、敵襲があったときに重要な施設の防衛を固めるのは当然で、そういった邪魔者は迅速に排除しなければならないのだ。
「ノルズリ。お前も手伝ってくれるか?」
「人間との共闘など業腹にも程がある。だが、イーヴァルディの企みを潰すためなら話は別だ。ガンダルフ陛下のために力を奮ってやる」
「ありがとう、助かるよ」
俺に礼を言われたことが気に食わなかったのか、ノルズリは忌々しげに顔を逸らした。
するとその視線の先に、若々しい姿をしたハイエルフのエイルがひょこっと姿を現してきた。
「ねぇ、ノルズリちゃん。あなた、イーヴァルディと面識があるの?」
「は……はぁ!? 貴様、今なんと言った!」
噛み付くように吠えかかるノルズリ。
「私は今こそ代用品の肉体を使っているが、本来は魔王軍でも一、二を争う豪傑だ! それを言うに事欠いて、女児が如く呼びつけるだと!? ガンダルフ陛下の客人といえど……!」
「体格的にはアウストリの方が上じゃね? 昔のお前はあんまりよく覚えてねぇけどよ」
「黙れ! 白狼の犬! 私が奴に劣る道理などない!」
何気なく茶々を入れてきたガーネットに、ノルズリが威嚇のような一瞥を向ける。
白狼、つまり俺にいつも付き従っている番犬という意味合いで『白狼の犬』と言ったのだろうが、単語の並びだけ見ると何とも奇妙な言い回しである。
実は俺も現在のノルズリと対峙した回数の方が多すぎて、最初に交戦したときのノルズリの姿形が、少々うろ覚えになってきてしまっている。
戦いの内容は忘れられるはずもないのだが、不思議とその場面のノルズリの姿が、今のダークエルフの女のそれに置き換わりそうになってしまうのだ。
しかし、それを言ってしまうと余計に場がこじれてしまうので、今は胸の奥深くに閉じ込めてしまうことにする。
「何いってんの。たったの三桁しか生きてないエルフなんて、お子様も同然でしょ。ヴェストリみたいに五桁生きろとは言わないけど、せめて千歳は越えなさいな」
……何やら一万年を越えて生きているナニモノカの存在に言及された気がするし、さり気なくエイルも千歳を越えていると自白しているような気がしたのだが。
ガーネットがポツリと「ヤベェなヴェストリ」と呟いたが、俺も完全に同意である。
もしや……というか確実に、魔将ヴェストリは古代魔法文明の成立以前から生きているに違いなかった。
「そんなことより、前々から違和感があったのよ。イーヴァルディが人間の魂を人形に移して保全したっていうのは、まだいいわ。あいつならやりかねないもの。だけど……他の魔族を皆殺しにしたっていうのは本当なの?」
「我らを第三階層より追い落とした後、この地にいた魔族の支配者層は、非支配者層である第二階層に一切干渉しなくなった。これ以上の状況証拠がどこにある」
「……そうかもしれないけど」
エイルは微かな物悲しさを滲ませて、視線を橋の外へと向けた。
「イーヴァルディは人間という種族を愛していたけれど、他の種族を憎んでいたわけじゃない。むしろ、数多くの種族と共に生きる人間をこそ愛していた……私が知るイーヴァルディはそういう男だったわ」
「ならば、長きに渡る絶望で正気を失ったのだろうよ。私が知るイーヴァルディは真っ当な理性を保っているようには見えなかったな。少なくとも陛下は奴が魔族を殺し尽くしたと解釈しておられたぞ」
平和だった頃からイーヴァルディの仲間として活動し、文明が地下に潜ってからは異なるダンジョンを拠点としたエイル。
同じダンジョンに身を潜め、イーヴァルディの人となりの変遷を目の当たりにしてきたガンダルフ、そして変わり果てた姿しか知り得ないノルズリ。
異なる立場にある魔族の意見の齟齬を、俺達は中央島へ駆ける足を止めないまま、黙って見守ることしかできなかった。




