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第72話 魔王軍四魔将、土のヴェストリ

「ルークさん、トラヴィスさん。もうひとりの方が到着なさいましたよ」


 ちょうどそのとき、扉越しにシルヴィアの声が投げかけられた。


 ノックもなしに入ってきたのは、俺達を呼び出した張本人。二槍使いのダスティンだった。


「遅い! 遅いぞダスティン!」

「文句は黄金牙騎士団に言うといい。時間を浪費したのは奴らの責任だ」


 トラヴィスからの苦情を聞き流しながら、ダスティンは二本の魔槍を部屋の片隅に立てかけて、談話用テーブルの横で立ち止まった。


 どうやら椅子に座る気はないようで、そこに立ったまま話を終わらせるつもりらしい。


 この場にいる三人のうち、二人は冒険者の頂点とも言えるAランク冒険者。

 残る一人――というか俺は最低ランクのEランク冒険者。


 冷静になって考えるまでもなく、普通ならまずあり得ない組み合わせである。


「それで、用件っていうのは何なんだ?」

「うむ、早く聞かせてもらいたいものだな」

「順を追って説明する。まずは俺達が四魔将を討ち果たした先日の戦いからだ」


 ダスティンは口を開くだけでも億劫そうに、それでいてはっきりした声で語り始めた。











 ――今から二日前、黄金牙騎士団が『魔王城領域』に建築中だった陣地を巡る攻防戦の最中。


 俺が魔王軍四魔将の一人、氷のノルズリによって氷のドームに閉じ込められて間もなく、ダスティンが請け負った陣地の反対側でも異変が起きていた。


 倒しても倒しても再構成される数十体の土人形。


 その一つの『口』が開き、不気味な声を発し始めたのだ。


「ククク。ノルズリめ、大口を叩いた割には苦戦しているとみえる」


 即座に繰り出した槍が土人形の頭部を潰し機能停止させるも、また別の土人形が同じ声を発し始めた。


 それどころか、三体、四体と次々に口を開き、輪唱でもするかのように喋り続けた。


「わざわざ土壁の援護もしてやったというのに」

「更にこの場で最も強い人間の足止めもしてやった」

「にも関わらずあの体たらく」

「可哀想に。これは陛下のお叱りを避けられまいて。カカカ……」


 一連の出来事を、ダスティンは冷めた眼差しで眺めていた。


 今まさに戦っている敵を前にしての自分語り。

 ダスティンの目には、油断と慢心に酔い痴れた愚行としか映らなかった。


 ――その話を聞きながら、俺は『どこぞの勇者ならやりかねなかった』という感想を抱いていたが、話の腰を折ることになるので黙っていた――


 姿を見せない何者かの語りが続く中、ダスティンは耳を傾けることすら放棄して、魔槍の一振りの機能を解放した。


(はし)れ、雷光(ライトニング)


 投擲された魔槍は空を裂く雷のように複雑な軌道を描き、全ての土人形を薙ぎ払ってダスティンの手元に帰還した。


「無駄無駄無駄! もはやノルズリへの義理立ては終わりだ! このヴェストリが陛下のご命令を遂行してくれる!」


 地面の一箇所が波打つように隆起して、そこから無数の土人形が出現。

 まるで土砂崩れのように周囲へ広がっていった。


「四魔将は正しく一騎当千! 我が土人形の軍勢は正しく千体! 貴様ら人間は、儂かノルズリのいずれかの侵入を許した時点で敗北していたのだ! 千の土人形にすり潰されるがいい!」

「――そこか。居場所が分かれば充分だ」


 ダスティンは魔将ヴェストリの勝利宣言に一秒たりとも耳を貸さず、防壁の起伏を足場に高く跳躍した。


 そして大量の土人形を生み出す座標めがけ、もう一振りの魔槍を投擲した。


「吼えろ、雷鳴(サンダー)


 魔槍に込められた膨大な魔力が、空中で分離拡散し無数の魔力の槍を生成。


 視界を完全に遮るほどの密度で魔力の槍の雨を振らせ、落雷にも似た轟音を響き渡らせた。


「ぐぎゃあああああああっ!」


 轟音の反響が収まり、土埃が消え、魔槍に掘り返された地面が露わになったときには、もはや土人形の再生成は完全に停止していた。


 ――術者が地中に潜んでいることは最初から分かっていたという。


 根拠は『土人形が何の前触れもなく現れたこと』と『わざわざ防壁を破って侵入したこと』だった。


 拠点周辺には物理的と魔力的の双方の監視網が敷かれていたが、流石に地中までは万全とは言い難かった。


 地中を潜行可能な未確認能力がこの世に存在し、その持ち主が密かに接近していたと仮定すれば、土人形の突然の出現にも説明がつく。


 そんなスキルは人間社会では報告されていなかったが、異なる神を信仰する魔族には人間の常識など通用しない。


 人間同士の戦争を主任務とする騎士団と、魔族を率いる魔王の討伐に半生を捧げてきたダスティンとの認識の差とも言えるだろう。


 しかし、あらゆるスキルには限界がある。

 ヴェストリの能力も例外ではなかった。


 奴は防壁の前で土人形を生成し、物理的に防壁を破って侵入した。


 それは土人形を自分から離れたところに生成したり、地中に埋まった防壁の基礎部分を潜れるほど深くは潜れないということを意味している。


 つまり、ダスティンと土人形が戦っている間もずっと、術者であるヴェストリは地中の浅いところに潜んでいたのだ。


 後は居場所さえ掴めれば充分。

 圧倒的破壊力を誇る魔槍を叩き込んで打ち砕くだけだった――











「――まさかとは思うが、戦果を自慢するために呼び出したわけじゃないだろうな」

「そんなはずがあると思うか? 筋肉製の脳髄が考えることは理解できないな。空洞の方がまだマシだ」


 トラヴィスとダスティンは互いに棘のある言葉を投げかけ合った。


 ここ数年、二人が顔を合わせるといつもこんな具合だ。


 不慣れな奴はAランク同士の衝突を想像して身構えてしまう場面だが、そんな心配は不要である。


「ルーク。お前は勇者ファルコンの仲間だった黒魔法使いを雇っているそうじゃないか」


 不意にダスティンが矛先を俺に切り替えてきた。


「怨敵を飼うというのはまるで理解できない心境だが、それは別にどうでもいい。お前の気が知れないのは今に始まったことじゃないからな」

「ノワールがどうかしたのか。あいつも確かに同じ場所にいたけど……」

「その黒魔法使いには白魔法使いの双子の姉妹がいたそうだが、顔立ちは同じなのか? 双子でも容貌が異なる場合があるだろう?」


 先ほどの話の内容と繋がりのない質問だ。


 ……いや、違う。この流れで何の脈絡もないことを尋ねてくるはずがない。


 これはダスティンと魔将ヴェストリの戦闘に直接的な関係がある質問であるはずだ。


「ノワールとブランは髪と瞳の色以外は瓜二つだ。性格の問題で表情に違いはあったけどな。今それを聞くってことは、まさか……」

「そのまさかだ」


 ダスティンは顔色一つ変えずに重大な証言を口にした。


「ヴェストリとの交戦直後に、その黒魔法使いとよく似た白い女が現れた。あれがブランとかいう白魔法使いだったんだろう」

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